フォビア・イン・ケージ〜籠の中の異能者達〜

ふじのきぃ

Chart15「テトラ・トキシン」

【Side:ダスト/
 PIC:トレーニング・ルーム】

「今日から一週間、アンタをみっちりがっちりしごく、アタイの名は"テトラ・トキシン"よ!」

 その学生服を着た茶髪女は腰に手を当てながら鼻を高く掲げてそう言った。
 オレは口を開けたまま軽く聞き流していた。

「呼び名は何でも良いわ! テトラ"様"でも、トキシン"様"でも構わないわよ?」

(……"様"は必須かよ!)

 心の中で突っ込む。どうやらこの女は実力には余程の自信があるらしい。
 ならば此方こちらも相応以上の名乗りを挙げないと無作法と言う事か。

(刮目するがいい──!)

 オレは左脚を重心に、もう片脚をやや後ろ気味に大きく広げ、砂煙が舞い上がらんばかりの勢いで足裏を摩擦させる。
 そして持前の振舞いを、台詞を、設定厨を披露する。

「クハハ! 我は遥かいにしえたる大あく──」

 刹那、細く閉じた掌が眼前に現れた。
 自己紹介は突然にも中断されてしまう。

「ハイ、ストップ! お子ちゃまの肩書きPRピーアールは結構。時間が惜しいから本題に入るわよ!」

「……は?」

 オレは呆気に取られてしまう。
 そして何より、解せなかった。

「……"お子ちゃまの肩書き"だとお〜? 聞き捨てならねぇなあオイ。訂正しろー!!」

 このアマには到底理解出来まい。
 オレがどれだけの年月を費やし、考えに考え抜いた渾身の二つ名を。
 それなのに、この不届き者は──

「たーっ! うるさいうるさいうるさーい!!」

(えー……)

 両手に握り拳を作り、万歳の如く立ち振る舞い反抗する逆ギレ女。
 カルシウムが足りてないのだろうかと思わんばかりに身を引いてしまう。

「アンタ……このままじゃ、恐怖症フォビアに呑まれてしまうわよ?」

「なん……だと?」

 茶髪女は人差し指を突き立て、死の宣告を告げる。
 オレの能力チカラが不完全だとでも言いたいのだろうか。
 まあ、ぶっちゃけその通りだ。
 その為にこの場を借りて演習するワケだ。
 我が内に秘めし、呪われたチカラを意のままに操る事が出来るように。

「そう言えばアンタ。自分の血液を操るんだっけ? えーっと、血液恐怖症ヘモフォビア? あっは! ヘンな名前〜!」

 谷間から小型のスタフォを取り出し、オレの個人情報が載っていたであろう資料を調べて小馬鹿にする。

「てか、アタイと同い年なんだ。意外! てっきりアンタ年下かと思ったわ!」

 携帯端末を元の場へと挟み、スカートの丈を整える仕草をする。
 色々とツッコミたいのだが、無意識的な色仕掛けはほんと勘弁願いたい。

色欲の罠ハニートラップだろ……アレは)

 頬が、耳が熱い。オレは気付かれないように顔右半分を右手で覆い、目を背け距離を取る。
 すると奴はニタニタとニヤけ、右手で「カモン」と挑発して来たのだ。

「ほら、能力を見せたらどう? アタイが仕方なく直々に見定めてあげるんだから感謝するのね!」

(……ンだよ偉そうに。ツンデレキャラかよ!)

 奴の態度が気に入らない。
 他人ひとを見下すような、あの態度が。

(まあ、ここからはオレのターンだ)

 再び片脚をやや後ろに弧を描きながら開く。
 靴裏がすり減りそうだ。

「いいだろう……我が血塗られし暗黒魔術に──」

 左手で黒衣コートを掴み、なびかせる。
 顔を覆っていた右手を外し、黒衣の内ポケットからクロノグラスサングラスを取り出す。
 そっと身に付け、フゥ……と一息。
 靡かせた左腕を水平に保ち、一時の静寂。
 やがてグラス越しに睨みを効かせ──叫ぶ!

