♯影冤の人〜僕は過去で未来のキミと、二度出逢う〜

道楽もん

狂える想い


 薄く光る膜のようなものに包まれた『がしゃどくろ』は、急に頭を抱える様な格好で叫び声をあげる。

「ギャアアァああ……あ、あづい……」

「……今の……」

「……喋った……まさか? 」

 大音量で聞こえてくる咆哮に混じる言葉の様な響きに、ヒロキ達は思わず顔を見合わせる。

「……マズいぞ、コモチめの意識が徐々にハッキリとしておる……妖魔としてよみがえるまで、あと一刻の猶予もないっ」

 頭皮のない、剥き出しの頭蓋ずがいをかきむしる様な妖魔の姿を見たヒロキは、唇をぎゅっと噛み締めると同時にそこへと向けて走り出す。

「ーーどけぇっっっ」

 群がる小型妖魔をあしらい、ヒロキは『がしゃどくろ』と成ってゆくコモチの足元ーー光る膜の中で唯一、ヒビの入る箇所へと瞬く間に走り寄る。

「……今楽にしてやる、コモチさんっ」

 ーーふぅっ、と短く息を吐き、草鞋わらじは土埃をあげながら大地をぎゅむと踏みしめるーー太刀はその脇を滑る様に疾り、斬り上げられた切っ先に余す事なく大地の力を伝える。

「ーーでりゃあああっっ」

 流れる様な動作でヒロキは光の膜を打ち破らんと太刀を振るう。……いかに完璧な動作であったとしても、強力なその『障壁』を破る事は叶わなかったかもしれない。しかし、ヒビの入ったそれは耐えることが出来ず、パキンーーと乾いた音を響かせて光の膜にひと一人分の穴を穿うがつ。

「……おおっ、やりおった」

 晴明はやや興奮した面持ちでヒロキを眺めながら、味方を含む自身の周囲に小型妖魔を寄せ付けぬ土壁の術を張り巡らせる。

 光の膜の内部に侵入したヒロキは、すぐさま『がしゃどくろ』の足に斬りつける。

「……ふんっっ」

「ギャああああっっ」

 太刀筋が紫色の尾を引きながら、次々と白い妖魔の身体を切り分ける。コモチはたまりかねた様に、叫び声をあげながら脚をあげる。
 
 ぼたぼたと黒い血の様なモノを撒き散らしながら、コモチは太刀を回避する為に振り上げた脚をすぐさま攻撃に転じて振り下ろす。

「グアァああっっ」

「……ムッ」

 まるで足元を這いずる虫を踏みつぶそうとするかの様に、体重を掛けて勢いよく迫るコモチの左脚は、すんでのところで着地点を見極めたヒロキにかわされる。

「……でりゃああああっ」

 巨大な丸太の様なコモチの左脚がヒロキの背後に突き刺さる。間髪入れず身をひねりながら跳び上がり、空中で半回転する勢いを太刀に乗せて、その丸太の様なコモチの足首にあたる骨を袈裟懸けに寸断する。


 ーーズルリ。

 体重のかかった一撃を躱され、切り口が斜めにされ尖ったすねの骨が地面に突き刺さり、コモチの重心は崩される。ぐらりと頭蓋が揺れたかと思うと辛うじて両膝をついて倒れるのを防ぐ。

