旦那様と執事な神様

きりんのつばさ

若造

月詠さんが屋敷を出てから数分後……
「ま、まさか本当に生きてらっしゃったとは……」
「あぁ、生きているよ。この通りな」
月詠さんが連れてきたのは中年の男性だった。
多分この男性がさっき月詠さんと話していた
侵入してきた人間なのだろう。
「世間では貴方様は行方不明になっていて死亡説まで
流れていたのに……まさかこんなご立派なお屋敷に」
「お世辞はいらないから、名乗ってもらえるか。
こう見えて暇じゃないんでね」
俺は変に遜った言い方がムカつき、遮る様に言った。
「そ、そうでしたね……私の自己紹介を……
私はただ今、財務部長を務めさせていただいております
深草ふかくさ繁信しげのぶと申します」
と言われ名刺を渡された。受け取った名刺をそのまま
後ろにいた月詠さんに渡した。
理由としては覚える必要が無いと思ったからだ。
「で、天下の会社の財務部長がわざわざ何の御用?
俺なんかと会っていたら立場危ういだろ?」
嫌味を込めてそう言った。
普段はあまり嫌味を言わない様にしているがどうも
御堂の会社絡みだとついつい口が悪くなってしまう。
後ろにいる月詠さんが若干オロオロした表情をしているが
あえて無視をした。
「実は……前社長のご子息である御堂兼続様。
貴方様に会社を立て直して欲しいのです」
「立て直す……だと?」
俺は目の前の男性が言っている意味が分からなかった。
いや、あまりにも予想していた通りの言葉であったため
逆に驚いてしまっていた。
俺が驚いている中、相手の男性は続けた。
「はい、現在私達どもの会社は昨年に比べて
大分経営が傾いています。原因はお分かりだと思いますが
現経営陣の手腕の足らなさでございます」
まぁ、会社が傾いている理由もその途中経過も
よく知っている。
こっちの情報網舐めないで欲しい。
「へぇ……で、その傾いている会社を俺にたて直せと?
こっちは経営の手腕は経験ゼロだぞ?」
「何を仰いますか。貴方様の経営手腕は先代の社長が
お認めになる程じゃないですか」
「……あの親父め、余計な事を言いやがって」
俺は吐き捨てる様に言うと、月詠さんが
「旦那様、確かに大旦那様は貴方様の手腕を
お褒めになっておいででした」
「……月詠さんが言うなら信じるよ」
彼女は嘘をつけない人物だ。
その彼女が言うのなら本当なんだろう。
「では、私どもを助けていただけるのでしょうか?」
「おいおい、誰が助けるって言ったんだ?」
「えっ……」
目の前の男性は驚いた顔をした。
それもそうだろう。
話の流れ的に助けてもらえると思っていたんだろうから。
というか元々答えは決まっていたし。
俺は驚いている男性を尻目に続ける。
「だってなぁ、俺の親父と母さんの葬式に
来なかった奴らの会社を助ける義理は無いな。
ーーなぁ月詠さん、葬式に誰が来たか分かる?」
「はっ、誰もいらっしゃってません。
参加したのは旦那様と私のみです。
そもそも手紙すら届いてすらありません」
「だってよ?」
「あ、あの時は私どもも会社内の処理に
追われてまして……」
「権利争いという処理だろ?
そりゃ必死になるだろうね。だってせっかく自分に
社長になる機会が回ってきたんだからな」
「私どもは決してそんな事は……」
「んなわけあるか。こっちが両親が死んで辛いのに
かかってくる電話は全部、"遺言はないか?"
"誰を社長にするか言っていたか"だったな。
全く嫌になるし不愉快だったよ」
しかも葬式の最中にもかかってくるもんだから
電話を叩き割ってやろうかと思ったぐらいだ。
「旦那様、ちなみにこちらの深草様の秘書の方からも
同じ様な電話がかかってきていました」
「……ッ!?」
それを聞いた瞬間、面白いぐらい表情が
ガラリと変わっていた。
「念のために録音しましたがお聞きに
なられますか?」
「ハハッ、やめておくよ。今それ聞いたら
ーー机を叩き割るかもしれない」
「では、やめておきましょう。
お茶のおかわりはご所望でしょうか?」
「ああ、頼むよ。砂糖多めで」
「かしこまりました」
「か、兼続様!! そこをなんとかお願い致します!!
