フォビア・イン・ケージ〜籠の中の異能者達〜
Chart11「アンドちゃん」
【追憶:アラタ孤児院跡エレベーター内】
エレベーターに乗り込んだオレ達。扉の横のボタンを調べてみると、[R]のボタンに橙色のランプが点いていた。
試しに他の階層ボタンを押してみるも、何故か反応が無い。つまりは屋上へ来いと言う事だろう。
「上等だ……!」
オレは勢いよく[閉]のボタンを押した。『扉にご注意下さい』と電子音声が鳴り、やがて密閉空間が出来上がった。
閉まる寸前、扉の向こう側に誰かが佇んでいたのを見た気がした。
でもそれはオレの願望だったかもしれない。《イトシィが生きていたら》という、叶わぬ願い。
悲しい。泣きたい。大声で叫びたい。けれど、泣いている場合じゃあない。
決着をつけるんだ。それまでは、込み上げてくるモノを留めておこう。
そして密室の箱舟は上昇していった──
   
聞こえる。
         
聴こえてきやがる。
         
子供の頃から頭に響いていたあの声が。
この孤児院に来てから、声が大きくなって来ている気がする。特に、このエレベーターに乗り込んだ瞬間に。
「ハァ……ハァ……」
「アーモンド? 顔色が悪いけど」
息が荒いオレを気遣うケミス。
「済まねぇ。乗り物酔いって奴……な」
心配させまいと下手な嘘を吐く。まあ、エレベーターが作動する際の、宙に浮くような無重力感覚はあまり好きではないな。
エレベーターは全部で4ヶ所設置されていて、屋上へ行けるのはこの受付側のやつだけだ。
孤児院は3階建てで屋上付きの構造。横幅、奥行の広い建物だ。正面から見ると教会を模している造りで、空からなら中心には中庭が見えてくるだろう。頑張れば[国]とも読めるかもしれない。そんな造りの病院だ。
何故教会なのかは、オレの知る限りアラタさんが唯一、[神]を信じていたからだ。
それと、助けられなかった子供達の冥福を祈る場でもあった。
ならばこの声は子供達のものなのだろうか?
違う。この声はきっと──
『ポーン』
再び電子音が響き、扉が開く。着いたようだ。直ぐ先に屋上への扉がある。
「行こう。アーモンド」
「ああ」
この先に、ブラッドマンが居る。
*
【追憶:アラタ孤児院跡屋上】
此処は当時、主に患者の洗濯物やベッドのシーツを干す場であったが、昼食を摂るのにこの場を選ぶ人間も居た。オレやアラタさんもその内に入る。あの時一緒に見た夜空の月も綺麗だったなあ。
そういえば、アンドちゃんも居たっけか。丁度、あの奥のフェンスに右手を絡ませている後ろ姿なんか特に──
「アンド──ちゃん?」
「誰か、居るのか?」
ケミスも気付いたようだ。感傷に浸って、一瞬気が付かなかった。
オレは確かめるべく、そのナース服姿の人影の元へ駆け出す。そこそこ広い屋上だが、辿り着くまで苦にはならなかった。
「やっぱり……」
ぱっと見の印象は誰が見ても人間の後ろ姿だと思うであろう。肩程の長さの黒髪は傷んでいるのか、所々絡まっていて見窄らしい。櫛があれば整えてあげたい程に。
白い制服は汚れ、同色だったであろうタイツも黒く色褪せてしまい、解れていた。
左側に移動し横顔を確認する。顔の輪郭も皮膚も口元も、本当に人間で成人した女性のように整っていた。
アンドちゃんを含むアンドロイドを造ったのは、アラタさんと彼女の知人らしい。ロボットとは思えないくらいに精密な作りだ。
唯一、人とは違うと解る部分は【瞳】だ。厳密に言えば[瞳孔]なのだが、明らかに機械だと理解できる。例えるなら、カメラのレンズの構造を思わせるかのよう。
「止まっているな……」
機能は停止しているようだ。目を開けたまま、微笑んで。その視線と横顔は斜めに、空へと向いていた。満月だ。
最期まで、ずっと──見ていたのだろうか。オレもアンドちゃんの左傍らで、夜空を見上げた。
少しの間、思い出す──
『ヤット キテクレマシタネ』
『ヒーローは遅れて登場するモンだろ?』
なんて、厨二全開で草生え育ち過ぎて大樹海な台詞を当時はよく言えたモンだ。穴が在ったら引き篭もりたい。ダンジョンなら大歓迎だが。
因みに言うと、この時の話は俺がまだ学園に入学していない頃の話で、屋上でオレとアンドちゃんがゴッコ遊びをしていたんだ。
オレがヒーロー役で、アンドちゃんが機械の国の王女役だったなあ──
(ん……?)
思い出から現実に帰って来たオレは、ある違和感を感じざるを得なくなってしまう。
アンドちゃんがこちらを向いている。先程まではフェンス越しに斜め上の空を、もとい満月を見ていたハズでは?
改めて見るその機械の瞳は、もはや違和感を通り越して不気味さを引き立たせてくる。
「アンド、ちゃ──」
『ヤ  ッ   ト   キ   テ   ク   レ   マ   シ   タ   ネ』
                                  