「……ググッッ……」

「まだまだぁっ」

 ヒロキは目の前に見えるコモチの一部を無闇やたらに斬りつける。

「いだぃぃ……」

 相当効いているのかコモチは一度だけ天を仰ぐと、虚無のまなこに怒りの炎を灯してヒロキを睨みつける。

「ぐぐっ……こしゃぐな……」

 コモチは足元でうろつくヒロキを叩き潰そうと、拳の形に握った両手を振り下ろしてくる。

「うはっ……とっ……どうした? 俺は此処だぞっ」

 雨あられと降り注ぐ左右の拳をかいくぐり、ヒロキは挑発を続ける。業を煮やしたコモチは広範囲を潰そうと手を広げる。

「……来たっ」

 蝿を追うがごとく、したたかに手の平を地面に打ち付けるコモチ。舞い上がる土埃が一瞬にしてヒロキの姿を隠してしまう。

 姿の見えなくなった虫の居所を確認しようと、コモチは両手を引いて地面を見渡す。

「……どごだ……? 」

 舞い上がる土埃が晴れた時、そこにヒロキの姿は無かった。
 つぶさに地面を眺め気を取られているコモチの腕に、いつのまにかしがみついていたヒロキの姿が見える。

「……ぐぐぐっ……」

 ヒロキは太刀を口に咥え、急激に襲い来る遠心力に振り落とされぬ様、必死の形相でコモチの様子を伺っていた。

 妖魔が何やら考え込む様に動きを止めた一瞬の隙をついて、ヒロキは咥えた太刀を手に持ち替え、思い切り妖魔の身体に突き立てる。

「ぐあっ……」

「ヘヘっ……こっちだ、こっち……」

 妖魔の腕の骨に太刀を突き立てたヒロキは、それに寄りかかる様な形で立ち上がる。ヒロキの姿を見咎みとがめたコモチは、腕に張り付く害虫を叩き潰すかの様に反対の手の平を差し向ける。

「……今だっ」

 コモチの左の手の平が右腕の骨を叩く直前、ヒロキは刺さった太刀を引き抜きざま左手の甲に飛び移る。
 そのままダダダッと勢いよく左腕を駆け上がるヒロキ。坂道の様な腕の中程に差し掛かるや否や、少し離れた妖魔の肋骨に向けて大きく坂を蹴る。

「……ヒョォオッ」

 引きつった様な笑顔のまま、ヒロキは足場となる胸元の肋骨に着地すると同時に上を見る。そこには、哀れな白拍子しらびょうしの成れの果て……元人間だった者の頭蓋から覗く虚ろと目が合った。

