先生! その異世界小説、間違いだらけですやん!
なぜ、ヒロインは誘拐されるのか?
先生は目を覚ました。だが、元気がなかった。「はぁ」とか「へぇ」とため息ばっかり吐いている。どうも張り合いがない。
数日ノンビリと暮らした。修道院から追い出されることもなかった。こんなことなら最初から宿屋じゃなくて、修道院に泊まれば良かった。
ただ、宿と違って、食事のメンドウまでは看てくれない。なので食事だけは外から調達する必要があった。
オレはときおり平原に出て、モンスターを狩った。伝説の剣――エクスカリバーは相変わらず鞘から抜けない。けれど、さすがは伝説の剣というだけあって、鞘つきでも強かった。ゴブリンでもワンパンだ。で、物語に何か不備を見つけたら、先生に報告した。
平穏な日々だった。こんな平穏に暮らしていて、小説として成り立ってるのか。心配になるほど、穏やかだった。
オレとリリさん。それから悄然している先生。3人で修道院の一室にいた。先生はボンヤリと窓を見つめていた。修道院は小高い丘の上にあり、窓からは都市の風景を見渡すことができた。
「先生」
「なんだね。ドメくん」
「空に浮かんでる、あれは何なんですかね」
オレは窓から見える太陽を指差した。
「太陽じゃないか」
「でも、太陽が見えるってことは、この異世界は太陽系にあるってことになりません?」
「太陽によく似た別の星だ」
「先生」
「今度はなんだ?」
先生は無感動に応える。
「このサタンベルクには都市がいくつかあるみたいですけど、国の形態はどうなってるんです? 封建国家とか帝国国家とかいろいろあるやないですか」
「巨大な国があって、その中に都市がいくつもある。封建国家という形にしておけば良かろう」
「ってことは、最初にオレがいた都市は王都ってことですか? 王様がいましたもんね。王都がドラゴンに襲われたんなら、もっと他の都市とかパニックになってたりしてても、ええんと思うんですけど」
「王様は難を逃れて、別の都市で王都再建をはかってることにすれば、よろしい」
「先生」
「まだ、何かあるのかね」
「なんで、オレずっと学生服のまんまなんですかね」
モンスターと戦うときは鎧を着たりするが、私服はずっと学生服のままだ。どれだけ汚れてもすぐキレイになるのだ。
「そりゃ、フィクションの主人公はいつも同じ服と決まっているからだ。のび太くんだって、いつも黄色い服であろう」
屁理屈をこねやがって――と、オレの頬を引っ張ってくることを期待した。だが、先生はボンヤリとしている。俗に言うスランプというヤツなのかもしれない。
そんな時だ。
トツゼン景色が暗くなった。闇が落ちてきた。地震が起きた。オレたちは石畳の床に転がった。
「おっ、なんだ? 何か起こったのか?」
先生は期待に弾んだ声で言う。
何かイベントが起きれば、物語が出来るから、先生は喜んでいるのだろう。だが、こんなときに喜んでる場合じゃない。この人の神経の回線は1、2本ほど妙なところにつながっているのだ。
「なんでしょうか?」
「ドメくんは勇者なのだから、様子をうかがって来たまえ」
「えぇー」
勇者に期待しすぎだ。ここ数日ゴブリンを倒してきたおかげか、エクスカリバーのおかげかはわからないが、少々度胸はついたと思う。
でも、さすがにこんな事態でも平然としていられない。むしろ、先生のほうが肝が座っている。
再び激しい揺れがあった。
何かと思うと、オレたちのいる部屋の屋根が剥がれていた。空が丸見えになっている。オレたちを覗きこむ顔がひとつあった。ドラゴン。魔王だ。すると、今の揺れはドラゴンの襲撃によるものだったのか。
「ひっ」
我ながら情けない声が漏れた。シリモチをついた。
ドラゴンはキバのびっしりと生えた口から、炎の息吹をフーフーと吐いていた。このまま炎を吹きつけられたら、ひとたまりもない。
ドラゴンは大きく口を開けた。やられるッ。オレは顔をかばうようにして、腕を交差させた。が、吐きつけられたのは炎ではなかった。
「あのさー。遅いねん」
「え?」
「勇者が来るの待ってたのに、なかなか来ーへんから、しびれ切らして、こっちから来てもうたわ」
