先生! その異世界小説、間違いだらけですやん!
王様「勇者よ」オレ「いや。ちゃいますけど」
「勇者よ」
「いや、ちゃいますけど」
高い天井。
線香花火みたいなシャンデリアが吊るされている。シャンデリアと言っても、電気で灯るわけではなさそうだ。何本ものロウソクがささっている。
金色の柱が、左右にはいくつも建っている。床は真っ赤なジュウタンが敷かれている。ジュウタンが伸びる先に同じく真紅色のイスが置かれている。
そのイスに、白髪をたっぷりとたくわえた、サンタクロースみたいなオジサンが座っていた。オジサンの頭には、いかつい金色の王冠が乗せられている。
……王様なんやろか?
「ってか、ここどこですか」
オレは高校生らしく、教室で授業を受けていたはずなのだ。で、健全な高校生らしく、机に突っ伏して昼寝をしていたはずなのだ。
こんなところに来た覚えはない。
これは夢だろうか――という常套句がある。だが、普通はどんな状況に陥っても間違えない。
現実だ。
甲冑がいくつも並べられている。王様の左右にはその甲冑を身にまとった人間がいる。
王様は困ったように白髪をナデつけると、性懲りもなく、
「勇者よ」
と、繰り返した。
「いや。違うって言うてますやん。オレはただの高校生ですって。大阪本並高校の2年生。学生証もあります」
学生証は胸ポケットに入っている。学生割引以外で効果を発揮するときが来るとは思わなかった。
「なんだそれは?」
王様は上体を乗り出して、目を凝らせていた。
「学生証やって言うてますやん」
「ふむ」
王様の左右に控えていた騎士がやってきて、オレの学生証を引ったくった。王様はその学生証を受け取るとしばし見分していた。
「ね、勇者なんかとちゃうでしょう」
「ふむ」
王様は急にオレの学生証をビリビリに破りはじめた。学生証が紙ふぶきとなって散ってゆく。
「あーッ、何しはるんですかッ」
「勇者よ」
どうやらこの人、どう足掻いてもオレを勇者にしたいらしい。
「なんなんですか。イキナリ破くことないやないですか」
左右の騎士が、腰に携えていた剣を抜きはらった。
「王の前だ。失礼であるぞッ」
「えぇ……」
失礼なのは、そっちなんだよなぁ。
でも、剣なんか見せられたら、黙ってるしかない。
生まれてこのかた、ホンモノの剣なんて見たのははじめてだ。オレと騎士の間には10メートルほどの距離があるが、それなりに迫力がある。
とりあえず、この王様然としたオッサンの話に付き合ったろうかなと思った。
「大昔、神が封印した魔王がよみがえった」
付き合ったろうかなと思ってたけど、そうも言ってられない。突っ込みどころ満載だ。もしかしてドッキリカメラとか仕掛けられてるんやないやろうか。
「待ってくださいよ」
「なんだ?」
「魔王って何ですん」
「魔王は魔王だ。世界中のモンスターを従える頭だ」
そういう設定なんやろうか。
まぁ、オレも読書は好きだし、ゲームもよくする。魔王とかモンスターとか言葉の意味は、だいたいわかる。しかし、大の大人がマジメ腐った顔で「魔王」とか言うのは、どうかと思う。
「なんで蘇ったってわかるんですか」
「魔王の手によって、都市が一つ潰滅させられたのだ。その知らせが今さっき、入ったところだ」
王様は嘆くような表情で、首を左右に振った。
とりあえず話の筋は通ってるように聞こえる。
だが、オレが突っ込みたいのは、話の後半のほうだ。
「神が封印したとか言ってましたけど」
「うむ」
「仮に神様がいるとしてもですよ。なんで、魔王を封印なんかしたんですか。そんなもん神様やったら魔王を殺してしもうたら、ええですやん」
「それは何か神に深い考えがあったのであろう」
「で、その神様はなにしてるんですか」
「は?」
と、王様は虚を突かれたような顔をした。
「いや、神様が封印したんやったら、もう一回神さまに頼んだらよろしいですやん」
「神は死んだ」
ニーチェですか。
そんな無責任な。
「復活するかもしれへんのに、神さまは死んだんですか? それ封印されてる魔王のほうが長生きしてますやん」
「ゴチャゴチャとウルサイ」
王様はそう言うと小さく舌打ちした。
「すんません」
王様の左右にいる騎士が剣をちらつかせてくる。ほとんど脅迫だ。とりあえずオレは、話に付き合うしかなかった。
「そこで勇者であるお前が呼ばれたのだ。お前は異世界人であろう」
「ここは地球とちゃいますん?」
「ここはサタンベルクだ」
ピンと来た。
なるほど。世にも都合のいい異世界転移という現象が、オレの身に起きてるわけか。見ず知らずのこの絢爛な部屋にも納得がいく。
「なるほど、なるほど。そう言うことやったら、オレは異世界人やと思います」
