君の嘘は僕を救う

モブタツ

「…不思議な子ね」
  病院。
  姉は少し前に大病を患い、入院していた。
  4歳年上の姉は、今年20歳になる。昔から落ち着いた性格だったが、大人になってからはさらに落ち着いている気がする。
「やっぱり、お姉ちゃんもそう思うでしょ?普通はさ、突然名前聞いて来たり、読んでる本の名前聞いて来たりしないよね?」
  今は姉に昨日起きた出来事を話し、意見を聞いていたところである。
「そうね。でもその子は、司には一度会ってるって言ってたんでしょう?」
「まぁ、そうなんだけど…全く心当たりがないんだよね」
  同じ小学校とか、そんなところだろうか。
「ゲホッゲホッ…」
「お姉ちゃん!」
  慌てて姉の背中をさする。
  彼女の病気は、着実に彼女の体を蝕んでいた。日に日に弱っていく姉の姿を見て、僕はどうにかしてやりたいと、心から強く願っていた。

「ふーん。その子、司のこと好きなんじゃないの?」
  美乃梨は恋話が大好きだ。それっぽい話があればすぐに食いついて来る。今回の咲凜の件もそうだった。
「一回会ったことがあるとはいえ、昨日がほぼ初対面だって言うのに…そんなことないでしょ」
「分からないよぉ〜?『ずっとあなたのこと、遠くから見てました!』みたいなことがもしかしたら…!」
「…ないね。僕に限ってそれはない」
「ほんっと…堅物なんだから…」
  一人芝居で勝手にテンションを上げていた美乃梨をさておき、僕は率直な疑問をぶつけることにした。
「あのさ…なんで美乃梨は今、僕の隣を歩いてるの?」
  今日は学校が休みだから、本当は今歩いてることがおかしいのだ。
「はぁ!?なんで今更!司がどうしてもうちと一緒に歩きたいって言うから!」
  美乃梨はそう言いながら、僕の右手に握られていたスマートフォンを指差した。
「『今部活終わったんだけど、もしお姉さんのお見舞いきてるんだったら、学校近いし、一緒に帰らない?』って送ってきたの、美乃梨だよね」
  あらかじめ開いておいたメッセージ画面を見せる。
「さ、先に用意してたのか…!?」
  そんな「くだらない」話をしていたら、いつもの公園にたどり着いた。
「じゃ、また明日、ね」
「…明日は日曜日だよ」
「じゃあ明後日!!」
  常に大声で喋っている美乃梨の体力は本当にすごいと思う。
  美乃梨は「本当に堅いなぁ…」とブツブツ言いながら僕の前から姿を消した。
「仲良いんだね。あの子と。」
  僕が美乃梨の後ろ姿を静かに見守っていると、後ろから昨日聞いた声が飛んできた。
「うわぁ!?咲凜…さん?」
「咲凜でいいよ」
「じゃあ咲凜…咲凜はどうしてここに?」
「どうしてって、昨日、また明日って言ったでしょ?」
  まぁ、そうなのだけど。連絡先も交換していないのに、こんなに偶然会うことってあるだろうか。
  もしかして、ストーカー…?
「あ、ちなみに、後はつけてないから怪しげな目で見ないでね?」
  …どうして先に言われたのだろうか。
「……とりあえず、座って話す?」
「うん!そうしよう!」
  近くのベンチに座った彼女は「おいでおいで!」と自分の隣をポンポンと手で叩いてみせた。
  彼女のコミュニケーション能力は、やはりすごいものだ。
  彼女が促すままに、僕は隣に座った。
「僕に会いに来たの?」
  不意にそう思ったから、聞いてみた。
「そうだよ」
  彼女は、小悪魔のような笑みを浮かべながらそう答えた。
「なんの目的があって?」
「…ちょっと頼みたいことがあってさ」
  初対面の相手に、そんなことを頼んでもいいのだろうか。
「昔会ったから、初対面じゃないよ」
  どうして心の中の言葉にまで返事をして来るのだろうか。
  彼女は予知でもしていたのか?
「頼みたいこと?」
「そう。君にしか頼めないこと」
  僕にしか頼めないこと…?真剣な眼差しで僕を見つめる咲凜を見て、普通のことではないということが何となく予想できた。
  でも、彼女はふふっと少しだけ笑い、一瞬悲しげな、寂しげな表情をし、ゆっくりと息を吸って、噛みしめるように言った。
「私…さ。事故で記憶をなくしちゃってさ」
  僕が予想していた「普通ではないこと」をはるかに上回ることを、彼女は僕に告げた。
「記憶を…?」
「うん。それでね、私が唯一覚えていたことが、君のことなの」
  唯一覚えていたのが、僕?
「だから、記憶を取り戻すのを手伝って欲しいんだ」
  悲しげな表情の正体とは一体なんなのだろうか。
  それは、何かを失ったような、そしてそれがもう二度と返ってこないと分かっているような、そんな表情。どうしてそんな顔で僕を見るのだろうか。あの眩しげな笑顔はどこに行ってしまったのだろうか。
  僕は頭がパンクしそうになってしまった。
  過去に一度会っているとはいえども、昨日が初対面のようなもの。それなのに、彼女は僕にこんなにも大切なことを打ち明けてくれた。そして、手伝って欲しいと相談をして来たのだ。もう何が何だか分からない。
「突然こんなこと言われて、混乱する気持ちも分かるよ。でも、司にしか頼めないの」
「……分かった」
  僕は何となく、この子の力になろうと決めた。自分が彼女のような状況になった時のことを考えたら、断れなかった。いわゆる「同情」というものだ。
「ほんとに!」
「うん。なんか、大変そうだしね」
「やった!」
  僕の言葉を聞いた途端、彼女の眩しい笑顔が戻って来た。
「じゃあさ」
  僕はポケットからスマートフォンを取り出す。
「連絡先、交換しとこうよ」
「え!すごい!それ、6!?古い!」
  ふ、古い?
「まぁ、確かに、今は7が出てるしね…」
「いや、そうじゃなくて!だって」
  そこまでいうと、彼女はハッとなり、静かに口を閉ざした。
「…やっぱり、何でもない」
  まただ。また何かがおかしい。
「…私、端末持ってないの」
「端末?」
「あ、えーっと…スマートフォン?ってやつ」
  やっぱりおかしい。
「不便だね。じゃあ、僕の電話番号教えるから、公衆電話とかでかけてきてよ」
「あ、うん。公衆電話…ね。オッケーオッケー」
  何か、不自然だ。
「公衆電話、分かるよね?」
「え!?わ、分かるよ。あの…あそこの!緑色のやつでしょ!」
  どうして彼女は当てにいったように勢いよく指を指すのか。
「そうだよ。なんか、君って面白い」
「あはは…じゃあ、電話番号教えてもらってもいいかな?」
「うん。えっとね…」
  僕が電話番号を教えている時、彼女が着けている腕時計がブーっとバイブ音を鳴らした。
  見慣れないその腕時計は、時計以外の役割も果たしているのか、スマホのようなタッチパネル方式になっていた。
「その腕時計、なんかすごいね。近未来的で。」
「え!?あ、こ、これ?パパからもらったんだよね〜…」
  若干目が泳いでいたのが気になったが、それよりも、こんなにもハイテクそうな時計が、どこで売られていたのか。それが気になって仕方がなかった。
  でも、父親からもらったのなら、どこで買ったかなんて分からない可能性の方が高い。
  というか、こんな時計は持っているのに、なぜスマートフォンは持っていないのだろうか…。
「ありがとう!じゃあ、また後で連絡するね!」
  僕が呼び止める前に、姿を消したのだった。

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