フォビア・イン・ケージ〜籠の中の異能者達〜
Chart10「ケジメ」
【追憶:アラタ孤児院跡1階受付】
「状況を整理する必要がある」
──と、ケミスが提案した。オレも冷静になる為、同意し受付まで戻って来た。
比較的崩れていないソファとテーブルが目に留まる。埃を払い、互いに腰を下ろした。
         
腕を豪快に広げ、背凭れに寄り掛かった。天井を仰ぐ。格子状の造りだ。籠の中の、何とやら。
「ねえ。アーモンド」
「おお。何だ?」
ケミスが呼び掛けた。首を起こし、下目遣いで目視する。奴は上着を脱ぎ、白のワイシャツになって項垂れていた。両肘をそれぞれの膝に立て、両手指を組ませた様は、宛ら仕事疲れのサラリーマンのようだった。
(缶コーヒーを持たせてやりたい……)
即席で思い付き、笑いを取ろうと考えた。けれど、それどころじゃない事が彼の次の言葉で物語った。
「アーモンドも[恐怖症患者]なのかい?」
「な……?!」
不意を突かれ、がばりと身体を起こす。
「さっきの廊下を歩いて気付いたんだ。壁の落書きや床の赤いシミ。君は避けるように目を逸らして伏せていただろう?」
「そ、そりゃあ……アレが血だと思えば、誰だって怖いと思うだろ?」
「そう。そこなんだ」
ケミスが袖ボタンを外した右腕でL型の指を指す。
「僕は独自で恐怖症を調べていてね。今の御時世、[コワイ]と思うだけで恐怖症を患い兼ねないんだ。きっかけさえあれば忽ちステージ5へと昇格してしまうんだよ」
ナルホド、だからイトシィの時も妙に詳しかった訳だ。
酪農フォアグラ……だっけ?
「それじゃあ、オレは何の恐怖症に当たるんだ?」
ケミスが顎に手を遣る。
「多分……[血液恐怖症]だろう。血液や赤いモノに敏感に反応する辺りから推測すると、ね」
「へ、へも??」
思わず脱力してしまった。もっと、こう……カッコいい名称を期待してたのに。ソファーから滑り落ちるトコだった。
「弱そうな名前だな。ヘモって」
「血液中のヘモグロビンから来ているんだと思うよ。色素が赤だから、故に患者は赤いモノでも畏怖するんじゃないかな」
饒舌に語り掛けるリーマンケミス。営業向いているんじゃないか? それか学校の教師。
本当に頭が回るヤツだ。部員に勧誘して正解だった。オレに足りないモノを持っている。
だからこそ補える。支え合える。あんなクソみたいな学園でも、3人でなら逆境を乗り越えられる。そう思っていたんだ。
もう──失いたくないんだ。
「……だからね? 君が血液恐怖症を患っている可能性があるのなら、チミドロさんは諦めた方が──」
オレはじっと、ケミスと目を合わせる。逸らさず、ただ真っ直ぐに。
「……本気、なんだね?」
「ああ。ケジメ、着けさせてやらねえとな」
『ポーン』
電子音が静寂を驚かせ響き渡った。
「な?! 此処って電力の供給が断たれている筈じゃ……」
そう。この孤児院は完全停止している筈。だと言うのに、エレベーターが作動している。この1階で止まり、扉が開いたまま。
まるでヤツがオレを誘っているかのように。
「はっ! 呪いのエレベーター気取りか? 異世界にでも連れてってくれるのか?」
だったら面白いのに……と、思うオレはやはり気が触れてしまったのだろう。
「アーモンド、これは罠だ! 明らかに都合が良すぎる!」
「尚更好都合だ。これでブラッドマンの正体がハッキリするんだからな!」
高揚してエレベーターへ駆け出そうとすると、ケミスがオレの右腕を掴んだ。
「……止めても無駄だぞ?」
「分かってる。だから一緒について行くよ」
横目で睨んでみたものの、彼の真剣な眼差しにオレは負け、申し訳なく目を伏せた。
             
