♯影冤の人〜僕は過去で未来のキミと、二度出逢う〜
傀儡女編 噪音を奏でる相槌
ヒロキは話し合いが終わるとすぐに太刀と小刀の拵を解き、外装の無い裸の刀身を燃え盛るかまどの中に投入する。
「これで明日には、一つの棒状の塊が出来上がる。玉鋼では、こうはいかぬがな」
ヒロキに向かってそう説明した宗近は、かまどの側で待機する弟子の一人に向き直る。
「分かっておると思うが、かまどの火は決して絶やさぬ様にな……ワシとヒロキは、これから瞑想に入る」
それだけ言うと、宗近は先程までいた六畳間へと引き返す。戸惑いながらも宗近の後を追って部屋に入ったヒロキは、向かい合って座る。
「緊張しておるか? ヒロキ」
「そりゃあ……俺なんてまだ、矢じり位しか打った事はないですから……」
ヒロキは申し訳なさそうな表情で宗近の問いに答える。
「本来なら、例え矢じりであれ最低でも五年は修行した者でなければ打たせぬ。神刀であれば尚更じゃ」
宗近は半眼のまま厳しい口調でつぶやく。
「だが、正直言って時間がない……このところ、毎日の様に内裏から催促の使者が訪れている。この間の牛の化け物が都に近づいたせいであろう」
「あいつか……もう少しで都に入ってしまう所でしたからね」
「一条天皇はこの守り刀によって、一刻も早く人々を守りたいとのお考えじゃ……出来ぬでは済まされんぞ」
「……もし、出来なかったら……? 」
恐る恐る尋ねたヒロキに、宗近は厳しい表情で答える。
「その時は……良くて島流し……悪ければ、左獄の軒下に首が並べられる事になろう……ワシと、お前のな……」
深刻な表情を浮かべたヒロキに向かって、宗近はわずかに微笑む。
「……だが、お前さんは筋が良い。それに他人の話をよく聴こうとする、素直な気持ちがある。相槌を打つ者としての足りない技術は、実際に打ちながら身に付けるしかあるまい」
「……出たとこ勝負か……よっし、やってやるっ」
宗近はヒロキの表情を見て小さくうなずくと、再び厳しい表情を見せる。
「ここからは、太刀との真剣勝負じゃ。鉱石から作り出すのとは違うから、打ち上がるまで二、三日というところであろう……明日までに気持ちと覚悟を決めるがよい……」
翌朝。朝陽が東の山向こうから登り始める頃、近所にある神社の神主が呼ばれ、工房で祈祷をあげ始める。
一通りの神事を終え、宗近はヒロキを伴い工房へと向かう。未だに薄暗い室内では、かまどの火だけが赤々とその存在を知らしめている。その中に鉄箸を入れて数度かき回した後、宗近は背中越しにヒロキに声をかける。
「ふむ……見てみなさい、ヒロキ。
刀身を覆っていた邪気が全て、中に封じ込められている」
促されるままヒロキはかまどの中を覗き込む。宗近により炭の中から少しだけ引き出された『オモイカネ』の塊は、紫色の光が完全に失せており、真っ赤に焼けた一本の棒状の塊になっている。
「……本当だ。普通の刀剣と変わらない……」
「この状態から鍛えれば邪気は刀身の心鉄へと替わって行き、周りにある同種のものを吸い込もうと働いてくれる……振り回さずとも、周りの邪気を祓ってくれるのじゃ。正に守り刀にうってつけじゃな」
再び塊を炭の中に戻してから宗近は話を続ける。
「『オモイカネ』を扱えぬ者がこれを鍛え直そうとすれば、内包された邪気が不純物としてはじき出されてしまう。これが、相槌はヒロキで無ければならない理由じゃ」
「心鉄のない刀になる訳ですね……そりゃあ、ナマクラもいいところ……」
そこまで言いかけたヒロキは、ジッと見つめてくるヨシイエの視線に気がついた様に口をつぐむ。
「……始めるぞ、ヒロキ」
「……はい」
宗近は一息にかまどの中から棒状の塊を引き抜き、手早く金床に載せると手にした槌を打ち付ける。
ーーカァァンッーーカァンッ
ヒロキも遅れまいと、柄の長い大槌を振りかぶると棒状の塊に打ち付ける。だが、その音は宗近のものよりも軽く聴こえる。
数回にわたり交互に打ち付け合った後、宗近は声を荒げる。
「もっと強く打てんのか、お前はっ」
「……こなくそっ……」
ヒロキは再び大槌を振り上げる。だがやはり扱い慣れていないのか、狙った箇所に振り下ろすことが出来ないように見える。
徐々に黒ずんできた棒状の塊を、宗近は再びかまどの中へと突っ込むと深くため息をつく。
「……『鉄は熱いうちに打て』……こんな調子では、打ち上がるのに一週間はかかってしまうぞ」
「……すいません」
ヒロキはほんの数分の間に大量の汗をかいていた。彼の様子を見た宗近は小さくかぶりを振ると、言葉を付け加える。
「もう少しワシの調子に合わせろ。熱された金属は冷めるのが早い……その間に、どれだけ数多く打ち込めるかが肝だ」
「……分かってますけど、中々……」
「……出たとこ勝負は分かっていたことだ、早く慣れてもらわなければ困る……ヨシイエ」
「……はい」
部屋の暗がりからヨシイエが姿を現わす。
「長丁場になりそうだ。炭を切らさぬ様補充しておいてくれ」
「……はい」
ヨシイエはヒロキを睨む様にしながら返事をすると、部屋の暗がりへと姿を隠す。その後、数人の工夫を連れて外へと出て行った。