「恐れおののくがいい!」

「なんなのそのムダな動きはっ!」

 案の定、ツッコミを入れてきた。
 奴の性格上、そうせざるを得なくなったのだろう。
 この時を待っていた──!

「スキあり! 紅き短剣クリムゾン・ダガー!」

「なっ?!」

 意表を突き、形成した血液の刃を茶髪女の隣り目掛けて投擲とうてきする。
 演習とは言えど、流石に女子供に怪我させてしまうのは気が引ける。
 だがこれで牽制けんせいにはなっただろう──

 パシャーン!

 紅き短剣は液状に戻り、テトラの顔面に直撃した。

「あ、やべ」

 嵐の前の静けさが訪れた。
 テトラの顔も髪も服も真っ赤に染め上げられる。
 さながらホラー映画の被害者の怨霊のよう。
 或いは、返り血を浴びた殺人鬼のようにも見える。

「……」

 血塗れ女は無言のまま、服の血濡れていない箇所(ちょうど腹部の辺り)を器用に使い顔を拭う。
 服の裏側を捲って拭いているからか、南半球が見え隠れしている気がした。

「──ふう」

 拭き終え、顔を真上に持ち上げて一息つく。

「あーあ。アンタの所為でおニューの服が汚れちゃったじゃん! お気に入りだったのになぁ」

 そう言い終えると、なんの躊躇なく学生服を脱ぎ出した。

「ちょ?!(マズいですよっ!)」

 慌てふためき、両腕で顔を覆う。
 遅れた思春期のオレには刺激が強過ぎる行為だ。

(この場で脱衣だなんてそんなそんなそんな──ちら)

 指先でクロノグラスを器用に外す。

「な、なんだあれは……」

 両腕の隙間から裸眼で垣間見たもの。
 其れは茶色から漆黒へと変色していく長髪。
 付根から毛先へと波の様にうねり、染まっていく。
 やがて長い髪は数多の禍々しい触手へと変態し、蒼い輪の模様が次々と浮かび上がる。

(ゴクリ……)

 固唾を呑む。オレの両腕は顔を覆ったまま動かなかった。
 いや、のだ。
 本能的に危険を察知していたのだから。
 まさか逆に刮目させられるとは思ってもみなかったのだ。

「──さあて、レディの顔に男臭塗れな血をっ掛けてくれる、至極シゴク残念ザンネンキワまりない下衆イ道ゲスイドウ野郎は何処どこ何奴どいつなのかしらあ?」

 其奴そいつの色白だった素肌はさらに青白く変色し、生気を感じさせない程だった。
 亡者の如き細腕に黒き触手を絡ませ、肌を撫で合っている。

(がたがたがたがたがた……!)

オレは只々、身体を震わせながら其の光景に魅入ってしまっていた。

「アタイの[毒訓ドックン♪]は、ちょっぴりゲ・キ・レ・ツ・なんだから覚悟しなさい!」

 口元を小さな舌がペロリと右から左へ這わせる。
 一瞬だけ八重歯が見えたが、まるで蛇の牙のようにも見えた。

(動け……オレの足──!)

目を閉じ、自身を奮い立たせようと動かぬ脚部に命令する。

(落ち着けオレ……この状況から打破するんだ。どんな相手であろうと弱点はある筈なんだ!)

「どうしたのお? アタイのこの容姿に怖気付いちゃったのかなあ?」

『パシン!』と、触手を鞭のように白い地面へと叩き付ける。

「ひっ!」

 油断して乙女のような悲鳴を上げてしまう。

(声が裏返っちまったじゃねえか!)

 弱腰になった自身に対し、内心嫌気が差す。
 だが、お陰で脚を動かせたのは事実。
 ならばやるべき事は唯一つ──

「戦略的撤退ダッ!!」

 きびすを返し、猛ダッシュでその場から離れる事!