このままだと私どもの会社。いえ貴方様のお父上の会社が
倒産してしまいます!!」
深草と名乗った男性は必死そうに頼む。だがそこに
「旦那様、お茶をお持ちしました」
月詠さんがちょうどのタイミングでお茶を持ってきた。
そのお茶を飲み、改めて彼女の腕を実感した。
「うん、ありがとうね月詠さん」
「お褒め頂き光栄です」
と礼儀正しく礼をする月詠さん。
「おい、そこの執事!! 私が話しているんだぞ!!
邪魔をするな!!」
「あっ、そう言えばいたな」
「そうでしたね。深草様、失礼しました。
ですがご自身の身勝手な言い分も少々改めた方が
よろしいかなと私は思います」
「なんだと!!」
どうやらこの深草という人間は自分より身分が
下の人間には強く出れるみたいだ。
……典型的なクズだな。
そんなクズに臆する事なく、月詠さんは続ける。
「いきなりご両親亡くされた旦那様に手を差し伸べる
どころか更に追い込む様に仕組んだのはどなた
でしょうね?」
「くっ……し、執事のくせに生意気な事を言いおって!!
私を誰だと思っている!!」
「そうですね……旦那様からのお屋敷から使用人を使って
色々と盗む様に仕向けた方、でしょうか」
「……テメェだったのか?」
俺が怒りのこもった目つきで深草を見ると
完全に怯えた表情をしていた。
「ヒ、ヒィ!? 私がそんな事をするはずが
ないでしょう!! 兼続様はこ、こんな執事の事を
信じられるのですか!?」
「あぁ、信じるさ」
「何故ですか!? ただの執事ですよ!?
兼続様を騙している可能性だって……」
「ーーそれ以上、口を開くな。
俺が我慢の限界にきているからな」
さっきからこいつの悪事を聞いて、更に身勝手な
言い分を聞かされた挙句、俺の一番大事な人を
悪く言われて我慢出来る程、俺は我慢強くない。
「とりあえず俺はお前らを助けない。
倒産するなら勝手にしてくれ」
俺は座っていたソファーから立ち上がり
部屋を出ようとした。
「そ、それは困ります!! そこをなんとか!!
どうか貴方様の力をお貸しください!!」
「断る」
「どうしてですか!! 私どもの会社の社長になれば
あらゆる物が兼続様の思い通りになるのですよ!!」
「悪いが興味無い。 さぁ帰ってくれ。
月詠さん、下までお送りしてあげろ」
「はっ」
その時、怒りだろうか顔が真っ赤になっている深草が
俺の方に向かってきた。
「こ、この若造が!!  私がここまで必死に頭を下げて
いるくせに何故大人しく従わない!!
若造のぶん……」
「ーー深草様」
と月詠さんはこっちに向かってきた深草の背後から
首元に手刀を添えた。
「ヒィ……!!」
「それ以上、私の主を貶しめるなら私は貴方様を
絶対許しません。命が惜しいなら口を慎みなさい。
ーー貴方ぐらいすぐに出来ますよ」
と言っている目がマジだった。
しかも彼女の場合、それが可能なので恐ろしい。
「ーー月詠さん、そこまで」
「……旦那様の前でお恥ずかしい真似を
申し訳ありません」
「私に対して謝罪は無いのか!!
この執事ごときが……」
「口を慎め、クズが。
お前ごときが月詠さんに文句を言えねえだろ。
ーー死にたくなければさっさと帰れ」
俺がそう言うと深草は完全に沈黙した。



トボトボと帰る深草の後ろ姿を屋敷の窓から
俺はお茶を飲みながら見ていた。
「親父の会社ね……まぁ興味無いが」
親父が成長させた会社をあんなクズどもが経営している
と考えると怒りがこみ上げてくるが、別に興味は無い。
今はそれよりも何よりも……
「旦那様、先程はお見苦しいところを見せてしまい
誠に申し訳ありません」
「いや、良いって。俺には月詠さんがいてくれれば
それだけでいいんだって」
「だ、だ、だ、旦那様!? そのお言葉は私にとって
大変喜ばしいお言葉ですがあまりの嬉しさに
心臓が落ち着きません!!」
こんな可愛い執事との日常を過ごしていたい。


だが結局、この後すぐして俺は会社に戻ることに
なるのであった。

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