S級冒険者パーティから追放された幸運な僕、女神と出会い最強になる 〜勇者である妹より先に魔王討伐を目指す〜

英雄譚

第24話 『理不尽なまでの差』

 

「お前の去り際、確かに忠告した筈だ。今度また俺らの前に現れたりでもしたら……殺すとな」

 ご自慢の聖剣を両手で握りしめながら、勇者候補のトレスは殺気を撒き散らしてきた。

 あれ? それ今に至る伏線だったんだ。

「それなのにお前は愚かにもこの俺、勇者となる逸材を前にして牙を剥いたのだ。しかも俺の愛しきジュリエットをも非道な手で誘惑して俺から遠ざけようとしている。許せない、お前を大罪人と認識した以上生かしてはおけん……!」

 背中から冷えた汗を大量に流してしまう自分がいた。
 鉄製の装備を服の内側に着たおかげで、表面上に自身の汗が滲まずに済んだのは幸いだ。戦う前にみっともない姿は晒せない、まるで先ほどのトレスのように……ね?

「なのでお前を……今から殺す!!」

 殺気の混じった声が合図かのようにトレスは地面を踏み込む。
 その行動を開始して一瞬、彼は既に鼻の先にまで距離を詰めてきていた。

 心の準備すら済ませていないボクはトレスの異常なまでの移動速度に驚愕しながら、短剣を前方に突きつけた。

 すると、バチン!! という金属がぶつかり合う衝突音と、重々しいトレスの攻撃によって押されてしまう。

 気がつけば、短剣を持った方の手が弾かれ、大きな隙を空けてしまった。

「!?」

「オリャヤヤ!!」

 完全にボクの頭を跳ねにきている横切り、トレスは容赦だと知らないし後先などあまり考えない奴だ。
 ここでボクを殺そうと、彼には到底悔いは残らないだろう。

(落ち着け……!)

 目線を横に移動させると同時に、フィオラに刻まれた左手の印が光を放った。

 スキル【女神の加護LV MAX】発動。
 ステータスのパラメータを全て大幅に上昇させる効果を持つユニークスキル。

 にわかに信じがたい反則級の能力だが、サイクロプス戦やビリー戦に役立った代物である。

「!!」

 右手に握りしめた短剣がボクの首を取ろうと接近するトレスの鋭利な剣身を、人先早く捉える事に成功。
 そのまま弾いてみせる。

「なにっ!?」

 完全に見切った訳ではなかった、体が無意識に自発的に働いたのだ。

 そんなボクが感じたのは、自身の武器より遥かに強大で大きな武器を弾いた自分への驚きではない。
 呆気にとられ、目を見開き驚くトレスに対しての快感だった。

 今度はトレスが、弾かれた勢いで大きな隙をあけてしまう。
 反射的にトレスの空いた腹部にめがけてボクは、出来るだけ本気でつま先をめり込ませる。

「ぐは!?」

 男前の顔が台無しになるほど、トレスの表情が激痛により歪んでしまう。
 ボクも同様、異常なまでの硬さを誇ったトレスの皮膚にぶつけた足の痛みで軽く声を漏らしていた。

 すぐさまトレスから距離を離す。追撃も考えたけど、リスクはなるべく避けるべきだ。

「ぐぅぅ……」

 一方トレスは腹元を押さえながら、苦痛そうな表情をみせていた。

「なんだと……この俺が、どうしてお前なんに攻撃を許したのだ……?  何故、俺がお前なんかにっ!」

 平然そうな顔をみせるボクに攻撃を加えられたことに混乱していたのははトレスだけではなかった。
 観客にいたカレンとサクマ、アリシアも同様にトレスのありさまを目にして驚愕してしまっていた。

「ステータスを全て、100……200を誇る俺がどうして!!?」

 運の場合は100以下、50以下ね。

「トレスさん。貴方はなにかを勘違いしているよ。ステータスが100、200を超えたところで、その程度でボクに勝てると思わないでください」

 今にでも吐きそうトレスの歪んだ顔を睨みつけながら言った。
 まるで別人に体を乗り移られたかのように、自身でも信じられないほどの冷たい視線をトレスにむかって注いでいた。
 一瞬トレスが眉をビクリと震せていた。

「なんだと? それは一体……」

「煩いです」

「!」

 ベシッとトレスの顔面に自分のステータスプレートを投げつけ見事命中。
 顔を押さえながら苛ついた様子でトレスはボクのステータスプレートに刻まれた数値に目を通してみせた。