「ひっ?!」
オレは柄にも無く声が裏返り悲鳴を上げた。機能停止している筈のロボットが不意に動き出し喋るのだ。驚いた勢いで尻餅をついてしまう。
するとアンドちゃんは機械の身体を軋ませながら、同じ目線になるようしゃがみ込んだ。
『ダ   イ   チ   ク   ン』
                 
『オ   ク   ス   リ   ハ』
                      
『チャ   ン   ト   ノ   ミ   マ   シ   タ   カ?』
                                     
途切れ途切れに雑音の入った音声が漏れる。姿勢が低くなっても尚、オレをじっと見つめるアンドちゃんは余りにも気味が悪かった。
お薬──アンドちゃんから送られた、発作を抑える薬。発作を抑える効果があるとかなんとか。
そういえば、丁度切らしてしまっていた。かれこれ1週間くらい経っている。
そうか──オレ、あの時の手紙……ちゃんと読んでなかったんだ。薬が無くなったら直ぐに此処へ来るべきだったんだ。
だからアンドちゃんは──
『コポォ』
ブラッドマンに取り憑かれてしまったのだ。
「あ……あぁ……」
オレは恐怖で動けず、只管に其の光景を目に焼き付けざるを得なかった。アンドちゃんの口や鼻、耳、眼の隙間から血液が溢れ噴き出す。その勢いは、紺碧の夜空も浮かぶ満月をも、紅く染め上げるかのよう。
「紅月の──ブラッドマン」
やがて血液は集束され、ヒトのカタチを形成していく。
アンドちゃんはオレの横側へと倒れ、金属がコンクリートを叩く音が響いた。
ナース服はもう、紅く染まっていた。
『コンバンハ』
『ワレノ──おりじなる』
ぬめらぁ……と、人型の流動体が蠢き、両眼や口のような窪んだ穴から聞き覚えのある声が聴こえる。
ああ、やっぱり声の主はコイツだったんだな。ブラッドマンの正体はオレの血液なんだ。子供の頃に流れ出た血なんだ。だからオレを探していたんだろう。どういう訳か、意思を持って。
きっと、アラタさんやアンドちゃんが血を集めてくれてたんだ。オレの身体に戻す方法を、コイツを今日まで生かしておく方法を、考えてくれていたんだ。
だけどな──オレはコワイ。
お前は他の人達を、アラタさんを殺した。お前が事件を起こすから、オレの大切な人達が犠牲になってしまったんだ。
そんな奴を受け入れろと?
『ウ   ケ   イ   レ   テ』
「あ……アンド、ちゃん……?」
ブラッドマンに集中してしまっていた為、アンドちゃんがオレにしがみ付いて来た事に気が回らなかった。人間の見た目とは裏腹に、金属特有の鉄サビの匂い……そして重量に。
「ぐあっ! お、重い……離れてくれ!」
『ア   ナ   タ   ノ   チ   カ   ラ   ヲ』
『ウ   ケ   イ   レ   テ』
容赦の無い握力と体重により、オレは身動きが取れなくなっていた。
「アアアアアァッ!!」
叫べども為す術無く、血に塗れていく。ごぼごぼ──と、オレの顔面の凡ゆる隙間に侵入していく流動血液。当然、息が続かず踠き苦しみ……やがてオレは意識を失った。
薄れ行く中、ケミスが何度も呼んでいた気がした。
エレベーターに乗り込んだオレ達。扉の横のボタンを調べてみると、[R]のボタンに橙色のランプが点いていた。
試しに他の階層ボタンを押してみるも、何故か反応が無い。つまりは屋上へ来いと言う事だろう。
「上等だ……!」
オレは勢いよく[閉]のボタンを押した。『扉にご注意下さい』と電子音声が鳴り、やがて密閉空間が出来上がった。
閉まる寸前、扉の向こう側に誰かが佇んでいたのを見た気がした。
でもそれはオレの願望だったかもしれない。《イトシィが生きていたら》という、叶わぬ願い。
悲しい。泣きたい。大声で叫びたい。けれど、泣いている場合じゃあない。
決着をつけるんだ。それまでは、込み上げてくるモノを留めておこう。
そして密室の箱舟は上昇していった──
   
