S級冒険者パーティから追放された幸運な僕、女神と出会い最強になる 〜勇者である妹より先に魔王討伐を目指す〜

英雄譚

第38話 『ジュリエットとトレース』

 

 ーーー闇の世界に意識を飲み込まれた少女は、何もない虚空の中で1人、孤独に立っていた。


 全くもって訳が分からない状況に混乱しながらも、この場所から抜け出そうと少女は周囲を確認する。
 見慣れない空間、空気、この世界はなにもかも『無』だけで染められいた。
 何度も表現を繰りかえすようだが、ここは真っ暗で何もない。


 抜け出そうにも、どうしようもないの状況なのである。
 抜けると言ったら、抜け道があるのでは?  と、慎重に進みながら少女は手探りを始めてみたが無論、そんなモノはなかった。


「うーん、ここは何処なのかしらね?  夢……じゃなさそうだし」


 自分の頰をツネってみたが、痛みだけがして目は覚めない。
 まぁツネった程度で夢じゃないと決めつけるのは、ちょっとおかしいなと思うところも少女にはあった。


 ーーーージュリエットちゃん!!


 ふいに、背後から呼ばれる声がした少女ジュリエットは驚きながら反射的に振り向いてみせた。
 それなのにそこには人間の存在は皆無、誰も居ないのである。


 ーーーそれなのに。


 唐突、ジュリエットは声のした方向を歩かずにはいられなくなっていた。 
 寸前、一歩踏み出した先が崩れてしまう。


 戸惑いで後ずさりしながら、逃げようかと衝動的に動こうとしたその刹那、ジュリエットは闇の奈落へと落とされてしまっていた。


 ジュリエットの脳裏によぎったのは走馬灯、思い出の数々。
 数えきれない程の記憶が何度も繰り返され、辛い日々や楽しい日々、恋したあの日々もが何度も何度も、絶えること繰り返された。


 ーーーー!!


 闇の底は計り知れないぐらに深く、ジュリエットの意識が消失するまでの時間はそう掛からなかった。


「ーーーーーネロ君!!」


 暗闇の中で、ジュリエットは掴んでくれる相手もいない虚空にめがけて、大きく手を伸ばしていた。



 ※※※※※※



 寝起きには良いという自信があった。
 単純に朝になれば目を覚まし、夜になれば目を閉ざすだけだ。
 よく寝れるコツならある。
 あまり明日の事を考えず、今日起きた出来事を連想するだけという簡単なものだった。


 ジュリエットはそれを繰り返し続けるだけで、気持ちの良い朝を毎回をむかえていた。
 それと、自慢じゃないがジュリエットは『ネロきゅんぬいぐるみ2号』という、ネロそっくりの可愛いぬいぐるみを手作りしていた。
 ネロのゆるキャラバージョンである。
 これが無ければ虚しさで寝むれなくなってしまう!  という彼女にとって依存性の半端ない代物なので、人知れずにとある場所に保管していた。いわゆる封印。


 それをリンカに発見され、何故か剥奪されるのはまた別の話である。
 どうでもいいか。

「ここは、何処なの?  虫がいっぱい飛んでいるようだけど、ここまで綺麗な自然は初めて……」


 体を起こし、瞼を開ける。
 すると、木々が生い茂った綺麗な森が、ジュリエットの目の前いっぱいに広がっていた。

  
「……ん?」


 おかしいと思ったのは数秒後、確か自分は『グリモワール邸』にいた筈なのだと困惑するジュリエット。 


 屋敷の風呂場から出て自分の部屋に戻って着替えてから、風呂が空いた事を報告するためにネロの待つ部屋へとむかっていた途中だったが、記憶にあるのは白い光に包まれてしまった事だけ。


 試しにネロとその他の仲間たちの魔力を感知する為の魔法を使用してみせたが、大気を舞っている高濃度な魔力が妨害するせいか、中断せざるを得なかった。


 仕方ないと思い納得しながら、ジュリエットはこの森を1人で探索することに決めた。
 眠りから目を覚ましたばかりなので、あまり激しい運動は出来ないが歩く事ぐらいなら可能だ。