「……聴こえてるんだろ、コモチさんっ」

 ヒロキはコモチの頭蓋に向けて呼びかける。その声に、彼をつかもうと寄せていた両手の動きが、ピタリと止まる。

「……正直、あんたのやりたかった事が何なのか分からないし……分かりたいとも思わない。……だけどっ」

 真っ直ぐ向けられたヒロキの視線に、コモチの頭蓋はわずかにたじろぐ。

「あんたをこんな化け物にしたクサナギって奴を倒して……仇を討つっ」

「……ク……サ……ナ……ギ……? 」

 ぼうっとしたようにクサナギの名を反芻はんすうするコモチ。哀れむ様な眼差しを送るヒロキは迷いを振り切る様に一度被りを振ると、太刀を構えなおす。

「……クサ……ナ……ギ……」

「……なんじゃ……様子がおかしいぞぃ」

 離れた所でヒロキの奮闘を眺めていた晴明が、動きの止まったコモチを見て眉をひそめる。

「……ヒロキ様……いけないっ」

 コハルは敏感に気配を感じ取った様に、一瞬だけハッとした表情を見せると、ヒロキの元へと駆け寄ろうとする。

「クサナ……ギ……さま……」

「……なんだ……? 」

 ヒロキも異変を感じ取った様子で、コモチの頭蓋をいぶかしげに眺める。

 やや俯き加減のコモチがゆっくりと顔を上げる。虚ろだった双眸そうぼうに再び灯ったのは……全てを焼き尽くすかの様な、あかい眼光。

「……あっ……やべ……」

 威圧的な眼光を間近にてられ、ヒロキはわずかに身体が強張る。その一瞬の逡巡しゅんじゅんを見逃さず、コモチは易々と人形の様にヒロキをその手中に収めてしまう。

「……うガッッ……」

「……ヒロキ様、逃げてっ」

 圧迫されたカエルの様な声をあげるヒロキ。心なしか……うっとりする様な表情を見せるコモチの頭蓋は、手中のヒロキを眺めながら顎門あぎとを開く。

「くちおしや……そなたのいうとおり、ワタシはクサナギさまにすてられた……」

「……何……を……」

 両腕ごと掴まれたヒロキは苦しそうに身じろぎする。

「もはや、ワタシにのこされたのは……あのかたのノゾミである……ミヤコのかいめつ……ただ、それだけ」

「……ぐぅっっ……」

 コモチの握る手に力が入る。ヒロキの顔は徐々に赤みを増して行き、こめかみに立つ青筋からは今にも血が噴き出しそうになっている。

「ーーヒロキ様ぁっ」


 ーーヒュカッ。

 ヒロキと同じ足元の穴から侵入したコハルは、叫び声と共に紫色の矢を頭上に向け、放つ。矢は狙いすました様に、ヒロキを掴み続けるコモチの腕に突き刺さる。

「……ぐぅっ」

 わずかに緩んだ隙を突きヒロキは太刀を持つ腕を解き放ちざま、掴む腕の手首にあたる部分を切り落とし、脱出に成功する。

「助かった……サンキュー、コハル。お前は逃げろっ」

「……そんな、ヒロキ様。私も……」

「……じゃまをぉぉ……するなあぁっっ」

 今まで立ち膝の姿勢のままだったコモチが、再び立ち上がろうとする。
 ヒロキは慌てた様に足場としていた肋骨の隙間に身体を滑り込ませる。公園の遊具よろしく、真横に渡された骨に手を掛けニ、三度身体を揺すって勢いをつけ、脊椎へと飛び移る。

「ようやく着いた。後は、これを……」

 動き出したコモチの揺れる骨盤に立ち、やや疲れた表情を見せるヒロキは『障壁』の札を目の前にして太刀を構える。

「……でやあああっっ……」

 真横に一閃。

 続けざま縦横無尽に太刀を走らせ、原型をとどめないほど『障壁』の札を細切れにする。

「……こんなもんでいいか。……うおっと……」

 ヒロキはバランスを崩しかけ、近くの突起物にしがみ付く。周りの風景が流れる様に動いている事に気がつく。

「……あのかたとの……やくそく……それだけが……」

 コモチは失くした足首をそのままに、片足を引きずる様にしながら平安京へと歩き出す。

「……ワタシの……すくい……」

「……やらせんっっ……」

 晴明は一喝すると共に術を発動する。大地が波打つ様に隆起すると、コモチの進行方向を遮る様に壁を作り出す。

「……あああっ……」

「砕け散れぃっ」

 速度を落とす事なくコモチは土の壁に衝突する。すると、コモチの周囲を覆っていた光の膜に一瞬にして無数のヒビが入り、まるで薄氷を割るかの様に乾いた音を響かせて、無敵を誇っていた『障壁』の術は破られる。

「ああぁぁぁああああああっっ……」

 コモチはそれでも止まる事を知らず、平安京の内裏へと向け、ひた走る。

「……なんたる執念……」

「……止まれぇぇっっ」

 驚愕の表情を浮かべる晴明の脇で、イザヨイが修復の終わった木彫りの人形を差し向ける。しかし、どの攻撃もコモチを止めるには至らない。


 ーーヒュカッ。


 ーーヒュカッカッ。


 天皇の住まう内裏に向け邁進する巨大な妖魔の姿に、大弓使いの検非違使達もコモチに向かって弓を引く。しかし普通の矢じりは効果が薄く、妖魔の足を止めるには至らない。

 ーーヒュガッ。

「……うがあぁっっ」

 その時、コモチの遥か後方から飛来する紫の矢じりが妖魔の頭を捉え、ようやくその動きを止める。

「……止まって、コモチさん……」

 コハルの第二射もコモチの頭蓋を再び捉え、妖魔はぐらりと傾き遂には四つん這いの格好になってしまう。

「ヒロキ様っ……今ですっ……」

「任されたっ……」

 ヒロキは紫に光る太刀を手に、コモチの骨盤から舞い降りる。

「……覚悟してくれ、コモチさん……」

 ヒロキは水平に太刀を構え、紅く輝くコモチの虚ろな眼を睨みつける。

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