ダイヤモンドより硬く輝いて
第13話 森の調査
 首都ヴォリアラントから徒歩で1時間、依頼にあるグェドの森に着く。その森はどちらかと言えばジャングルのように鬱蒼としており、日の光が当たらない所は洞窟の中のように暗そうに見える。
「…ここか…なんか、いかにも何か出そうな感じ…」
 この森は普段人が立ち寄るといったこともないそうで、それ故に依頼が出されたのだろう。
 森へ立ち入り、先へ進む。様々な鳥の鳴き声や、羽ばたき。ガサガサと音を立てる動物。そして大きく茂る木々。その全てに見られているような錯覚を覚えながら森の深いところへと進んで行く。しかし、依頼のような人影や、ましてや試験で倒せと言われた魔物の姿は見えない。
「…ん?」
 ふと、目の端に何かが映った気がして、その方向へと足を向ける。すると、すこし開けた場所に、焚火の跡があった。
「焚火…しかも、まだちょっとコゲ臭いってことは…」
 辺りを見回す。焚火をするのなんてやっぱり人間だろう。近くにいるのだろうか…?ふと、地面で何かがキラッと光った気がした。なんだろうと思って近づくと、急に足元が掬われて、視界が上から下へぐるりと回り、宙吊りとなり、両足には細工されたツタが絡まっていた。
「ぐっ、師匠の時もそうだけど…!こんな罠…嫌いだ!」
 すぐさま手の中に黒曜石を生成し、ツタを切ろうとすると、近くの茂みがガサガサを音を立て、ズシンズシンと中から二足歩行の鎧が現れた!
「ヒッ!?ま、魔物!?」
 鎧は手にはハルバードを持ち、頭には西洋風の兜をかぶっており、素顔は見えないが…おそらく兜の下は恐ろしいゾンビか何かが…!
「オオォォォォ…!」
 鎧はハルバードを振りかぶりながらどんどんと迫ってくる!
「あ、うあ…来るな!に、逃げなきゃ!」
 手が震えて上手くツタが切れない…!僕がモタモタしていると、ついに鎧が目の前に!そして、ハルバードが振り下ろされーーー
 僕の意識はここで途切れた。
……………
………
…
 パチリパチリと、焚火の火が弾ける音が聞こえる…あれ…僕何してたんだっけ?僕が周りを見ようと起き上がると、
「おっ?起きたか?」
 と、肌が褐色で紅いウェーブのかかったロングヘアで僕よりも身長が10センチ以上高そうな女性が僕の右真横に座っていた。起き上がるとちょうど顔が真横にある位置だった。
「…………」
「…?おーい?」
 女性とこんな距離で話すなんて経験、僕にはなかった。恥ずかしい気持ちと何を話していいか分からない気持ちが、ゴチャゴチャに混ざり合って、なんだかよくわからない事になっている。
「あ…ぅ…そ、の…」
「どうしたんだよ?あ、もしかして降ろす時に頭ぶつけたか?ごめんよ?」
「ち、近…いです」
「へ?あー…よっと…これでいい?」
 女性は人1人分くらい右にズレる。
「で?大丈夫?」
「へ!?あ、あぁはい!大丈夫です!」
「…そう、ならば…」
 ジャキッ!といきなり、僕の首筋にハルバードの刃の部分が押し当てられる。
「アンタ、何者だ?追っ手か?」
「お、お、追っ手!?何です?」
 追っ手を気にするなんて…も、もしかしてこの人、凶悪犯罪者とかだったり…!?とにかく誤解を解かなくちゃ…!
「あ、あの!僕は冒険者になる為にこの森に来たんです!」
「はあ?冒険者になるなら冒険者協会だろ…もしかして…」
 更に押し当てる力が強まる!このままだと、本当に死んでしまうかもしれない…!
「違うんです…!なんか、帝国軍で兵士の大量解雇があったらしくて!その兵士が、冒険者になだれ込んで増えすぎたんで、協会側が試験制度を…!」
「…なーんだ、じゃあある意味アンタも被害者か」
 ハルバードが降ろされ、解放される。首の皮が切れていないかと当てられていた首筋をペタペタ触る…よし、大丈夫のようだ。
「えっと…?被害者って?」
 もしかしてこの人も冒険者志願なんだろうか?
「アタシ、ロゼ、ロゼ・メレーヌ。元帝国兵なんだ」」
 へぇ…ロゼさん…え…帝国、兵?その言葉にゾクッと頭に恐怖が思い起こされる…あの日…師匠が殺された…あの日…帝国騎士団長、そして大勢の帝国兵、それらが脳裏に浮かぶ。
「これでもアタシは遊撃隊を指揮する隊長だったんだよ…一部からは『アマゾネス隊』なんて呼ばれてさ」
 怖い、目の前の人が、怖い。
「でもさ、新しい騎士団長がなんかよく分からない人造の…機械兵?だっけ、を作ってから軍の内情が変わってさ…」
 怖い…帝国兵が…怖い!
「それで…って、お、おい?大丈夫か?」
「ひっ…」
 気がつけばガタガタ震え、腰が抜けていた…逃げなくては、今の自分では勝てない、あんな奴らに勝てない…!
