旦那様と執事な神様

きりんのつばさ

引退






俺が社長についてから約2年が経った。
会社も前よりも幾分か規模を伸ばして前に親父が
いた頃の成長率を超えていた。
……まぁ未だに“社長”という呼び名は慣れないが。

そして2年が経ったとある日
「ーー以上でご相談は以上です」
俺と醍醐さんは恒例の社長室での会談をしていた。
そして俺の後ろには月詠さんが立っていた。
「そうか、いつもありがとうね醍醐さん」
「いえいえ、兼続様には及ばすまい。
この年寄りの知恵が役に立って光栄です」
「なぁ醍醐さん、今会社はどうだ?」
「今ですか……」
「そう、現在の会社の雰囲気かな。
俺は殆ど社長室に閉じこもっているから分からないから
分かる様なら教えてもらえるか?」
「そうですね……社員が生き生きと働いております。
前に貴方のお父様が社長でいた頃に雰囲気は
完全に戻ったと言えましょう」
「そうか……やっとここまでこれたか……
予想以上に長くかかったな……」
俺は座りながら社長室から見える外の景色を見た。
親父はどんな気持ちで毎日ここからの景色を見ていたのか
分からないが、俺は少しでも親父の背中に近づけた
だろうかと不意に思ってしまう。
だが、社員達が生き生きと働いているとなれば
ちょっとは近づけたのだろう。
「兼続様は時間がかかったと仰っていますが
ここまでの立て直しを僅か2年で成し遂げたのは
最早鬼才と言う他ありませんぞ」
「ハハハ、鬼か」
と俺は後ろにいた月詠さんを見た。
「どうかいたしましたか?」
と首を傾げた。
「いや、何でも無い」
つい後ろに“元”神様がいたので振り向いて見たかった
だけと言ったら彼女はどんな反応をしただろうか。
「で、醍醐さん。俺から1つ相談なんだけど」
「はい、どの様なご相談でしょうか?」
「実はさ
ーー社長を辞任しようと思っているんだ」
「なんと……!! いつかは来ると思っていましたが
まさかここまで早いとは……」
醍醐さんは驚きながらも納得している表情だった。
「まぁね、元々辞め時を探していたからな」
「……ちなみにお聞きしますが、何故辞任をされようと
お思いになられたんですか?」
「社長になったのはただ社員が可愛そうだったからから
だから会社が元に戻ったら俺の目的は完遂した事になる。
そしてこれが一番の理由なんだけどさ。
ーーこの会社にもう“御堂”はいらない」
「兼続様……」
「俺の親父が亡くなってから御堂の一族のせいで
社員や会社に多大な被害を被らせたからな」
「ですが貴方様はむしろ被害者側では……
あの騒動で一番辛い思いをされたのは貴方様でしょうに」
「一番辛かったのは社員達だろうな。
だって自分はただ勤めているだけなのに経営者一族の
いざこざに巻き込まれるなんてさ、辛いだけだろ」
「だからと言って貴方様が一族の責任を取る必要が
あるのでしょうか……?」
「誰かが責任を取らないといけないだろ?
今回の一件で御堂はかなり弱まったし、
それに社員ももう御堂は嫌だろうしな」
今回の一件で御堂の勢力はかなり弱まり、元社長の一族
なんて衰退が酷過ぎた。
何故か一度全てを失った俺の方が力を持つ様に
なってしまっていた。
ならば今のうちにもう二度と御堂がこの会社と
関わらない様にしとかないといけない。
「だから俺の次の社長からは御堂と関係ないところから
引っ張ってきたいかな」
「兼続様のご意思は変わらないのですか?」
「あぁ俺の意思は変わらない。
まぁ元から会社を立て直したら辞任しようと
思っていたからな」
と俺が笑いながら言うと醍醐さんはフッと微笑み
「かしこまりました。貴方様のご意思を尊重します。
全く一度決めたら変えないのは貴方様のお父上と
同じですな。
ーーでは私も隠居先に戻ると致しましょう」
驚愕の発言が飛び出してきた。
「いやいや醍醐さんまで付き合わなくていいって
なんなら次の社長は醍醐さんに任せようと
思っていたのだが……」
