S級冒険者パーティから追放された幸運な僕、女神と出会い最強になる 〜勇者である妹より先に魔王討伐を目指す〜

英雄譚

第51話 『混沌・光明な騎士と酒』

 

 ーーザザザザザザ。

 森の草で生い茂った地を踏みしめる大量の足音と、馬に乗りながら森を駆け抜けていく武装した集団の人影。

 その最前列で馬を走らせるのはやや褐色な肌が特徴的な騎士団長ユーリス。その横で同じく馬を走らせているのは、エルフ族の傭兵として有名な戦士筆頭のトレースだ。

「おやおやユーリス君。先程まではエルロンド様のお考えを反対して普段の仕事を全うしようとしていた筈なのでは?   それなのに、どうしてこんな所で馬に跨っているのだろうか?  ……幻でも見ているのだろうか?」

「ふん。騎士たる者、時には臨機応変に判断を覆すのだ。それがどれだけ理不尽であろうと騎士の使命がそれを正しいと判断すれば、誰がどう否定しようと正しいのだ」

 都合の良いように言いわけをサラッとユーリスは口にするが、その言葉に共感が持てないトレースは苦笑いをしながらユーリスからゆっくり視線をそらした。

「まあ仕方ないことだよね。だって確かこの国の北方には、姫様を幽閉している騎士団の城があるんだよね?  まだ報告はないものの、万が一黒竜がその城を攻撃していたら姫様が心配だ」

 少し余計な発言を混ぜつつトレースは、自分らが今むかっている精霊樹付近に位置している騎士団の拠点である城のことを考えていた。
 そして緊急会議時でのアルバンの必死の報告を思いだす。信じられない報告だったが、どうやら人族の青年ネロ・ダンタは騎士団をも圧倒するはずの脅威である黒竜をたった一人で、その手で討伐してしまったらしい。

 にわかに信じがたい話だが、女騎士ローラが前々からある事を口にしていたのをトレースはふと思いだした。

 確かあれはとある酒の席での話。
 泥酔いしてしまったローラの口から漏れてしまった言葉である。

『ーーどうやら彼には密かに、魔力に愛された我々エルフであろうと到底計り知れない異様な魔力を秘めているようなんだ。それも、いつ暴走してもおかしくない、とても膨大なヤツがな……ヒック……ああ気持ちいいわぁ』

 ネロと剣を交じり合って気がづいたと言っていたが、まだ断言できる程ではないらしい。だけど万が一を考えて、あまりネロに刺激を与えるなとトレースは前にローラに忠告を受けたことがあったが、正直まだピンとこない状態である。

「幽閉だと?  はっ、人聞きの悪いことを言うなよ。過剰な保護であろうと我ら騎士は彼女の安全を約束した身。多少の無礼は仕方がないだろう」

 自信満々に鼻で笑ってみせるユーリスを尻目に、トレースは「ん?」となんらかを察知したような声を漏らす。それを横目で見ていたユリースは彼のその表情の意味を察して、切り替えるように押し黙った。

 トレースが感じ取ったのは、いま進もうとしている前方から伝わってくる大気の微かな震え。目的地へと進につれ、なにか良からぬ異様な気配が周囲の森をざわつかせていた。

「……トレース、この感じは……もしかして」

「ああ、分かっているよ。黒竜から感じとった気配と同じもののようだ」

 遭遇した黒竜から感じたことのある、魔力放出によって引き起こる空間がひん曲がったような感覚。同時に前方から悪臭と言ってもいいぐらいに漂ってくる良からぬ臭い。

 後列で馬を走らせる騎士達の大半が顔をしかめてしまっていた。鼻を押さえてしまう者まで出ている。本来ならその行動を下品だと注意するはずの騎士団長ユーリスまでもが、それを仕方ないと判断して見逃していた。

 一方、普段から酒の臭いに慣れているためか、トレースは真顔で平常心を保ちながら馬を相変わらず器用に手綱で走らせてみせていた。
 まるで現場慣れしたような瞳を細め、ニヤリと微笑みながら嫌な顔をするユーリスの方に顔を向ける。