「そうであろう」
と、王様は満足気にうなずいた。
「ですけど、異世界人やからって勇者にしてしまうのは、あんまりにも横暴というか、何と言うか」
異世界人やから勇者にするというのは、筋が通っていない。
普通、一国の命運を他国の人に任せたりなんかしないだろう。
日本の防衛大臣がインド人だったら変だ。異世界人を勇者にするってのは、それぐらい変な話だと思う。ましてや異世界人なのだ。インド人どころか、宇宙人みたいなもんだ。
「異世界人を勇者にせよという預言書が残されているのだ」
「えー」
ずいぶん都合のいい預言書だ。
「最初の装備として、ヒノキの棒と布の服を授ける」
王様の横に控えていた騎士が、台座に乗せたヒノキの棒と布の服を運んできた。オレはいちおうヒノキの棒とやらを握ってみる。ただの木の棒だ。
「ちょっと待ってくださいよ」
「まだ、何かあるのか?」
王様はヘキエキした表情を見せたが、そんな顔をしたいのはこっちのほうだ。
「百歩譲って異世界人やから勇者にするってのは、ええですけど」
いや、それもぜんぜんフに落ちないのだが。
「うむ」
「なんで最初の装備がヒノキの棒なんですか。これから魔王を倒しに行かせる相手に、ヒノキの棒で戦えって、あんまりやないですか。こんなんただの木の枝ですやん」
どこか適当な木を折った程度のものだ。大きさも人間の二の腕ぐらいの大きさしかない。固い物を思いきり叩けば、根本から折れてしまうかもしれない。ちょっと曲線を描いているところが、いかにも木の枝っぽい。
「不服か?」
「いや、不服やから言うてるんですやん。しかも布の服って何ですん。今着てる、この学生服と変わりませんやん」
むしろ、学生服のほうが丈夫そうだ。
「勇者にはヒノキの棒と布の服と決められているのだ。これも預言書だ」
「そんな殺生な」
RPGの主人公も今までよく、黙って冒険に出ていたものだ。
魔王だとかモンスターがいる――と聞かされてるのだ。ヒノキの棒で行って来いと言われて、わかりましたと言うほど、オレは度胸はない。
どうせ異世界人だから捨て駒にしてもいいか――とか思ってるに違いない。
「旅のお金として50ゴールドを渡しておこう」
王様の後ろに控えていた女性が布袋を渡してきた。この中に50ゴールドが入ってるのだろうか。
「50ゴールドって、どんなもんなんですかね?」
「薬草が1つ5ゴールドで買えるぞ」
「いやいや。明らかにショボいですよね。こんなもんすぐなくなりますって。オレ、勇者なんでしょ。せやったら、ここの国費の半分ぐらいは、もろうても、ええんとちゃうかと思うんですけど」
必死に訴えたのだが、王様の不機嫌な色が濃くなるだけだった。
「つまみ出せ」
王様はそう吐き捨てた。
騎士はオレの脇をガッチリと固めて、問答無用で城から引きずり出そうとしてくる。
凄まじい筋力だった。
特にこれといった運動をしていないオレでは、抵抗もできない。こんないかめしい連中にはさまれたら、抵抗する気も失われる。
「失礼な異世界人だな」
と、騎士が呆れたように言う。
「失礼って言うたかって、こっちは命がかかってるんですよ。木の枝で魔王を倒せ、言われても困りますって。異世界人に期待しすぎですって」
「酒場に行けば、仲間を雇えるから、そこで仲間を見つければいい」
「ちょっと待ってくださいよ。あなたたちは付いて来てくれないんですか? 兵隊いっぱいいますやん。軍隊を編成すればいいですやん。勇者に丸投げされても困りますって」
「魔王を倒すのは勇者の役目だと、決められているのだ」
「ンなアホなッ」
だいたい布の服より、オレのことを引きずってる騎士のほうが、いい装備なのはどういうことなんだろうか。
オレはまだ未成年だ。16歳の少年に魔王を倒して来いというのは、理不尽にもほどがある。
せめて、こういうのは歴戦の猛者が行くものじゃないかと思う。
異世界に来たことに不服はない。だが、何となく作り物めいている感じがする。異世界に来たというよりも、ゲームの世界に入ってるような感覚が強い。物事に矛盾が多すぎるように思う。「お約束」とでも言うのだろうか。
「いや、ちゃいますけど」
高い天井。
線香花火みたいなシャンデリアが吊るされている。シャンデリアと言っても、電気で灯るわけではなさそうだ。何本ものロウソクがささっている。
金色の柱が、左右にはいくつも建っている。床は真っ赤なジュウタンが敷かれている。ジュウタンが伸びる先に同じく真紅色のイスが置かれている。
そのイスに、白髪をたっぷりとたくわえた、サンタクロースみたいなオジサンが座っていた。オジサンの頭には、いかつい金色の王冠が乗せられている。
……王様なんやろか?