「どうしたんだよ、なあ?」
「僕、は…………ッ!」
 貴女が怖い。そう言いかけた。だが、今この人は帝国兵ではない。怖くはあるが、この人は、違う。そう心の中で自分に言い聞かせる。
「…僕は…帝国が、怖いんです」
 ぽつりと自然に僕の口から言葉が出た。でも、これでいい。この人が怖いと言わなかったんだ…それで構わない。
「…怖い?」
「…僕の師匠…帝国騎士団長に殺されたんです…4日前に…」
「…そう、か…その…ごめん。アタシ、元とはいえ帝国兵だから…」
「い、いえ、ロゼさんが悪いんじゃなくて、その…帝国、騎士団長が…」
「…うん…許せない?」
「…はい」
 するとロゼさんは足を抱えて座り直し、パチパチと燃える焚火を見ながら寂しそうにこう言った。
「アタシだって、そうだよ…あのシンとかいう奴が来てから帝国が変になっちゃった…アイツのせいで、アタシだけじゃない…帝国軍の兵士半数以上は解雇された…新たな仕事先なんてそうそう見つからない…アタシの部隊の…子達、なんて…ッ…グスッ…」
 と、ロゼさんは泣き始めてしまった…そうか…僕だって辛いけれど…この人は部隊長。大事な部下達が傷つけば、彼女だって…
「…アイツの、せいでッ!人生狂っちまったんだ…アイツさえ、いなければ…!」
 …僕だけが辛いんじゃない。1人1人辛さを抱えてる。もしかしたらあのシンにも辛いところがあるのかも、しれない…でも、幾ら何でも、皆に辛い思いをさせるのは…やりすぎだ。
「ロゼさん…その、僕…アイツの力を目の前で見て、格の違いを知ってます…でも、それでも僕は、冒険者になって、強くなって、師匠が言っていた可能性を阻止しないといけないんです」
「…可能性?」
「…師匠が言っていたんです。その…信じてもらえないかもしれないけど…アイツの、シンの魔力は昔師匠が戦った魔王だって…それで、復活する可能性があるって…」
 …普通なら、信じてもらえないだろう。馬鹿な事を言っている。魔王なんて…誰が信じるか…
「…それで?」
「え…」
 ロゼさんは涙を拭い、こちらを見る。先程まで泣いていた女性とは思えない瞳だった。
「まさか…アンタ1人でやるつもりなの?」
「…それは…今、僕1人ですし…多分」
「戦闘経験は?何が出来る?」
「…経験は、ほとんど無いです…出来るのは…」
 右手の掌に黒曜石を作り出す。
「…それだけ?」
「あとは…少しの間だけ自分の姿を消せますけど…」
「…悪いけど、アンタ…えっと名前は?」
「…風信…いえ、ケント・フウシンです」
「そっか、ならケント。アンタじゃアイツに勝てない」
 …分かってはいた。だが、いざ言われると心にくる。
「分かって、ます…だから冒険者になって、色々体験して強くなって…!」
「だとしても、アンタ1人では無理だよ。アイツは今…あー、なんて言うんだろ…」
 急にロゼさんが顔を赤くし口ごもる。一体どうしたんだろうか?
「…その…女を、…あ、ぅ…侍らせてる…う、ぅ…」
 ………。
「ふ、不健全だと思わない!?1人だけならまだしも3人も!浮気だ!不健全だ!」
 なんだろう、うん。乙女だ。そのあともロゼさんのピュアな文句は続き、半ば困っていたが、途中でハッと気づき、
「…えっと、だな…その、ああ、アレだ!あのシンとかいう奴はその女達に強化魔法を施している。アイツと比べて力は程遠いが、かなり強い。そんなのにアンタ1人では勝ち目はない」
 そんな…強化魔法?聞いたことないぞ…しかも3人?あれ?前に見た時、女の子は2人じゃなかったか?1人…増えた?
「…で、だ。率直に言う。ケント、私を連れていって欲しい」
「え、連れてって!?え!?」
 予想外の展開であった。まさか…え、こんな、ことが…?
「…勝手な事かもしれないが、アタシはあのド畜生と戦う奴を探していたんだ、だが、アイツの力を見たものは皆戦おうとしない…!だが、アンタは違う。アイツの力を見ながらも戦おうとする…だから、アンタについていきたい」
「えっと…こっちとしても…仲間が出来るのは嬉しいけれど…いいんですか?」
「ああ、腑抜けた男よりよっぽどマシさ」
 マシ…マシかぁ…まあ頼りない、よね…。そう思っているとロゼさんは「よぉし!」と立ち上がり、手を差し伸べてくる。
「よろしくな、ケント」
 僕はその手を取って、
「はい!頑張りましょうロゼさん!」
 と、言った。これが初めての仲間…なんだか変な気持ちだ、嬉しいのとワクワクなのと…グチャグチャだ。
 ともかく、僕は仲間を見つける事が出来た…そういえば…何か、忘れているような…
「…あ、依頼」
 …どうしよう。
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