 ーートレスが血相を変えるまで、そう時間は経過しなかった。

「なっ……な、な、な、な!? これ、え? ど、どういうことだ!!?  この数値はっ! ありえんぞ!!」

 まるで幽霊のように顔を青ざめながらトレスはプレートとボクを交互に見る。
 信じられん、といった形相だ。

「そういうことですよ。ボクをいつまでも……役立たずのクズ、石っころだと思ったら大間違いです。自身の偏見でしか正当化しない貴方のような、人を見下す傲慢な奴なんかに負けてたまるかって」

 ブルブルと震えながらトレスは手に持っていたボクのステータスプレートをポトンと、地面に落としてしまった。
 その目に映るのは恐怖で他ならない。強敵、悪魔を捉えたかのような焦りが瞳の奥に潜んでいた。

「くっ、 デマだ! どうせこれはお前の仕組んだ出任せに過ぎないんだ!  ハハハ馬鹿めっ、俺がこんな幼稚な脅しこどきに掛かる筈がないだろう! お前は罪人なんだ、俺をコケにした罪人でしか過ぎないんだ! だからこそ、大人しく死ねぇぇえ!!」

「……これが真実なんだよ。貴方の濁った貧相な眼球では到底、映しきれないであろう現実なんだよ!!」

 喉が枯れる程に声を吐き出し、地面に足を叩きつけた。
 互いが踏み込んだ地面に亀裂が入り、力強く蹴った勢いで土がその場で破裂したかのように散乱してしまあ。

 その場にはもうトレスとボクの姿はあまりの速度で消えていた。外野で見ていたリンカ達の目にはそう捉えていた。

「リャァァァァァァァアッ!!!」

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 ガキン!!!!!!


 両者どちらかの武器切っ先が折れてしまい、それが危うくも宙を舞ってしまう。
 一方、破損しなかった方の武器を持った人物の剣身が相手の肩を斬り裂いていた。

「ぐぉぉおおおおお!!?」

 斬り裂かれた肩から血飛沫をあげながら、折れてしまった剣を落とすと同時に斬られた人物は苦痛で膝を地面に着地させてしまう。

 無論、勇者候補のトレスが勝利した。





 と、誰しもなら錯覚するだろう。


 しかし、地面に膝をつけていたのは紛れもうないトレスだった。

 一方、返り血を浴びながら本当の勝利を獲得した無傷のボクは平然と佇みながら敗者に成り下がったトレスを見下ろしていた。

「キャーーーー!!?」

 悲鳴を上げたのはカレンだった。
 無理もないだろう。なんせ勝ったのが下っ端だったボクで、打ちひしがれたのが勇者候補のトレスだったからだ。

「痛いっ、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!?」

 今まで生きてきた中で最も深く負わされた傷だ。トレスは周りの目をも忘れる程に、苦痛の地獄に陥ってしまう。

 不思議だ。
 いつもならこの光景で湧いてくる同情が、何故か一切感じられない。
 それよりも先にボクの内心から湧いてきたのは、残酷にもコイツを見返してやれた達成感だった。

 トレスの肩を斬り裂いことにより血が付着した短剣を見て、嫌らしくニヤケる自分が剣身に映っている。

「!!」

 しかし、トレスのあまりに鬱陶しい奇声によって我に帰った。
 すぐさま女性陣に居るジュリエットの方へと振り返ってボクは大声で叫んでいた。

「ジュリエットちゃん! 治癒魔法を!!」

 困惑しているようでボクの声にうまく反応出来なかったジュリエットは数秒間、硬直状態だった。
 もう一度呼びかけてみせると、ジュリエットはやっとの事で反応してくれて駆けつけてきた。

 すぐさま暴れるトレスの頭に手を置いて強引に押さえつけた。
 斬り裂かれた肩に当てている手をも退かし、ジュリエットはトレスの肩を力強く鷲掴みした。

「痛っ!  な、なにをするんだ! 痛いだろうが!」

「煩いわね! いま治してやっているんだから黙っててよ!」

 苦痛の表情を露わにしながら文句を口にするトレスにジュリエットは耳を押さえてながら一喝した。
 彼女の声にビクリと驚きながらトレスは口を閉ざし黙り込んでしまう。

 やっとのことで静かになったのを見計らってジュリエットはぶつぶつと小声で治癒魔法の呪文を唱え始める。

 浮かない表情で杖の先端の魔石に魔力を込めながら、トレスの傷を中心にソレを流し込んだ。




 ※※※※※※




 ネロが居なくなったあの日から、ジュリエットの普段より調子が段々と急激に悪くなっていた。

 無論カレンもサクマが彼女の無力さにイラつきを覚え始める。
ネロと同様にジュリエットをも追い出そうという提案をトレスに持ちかけたが、そっこうの否定からのグーパンチをサクマは顔面に食らった。