 よく見れば、今ジュリエットの身につけている服装は赤いパジャマ。
 寝ようとしたので、このままの姿でどうやら飛ばされてしまったらしい。
 ポニーテールまでそのままだった事に気がつく。
 とっても恥ずかしい姿だとジュリエットは思いながら、頰を赤らめてしまう。
 とっとと町でも見つけて、このみすぼらしい姿をどうにかしなければ、と自分を奮い立たせながらジュリエットは先を急いだ。


 進む方向?  そんなの最初っから分かっていたら今ごろ真顔で、雑貨屋でも行こうぞテンションで進む。
 故にモンスターを避ける為にも、日が暮れる前になるべく急いで森から脱出せねばならないのだ。


「……あぁ、もう。どうしてまたネロくんと離れ離れなの……せっかく『寂しかったら、お姉さん一緒に寝るよ?』と誘おうと思ったのに。残念」


 ちなみに、ジュリエットはネロより1歳だけ歳下である、のにも関わらず彼女は未だネロを可愛い愛しの弟のように扱っていた。




 ※※※※※※




「おやおや、これはなんと、どうして我らの領地内に人族が迷い込んでおるのだ?  おかしいぞ、これは不穏な臭いがっ!」

 長耳族、エルフの美青年と遭遇した瞬間、ジュリエットはかつてない程の驚きに駆られてしまう。
 なんせエルフだ、黒い肌をした長耳のアレ。
 つまりどういう事なのかというと、この青年はダークエルフ。魔の大陸の『魔王国』と呼ばれる列強を統べる黒魔力の源、『魔王』の『シモベ』となった魔族の血を引く亜人なのである。
 ということは人族の敵。


「貴方……どうしてこんな所にいるのよ?」

「うむ?  俺がここに居てはダメなのかい?  ここは俺の住まう国なのだぞ。なんせエルフなのだから」


 似すぎているのだ、嫌いな彼奴に。
 ……え、誰にかって?


 世間を舐め腐った愚か者であり、一気にその名を悪い方向に轟かせた不運な男、勇者候補として似つかわなかったと国中が後悔の眼差しを向けたその人物は………回りくどいようだが、簡単に紹介すると馬糞のような性格をしたナルシストのトレスである。


「……馬糞?」

「いや誰なのソレ?  俺の顔を見ながらだったけど違うよね?  俺じゃないよね!?  」


 トレスと瓜二つの青年がツッコミを入れる。
 うん、あのトレスならばここはツッコまず真に受けてしまう。
 それが毎回のようにトラブルの元になり、喧嘩が勃発する。
 それを宥めるのはサクマかネロ辺りだった記憶はあるが、できれば記憶から抹消したいと思っている。


 ぺこりと素直に頭を下げるジュリエット、人違いだと分かれば謝罪するのは当然で。


「知り合いの……馬糞と見間違えてしまいました。失礼な事を言ってすみません、本当にすみません」

「失礼もなにも、反省した様子が伺えないような謝罪の言葉だねキミ」


 トレス似の青年は苦笑いで返す、それをジッと見るジュリエット。
 本当に似ていないな、トレスは許容を知らない。
 だからこそ相手を気遣うような行動を取ったり出来ない、だがこのトレス似の青年はジュリエットの馬糞という言葉を真に受けたりはしなかった。


「ふん、まあ敵ではないと分かればキミに武器を向ける理由はないな。
 ちなみに俺の名は『トレース』。誇り高きダークエルフ族の戦士長だ。女には目がないと周りの連中に言われるが、自覚は正直あるのだね。つまりキミも俺の……」


 トレースの伸ばす手を弾き、そのあとジュリエットはーーー


「ふんぐぅ!!」

「ぎゃあああ!!!?」

 トレースという青年の言葉に、頭がごちゃごちゃになってしまったジュリエットは、得意の物理攻撃『ドロップキック』をお見舞いしたのだった。
 主に変態にむけて放つ技だが、対象が常人であれば中断は可能。


 ……ありゃ?


