フォビア・イン・ケージ〜籠の中の異能者達〜

ふじのきぃ

Chart3「重力操作」

【PIC:カウンセリング・ルーム】

「自らの落下による能力発現……か」

 ふむ──と、トバリノ先生は左の拳を顎に当てて相槌をうつ。

「君の能力は恐らく、[重力操作]の類だな」

「じゅう……りょく、です?」

 わたしは首を右に傾げ、頭の上にハテナマークを思い浮かべる。

「自分や散乱した所持物が浮いていた。きっとそれは能力で浮力を与えていたんだろう。
そして手を伸ばした瞬間にタワーが押し潰されてしまった。多分それは、[超重力スーパー・グラビティ]によるものだ」

「すーぱー……? ぐらび……ティー?」

 一瞬だけ高級な茶葉の名前かと勘違いしてしまう。喉に潤いが欲しくなり、机の上にあったお冷を二、三度口に含む。

「人が物に触れる時、手に力を込めるだろう? 君の場合、能力が発動中にもかかわらず、余分な力を加えてしまった……」

 先生は卓上で左手を見せた。何かを持つような動作を行ったと思いきや、グッと握り拳を作ってジェスチャーをして見せる。

「結果、タワー全体に重力の負荷が掛かり、倒壊させたんだと思う」

 下に添えた右手の平に拳をパチンと軽く叩きつけた。拳は開き、砂埃を払うかのように指と指を擦らせる。

「そんな! それじゃあパパとママは、わたしの所為で! タワーに居た人達も……」

 白い机がぼんやりと、わたしを映し出す。ややツリ目でぷっくりと膨らんだ頰の表情が青ざめ、強張っている。
 両手で顔を覆い、しばらく塞ぎ込んでしまう。

 カウンセラーがカルテをそっと置いて席を外すと、両手を絡み合わせて指をぽきぽきと鳴らす。
 背伸びをし、柔軟運動を始める。横顔はどこか遠くを見ている様子だった。

(──本当に、この世は理不尽だ。こんな少女にさえ宿命を背負わせるとは……な)



「──以上で、カウンセリングは終了だ。これまでの事で何か質問はあるかな?」

 少し落ち着きを取り戻し、わたしは気になっていた事を聞いてみた。

「そういえば、ここの部屋って広いですね。どうしてですか?」

「ああ、それは──」

 先生はクスリと笑いながら答えた。

「管理長のコダワリなんだ。あの人は狭い空間が苦手でね。」

「管理長……です?」

「この施設を建設した最高責任者なんだ。君が保護された時に一度会っている筈だよ。」

「あ──」

 多分、ジョリジョリ顎の人だ。
『んーんー』言っていたシルクハットのおじさん。

「そんなに凄い人なんです? ジョリジョリしてそうでしたよ。顎が」

「……あれは無精髭ぶしょうひげって言うんだよ。ファーさん、本人にソレ言っちゃ駄目だからね?」

 そう言って先生はカルテを持ち、再び読み始めた。
 顔が隠れてしまい、表情がよく分からないけれど、なにか笑いを堪えているかように肩が震えていた。

「あの、わたしはこれからどうすればいいでしょうか。この能力チカラの事も、どうしたらいいか分からない……です」

 途端に場の空気が変わった気がした。

「──そうだね。良い質問だ」

 パタンとカルテが置かれ、はにかみながら先生は真剣な眼差しでこう答えた。

「明日から君には一週間掛けて、能力向上を目的とした実戦演習を受けて貰う」

「え……?!」

「そして一週間後、恐怖症患者同士で命懸けのサバイバルが行われる。これにも参加して貰うよ」

(実戦演習? サバイバル……?)

 突然の物騒な言葉に、わたしは動揺を隠さずにいられなかった。

「君には申し訳ないと思っている。けれど必要な事なんだ。此処で生き抜くには恐怖症を克服し、能力を使い熟せるように頑張るしか無いんだよ」

「わたし、こんな恐ろしいチカラ……使いたくないです……!」

 次の瞬間、わたしは背筋が凍りつくような感覚に捉われる。


「使わなければ、君は生き残れない」


 先生のその眼も一言も氷のように冷たく鋭く、わたしは声にならない恐怖を感じていた。

「今日は話し疲れただろう。この後はゆっくり休むといい」

 さっきまでの威圧感が嘘のような微笑みを見せる。

「明日は演習内容について説明するから、一週間丸々使って勉強していこうな」

「はい……」

 わたしは断れないまま、わたしが使っている個室のドアまで先生に送られた。
 きっと、断る事は許してくれない。それだけの罪を犯してしまったのだから。
 これが、わたしに課された償いなのだろうか。

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