「フフ」

 その行動はもしかして挑発しているのか?  と捉えたユーリスの頭に一気に熱が込み上がってしまう。

「なんなんだよその澄ました顔はよぉ!!  言っとくけどな、俺みたいに清潔で清く正しい日々を送っているエルフではこの臭いはどうしようもできないんだよ!  貴様は良いよなぁ~毎回ゴミ溜め当然の現場にばかり派遣されて、おかげで鼻が慣れちまったんだろう!?  そうなんだろ!?」

 急に態度と口調が豹変したユーリスの言葉に、図星だと言わんばかりの表情にトレースは陥ってしまう。
 どうやらユーリスの発言そのものが、トレースにとっては真実のようだ。

「それは流石に痛いな……ユーリス君」

 苦笑いしながらトレースは言葉を返すが、一向に自信へと敵意をむけてくれないとイラつくユーリス。

「「なんなんだよ、あの会話は……?」」
 二人の背後で馬を走らせている騎士団の諸君らは、その光景を嫌々静かに見守っているのであった。

 だがそんな和やかな雰囲気も束の間、強大な威圧がトレースの感知範囲に侵入した瞬間、指を口に当たる合図によって周囲に沈黙が訪れる。騎士達は上司でもなんでもない戦士の指示に従い、揃ってその口を閉ざす。

 もうじき森の外にたどり着くのか木々の数がかなり減ってきたような気がして、ユーリスは気を引き締めるように大きな息を吐きだした。

 ここにやってきた目的はただ一つにすぎない筈。
 それは、ネロが本当にあの黒竜を屠ったのかどうかの確認をする為だけであって、こんな緊張感を味わう為ではない。
 なのに先程から感じるこの妙な胸騒ぎの正体はなんなのだろうか?

「ユーリス。あまり身構えなくてもいいんではないか?  ただ単に確認をしにっ………」

 トレースがなにかを口にしようとしていたが、その声を搔き消すような甲高い音が、静寂な森を蝕んでいった。
 耳を塞いでいく面々、先陣を切る戦士長と騎士団長も轟音によって響く鼓膜を守るせざる得ない状況に陥る。

「な、なんだっ!」

「耳がイテェ!!  黒竜を殺ったんじゃねぇのかよ!」

 不満を口にする団員らの方へとユーリスは反射的に声をかけようと振り返ったが、その行動が命取りだったのを彼はこの瞬間に知る由もなかった。

「……ユーリス君っ!  危ないぞ!」

 よそ見してしまったユーリスにむかって叫ぶのは、その隣で馬に跨っていたトレースだった。

「!」

 前方から木々を薙ぎ倒しながら迫ってくる異様な殺意と憎悪、強力な黒い魔力を撒き散らしながら雄叫びを上げる物体。

 反応に遅れたユーリスは硬直してしまった体を動かせず、肉眼で捉えるのもやっとな速さで徐々に迫ってくる物体を凝視。
 その目に見たものは、陽炎のように揺れる黒衣を身に纏った青年。

 あまり認識していない顔だったが、眼前の人物が長耳族ではないのは誰がどう言おうと確かだ。肌の色と顔の造形(我らより美形ではない)自身に牙を剥けようとしているこの青年は明らかに人族の姿に他ない。

 間近にその姿を目撃したユーリスはこの青年こそがミアの予言した人族『ネロ・ダンタ』であると、いま確かに認識したのであった。

 ーーナゼだ?

 無論、ユーリスの脳裏に浮かんだのはネロに対しての大きな疑問である。彼だけではない、隣でネロの変わり果てたその姿を目にしたトレースでさえも動揺が隠しきれずにいた。「誰だ?」と言わんばかりの表情である。

(だめだ!  この距離では避けきれん!!)

 黒い魔力を覆った腕を振り上げられる瞬間にユーリスはせめて受け身を、と姿勢を作ろうとする。
 それでも地をも容易く砕くネロの方がユーリスの反応より早く、その攻撃が届くまで時間は掛からない。

「は!」

 直後、とある人物の行動によりネロの攻撃はユーリスの懐に届くことはなかった。

 左腕から伝わる大きな衝撃。ユーリスは跨っていた馬から吹き飛ばされ、地面に倒れながら左へと視線を移動させて何があったかのをすぐさめ確認する。
 そこには右手を自分の方へと必死な形相で伸ばすトレースがいた。どうやらネロの攻撃をユーリスが回避できないのを知り、トレースは彼を右の方へと思いっきり突き飛ばしたらしい。