 吹っ飛んだトレースは木に叩きつけられ、どさりと地面に倒れながら動かなくなってしまった。


「あっ、すみません!  つい!」

「……強いな」


 ダークエルフの戦士長は敗れたのだった。
 意識はまだあるが、指一本動かしたりはしなかった。


 痙攣している。
 無理もない、ジュリエットの放った強力な蹴りが男の大切な部分であるところに、炸裂してしまったからだ。
 蹲りながらトレースは股をもぞもぞと押さえていた。


「治癒魔法をおかけしますか……?  かなり苦しいようですが」

「いや、よい!  男という者は必ずしもこういった運命に辿り着くのだ、そして乗り越えなければならない。だからこそ俺は……この程度の痛みをっ……うぐ」


 格好つけて言っているようだけど、睾丸を押さえながらみっともない姿を晒している男がカッコイイ筈が無い。


「……治癒魔法かけますね」

「うん、お願い」


 了承され、ジュリエットは治癒魔法を詠唱すると、トレースの背中に手を当てて魔力を注ぎ込む。
 次第に痛みがひいていき、負ってしまった傷もみるみる完治していった。


「おお、これは上級の治癒魔法ではないか? ほんの一握りの僧侶しか使用できないという……」

「伊達に僧侶はやっていませんからね、それにこんなのまだ序の口です」

「浮かない顔だね?  何かあったのかい?」

「まさか、嫌な奴と似た人に治癒魔法をかけるだなんて、これから無いと思っていたものなので」

「ん、誰だいそれは?」


 自分の事ではないと思い、トレースはキョロキョロと周りを見回すが誰もいない。
 さらにジュリエットの視線が自分へと注がれている事に気がつく。


 何も言わないトレース。
 こんなにも美しい少女に別の生き物を見るような目を向けられるだなんて、とトレースは落ち込む。


「あの、質問なんですけど。いいですか?」

「………いいよ」


 しょんぼりしながら答えるトレース。


「実は現在地が分からなくて、森を彷徨っていたんですけど。此処がどこだか、分かりますか?」

「うむ?  さっきも言った筈だがここはエルフ族の領内だぞ」

「エルフ族?  やっぱり、けどファンブル大陸に居るだなんて聞いた事もないわ……」

「ファンブル大陸、違うぞ。ここは精霊大陸、魔族の血をひいた亜人しか立ち入ることが許されていない大陸なんだが、知らないのか?」


 精霊大陸という言葉を聞き、愕然とした表情をみせるジュリエット。
 冗談じゃないか?  と半信半疑に再びトレースに聞いてみるが、返される言葉は全部一緒だった。
 むしろトレースの方がジュリエットの繰り返す質問に疑問を抱く。


「でも、精霊大陸はかつて魔王の出現によって『魔の大陸』になった筈じゃないの……?  トレスさんの言葉を信じられませんが」

「トレスじゃない、トレースだ。伸ばし棒が足らんぞ」

「……すみません、けど」

「もうよい、色々と話しが噛み合わないし現状を知りたいのなら着いてこい。エルフ族の街まで案内する、領主との対面やら地図が欲しいのなら勝手にしてくれ。今回、どうやら悪意があってエルフ領に侵入した訳でもなさそうだし見逃そう。さあ、行くぞ」


 もうすぐ日が暮れそうな空を見上げながらトレースが言った。
 その手には先ほど狩りで捕まえた獲物が握られていた、兎のような姿をした血まみれの動物。


「ほれ、キミも持ちたまえ」

「え」


 と、トレースに血まみれの動物を急に投げ渡されジュリエットはとっさにキャッチした。
 勢いで頰に返り血がかかってしまう。


 へぇ?


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