なんだこの関西弁。
オレの聞き間違いじゃなければ、このドラゴンがしゃべってるように思うのだが。見た目の壮大さとはかけ離れた、やや甲高い声だった。
「え? え?」
「え? やあらへんって。もうちょいヤル気出してくれへんかなー」
ドラゴンは大きな指をオレのほうに突き付けて、そう言ってきた。
「えっと……。オレですか?」
「せや。君や。勇者やねんやろ」
「はぁ。すんません」
「シッカリしてや。魔王がどれだけ暇かわかってんのかいな。勇者が倒しに来るまでずっと待っとかなあかんねやで、早く来て、ワシのこと倒してれへんと」
「でも、魔王と戦う勇気がなくて」
「勇者がヘッピリ腰でどーすんねんな。伝説の剣を手に入れてんやったら、もう一直線に魔王の城に来たらよろしいねん」
「でも」
「でも――やあらへん。これやから最近の若いヤツは。これ以上、待たされるの敵わんから、先生のこと誘拐させてもらうで」
ドラゴンはそう言うと、先生のことを握った。
「わー。オタスケー」
と、先生は恐怖などまるで感じてなさそうな声でそう言った。棒読みもいいところだ。しかも、顔はニコニコしてる。
誘拐されるんなら、もっと悲鳴とか上げてくれなくちゃ雰囲気が出ない。
どうせ大変なイベントが起きて喜んでるんだろう。
「ほんなら勇者はん」
ドラゴンが、オレに顔を向け直してそう言った。
「はい?」
「ワシは魔王城で待ってるさかい、先生のこと返して欲しかったら、早く倒しに来るんやで。フィクション恒例行事のヒロイン誘拐イベントってヤツや。これでチョットはヤル気も出すやろ」
ほんならな――とドラゴンは先生を握りこんだまま、飛翔してしまった。
しゃべり方とはかけ離れた大きな翼をはためかせて、大きな風圧を残して行った。残されたオレは唖然となった。
「えっと――。あれが魔王なん?」
隣にいるリリさんに尋ねた。
「そうよ」
「なんで関西弁なん?」
「ドメくんは魔法で、サタンベルクの言語を翻訳してるんでしょ。だから、関西弁に聞こえてるんじゃないの?」
理屈的にはそうなんだろう。
「魔王があんなしゃべり方やったら、威厳もヘッタクレもあらへんって」
「私はドメくんの口調。けっこう好きよ」
リリさんはそう言うと、オレに腕をからめてきた。大きな胸の感触が学生服越しに伝わってくる。
押し返すのに大変な精神力を必要とした。
「いや。リリさんの好みは訊いてへんねん。魔王はもっと威圧のある声とか、口調やないと威厳があらへんやんか」
恐怖心が薄れたのは幸いだ。が、あそこまで威厳がないとむしろヒョウシヌケだ。
「じゃあ、そこの訂正は先生に注文しておいてよ」
「そうか」
リリさんに言っても、仕方がない。
この世界を創ったのは先生なのだ。
「それより、勇者だったらこんなとき、何か勇ましいセリフを吐くべきなんじゃないの? 『よくも先生をッ』とか『覚悟しておけ魔王ッ』とか」
「あー。まぁ、普通はそうやねんやろうな」
関西弁の魔王に、嬉しそうに連れ去られるヒロイン。いったいどこに対して怒ればいいのか。
「えっと……。このままやと先生のことが心配やし、先生のこと取り返しに行かなあかんな」
「あんまり心配してなさそうね?」
リリさんは、形の良い眉を歪ませた。
「うん。こういうのって、どうせヒロインは無事やって決まってるし」
ここまで主人公であるオレは、先生とほとんど一緒にいた。先生の登場回数から考えてメインヒロインと見て間違いない。
メインヒロインというのは、たいてい無事なものだ。救出しに行ったら死んでる――なんて筋書きはないだろう。
それだとピーチ姫はいくら命があっても足りないことになる。ハードボイルド小説だとか、同人誌の場合なら強姦されて殺されるパターンなんかもあったりする。
しかし、異世界小説だと大丈夫のはずだ。なにより先生は神様なのだ。万が一のことがあっても、どうにか出来るはずだ。
「じゃあ魔王城まで案内してあげる。レッツゴー」
リリさんは意気揚々とそう言った。
この物語、ホンマに大丈夫なんやろか。
