星屑世界

オンネ

1.鈴回 蛍は人間嫌い

4限目の授業終了を、
知らせるチャイムが鳴る。
先程までの静けさと
授業のつまらなさからくる 気だるげな
雰囲気は何処へいったのかと
疑いたくなるほどに騒がしくなる教室内。

あー、お腹すいた。あの教師まじくそ。
ねー5限目の課題やったー? 部活でよぉ。
購買行こうぜー。2組のあいつさぁ。
一緒にご飯食べよー。ねみぃー寝るわぁ。
また別れたらしーよ?昨日の番組でさ。
えーまじ?今の授業寝てたノート見せて。

――あぁ、うるさい。
ノートを静かに片付けていた少年は
がらりと変わった教室の雰囲気に眉を
寄せ、小さく舌打ちを打った。
その音は教室の騒音に呑み込まれ
誰にも届くでもなく消えていく。
勉強道具を仕舞い込むと、鞄から弁当を
出してさっさと教室を出ていく。
誰もが自分のすることなすことに夢中で
少年に気付かず、
また、少年も周りに興味はなく、
誰に声をかけるでもなく足を運ぶ。

そうして、少年がたどり着いたのは
最上階の物置。
しかし、少年の目的は物置ではなく
その物置と化した空間に位置する扉の先、
つまり、屋上だった。

本来鍵が掛かっているこの屋上、
しかしその屋上に行くまでの過程が
面倒で更に埃っぽい。
屋上に出ても夏はただただ暑く、
冬は凍えるように寒いだけ。
春と秋も時折暖かく、時折涼しくは
あるものの、それならば わざわざ
屋上にくる必要はない。
なんなら、中庭や校庭に桜だの紅葉だの
観賞材料もあり、この屋上なんかより
心地のよい場所など幾らでもあり、
要はこの屋上、
人気もなく、くる理由もなく、
不便なだけで誰かがくることなど無い。

おまけにそんなところだからこそ、
掃除などされているはずもなく
衛生面も最悪。
随分と前に生徒会だか何処かの委員会だか
校内清掃ということで不憫にもこの
屋上の掃除をあてがわれていた。
実際に掃除を実行したわけだが
長年ほっとかされた汚れとしみがそんな
ことで落ちるわけもなく断念された。

そんな屋上であっても誰かが来て 
入るのは禁止されているらしく、
一応ながら鍵はかかっていた。
…錆び付いてボロボロになった南京錠は
ほとんど役目を果たしてはいないが。
一応ドアノブにも鍵はついている。

しかし、少年は南京錠は無視して
ドアノブを掴むと、ガタガタと
乱暴に回し続けた。
そして、ノブを回したまま、ドアを押す。
がたついた鍵は乱暴にノブを回す衝撃で
外れ、呆気なくドアは開いた。

大して綺麗でもない、
都市部の空気を肺に吸い込む。
そうして、校庭から見えないよう
影になる部分に、所定位置に移動する。

――そしてそこには先客・・が居た。
誰もくることなどないようなその屋上に。
少年は、呆れたように先客に目を向け、
言い放つ。

「お前もいい加減飽きないな。
    飾空」

先客――飾空かざりぞら 岡喜こうきはその声に反応して
耳からイヤホンを外す。
そして、こちらを見て にっこりと、
人の良さそうな笑みを浮かべる。

「や、蛍。今日は中々早かったな」

一つ溜め息をついた
少年――鈴回すずまわり けいは飾空の挨拶は無視し、
しかし彼の隣に腰を下ろす。
というより、蛍の所定位置の隣に
彼が座っているだけであり、なんなら
最初はわざわざ位置を変え、
距離をとって座った。
元より、騒がしいのも 人も好きでなく、
なんなら両方とも嫌いな蛍の取りそうな
行動だった。

一方、そんな飾空はどこ吹く風といった
様子でわざわざ取った距離を詰め、
決して友好的でも愛想がいいわけでもなく
むしろ不遜的で無愛想な蛍に積極的に
話し掛けてきた。
当初、蛍は周りの人にそうするのと
同じように、冷たい言葉を投げ掛け、
適当にあしらっていた。
なんなら、平気で毒まで吐いた。
鈴回蛍という人間は
自分と同種であるはずの人間が
とことん嫌いである。
一部に例外が居るが。
しかし、当然ながら
飾空はその例外には入らない。
よって飾空は蛍にとっての
嫌いに分類される。

――だというのに。
飾空はそれで蛍を嫌がるどころか
更に距離を縮めてきた。
それは、物理的な意味でも、
内面的な意味でもだった。

蛍が地味にキレて珍しく自分が引こうと、
位置をずらしたり、もっと奥に座っても
飾空は何かと理由をつけて自分から
近寄ってきた。
何が楽しいのかさっぱり分からないし
分かりたくもないが飾空はいつも
へらへらと楽しげだった。
流石に屋上以外に行くのは蛍としては
妥協できないので我慢していたのだが、
飾空相手だと距離を取ろうが取るまいが
勝手に近付いてくるので、これはムリだ、
無意味だと判断するはめにまでなった。
結果、あまりのしつこさで、
珍しく蛍のほうがおれることとなり、
結局、一緒に過ごすことを許していた。

蛍は思う。
――こいつ、ほんとに頭おかしい。

なんなら、この程度のことはいくらでも
本人に言っている。
「お前、相当頭おかしいね」
だとか
「頭のねじ何本か外れてんじゃないの」
だとか。
それでも飾空は怒るどころか
笑って流すのだから相当な人物だった。
もとより、 発言を流す以前に
蛍と関わろうと思う時点でかなり
周りから外れた人物なのだが。

そして今もその体勢は崩れない。
蛍は別に飾空に何処かに行って
貰ったって構わないから、やはり、
平気でその毒舌を発揮する。
というかさっさと何処かに
行って欲しくて仕方がない。
そして、飾空は平然で蛍の無礼を流して
一緒に過ごす。

改めて、蛍は思う。
――こいつ、やっぱ、絶対頭おかしい

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