S級冒険者パーティから追放された幸運な僕、女神と出会い最強になる 〜勇者である妹より先に魔王討伐を目指す〜

英雄譚

第27話 『勇者のいない祝杯の席』

 

『魔の大陸』
 港町ノワールにて、祝杯をあげるため『七大使徒』との対峙に貢献した王国騎士団らや雇われた傭兵、町の住人、エリーシャのパーティの面々が集って酒場を祝いの会場として貸し切りにしていた。

 その酒場の上にはVIP用のゴージャスな宿屋が経営されている。
 騎士やエリーシャ達は休息をとるためにその宿屋にチェックインしていた。厄災を祓ったことで宿屋、酒場の料理はすべて無賃である。

 町の住人も巻き込んだ盛大なパーティーが開催されようとしていたーーー


 ーーーが。
 肝心の主役である剣の勇者エリーシャが今宵の祝杯開場にはまだ、姿を見せていなかった。

 みんな揃って腹を鳴らしながら彼女を黙々と待っていた。

 そしてその場にいる人々は困惑する。
 特にエリーシャの率いるパーティーメンバーらが一番、困った表情を揃って浮かべていた。
 普段の他愛ないイベントですら最も乗り気になるはずの無邪気な少女であるエリーシャの気配がまったく感じとれない。
 おかしい、豪華な食事がこんなにも並べられていて、好きなアップルジュースでさえ用意されているのに、あの娘になにがあったのだ?

 と自分の立場を忘れ、最年少である仲間を心配しだす立派な大人たちが居た。

「あの勇者のパーティー方々、1つ伺いたい」

 バルトは空いた腹を鳴らしながらカチッと眼鏡を整え、半端深刻そうに俯いているカトレインらに問い出した。

「エリーシャ様はどうしてこないんだ……?」

「さあな。エリーシャの奴、『勇ましき炎』ていう加護のおかげで食べ物の匂いには敏感なはずなのに、現れる気配すら見せねぇ」

 答えたのは勇者パーティーの1人、ツンツンとした赤髪、目つきの鋭さが特徴的で熱血そうな印象の少年『ルーク』だ。
 彼はというと、あまり心配していない様子である。

「そ、そうか……それは困ったものだ」

「本当だよ……!」

 ルークは椅子を土台にして立ち上がり、突如とその拳を天井にめがけて高く掲げだした。

「せっかく酔った勢いで決闘を申し込もうとしたのにっ! 俺のあまりのシツコさにバックれたかエリーシャ!」

「いやいや、流石にそれはないと思いますよルーク様。エリーシャ様は逃げたりはしませんし、いくら『破壊拳技』の才能を持ち合わせたルーク様でも、彼女に勝算は皆無に等しいですよ」

「む、カトレイン。何でお前はエリーシャをそう過大評価する? 勇者だから? あいつだって一人の人間だ。勇者だろうと失敗するもんは失敗するだろ!」

 酒瓶のガラスを指でつつきながら、飲みたそうな声でカトレインは身を低くして言った。
 そんな彼女を高くから見下ろし、ルークは目を細めながら反論する。

 ここで喧嘩してもますますお腹が鳴り響くだけだ。
 喧嘩とまではいかないが、互いの意見をぶつけ合いながら口論するルークとカトレイン。それを黙り込みながら観戦する騎士たち。

 不在の勇者エリーシャはというと、実はどうやらまだ用事があるらしく、大切な飯を後回しにしてまでも港町から出ていったらしい。

 場所はノワールから数10キロ、西の方に少し離れた人気のない静かな峡谷が彼女の目的地である。

 エリーシャは時速100キロ以上は出る足の速さを利用しながら、風魔法でさらに加速。
 途中、彼女の存在に反応して襲ってくる変異したモンスター『魔物』もいたが、聖剣を使わずともエリーシャは人差し指を弾いただけで、わんさか湧いてくる魔物の軍勢を軽々と打ち倒してみせた。