「もう少し火力を上げろっ。モタモタするでないっ」
いつもは温厚そうな表情の宗近が、人が変わった様に周りの工員にゲキを飛ばす。ヒロキは息を整えながらその様子をジッと見つめていた。
「……ちっと考えが甘かったかな……? 」
流れ落ちる汗を拭いながら、ヒロキは一人ごちる。
「いくぞっヒロキ」
「……よし、来いっ……」
こうして工房には再び、二人の槌打つ音が響き始める。
夜も明けきらぬうちから工房が慌ただしく動き始めた頃、同じ敷地内の長屋ではコハルが一人、足を抱えて壁に寄りかかっている。
満足に寝ていない様子でその表情は暗く、目には疲労の色が表れている。
「……始まっちゃった……これじゃ、トウキチどころじゃ……ないよね」
コハルは抱えた膝小僧に顔を埋めながら、深くため息をつく。
「……トウキチ、どこ行っちゃったんだろ……ヒロキ様には、一人で探しちゃダメって言われてるけど……心配で眠れないよぅ……」
しばらくの間、身動きひとつせずにジッとしていたコハルだったが、意を決した様に顔を上げるとおもむろに立ち上がる。
「……やっぱり、探しに行こう。弓矢もあるし、ちょっとくらいなら大丈夫だよね」
そう言うとコハルは、簡単に身支度をすると日の上り始めた外へ飛び出して行く。
「……勢いよく飛び出してはみたものの……どこから探そうかな」
徐々に明るくなって行く京都盆地を、コハルはキョロキョロと辺りを見渡している。
「南の方はまだだから……今日はそっちを……」
「……あら、どなたかと思えば……ヒロキ様の妹君ではありませんか」
コハルは突然の呼びかけに驚いて声の元に振り返る。そこには白い水干姿のコモチが、薄ら笑いを浮かべながら立っていた。
「コ……コモチさん……どうしてここに……」
「お久しぶりですわね。こんな早朝にお仕事ですか? やたらと物騒な出で立ちですが……」
コモチはコハルの背負う弓矢を眺めながら、笑みを崩さずに問う。その様子に、コハルはきみわるそうに後ずさる。
「いえ……そういうわけでは……」
「……何かお困りの様子ですわね。良かったら、お話を伺いますわ……」
「……どうしたんですか? コモチさん……今日はやたらと、絡んできますね。何を企んでるんですか? 」
訝しむコハルの様子を見たコモチは、あからさまに驚いた表情を浮かべる。
「そんな……心外ですわ。敬愛なるヒロキ様のご家族が困り顔でウロチョロしていれば、声をかけずにおれなかっただけですわ」
「……言い方は丁寧だけど、ちょいちょい引っかかる言い方するのよね……」
「……それで? 何があったのですか? 」
あまりのしつこさに、コハルは降参した様にトウキチがいなくなった事をコモチに告げる。それを聞いたコモチは、細い目を更に細める。
「ああ……あの狐ですか。それでしたら、分かりますわよ」
「えっ……本当に? 」
コモチの言葉にコハルは目を輝かせる。
「何処に……トウキチは、どこにいるんですか? 」
「そんなに慌てなくても……トウキチとやらは逃げませんわ。言葉で伝えるのは難しい場所にいる様ですので、これから私が案内いたしますわ」
「良いんですか? ……トウキチに……会える……」
喜びの表情を隠しきれないコハルに背を向け、コモチは平安京の北へと足を向ける。
樹木のなぎ倒された跡を辿り、コモチとコハルの二人は山道を登って行く。
「この先に、トウキチがいるんですか? コモチさん……」
「……ええ」
「……でも、昨日もヒロキ様がここを探しに来たそうですけど、何も居なかったって……」
コハルのその言葉に、コモチは立ち止まり振り返る。
「……私の事が、信じられぬと? 案内は辞めますか……」
「あっ、ごめんなさい。そういう訳じゃないです」
焦った様に答えるコハルの様子を冷たい眼差しで一瞥すると、コモチは再び山奥を目指して登り始める。
やがて、目の前に鬼堂が口を開ける広場に出る。召喚の図形や洞窟など、その異様な様子にコハルの身体はわずかに震えている。
「……ここですか? 」
「……そうですわ」
コハルはキョロキョロと辺りを見回しながら、背を向けたまま立ち止まるコモチに話しかける。
「どこに……トウキチは、何処にいるんですか? 」
「……ここだ……」
不意にコハルは背後から聞こえた声に振り向くと、言葉を無くして固まってしまう。
「……何故、ここに……」
呆気にとられた様子のコハルは、延髄に手刀の一撃を喰らい気を失ってしまう。
「おっと……」
倒れ込むコハルの身体を抱きとめた男性は、ニヤリといびつな笑みを浮かべてコモチに話しかける。
「首尾よく依り代を見つけられた様だな。準備にどれくらいかかる? 」
「……約三日ほど必要かと……貴方様の実験も、もうすぐ大詰めですわね……クサナギ様……」
ヒロキそっくりの顔をしたクサナギは、コハルを楽々肩に担ぎながら、口元に笑みを浮かべている。
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