聞こえる。
         
聴こえてきやがる。
         
子供の頃から頭に響いていたあの声が。
この孤児院に来てから、声が大きくなって来ている気がする。特に、このエレベーターに乗り込んだ瞬間に。
「ハァ……ハァ……」
「アーモンド? 顔色が悪いけど」
息が荒いオレを気遣うケミス。
「済まねぇ。乗り物酔いって奴……な」
心配させまいと下手な嘘を吐く。まあ、エレベーターが作動する際の、宙に浮くような無重力感覚はあまり好きではないな。
エレベーターは全部で4ヶ所設置されていて、屋上へ行けるのはこの受付側のやつだけだ。
孤児院は3階建てで屋上付きの構造。横幅、奥行の広い建物だ。正面から見ると教会を模している造りで、空からなら中心には中庭が見えてくるだろう。頑張れば[国]とも読めるかもしれない。そんな造りの病院だ。
何故教会なのかは、オレの知る限りアラタさんが唯一、[神]を信じていたからだ。
それと、助けられなかった子供達の冥福を祈る場でもあった。
ならばこの声は子供達のものなのだろうか?
違う。この声はきっと──
『ポーン』
再び電子音が響き、扉が開く。着いたようだ。直ぐ先に屋上への扉がある。
「行こう。アーモンド」
「ああ」
この先に、ブラッドマンが居る。
*
【追憶:アラタ孤児院跡屋上】
此処は当時、主に患者の洗濯物やベッドのシーツを干す場であったが、昼食を摂るのにこの場を選ぶ人間も居た。オレやアラタさんもその内に入る。あの時一緒に見た夜空の月も綺麗だったなあ。
そういえば、アンドちゃんも居たっけか。丁度、あの奥のフェンスに右手を絡ませている後ろ姿なんか特に──
「アンド──ちゃん?」
「誰か、居るのか?」
ケミスも気付いたようだ。感傷に浸って、一瞬気が付かなかった。
オレは確かめるべく、そのナース服姿の人影の元へ駆け出す。そこそこ広い屋上だが、辿り着くまで苦にはならなかった。
「やっぱり……」
ぱっと見の印象は誰が見ても人間の後ろ姿だと思うであろう。肩程の長さの黒髪は傷んでいるのか、所々絡まっていて見窄らしい。櫛があれば整えてあげたい程に。
白い制服は汚れ、同色だったであろうタイツも黒く色褪せてしまい、解れていた。
左側に移動し横顔を確認する。顔の輪郭も皮膚も口元も、本当に人間で成人した女性のように整っていた。
アンドちゃんを含むアンドロイドを造ったのは、アラタさんと彼女の知人らしい。ロボットとは思えないくらいに精密な作りだ。
唯一、人とは違うと解る部分は【瞳】だ。厳密に言えば[瞳孔]なのだが、明らかに機械だと理解できる。例えるなら、カメラのレンズの構造を思わせるかのよう。
「止まっているな……」
機能は停止しているようだ。目を開けたまま、微笑んで。その視線と横顔は斜めに、空へと向いていた。満月だ。
最期まで、ずっと──見ていたのだろうか。オレもアンドちゃんの左傍らで、夜空を見上げた。
少しの間、思い出す──
『ヤット キテクレマシタネ』
『ヒーローは遅れて登場するモンだろ?』
なんて、厨二全開で草生え育ち過ぎて大樹海な台詞を当時はよく言えたモンだ。穴が在ったら引き篭もりたい。ダンジョンなら大歓迎だが。
因みに言うと、この時の話は俺がまだ学園に入学していない頃の話で、屋上でオレとアンドちゃんがゴッコ遊びをしていたんだ。
オレがヒーロー役で、アンドちゃんが機械の国の王女役だったなあ──
(ん……?)
思い出から現実に帰って来たオレは、ある違和感を感じざるを得なくなってしまう。
アンドちゃんがこちらを向いている。先程まではフェンス越しに斜め上の空を、もとい満月を見ていたハズでは?
改めて見るその機械の瞳は、もはや違和感を通り越して不気味さを引き立たせてくる。
「アンド、ちゃ──」
『ヤ  ッ   ト   キ   テ   ク   レ   マ   シ   タ   ネ』
                                  
