フォビア・イン・ケージ〜籠の中の異能者達〜

ふじのきぃ

Chart2「スカイピアッサータワー」

 今でも信じられない。

 両親が、わたしを……

 殺そうとしてたなんて。


【ファーの追憶:スカイピアッサータワー】

 とてもひどい仕打ちだ。

 両親は嫌がるわたしを強引にタワーへと連れ出した。
 まさか頂上の展望台の端から突き落とすなんて思いもしなかった。
 分厚い雲で淀んだ空の中。
 錆びかけの手すりを命綱として両手で掴み、今にも転落してしまう状況下の自分。
 引き剥がそうと暴力を振るう父親に必死で謝り続けていた。

『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!!』

 わたしは死に物狂いで泣き叫び、喚き、命乞いをし続けた。

『ちゃんと……ちゃんと、パパとママの言う事……聞くから。だから、落とさないで……殺さないでぇ、死んじゃうぅからぁ──』

 けれど両親は暴力を止めなかった。

『悪魔の片割れめ! お前の所為で我が家は破滅だ!』

『貴方が悪いのよ! よりによって恐怖症患者フォビックになってしまって……!』

 二人は取り憑かれたかのように人が変わり果て、わたしの訴えを聞く耳持たなかった。

『[ステージ5]の恐怖症患者フォビックは処分。我が国の決まり事なのだ!』

『例え家族でも……[ステ5]をかくまうものなら、私達夫婦も処刑されるのよ!』

 こんな仕打ち──理不尽だ。

『おねがいぃ……ひぅ、死にたぐない……ひっく、じにだぐなぃ……!』

 どうする事も出来ず、ひたすら赤ん坊のように泣きじゃくるしか他なかった。
 きっと、わたしの目も顔も真っ赤になって酷く変わり果てていた事だろう。

『おねが──』

 がきん。

 乱暴に押され、遂に手すりが壊されてしまった。
 視界が曇り空に変わり、わたしの背中が吸い寄せられていく感覚に陥った。
 揺れるお気に入りのツインテール。光の当て具合で七色に変わる。
 両親も褒めてくれた自慢の髪……なのに。
 肩にぶら下げていたキャラバッグ。
 ジッパーが開き、色とりどりのペンやお菓子袋がこぼれ出した。

『国の為だ……』

『パパとママを、許して……』

 わたしの願いは叶わず、父親に突き落とされてしまった。
 無力にも、鬼のような恐ろしい顔で涙を流していた両親を見つめる事しか出来なかった。

『いやあああぁぁあっ!!』


 落ちる。

 堕ちる。

 墜ちる。

 怖い。

 恐い。

 こわい。


 物凄い力で地上へと引き寄せられていく感覚。
 身体は硬直し、頭の中は真っ白で何も考えられなくなる程に。

 このまま地面に落ちて、潰れて、めちゃくちゃに、ぐちゃぐちゃになって、血がいっぱい、たくさん出て、痛くて、辛くて、苦しんで死んじゃうんだ──

 嫌だ。

 イヤだ……いやだ。

 落ちたくない、オチタクナイ──!

 無意識に、タワーと両親のほうへと左手を伸ばす。


                                              

『え──?』

 落下していたはずのわたしは不思議な事に、フワリと宙に浮いていた。
 辺りには散らばったショルダーバッグの中身も一緒に浮かんでいたのだ。

『浮いて……る?』

 それに微かに頭の中から聞こえてくる声。


                                                

 聞き覚えのあるような女の子の声。


    ファー                          
                                       

『ばりっ!』と、左手から電気が走るような音が鳴った。

『ベ』
  『キ』
    『ゴ』

 スカイピアッサータワーはメキメキと全体に亀裂が入り、物凄い騒音を立て……まるで空き缶を踏み付けたかのように圧し潰されてしまった。

 わたしの両親を巻き込んで。



 非現実的な出来事が次々と起き、わたしは宙に浮いたまま呆然としていた。
 思考が追いつかなかったのだ。
"コレをわたしがやった"だなんて、信じられなかったから。

 ふと、周囲が一瞬で真っ暗になった。
『確保』という声が何処からか聞こえたかと思うと、今度は眩しい光が差し込んだ。
 反射的に閉じてしまったまぶたを徐々に開けていくと、そこはパーティー会場を思わせる豪華な広々とした空間に変わっていた。
 キラキラしたシャンデリアに、お洒落なテーブル上には美味しそうなお菓子が沢山!

『足が地面に付いて……る?』

 大理石のような模様の床には赤いカーペットが直線上に敷かれ、わたしは何時の間にか佇んでいた。

『ようこそ。能力チカラに目覚めし者よ』

 突然、男性の声が響き渡った。
 カーペットの先の視界がぐにゃりと歪んだかと思うと、一瞬で大勢の人達が目の前に現れた。
 メイドさんが着ているような服の女の人。
 黒いドレスを着た無表情な女の子やロボットみたいな女性も居れば、この場に似つかわしくないだろう女子高生も居た。
 ざっと8人くらいだろうか。その内にトバリノ先生も居た気がした。

 すると中央の黒いタキシードのような服装の男性が一歩前に出る。
 わたしのバッグを指差し『開けてみたまえ』と、にっこりした顔で言った。
 バッグを開けてみると、なんと散らばっていたはずの所持品が全部入っていたのだった。好物のバウムクーヘンも。

『ありがとう……ございます』

『どういたしまして。ん〜♪』

 父親よりは若い三十代くらいで、ジョリジョリしてそうな顎が印象的な男性。
 被っていた黒のシルクハットを右手で取り、ミュージカルの役者みたく両腕を大きく広げてお辞儀した。

『我々は君を歓迎するよ! んっんー!』

 こうして、わたしはPICの人達に保護され、悪夢のような一日が終わった。
 かれこれ一週間前の出来事だった。

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