♯影冤の人〜僕は過去で未来のキミと、二度出逢う〜

道楽もん

戦闘激化

 平安京北東部は戦場と化していた。

 次々と波の様に襲い来る無数の小型妖魔の群れに対し、人は貴族を中心に反抗の姿勢をとる。しかし、妖魔は普通の刀で斬られても程なくして蘇るため、人の劣勢は火を見るより明らかであった。

「大弓使いに近づけるなっ。者共、押し返せっ」

「……斬っても斬っても蘇る……『宗近』使いを呼んで来いっ」

「手がまわらんっ。何とか堪えてくれっ」

 怒号の飛び交う戦場は混乱をきたしている。貴族方の軍勢は怪我と疲労により一人、また一人と倒れて行った。


 ヒロキは次々と襲い来る小型妖魔をほふりながら、妖魔の発生元となる『がしゃどくろ』の足元にたどり着く。紫の残滓ざんしを残して足を止めたヒロキは周りを見渡す。

「……ハァッ……鬱陶うっとうしいっ」

 苛立つ様に睨みを利かせていたヒロキは、手に持つ『三日月宗近』を恐れて近づく事をためらう妖魔の様子に気がつくと、一息入れて『がしゃどくろ』を見上げる。

「でけぇ……◯ンダムくらいありそう……」

 コモチの変幻した『がしゃどくろ』は、先程と変わらずおぼつかない足取りで、しかし確実に平安京の内裏へ向けて歩みを進める。

「……直接見てないから正直言って半信半疑だけど……成仏してくれ、コモチさん」

 『がしゃどくろ』の左側面に回ったヒロキは、目の前にある巨大な丸太の様な足の骨に対して、構えた太刀を思い切り振り下ろす。

「……やあぁっっ」


 ーーゾムッ。

「……ギィヤアアアァァァァッ……」

 人であれば足の甲の小指側にある中足骨ちゅうそっこつにあたる骨を断ち切ったヒロキは、続けざま他の骨にも斬りつける。

「おりゃあ、おりゃあっっっ」

 太刀を思い切り振り回し、骨の一部をぎ続けるヒロキに『がしゃどくろ』は漆黒のまなこを忌々しそうに向けると、足を高々と上げて踏み付けようとする。

「……っと、ヤベッ……」

 ヒロキは慌てた様に見上げると回避行動に移る。上空から勢いよく降って来る骨の塊の下で、狙いを絞れなくするように縦横無尽に駆け回る。

「こっちだ、オラっ……」

 素早く股下をくぐり抜けたヒロキは、そのままの勢いで反対の足に斬りつける。ぼたぼたと真っ黒な液状の何かが垂れ流される。

「ギャアアッッ……」

 足元に意識の向いた『がしゃどくろ』の頭蓋に、コハルの放った矢が突き刺さる。妖魔はたまりかねた様に数歩後ずさる。

「コハル、ナイスッ」

 見上げたまま叫ぶヒロキは、更に追撃しようと追いかけようとする。

「……グゥウウッッ……」

 『がしゃどくろ』は低いうなり声をあげる。それと同時に肋骨の真下、人であればみぞおちにあたる部分にある何かが、不気味な輝きを増して行く。

「……グゥ……ガアアアアッッッッ」

 内に秘めた何かを放つ様に残った左腕を拡げる『がしゃどくろ』。刹那、みぞおちの輝きを中心に妖魔の全身を透明な膜の様なものが覆って行く。

「……何っ……グッ……」

 ヒロキは咄嗟に両腕で身体を庇う動作をする。直後、彼の身体はまるで見えない壁に遮られるかの様に弾かれ、もんどりうって地面にした。

「……っ痛てて……何が……」

 したたかに地面に身体を打ち付けたヒロキは、激しい衝撃にしばらく動けないでいる。『がしゃどくろ』はそんなヒロキに目を向けた後、彼を踏み潰さんと近づいて行く。

「やべっ……ぐっ……」

 もがくヒロキに妖魔の足音が近づいて行く。コハルの援護射撃が二度、三度『がしゃどくろ』を捉えるも全身を覆う透明な膜に遮られ、虚しく弾かれる。

 瞬く間にヒロキに肉薄した妖魔は足を振り上げるや否や、躊躇なく彼の上に重ね合わせる。

「……くそぅっ……」

 観念した様に目を閉じるヒロキの姿が、膜で覆われた『がしゃどくろ』の足元に消える。

「……ヒロキ様っ……」

 慌てて駆けつけたコハルは、青ざめた表情で目の前の光景を見つめる。
 不敵に笑う妖魔の足元にもうもうと立ち昇る土埃の中から、何かが凄まじい速さで飛び出してくる。

「……あれは……? 」

 驚いた様に目を凝らすコハルの目の前に、土埃の中から飛び出した者が姿を現わす。

「……痛たたっ……」

「……ヒロキ様? 」

 そこには腹這いの状態で地面に寝そべるヒロキの姿があった。コハルは慌てて側に駆けつけると、ホッと安堵の表情を浮かべる。

「ヒロキ様……良かった」

「……あんまり良くない……」

 ヒロキは両脚を揃えたままムクリと上体を起こすと、しきりに文句を言いはじめる。

「ぺっぺっ……うぇっ、口の中が砂まみれだ。……粗っぽ過ぎるぜ、イザヨイ」

「……ふふっ……踏み潰されるよりマシであろう? ヒロキ様……」

 ヒロキとコハルの背後から、微笑みを浮かべたイザヨイが近づいて来る。ヒロキの両脚に巻き付いた細い糸は、彼女の指先に繋がっていた。

「……何にせよ、危なかった。助けてくれてありがとう、イザヨイ」

 脚に絡んだ糸を解き終えたヒロキは、立ち上がりながらイザヨイに笑顔を向ける。彼女はサッと頰を赤く染めると、真っ直ぐ向けられたその視線を避ける様に目を逸らす。

「……あれだけ啖呵を切っておいて呆気なく潰されてしもうては、ヒロキ様の面子が立たないと思うたまでじゃ……」

「……全くだ」

 照れ笑いするヒロキと目があったイザヨイは、口元に手を添えて嬉しそうに笑う。そんな二人を見たコハルは、寂しそうに顔を背ける。

「……緊張感のない奴らじゃの。だから不覚をとるんじゃ……全く……」

 微妙な空気の漂う三人の元に、文句を言いながら安倍晴明が合流する。

「これは……かなり厄介な状況じゃぞ。気を引き締めいっ」

 光り輝く膜に包まれた『がしゃどくろ』を見据えた安倍晴明の声に、ヒロキ達三人は堅い表情を浮かべて並び立つ。

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