いっそのこと最初から描きなおしたほうがいい気がする。
数日ノンビリと暮らした。修道院から追い出されることもなかった。こんなことなら最初から宿屋じゃなくて、修道院に泊まれば良かった。
ただ、宿と違って、食事のメンドウまでは看てくれない。なので食事だけは外から調達する必要があった。
オレはときおり平原に出て、モンスターを狩った。伝説の剣――エクスカリバーは相変わらず鞘から抜けない。けれど、さすがは伝説の剣というだけあって、鞘つきでも強かった。ゴブリンでもワンパンだ。で、物語に何か不備を見つけたら、先生に報告した。
平穏な日々だった。こんな平穏に暮らしていて、小説として成り立ってるのか。心配になるほど、穏やかだった。
オレとリリさん。それから悄然している先生。3人で修道院の一室にいた。先生はボンヤリと窓を見つめていた。修道院は小高い丘の上にあり、窓からは都市の風景を見渡すことができた。
「先生」
「なんだね。ドメくん」
「空に浮かんでる、あれは何なんですかね」
オレは窓から見える太陽を指差した。
「太陽じゃないか」
「でも、太陽が見えるってことは、この異世界は太陽系にあるってことになりません?」
「太陽によく似た別の星だ」
「先生」
「今度はなんだ?」
先生は無感動に応える。
「このサタンベルクには都市がいくつかあるみたいですけど、国の形態はどうなってるんです? 封建国家とか帝国国家とかいろいろあるやないですか」
「巨大な国があって、その中に都市がいくつもある。封建国家という形にしておけば良かろう」
「ってことは、最初にオレがいた都市は王都ってことですか? 王様がいましたもんね。王都がドラゴンに襲われたんなら、もっと他の都市とかパニックになってたりしてても、ええんと思うんですけど」
「王様は難を逃れて、別の都市で王都再建をはかってることにすれば、よろしい」
「先生」
「まだ、何かあるのかね」
「なんで、オレずっと学生服のまんまなんですかね」
モンスターと戦うときは鎧を着たりするが、私服はずっと学生服のままだ。どれだけ汚れてもすぐキレイになるのだ。
「そりゃ、フィクションの主人公はいつも同じ服と決まっているからだ。のび太くんだって、いつも黄色い服であろう」
屁理屈をこねやがって――と、オレの頬を引っ張ってくることを期待した。だが、先生はボンヤリとしている。俗に言うスランプというヤツなのかもしれない。
そんな時だ。
トツゼン景色が暗くなった。闇が落ちてきた。地震が起きた。オレたちは石畳の床に転がった。
「おっ、なんだ? 何か起こったのか?」
先生は期待に弾んだ声で言う。
何かイベントが起きれば、物語が出来るから、先生は喜んでいるのだろう。だが、こんなときに喜んでる場合じゃない。この人の神経の回線は1、2本ほど妙なところにつながっているのだ。
「なんでしょうか?」
「ドメくんは勇者なのだから、様子をうかがって来たまえ」
「えぇー」
勇者に期待しすぎだ。ここ数日ゴブリンを倒してきたおかげか、エクスカリバーのおかげかはわからないが、少々度胸はついたと思う。
でも、さすがにこんな事態でも平然としていられない。むしろ、先生のほうが肝が座っている。
再び激しい揺れがあった。
何かと思うと、オレたちのいる部屋の屋根が剥がれていた。空が丸見えになっている。オレたちを覗きこむ顔がひとつあった。ドラゴン。魔王だ。すると、今の揺れはドラゴンの襲撃によるものだったのか。
「ひっ」
我ながら情けない声が漏れた。シリモチをついた。
ドラゴンはキバのびっしりと生えた口から、炎の息吹をフーフーと吐いていた。このまま炎を吹きつけられたら、ひとたまりもない。
ドラゴンは大きく口を開けた。やられるッ。オレは顔をかばうようにして、腕を交差させた。が、吐きつけられたのは炎ではなかった。
「あのさー。遅いねん」
「え?」
「勇者が来るの待ってたのに、なかなか来ーへんから、しびれ切らして、こっちから来てもうたわ」
なんだこの関西弁。
オレの聞き間違いじゃなければ、このドラゴンがしゃべってるように思うのだが。見た目の壮大さとはかけ離れた、やや甲高い声だった。