 ネロの殺意のこもった攻撃はそのまま、なにもない虚空を切り上げる。しかし、ネロの攻撃によってその周囲を巻き込む程の大きな衝撃が空間に発せられた。

 騎士団の後列まで伝わる巨大な地響きと強風、全てを飲み込まんとばかりに暴走するネロの膨大な魔力が、そのすぐ側にいた騎士団員らにも被害を及ばせてしまった。

 ネロの振り上げた腕によって発生した衝撃が団員らを容赦なく飲み込んでいき、ユーリスとトレースは次々と吹き飛ばされていく者をその目で目撃してしまう。
 終いには乗っていた馬も何がなんだか認識できずに、その身を地面へと叩きつける。

「やはり、ネロ君……!」

 馬から飛び降りながら、情緒不安定のような瞳をしたネロの目の前へとトレースは立ち塞がった。
 彼を目にした瞬間、荒々しい吐息をネロは漏らす。
 心なしか、その表情が笑っているようにも見える。その気味の悪さにトレースは、普段のネロなら浮かべる優しい笑みをその頭で再確認した。

 そしてトレースは思ったのだ、この男は『別人』だと。ネロならばもっと他人に気を遣いながら笑いかけてくる筈、あのように人を見下す態度はとったりはしない。

 だけど、そんな事を思ってしまっている自分自身にトレースは半端呆れをみせる。なんせ、いくら否定しようが目の前の人物は紛れもないネロ・ダンタだ。
 それは決して塗り替えることの不可能な現実である。

『いつ暴走してもおかしくない、膨大な魔力』

 トレースは酒の席でローラの言葉を再び思いだし、必死に躊躇おうとする感情を抑えこみながら自分が突き飛ばした男、呆然とするユーリスに声をかけた。

「悪いね、手加減できなくて。大丈夫かい?  ユーリス君」

「ふ、ふん。余計なお世話だ、貴様の助けなんて求めていないし勝手に俺に触れるな汚らわしい。おかけで、清潔に保っていた服装が汚れただろうが」

 それでま強がりをみせるユーリスに、トレースは微笑みながら安堵する。するとトレースは、腰の鞘に収めている剣に手をあてた。

 互いに言葉を交わさずとも、ユーリスは彼のその行動の意味を理解する。

「なら、戦えるかい?  俺一人では少々、骨が折れる相手だ」

 その言葉にユーリスは顔を一瞬だけ濁らせるも、溜息を大きく吐きながら地面から立ち上がり、汚れを服装から払いながらトレースと肩を並べた。

「ふん、まあいい。宣戦布告されて引き下がるわけにもいかないしな……この騎士団長ユリース・ノヴァ・ナイテッドは今回だけ貴様に劔をくれてやろう」

「ははっありがとうユーリス君。頼りにしている」

「……俺がいる限り敗北は万に一つないと思え。もし足手まといなら貴様ごと斬り捨てるからな」

 爽やかに返事するトレースに反して、ユーリスの言葉はいちいち辛辣だ。かつて『騎士見習い』時代から、二人は相変わらずである。その背後で倒れてしまった騎士団らは、二人の背中を見ながらそう思ったのだった。



 ーージ※※※※※※※※※※※ト※※※※!!!!!!!!



 異様な魔力を空間に巻き散らかしながら闇に染められた黒衣を纏ったネロの甲高い咆哮が森中に響き渡る。目の前の敵を殺すと決意された瞳を向けられようが、トレースの表情に動揺が何一つも浮かんだりはしなかった。

「……ローラ。君の弟子をこの俺が必ず救ってみせよう。その時は君と……一緒に飲もうじゃないか!」

「ふん、独り言で何を呟いているんだ?  いいからサッサとやるぞ!」

「ああ!  了解したよ」

 まるで精神に直接攻撃をしかけられたような気持ちの悪い感覚に襲われるもそれを斬り捨てるように二人は、全てを見通す程にまで輝しい光明を放った鋭利な剣身を互いに鞘から同時に抜きだし披露する。
 放出される強力な魔力にその身を任せたユーリスの『英雄譚の剣』とトレースの『勇ましき炎の剣』の力が今ここでーー解放されたのだった。



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