「ってか、ここどこですか」
オレは高校生らしく、教室で授業を受けていたはずなのだ。で、健全な高校生らしく、机に突っ伏して昼寝をしていたはずなのだ。
こんなところに来た覚えはない。
これは夢だろうか――という常套句がある。だが、普通はどんな状況に陥っても間違えない。
現実だ。
甲冑がいくつも並べられている。王様の左右にはその甲冑を身にまとった人間がいる。
王様は困ったように白髪をナデつけると、性懲りもなく、
「勇者よ」
と、繰り返した。
「いや。違うって言うてますやん。オレはただの高校生ですって。大阪本並高校の2年生。学生証もあります」
学生証は胸ポケットに入っている。学生割引以外で効果を発揮するときが来るとは思わなかった。
「なんだそれは?」
王様は上体を乗り出して、目を凝らせていた。
「学生証やって言うてますやん」
「ふむ」
王様の左右に控えていた騎士がやってきて、オレの学生証を引ったくった。王様はその学生証を受け取るとしばし見分していた。
「ね、勇者なんかとちゃうでしょう」
「ふむ」
王様は急にオレの学生証をビリビリに破りはじめた。学生証が紙ふぶきとなって散ってゆく。
「あーッ、何しはるんですかッ」
「勇者よ」
どうやらこの人、どう足掻いてもオレを勇者にしたいらしい。
「なんなんですか。イキナリ破くことないやないですか」
左右の騎士が、腰に携えていた剣を抜きはらった。
「王の前だ。失礼であるぞッ」
「えぇ……」
失礼なのは、そっちなんだよなぁ。
でも、剣なんか見せられたら、黙ってるしかない。
生まれてこのかた、ホンモノの剣なんて見たのははじめてだ。オレと騎士の間には10メートルほどの距離があるが、それなりに迫力がある。
とりあえず、この王様然としたオッサンの話に付き合ったろうかなと思った。
「大昔、神が封印した魔王がよみがえった」
付き合ったろうかなと思ってたけど、そうも言ってられない。突っ込みどころ満載だ。もしかしてドッキリカメラとか仕掛けられてるんやないやろうか。
「待ってくださいよ」
「なんだ?」
「魔王って何ですん」
「魔王は魔王だ。世界中のモンスターを従える頭だ」
そういう設定なんやろうか。
まぁ、オレも読書は好きだし、ゲームもよくする。魔王とかモンスターとか言葉の意味は、だいたいわかる。しかし、大の大人がマジメ腐った顔で「魔王」とか言うのは、どうかと思う。
「なんで蘇ったってわかるんですか」
「魔王の手によって、都市が一つ潰滅させられたのだ。その知らせが今さっき、入ったところだ」
王様は嘆くような表情で、首を左右に振った。
とりあえず話の筋は通ってるように聞こえる。
だが、オレが突っ込みたいのは、話の後半のほうだ。
「神が封印したとか言ってましたけど」
「うむ」
「仮に神様がいるとしてもですよ。なんで、魔王を封印なんかしたんですか。そんなもん神様やったら魔王を殺してしもうたら、ええですやん」
「それは何か神に深い考えがあったのであろう」
「で、その神様はなにしてるんですか」
「は?」
と、王様は虚を突かれたような顔をした。
「いや、神様が封印したんやったら、もう一回神さまに頼んだらよろしいですやん」
「神は死んだ」
ニーチェですか。
そんな無責任な。
「復活するかもしれへんのに、神さまは死んだんですか? それ封印されてる魔王のほうが長生きしてますやん」
「ゴチャゴチャとウルサイ」
王様はそう言うと小さく舌打ちした。
「すんません」
王様の左右にいる騎士が剣をちらつかせてくる。ほとんど脅迫だ。とりあえずオレは、話に付き合うしかなかった。
「そこで勇者であるお前が呼ばれたのだ。お前は異世界人であろう」
「ここは地球とちゃいますん?」
「ここはサタンベルクだ」
ピンと来た。
なるほど。世にも都合のいい異世界転移という現象が、オレの身に起きてるわけか。見ず知らずのこの絢爛な部屋にも納得がいく。
「なるほど、なるほど。そう言うことやったら、オレは異世界人やと思います」
「そうであろう」
と、王様は満足気にうなずいた。
「ですけど、異世界人やからって勇者にしてしまうのは、あんまりにも横暴というか、何と言うか」