「え? え?」
「え? やあらへんって。もうちょいヤル気出してくれへんかなー」
ドラゴンは大きな指をオレのほうに突き付けて、そう言ってきた。
「えっと……。オレですか?」
「せや。君や。勇者やねんやろ」
「はぁ。すんません」
「シッカリしてや。魔王がどれだけ暇かわかってんのかいな。勇者が倒しに来るまでずっと待っとかなあかんねやで、早く来て、ワシのこと倒してれへんと」
「でも、魔王と戦う勇気がなくて」
「勇者がヘッピリ腰でどーすんねんな。伝説の剣を手に入れてんやったら、もう一直線に魔王の城に来たらよろしいねん」
「でも」
「でも――やあらへん。これやから最近の若いヤツは。これ以上、待たされるの敵わんから、先生のこと誘拐させてもらうで」
ドラゴンはそう言うと、先生のことを握った。
「わー。オタスケー」
と、先生は恐怖などまるで感じてなさそうな声でそう言った。棒読みもいいところだ。しかも、顔はニコニコしてる。
誘拐されるんなら、もっと悲鳴とか上げてくれなくちゃ雰囲気が出ない。
どうせ大変なイベントが起きて喜んでるんだろう。
「ほんなら勇者はん」
ドラゴンが、オレに顔を向け直してそう言った。
「はい?」
「ワシは魔王城で待ってるさかい、先生のこと返して欲しかったら、早く倒しに来るんやで。フィクション恒例行事のヒロイン誘拐イベントってヤツや。これでチョットはヤル気も出すやろ」
ほんならな――とドラゴンは先生を握りこんだまま、飛翔してしまった。
しゃべり方とはかけ離れた大きな翼をはためかせて、大きな風圧を残して行った。残されたオレは唖然となった。
「えっと――。あれが魔王なん?」
隣にいるリリさんに尋ねた。
「そうよ」
「なんで関西弁なん?」
「ドメくんは魔法で、サタンベルクの言語を翻訳してるんでしょ。だから、関西弁に聞こえてるんじゃないの?」
理屈的にはそうなんだろう。
「魔王があんなしゃべり方やったら、威厳もヘッタクレもあらへんって」
「私はドメくんの口調。けっこう好きよ」
リリさんはそう言うと、オレに腕をからめてきた。大きな胸の感触が学生服越しに伝わってくる。
押し返すのに大変な精神力を必要とした。
「いや。リリさんの好みは訊いてへんねん。魔王はもっと威圧のある声とか、口調やないと威厳があらへんやんか」
恐怖心が薄れたのは幸いだ。が、あそこまで威厳がないとむしろヒョウシヌケだ。
「じゃあ、そこの訂正は先生に注文しておいてよ」
「そうか」
リリさんに言っても、仕方がない。
この世界を創ったのは先生なのだ。
「それより、勇者だったらこんなとき、何か勇ましいセリフを吐くべきなんじゃないの? 『よくも先生をッ』とか『覚悟しておけ魔王ッ』とか」
「あー。まぁ、普通はそうやねんやろうな」
関西弁の魔王に、嬉しそうに連れ去られるヒロイン。いったいどこに対して怒ればいいのか。
「えっと……。このままやと先生のことが心配やし、先生のこと取り返しに行かなあかんな」
「あんまり心配してなさそうね?」
リリさんは、形の良い眉を歪ませた。
「うん。こういうのって、どうせヒロインは無事やって決まってるし」
ここまで主人公であるオレは、先生とほとんど一緒にいた。先生の登場回数から考えてメインヒロインと見て間違いない。
メインヒロインというのは、たいてい無事なものだ。救出しに行ったら死んでる――なんて筋書きはないだろう。
それだとピーチ姫はいくら命があっても足りないことになる。ハードボイルド小説だとか、同人誌の場合なら強姦されて殺されるパターンなんかもあったりする。
しかし、異世界小説だと大丈夫のはずだ。なにより先生は神様なのだ。万が一のことがあっても、どうにか出来るはずだ。
「じゃあ魔王城まで案内してあげる。レッツゴー」
リリさんは意気揚々とそう言った。
この物語、ホンマに大丈夫なんやろか。
いっそのこと最初から描きなおしたほうがいい気がする。
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