「ひっ?!」
オレは柄にも無く声が裏返り悲鳴を上げた。機能停止している筈のロボットが不意に動き出し喋るのだ。驚いた勢いで尻餅をついてしまう。
するとアンドちゃんは機械の身体を軋ませながら、同じ目線になるようしゃがみ込んだ。
『ダ   イ   チ   ク   ン』
                 
『オ   ク   ス   リ   ハ』
                      
『チャ   ン   ト   ノ   ミ   マ   シ   タ   カ?』
                                     
途切れ途切れに雑音の入った音声が漏れる。姿勢が低くなっても尚、オレをじっと見つめるアンドちゃんは余りにも気味が悪かった。
お薬──アンドちゃんから送られた、発作を抑える薬。発作を抑える効果があるとかなんとか。
そういえば、丁度切らしてしまっていた。かれこれ1週間くらい経っている。
そうか──オレ、あの時の手紙……ちゃんと読んでなかったんだ。薬が無くなったら直ぐに此処へ来るべきだったんだ。
だからアンドちゃんは──
『コポォ』
ブラッドマンに取り憑かれてしまったのだ。
「あ……あぁ……」
オレは恐怖で動けず、只管に其の光景を目に焼き付けざるを得なかった。アンドちゃんの口や鼻、耳、眼の隙間から血液が溢れ噴き出す。その勢いは、紺碧の夜空も浮かぶ満月をも、紅く染め上げるかのよう。
「紅月の──ブラッドマン」
やがて血液は集束され、ヒトのカタチを形成していく。
アンドちゃんはオレの横側へと倒れ、金属がコンクリートを叩く音が響いた。
ナース服はもう、紅く染まっていた。
『コンバンハ』
『ワレノ──おりじなる』
ぬめらぁ……と、人型の流動体が蠢き、両眼や口のような窪んだ穴から聞き覚えのある声が聴こえる。
ああ、やっぱり声の主はコイツだったんだな。ブラッドマンの正体はオレの血液なんだ。子供の頃に流れ出た血なんだ。だからオレを探していたんだろう。どういう訳か、意思を持って。
きっと、アラタさんやアンドちゃんが血を集めてくれてたんだ。オレの身体に戻す方法を、コイツを今日まで生かしておく方法を、考えてくれていたんだ。
だけどな──オレはコワイ。
お前は他の人達を、アラタさんを殺した。お前が事件を起こすから、オレの大切な人達が犠牲になってしまったんだ。
そんな奴を受け入れろと?
『ウ   ケ   イ   レ   テ』
「あ……アンド、ちゃん……?」
ブラッドマンに集中してしまっていた為、アンドちゃんがオレにしがみ付いて来た事に気が回らなかった。人間の見た目とは裏腹に、金属特有の鉄サビの匂い……そして重量に。
「ぐあっ! お、重い……離れてくれ!」
『ア   ナ   タ   ノ   チ   カ   ラ   ヲ』
『ウ   ケ   イ   レ   テ』
容赦の無い握力と体重により、オレは身動きが取れなくなっていた。
「アアアアアァッ!!」
叫べども為す術無く、血に塗れていく。ごぼごぼ──と、オレの顔面の凡ゆる隙間に侵入していく流動血液。当然、息が続かず踠き苦しみ……やがてオレは意識を失った。
薄れ行く中、ケミスが何度も呼んでいた気がした。
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