異世界人やから勇者にするというのは、筋が通っていない。
普通、一国の命運を他国の人に任せたりなんかしないだろう。
日本の防衛大臣がインド人だったら変だ。異世界人を勇者にするってのは、それぐらい変な話だと思う。ましてや異世界人なのだ。インド人どころか、宇宙人みたいなもんだ。
「異世界人を勇者にせよという預言書が残されているのだ」
「えー」
ずいぶん都合のいい預言書だ。
「最初の装備として、ヒノキの棒と布の服を授ける」
王様の横に控えていた騎士が、台座に乗せたヒノキの棒と布の服を運んできた。オレはいちおうヒノキの棒とやらを握ってみる。ただの木の棒だ。
「ちょっと待ってくださいよ」
「まだ、何かあるのか?」
王様はヘキエキした表情を見せたが、そんな顔をしたいのはこっちのほうだ。
「百歩譲って異世界人やから勇者にするってのは、ええですけど」
いや、それもぜんぜんフに落ちないのだが。
「うむ」
「なんで最初の装備がヒノキの棒なんですか。これから魔王を倒しに行かせる相手に、ヒノキの棒で戦えって、あんまりやないですか。こんなんただの木の枝ですやん」
どこか適当な木を折った程度のものだ。大きさも人間の二の腕ぐらいの大きさしかない。固い物を思いきり叩けば、根本から折れてしまうかもしれない。ちょっと曲線を描いているところが、いかにも木の枝っぽい。
「不服か?」
「いや、不服やから言うてるんですやん。しかも布の服って何ですん。今着てる、この学生服と変わりませんやん」
むしろ、学生服のほうが丈夫そうだ。
「勇者にはヒノキの棒と布の服と決められているのだ。これも預言書だ」
「そんな殺生な」
RPGの主人公も今までよく、黙って冒険に出ていたものだ。
魔王だとかモンスターがいる――と聞かされてるのだ。ヒノキの棒で行って来いと言われて、わかりましたと言うほど、オレは度胸はない。
どうせ異世界人だから捨て駒にしてもいいか――とか思ってるに違いない。
「旅のお金として50ゴールドを渡しておこう」
王様の後ろに控えていた女性が布袋を渡してきた。この中に50ゴールドが入ってるのだろうか。
「50ゴールドって、どんなもんなんですかね?」
「薬草が1つ5ゴールドで買えるぞ」
「いやいや。明らかにショボいですよね。こんなもんすぐなくなりますって。オレ、勇者なんでしょ。せやったら、ここの国費の半分ぐらいは、もろうても、ええんとちゃうかと思うんですけど」
必死に訴えたのだが、王様の不機嫌な色が濃くなるだけだった。
「つまみ出せ」
王様はそう吐き捨てた。
騎士はオレの脇をガッチリと固めて、問答無用で城から引きずり出そうとしてくる。
凄まじい筋力だった。
特にこれといった運動をしていないオレでは、抵抗もできない。こんないかめしい連中にはさまれたら、抵抗する気も失われる。
「失礼な異世界人だな」
と、騎士が呆れたように言う。
「失礼って言うたかって、こっちは命がかかってるんですよ。木の枝で魔王を倒せ、言われても困りますって。異世界人に期待しすぎですって」
「酒場に行けば、仲間を雇えるから、そこで仲間を見つければいい」
「ちょっと待ってくださいよ。あなたたちは付いて来てくれないんですか? 兵隊いっぱいいますやん。軍隊を編成すればいいですやん。勇者に丸投げされても困りますって」
「魔王を倒すのは勇者の役目だと、決められているのだ」
「ンなアホなッ」
だいたい布の服より、オレのことを引きずってる騎士のほうが、いい装備なのはどういうことなんだろうか。
オレはまだ未成年だ。16歳の少年に魔王を倒して来いというのは、理不尽にもほどがある。
せめて、こういうのは歴戦の猛者が行くものじゃないかと思う。
異世界に来たことに不服はない。だが、何となく作り物めいている感じがする。異世界に来たというよりも、ゲームの世界に入ってるような感覚が強い。物事に矛盾が多すぎるように思う。「お約束」とでも言うのだろうか。
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