星屑世界

オンネ

3.おかしな夢

互いが昼食を終え、飾空が一方的に
話し、蛍はそれを意に介さず
携帯をいじるか読書をするという恒例の
時間に入る。

昼食を食べ終えたのなら、さっさと
この、気温、衛生、状態最悪の屋上から
立ち去るべきなのだろうが、
蛍にとっては
この状態最悪で静かな屋上から去って、
綺麗でうるさくてうざったい校舎に
戻るほうが地獄なので、
休み時間中はずっと此処にいる。
飾空のお喋りは確かにうるさくは
あるが、雑音には聞こえないので
一応ながら許容範囲にはいる。

ただ、今日は違った。
携帯を相手にしていた蛍が、ふと、
思い出したように溢した。

「……そういや最近変な夢見るんだよな」

その言葉に飾空は肩を揺らして反応する。

「……夢?」

「そ、夢」

思い出すように目を細めながら蛍は頷く。
曰く、その夢はこうなのだという。
自分は全く知らない所に立っている。
立っているところもよくわからない。
なんせ、周りが輪郭をもっていない。
全て、水彩絵の具の色を
滲ませたかのように
ぼやけてしまっていて、
しっかりとしたものはなにもない。
白いキャンバスに水をひいて、その上から
薄い色を重ねたような、そんなところで、
意識すれば霧のようなものが出ている気が
するが、次の瞬間には
それすら認識できなくなる。
自分の姿を確認して、ふとした瞬間に
声が聞こえてくるのだそう。

「いつもそこで目が覚めるな。
    自分の姿も確認したはずなんだけど
    全然覚えてない。
    声も――うん、覚えてないな。
    何言ってたかも覚えてない」

まぁ、時間が経つほど記憶なんて
ぼんやりしてくるから
実際は違うかもな、なんてぼやく。
飾空は俯いていてその表情は見えない。
しかし、静かな何かを発している。
それに気付いた蛍が怪訝に思って
顔を覗き込もうとする――

「――まぁ、結局は夢、だしなぁ。
    気にしなくてもいいんじゃね?」

よりも先に飾空は顔をあげる。
その表情はいつもと何ら変わらず
明るく朗らかだった。
途中から消えていった声の震えは
蛍には気付かれなかった。

「気にするも何も俺はなんとも
    思ってないよ。
    ただ、最近この夢しか見ないから
    ちょっと記憶に残っただけ。
    ついさっきまで普通に忘れてたし」

「世間一般的にそれを
    気にするっていうんじゃね?」

「忘れてたっつってんだろ。この阿保」

「わあお、流れるように暴言吐いたな。
    流石だわ」

「そりゃどうも。嫌になったら
    もう関わんなくていいぞ」

「俺はお前の親友だからな。それはない」

やっぱ頭おかしいとまた悪態をついて、
やはりそれも笑って流される。
いつもの、ペース。いつもの、やり取り。
だから、このあとも、いつも通りの
時間になるはずだった。
しかし、今日はやはり、何かが
違っているらしく。
その話題はもう終わったものだと
思っていたのに。
掘り返したのは飾空だった。

「うん、でも、まぁ、蛍。
    
                           ――もうその夢見るなよ」

そう、言った。いつになく真剣な
面持ちで、飾空はそう言った。
たかが夢に対して。
内容も覚えていないような夢に対して。

「何言ってんのお前。夢なんて
    見ようと思って見れるもんじゃないし、
    無理だろ」

「まぁ、そうなんだけどさ。
    ……あんま、良い夢じゃ無い気がする」

珍しく言葉を濁しながら喋る飾空に
蛍は興味無さそうに、あっそ と返した。

休み時間の終わりを告げるチャイムが
鳴り響いた。
頭に響く、嫌な音。嫌いな音。雑音。
いつもと同じ感想を抱きながら、ふと、
まるで、何かが崩れる音のよう、
なんて考えて蛍は頭を振った。
――なにを考えているんだ
      たかがチャイムの音に。
――くだらない。
柄にもなく気持ち悪いことを考えたと、
眉を潜めながら階段に向かう。

屋上から出る直前、
ふと気になって振り返る。
いつもなら騒がしくともに屋上から
出る飾空がぼんやりと座り込んでいるのが
見えた。
飾空に限って授業をサボるなんて
真似はしないし、そのおかしな
様子に違和感を覚えた。
けれどもそれは蛍には関係のないこと。

――やっぱり疲れてんな。
      だるい。
最近のおかしな夢のせいなのか、
どうも、寝てもすっきりしない。
気持ちの良い目覚めなどこの人生で
体験したことの無い蛍だが。
静かな屋上から中に入り、
うるさい校舎に戻る。


吹き抜けた生温い風に、
蛍はまた眉をよせ、そして頭痛に似た
違和感を覚えた。
やっぱり、疲れているらしい。

――なにかが崩れてしまった
      気がした、なんて。

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