御堂ではないし、会社経営の手腕もあるし
醍醐さんならこの会社を任せられると思っていた。
「この老いぼれにそんな大役は務まらないですな。
私は兼続様と働けただけで見に余る光栄です」
「だがな……」
と俺が話そうとする、醍醐さんはそれを遮り
「私は貴方様と働けたのが一番の幸せでした。
お父上がお亡くなりになられた時はそんな機会は
訪れないと思っておりましたが、まさかこの様な
巡り合わせが起きるとは長生きはするものですなぁ」
まるで親父がいた頃の記憶を思い出しているのかの様に
しみじみと言う醍醐さん。
「醍醐さん……」
「この醍醐、正直もう先は長くないのですよ。
隠居した時はあとは老いて死ぬだけかと思っていましたが
まさか、最後の最後に貴方のお父上にあの世での
土産話ができるなんて思いもしませんでした。
兼続様、感謝致します」
と深々と頭を下げてきた。
「感謝しなければいけないのは俺の方だって。
未熟な俺を支えてくれて本当にありがとう」
「私からも醍醐様に礼を言わせてください。
我が主人を支えてくださり、主人に仕えるものとして
誠にありがとうございます」
「橘殿、貴方はこれからも兼続様を支えてあげて
くださいな。私はもう支える事が出来ませんが
貴方なら兼続様を公私共に支えていけるでしょう。
ーーよろしく頼みますぞ」
「かしこまりました」
「……本当に社長をやるつもりはないのか醍醐さん」
「ハハッ、私も貴方様のお父上と長い間ご一緒した為か
ーー中々自分の意思は曲げられないのですぞ。
その件は諦めてくださいな」
「ならしょうがないか、分かったよ醍醐さん。
貴方の意思は尊重する」
「老いぼれのわがままを聞いて下さり感謝致します。
ちなみにお2人はこれからどうされるつもりで?」
「そうだね……まぁ色々とやりたい事あるけどな」
と言うと俺は後ろにいた月詠さんに手を伸ばして
こちらに引き寄せた。
「だ、だ、だ、だ、だ、旦那様い、一体何を!?」
俺の胸付近で目をぱちくりさせながら慌てる月詠さん。
「まずはこの彼女兼執事と恋人らしい事を
目一杯してから考えようかな」
この2年間、恋人らしい事と言ったらキスぐらいしか
してないのでこれからはせめてこの2年間で出来なかった
事をしていきたいと思う。
俺がその様に言うと醍醐さんは笑い出し
「ハハッ!! これはこれは実に貴方様らしいですな。
どうぞこれから存分に楽しまれてくださいな」
「あぁ、これから目一杯楽しませてもらうさ。
醍醐さんもな幸せに生きてくれ」
「私もそう致しますかな。では最後に私から
ーーこの2年間、貴方様と働けた事を光栄に思います。
そして貴方様のこれからの人生に幸あれ、ですな」



この打ち合わせから2ヶ月後、俺は社長を
醍醐さんは副社長を辞任した。
後任の社長は会社の中で醍醐さんの次に俺が信頼していた
専務をそのまま社長にした。
彼なら大丈夫だと俺と醍醐さんが思ったからだ。
またその時に他の御堂の分家の連中が自分が社長をやると
騒いでいたが、それらは無視したり時には実力行使を
したりして封殺した。

そして社長を辞任した日の帰り道、車中にて
「なぁ月詠さん」
「どうかしたしましたか?」
「俺を支えてくれてありがとうな」
「旦那様をお支えするのが執事の務めですから。
ーーでも、ありがとうございますね旦那様」
「どういたしまして。
ところで月詠さんはこれから何をしたい?」
「私、ですか?」
「そう、月詠さん」
「そうですね……私がしたい事は沢山ございますが……
まず決めている事があります」
「ん?何かな?」
「旦那様の晩御飯を作って差し上げないと
いけないですね」
「ハハッ、じゃあ美味しいの頼むね」
「かしこまりました。腕によりをかけて作ります」
と俺達は屋敷までの道を帰った。




次回から再びイチャイチャします

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