 だがネロが追放されてから最近、勇者候補のトレスのジュリエットに対して積極的な態度が時々パーティをも困らせてしまっていた。

 とにかくジュリエットには甘いのだ。
ジュリエット以外の仲間たちに視野に収めていないかのように、必ず彼女の意見を第一に尊重してしまう。
 日が過ぎるたび徐々にそれがエスカレートし、遂にパーティの崩壊に繋がりかねない行動をトレスは密かに行ってしまったのだ。

【催眠魔法】対象の思考、思想、行動をコントロールする魔法。
 ある日の夜、それを彼はジュリエットに使用してしまったのだ。

「さぁ! 存分に楽しもうじゃないかジュリエット! 」

 抵抗しようとするジュリエットを押さえるため、トレスはなんの躊躇いもなく【催眠魔法】を発動させた。

 催眠にかかったジュリエットは次第に大人しくなり、抵抗する力を段々と緩めた。
 その光景を術者のトレスは見惚れながら、ドヤ顔で言う。

「なんて美しくて良い香りなのだ。まるで心が癒されるような感覚を、君がいるだけで覚えてしまうよ……!」

 長く垂れるジュリエットの桃色の髪を手で掴んで嗅ぎながら、トレスは女を垂らしこむ時に使用する甘い声をジュリエットの耳元で囁いた。

 ーーーすると。

「さあ言いたまえよ、キミの想い人はこの俺……トレスだとな」

 意外にもトレスはジュリエットには手を出したりはしなかった。だけど彼は気味悪くジュリエットを洗脳するかのような指示を口にする。

 虚ろな瞳で天井を見上げながら、ジュリエットの唇がゆっくりと動いた。

「………私の想い人は……トレ……」

「はは、そうだ! その調子だジュリエットよ! 俺を呼ぶんだ! 俺だけを見ろ! キミの心には俺しかいない! 愛しろっ、俺を愛するのだ!!」

「私の想い人は…………………」

「そうだ!  さあ、言いたまえ!!」

 火の灯るランプによって照らされたこの部屋に、一瞬の静寂が訪れる。そんな中、外から吹き込んでくる風の音だけが聞こえてきた。

 その間、トレスはジュリエットとの結婚予定を脳裏で計画していた。
 資金や式の会場、ハネムーン場所。

 しかし、それを全て崩壊する言葉がジュリエットの口から告げられてしまったのだ。

「………ネロくん?」

「!!」

 ジュリエットにかけた催眠を解いていない筈。トレスは困惑しながらそう思っていたが、その間に意識を縛られた彼女は目を覚ましてしまう。
 それに気がつきトレスは再び【催眠魔法】を発動させようとしたが、制限があったことを思い出す。

「くっ……何故なのだジュリエット!? よりにもよって、どうしてあんなクズの名前が出てくるのだ!」

「このっ、ネロくんを馬鹿にしないでよ!」

 そんな事よりもトレスは追放されたネロに対しての焦燥感を抱き、ジュリエットの催眠解除に混乱する。

 目を覚ましたジュリエットは状況をすぐさま理解すると、激情しながらトレスを全力で睨みつけた。
 予想外にもジュリエットはベットに座りこんでいるトレスの背中にめがけて、会心の両足蹴りをかましたのだった。

「ぐほ!?」

 ドン!!
 そのままトレスはベットから吹っ飛び、壁に顔を叩きつけてしまった。
 トレスの先程負傷していた首が曲がってしまう。
途端、あまりの激痛と衝撃にトレスは気を失い、鼻血を垂らしながら地面にうつ伏せ状態で倒れこんでしまう。

「こんなの信じられない!  変態っ!」

 そのままジュリエットはトレスを部屋に置いてって、その場から逃げだしてしまう。

 一方、鼻血をだらだらと情けなく垂らしながら、気を失って放置されてしまったトレスの頭の中ではお花畑のような展開が繰り広げられていたという。



後書き

次回 勇者の妹、帰還する。

コメント

  • ペンギン

    マジで「ざまぁ」やねw

    1
  • エルス・ギルバート

    トレス キモい タヒね略してTKSと言おう

    2
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