魔王様は異世界をジェットコースターで繋いでみたかった

桐生 舞都

第一部 異世界っぽい-1


俺、神波《カンナミ》ジュンイチが目を覚ますと、そこはもう潰れかけの遊園地の中では無かった。
 
「う、ううん……ここは……?」 
 
重いまぶたを上げ、薄目を開く。まったく見慣れぬ光景に、俺は戸惑いを隠せなかった。

「――まさか、天国?」

ずっと眠っていたらしい。
俺がいたのは見知らぬ部屋だった。ここはホテルの一室か何かだろうか。
赤いじゅうたんが敷かれた高級そうな部屋。
 
そして俺の体は、今さっきまで乗っていたジェットコースターの固い座席ではなく、ふかふかの茶色いソファーに座らされていた。

おかしいな。
俺は遊園地にいたはずなのに。

もしかして、誘拐監禁? 誰かに連れ去られたんだろうか。けど、こんな冴えない会社員を誘拐して、どうするつもりなんだ。

いや、そもそも自分はさっき、ジェットコースターから投げ出されて宙を舞ったではないか。

遊園地でジェットコースターに乗っている途中、突然何かが折れたような音、とても大きな音がして、シートベルトに縛られたまま、機体ごと投げ出された。

記憶はそこで途切れている。

あのアトラクションの名前――

『フジヤマエベレストスピン』、

とかいうのは明らかに名前負けしているとはいえ、あの高さと速度では助からないだろう。

サラリーマンである俺が平日の真っ昼間からジェットコースターなどに乗っていたのは、れぅきとした仕事でだった。

目的は、勤めてるコンサルタント会社の依頼先である、大きなグループ企業、そこが経営している遊園地の調査だった。

そこの経営があまり思わしくないらしい。

俺は実際に足を運んで調査することになり、当然、その過程でアトラクションなどもやってみる必要があったのだ。

俺は正直言って、遊園地みたいな場所に行くのがめっちゃ恥ずかしい。年齢的にも、そして真面目で堅い先輩で通ってる(後輩談)普段の職場でのキャラ的にも。

何が悲しくて、三十歳近い独り身が、遊園地でぼっちで絶叫しなけりゃならないんだ。「経営戦略コンサルタント」なんていうカッコいい肩書きまで持っているのに。

けど、後ろ指をさしてくるカップルや家族連れがいなかったのは幸いだった。
 
ただし、それはあの遊園地が、俺が子供の頃に訪れたときと比べてかなり悲惨な状態になっていたのが原因だった。

いくら平日でも、コースターに乗っているのが俺だけだなんて。

どうせ大赤字で予算が無くてろくにメンテナンスもしていなかったに違いない。

そりゃ、こうして本社から調査されるわけだよ。
事故って落下するわけだよ。

なにが『フジヤマエベレストスピン』だ。清々しいほどの名前負けっぷりで、二つの霊峰に失礼だと思わないのか。

仕事だから仕方なかったとは言え、絶叫系なんて乗るもんじゃないなぁ……違う意味で絶叫することになってしまった。

俺はコースターから転落して、そうして天国に来ちゃったのかなあ……。

今すぐにでも遊園地を訴えてやりたい気分だけど、死んじゃったのなら、もうどうしようもない。ああ、やりきれないなぁ……

けど、待てよ。
死んだあとって、身体はどうなるんだ?

そう思って自分の体を確かめると、いつもと変わらぬ肌色の手がスーツからのぞいている。

よかった、胴体はつながってる。

からだじゅうを服の上からまさぐっても、特に傷などは見当たらない。

「くぉぅ……っ」
 
さらにカラダの調子を確かめようとためしに背筋を伸ばすと、うなり声のようなあくびが喉から出た。
筋肉の緊張がほぐれて気持ちいい。

そうやってリラックスしていると。

――ギュイン!

【神波ジュンイチ レベル 1】
【素質:魔王級】

「ん、なんだこれ」

俺の目の前に、四角くて薄い、半透明の板のようなものが出現した。

目をこすってもう一度見ると、半透明の板は消えていた。

何か、文字が浮かんでいたようだったが、疲れすぎて幻覚でも見たんだろうか。

そういえば、天国(?)に来たってのに連日の疲れは全然抜けていないな。


さて、これからどうすれば良いんだろう。

部屋から出てここがどんな場所なのか知るべきなのだろうが、俺はそのままソファーでくつろぐことにした。

疲れが限界近くまで押し寄せていて、とても眠気に抵抗できるような状態では無かったからだ。赤いソファーの絶妙な柔らかさが妙に全身にフィットして、気付けば俺はうとうとしていた。
  
しばらくそうやってソファーに倒れこんでいると、コンコンというノックの音と共に、女の人の声が部屋の外から聞こえてきた。

「失礼します」
 
人か?

俺は慌ててソファーから起き上がると、部屋の外の声に呼び掛けた。

「は、はい、どうぞ……って、あれ?」

ガチャリと開いたドアの先には――誰もいない。

ドアノブがひとりでに回って、ドアが勝手に開いたように見えた。

「うわっ!」

俺はドアを開けた存在の正体に気づき、思わず叫ぶ。

なんとゴルフボールほどのサイズの大きな目玉が、ゆらゆらと宙に浮かんでいたのだ。

そいつは一個の丸い目玉に、コウモリに似た黒い翼が生えてパタパタと飛んでいる。

出てきたのは、人間ではなく、丸い目玉だった。

――化け物だ!

思わず後ろに飛び上がると、飛ぶ目玉のいるほうからさっきの女の人の声が聞こえてきた。

「怖がらなくて大丈夫ですよ、ジュンイチさん」

「えっ、俺の名前を知ってるの?」

変な目玉が、どうして俺のことを?

「驚かせてしまい、もうしわけありません。これはわたしではなく、イビルアイという魔物です。

ジュンイチ様を召喚し直す際に、少しばかり位相がずれてしまったため、急きょイビルアイを遣わせました。
まあ、今は通信機だと思っていてください。

わたしはこの建物の外にある庭園から、この通信機を使って話しかけております」

魔物? 召喚? なんのことだろう。

「え、じゃあ通信機の裏から語りかけてる君は、ちゃんとした人間なの?」

「さようでございます」

「……その、天使とかじゃなくて?」

「?」

「あ、いや、何でもないんだ。それで、俺はこれからどうすれば?」

俺は質問する。
自分の置かれた状況がまだ理解できないが、今はこの目玉(を操ってる女の人)がガイド役をしてくれるということだけは何となく分かった。

「はい、まずはドアを開いて部屋の外に出てくださいませ」

「わかった」

俺は素直に指示に従う。

部屋の外、廊下に出ると、赤いじゅうたんが敷かれている。
壁にかかっているランプのうすぼんやりとした光が長い廊下を照らしていた。

装飾が施されて曲がった窓の外からは月が見える。今は夜のようだ。

「ここって……」

俺がいたのは、どこかの洋館の中だった。

「前方に敵影を確認しましたわ。

ジュンイチ様、今から言う指示に従ってスライムとの戦闘を行ってください」

「戦闘だって? どういうことだい?」

俺がイビルアイに聞き返していると、暗闇の奥から青いグミのような物体が跳ねてきた。

「おわっ!?」


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