「あっは! 逃げるの? もう演習は始まってるのよ? アンタがアタイに不意打ちを食らわせた時からもう既にね!!」

 続いて後を追い、触手で捕らえようと伸びていく。

「言ったろ? 戦略的撤退とな。逃げて体勢を整えるンだよ!」

「はあ? 何よソレ。真面目に戦えー!」

「イヤー!」

 反発し合い、無数に迫り来る悪魔の触手に注意を払いながらヤツとの距離を伸ばす。

「待ちなさーい!」

「ムリー!」

 そんなやり取りを10分近く繰り返していた。



「はぁ……はぁ……」

「だぁ……だぁ……」

 流石にバテてしまった。しかしどうやら向こうも同じく疲労が伺える。
 苦肉の策だったが、まんまとオレの戦略にハマってくれた訳だ。

「に、逃げるなー!」

「む、無茶言うなー!」

 お互い疲れ切った足を力無く動かしていた。
 そうだ。勝てないと解っている敵と真っ向から戦うなんて、阿呆のする事だ。
 だからオレは、この時を狙っていたのだ。

(頃合いか……)

 足を止めて振り向き、その場に立ち尽くす。

「ぜぇ……ぜぇ……! やっと、止まった……わね!」

「ダァ……ダァ……! なっさけ……ねえなあ。演習担当の……くせに。さては……運動不足だな?」

 そう言うオレも久しぶりの運動な為、膝に手を付き身体を支えていた。

「ハア……?! アンタに……アタイのなにが……解るっていうのよ!」

 触手女も身体を膝に預けているようだ。
 蟹股か内股の違いなだけで、ヤツは後者だ。

「お、図星か」

「むっかあ……っ!!」

 オレの煽りにいちいち反応し、地団駄じだんだしている。

(にしても、黒のスパッツか)

 スカートでよく見えなかったから気にはならなかった。
 触手形態じゃなければ、目の遣り場に困惑するところだった。

「ククク。オレのターンだな」

 息も整えたところで、右腕の包帯封印に左手を掛ける。
 封印を解くと同時に、予め右手で掴んでいた黒衣を真横に振り払う。
 血染めた帯の絡まる左手で顔を覆い、指の隙間とグラス越しから眼を妖しく光らせる。
 そして解放した右拳を天に翳し、持前の台詞を紡ぐ。

「我が名の下に命ずる! 我が内に眠りし遥か古たる名も無き大悪魔よ!」

 全身に巡る血液を全て右手へと収束させ、巨大な血液の球体を生み出す。

「今こそ真なる力を解き放ち、我が魔剣となりて愚者共を薙ぎ払え──!」

 やがて自身の背丈の倍近くは有ろう真紅の大剣を形成し両手で持つと、くうを斬るかの如く振り払う。

『名モ無キ血染メノ大魔剣』オブスキュア・ブラディ・バスタード

「へぇ……!」

 毛髪触手を畝らせ、目を見開いたまま声を漏らす。

「感心していられるのも今の内だ。行くぜ──!」

 剣先を後ろに、下方へ向けたまま両手で構え──駆ける!

「うおおおおおおおお──」

 距離を縮め、渾身の一撃を叩き込まんとする。

「だけど」

 テトラが小さく呟く。

「──ぉああ、へゃぁ」

 意識が飛び、助走の勢いでグラスが外れる。
 オレ自身はそのまま顔面を叩き付けてしまった。
 大剣は大量の血液に戻り、地面に血溜まりを作る。
 その様子を見ていたツンデレ。
 次第に肌は血色が良くなり、髪色は元の茶髪に戻っていった。

「……そんな事だろうと思ったわ」

『はぁ』と溜息を吐き、スタフォを取り出す。

「──あ、もしもしモズ男? 今手ぇ空いてる? 至急、患者を医務室に運んで欲しいんだけど」

 ものの数分でオレは担架で運ばれていった。
 顔面に激痛があり気掛かりだったものの、頭が回らない。血が足りないのだ。
 間も無くオレは気絶した。

 今回の敗因……それは能力を過信した余り、あろう事かオレは自滅してしまった事だ。
 RPGで例えるなら、体力を消費する技を使い、HPの残量を超えてしまったが為に戦闘不能になったといったところか。
 我ながら何とも間抜けな敗北を味わってしまう羽目になってしまったのだ。

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