 それも仕方がない、聖剣は先ほどチェックインした宿屋に忘れてしまったからだ。
 確か、無造作に床に放置したままとエリーシャは思い出し少々不安になった。


「あっ」

 目的地である峡谷に辿り着くとエリーシャは足を止めて、分断された崖を見下ろしながら少し嬉しそうに微笑む。

 そして崖の底に目掛けて、エリーシャは自らジャンプして落下していってしまった。




 ※※※※※※




 峡谷の底に潜んでいた洞窟の最深部の行き止まりに着くと、エリーシャは持っていた松明を地面に置いて魔法道具を取り出した。

 小さなオーブの透明な結晶である。
 そこに微かな魔力を注ぎ込みながら、エリーシャは慣れない魔術の呪文を唱えた。

 ーーーピキッ

 結晶の表面に亀裂が入り、そのまま真っ二つになって割れてしまった。
 するとエリーシャの手の上に何かが出現し、ポトッと手の中に落ちる。

 掴んだ物体を確認するだエリーシャは手を広げた。
 キランッ、と松明の火の明かりに反射して輝く金色の鍵が手の中にあった。

「博士」

 そう呟きながらエリーシャは洞窟の行き止まりの壁の側面に、金色の鍵を適当にさす。

 そしてガチャリと鍵を回してみると、何もなかった行き止まりの壁から、魔法陣が刻まれた巨大な鉄の扉が出現した。

「久々だけど、相変わらず魔法陣を見ていると目がチカチカしちゃうなぁ……ま、とにかく目だけは逸らしておけば問題ないよね」

 巨大な扉のドアノブに手をかけながら、エリーシャはもう片方の手で扉をガンガン!  と到底人間では引き出せないであろう破壊力で叩いてみせた。



 ーーー数秒後。

「んん? この声はもしや……!」

 少しして待っていると女性のような可愛らしくて穏やかな声が返ってきた。
 そんなエリーシャは身なりを整えてから、返事を聞いて巨大な扉を片手だけで開けてみせる。

「ニャャャャア!!!??」

 思わず驚くような声を張り上げたのは扉の反対側にいた白衣を着こなし、フサフサとした猫耳を持つ獣人の女性だった。

 その手には未知とも言える部品のような物が握られていた。
 彼女の眠そうな猫目がエリーシャへと注がれていた。

「おぉ……! お主はもしや勇者のエリーシャじゃなかろうか〜? ニャンだっ」

 一瞬だけエリーシャの姿を見て興味惹かれたような反応を示した彼女だったが、リアクションを終えるとすぐさま部品の組み立てを再開しだした。

「ふふん! 相変わらずのようだね、ハカセ!」

 嬉しそうな声を張り上げるのはエリーシャだった。
「相変わらず」といえば、異空間に繋がっているこの汚い研究所の姿である。
 眠そうな住人、散乱した訳のわからない設計図や部品、ハカセの反応、いつ来ても相変わらずな光景だ。

 エリーシャは非常に嬉しそうな明るい表情で、作業中のハカセを背中から抱きついていった。

 しかし、回された勇者エリーシャの腕にハカセは抵抗も許されず、半端殺される勢いで捻り潰されてしまう。

「ニャン! ギョエやっ!?」

 泡を吹いたハカセは手に持った部品を床に落とし、抱きつかれたエリーシャの腕力によって白目を剥き出しにしながら気絶してしまう。


 エリーシャは過去のデイジャブを思い出してすぐさま猫耳ハカセを解放したが、どうやら今回も気を失ってしまったらしい。

「……いやっ!?   ハカセっ! ハカセェェェ!!」

 倒れたハカセを抱き寄せながらエリーシャは、太陽にまで届きそうな大声で叫ぶのだった。

「こんな力………望んじゃいなかったニャ……とは思わんかね?」

 直後、息を吹き返し一命を取り留めたハカセが苦しみながらシュールにエリーシャに問う。

「いや、思わないよ?」

 平然のようにエリーシャは答えた。
 勇者の力を望まなかった? 後悔している?
 いや、決してそんな事を1ミリも思ったことない。

 エリーシャは勇ましき炎の加護には満足していた、それだけは決して変わらない。

「ひニャっ!?」

 床に無造作に落とされるハカセ。
 驚き、獣人のチャームポイントである彼女の細長い尻尾がピンッとまっすぐ伸びてしまった。

「イタタ………こらエリーシャ、落とすことはなかろうニャ? さすがに痛ぇぞや」

 やはり眠そうな猫耳である。あまり気にしてなさそうな様子で床から起き上がりながらエリーシャにむけて言った。

「ごめんねハカセ、嬉しくてつい……ね?」

「お主の嬉しさに死ぬわ、まったく。で? 用件は?」

「え?」

「いや、お主が此処にくる理由が大体なにか用事がある時ニャろ? たとえば新しい魔法道具を作れや、アップルジュースを増やせは、兄に飲ませる惚れ薬を作れやら……」

「ちょっ、ちょっとハカセ! そこはストップをお願い!!」

 頭を抱えながらエリーシャはかつての恥ずかしい記憶に赤面してしまう。

 本格的に勇者として戦う少し前の頃、まだ幼かったエリーシャはハカセとの初対面で惚れ薬を注文したことがいつぞやあった。

 ハカセがエリーシャに尋ねたところ、どうやら兄に飲ませるらしいとのこと。
 そしてハカセはその発言を聞いて確信したのだ、エリーシャがブラコンであることを。

 しかしそれ以来からだろうか?  何かあったのか、落ち込んだような顔をしながらエリーシャは惚れ薬に関して全く触れたりはしなかった。
 多分、これから金輪際ないだろう。

「すまんすまん、エリーシャは純粋無垢だったのは覚えているのニャ。仕方がないことニャ」

 ウンウンと頷きながらハカセはエリーシャを宥めてみせたが、エリーシャの拳が地面に叩きつけられる。
 それを見せつけられた直後にハカセは完全なる真顔を作った。

 ゴホンと咳払いしてからエリーシャは改めまして、と言った様子で正座するハカセに話をしだした。

「頼みごとがあって、実はーー」

 エリーシャは先ほど倒したレヴィアの言葉を何度も思い出していた。
 それをすべてハカセに説明する。

 魔王はもうこの大陸には居ない、何処かに潜んで生きていると。
 それを聞いた途端、ハカセは興味深そうに尻尾を動かしながら手をポンと叩いたのだった。

「これから数十、数百年前の過去に戻って確認してみるニャ」



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