「え? 今なんて……?」
「うるせぇ。もう言わね」
サングラスを掛け直し、照れ臭さを隠す。やがてオレ達は覚悟を決め、エレベーターに乗り込んだ。
「状況を整理する必要がある」
──と、ケミスが提案した。オレも冷静になる為、同意し受付まで戻って来た。
比較的崩れていないソファとテーブルが目に留まる。埃を払い、互いに腰を下ろした。
         
腕を豪快に広げ、背凭れに寄り掛かった。天井を仰ぐ。格子状の造りだ。籠の中の、何とやら。
「ねえ。アーモンド」
「おお。何だ?」
ケミスが呼び掛けた。首を起こし、下目遣いで目視する。奴は上着を脱ぎ、白のワイシャツになって項垂れていた。両肘をそれぞれの膝に立て、両手指を組ませた様は、宛ら仕事疲れのサラリーマンのようだった。
(缶コーヒーを持たせてやりたい……)
即席で思い付き、笑いを取ろうと考えた。けれど、それどころじゃない事が彼の次の言葉で物語った。
「アーモンドも[恐怖症患者]なのかい?」
「な……?!」
不意を突かれ、がばりと身体を起こす。
「さっきの廊下を歩いて気付いたんだ。壁の落書きや床の赤いシミ。君は避けるように目を逸らして伏せていただろう?」
「そ、そりゃあ……アレが血だと思えば、誰だって怖いと思うだろ?」
「そう。そこなんだ」
ケミスが袖ボタンを外した右腕でL型の指を指す。
「僕は独自で恐怖症を調べていてね。今の御時世、[コワイ]と思うだけで恐怖症を患い兼ねないんだ。きっかけさえあれば忽ちステージ5へと昇格してしまうんだよ」
ナルホド、だからイトシィの時も妙に詳しかった訳だ。
酪農フォアグラ……だっけ?
「それじゃあ、オレは何の恐怖症に当たるんだ?」
ケミスが顎に手を遣る。
「多分……[血液恐怖症]だろう。血液や赤いモノに敏感に反応する辺りから推測すると、ね」
「へ、へも??」
思わず脱力してしまった。もっと、こう……カッコいい名称を期待してたのに。ソファーから滑り落ちるトコだった。
「弱そうな名前だな。ヘモって」
「血液中のヘモグロビンから来ているんだと思うよ。色素が赤だから、故に患者は赤いモノでも畏怖するんじゃないかな」
饒舌に語り掛けるリーマンケミス。営業向いているんじゃないか? それか学校の教師。
本当に頭が回るヤツだ。部員に勧誘して正解だった。オレに足りないモノを持っている。
だからこそ補える。支え合える。あんなクソみたいな学園でも、3人でなら逆境を乗り越えられる。そう思っていたんだ。
もう──失いたくないんだ。
「……だからね? 君が血液恐怖症を患っている可能性があるのなら、チミドロさんは諦めた方が──」
オレはじっと、ケミスと目を合わせる。逸らさず、ただ真っ直ぐに。
「……本気、なんだね?」
「ああ。ケジメ、着けさせてやらねえとな」
『ポーン』
電子音が静寂を驚かせ響き渡った。
「な?! 此処って電力の供給が断たれている筈じゃ……」
そう。この孤児院は完全停止している筈。だと言うのに、エレベーターが作動している。この1階で止まり、扉が開いたまま。
まるでヤツがオレを誘っているかのように。
「はっ! 呪いのエレベーター気取りか? 異世界にでも連れてってくれるのか?」
だったら面白いのに……と、思うオレはやはり気が触れてしまったのだろう。
「アーモンド、これは罠だ! 明らかに都合が良すぎる!」
「尚更好都合だ。これでブラッドマンの正体がハッキリするんだからな!」
高揚してエレベーターへ駆け出そうとすると、ケミスがオレの右腕を掴んだ。
「……止めても無駄だぞ?」
「分かってる。だから一緒について行くよ」
横目で睨んでみたものの、彼の真剣な眼差しにオレは負け、申し訳なく目を伏せた。
             
「え? 今なんて……?」
「うるせぇ。もう言わね」
サングラスを掛け直し、照れ臭さを隠す。やがてオレ達は覚悟を決め、エレベーターに乗り込んだ。
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