♯影冤の人〜僕は過去で未来のキミと、二度出逢う〜
傀儡女編 電光石火
「そなたは……ヒロキ様? 何故、ここに? 」
「何故って……あんなデカブツが叫び声上げながら、山から下りて来たんだぜ。分かるじゃん」
さも当然という様な表情で、イザヨイの問いに答えるヒロキ。
「まぁ発見するのが、わりかし早かったのも、あるかもね」
「ヒロキ様〜、今の見てました? 」
遠くから身の丈と同じ程の和弓を携え、一匹の狐を伴ったコハルが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「あっイザヨイさんも、見てました?
物の怪の目玉に、ズバリ的中ですよ」
「まぐれ当たりだろ? そんなに騒ぐなって」
怪しく輝く刀を地面に突き刺し、苦笑いしながらからかう様なヒロキの言葉に、コハルは頰を膨らませる。
「……身もふたもない言い方はやめてくださいよぉ……確かに、そうなんですけどっ」
「コハルも……いつの間に、弓を扱えるように……? 」
イザヨイは地面に座り込んだまま、二人を見上げる様に疑問を口にする。
「作刀依頼に来た人の中に、蝦夷出身の人が居てね。最近、戦い方をその人から教えてもらっているんだ。……立てる? 」
「……俘囚か……騎馬戦法や、弓の扱いに長けているという……」
イザヨイは得心がいったようにうなずきながら、ヒロキから差し出された手に掴まり立ち上がろうとしたが、バランスを崩してしまう。
「……あっ……」
「おっ……と。危なかったね」
再び倒れ込みそうになったイザヨイは、ヒロキのたくましい腕によって力強く抱き留められる。
「……すまぬ……ヒロキ……様……」
「……構わないよ」
計らずもヒロキの胸に顔を埋めた形になってしまったイザヨイは、焦った様な声で謝るもしばらくの間身を任せている。ヒロキもそんな彼女を優しく抱き留め続ける。
「……お二人共、いつまでそうしてるつもりですか? 」
抱きしめ合う様な形でしばらくの間固まっていた二人は、頰を膨らませたコハルの言葉に我にかえる。
「あっ、いや……妾は別に……」
イザヨイは慌てた様にパッとヒロキから離れたが、ヒロキは名残惜しそうにその場に留まり、余韻に浸っている。
「イザヨイさんって、着痩せするタイプなんだな……」
「……ヒロキ様、いつまでもぼぅっとしてないで、戦闘準備して下さいっ」
コハルは手に持った和弓の先で、ヒロキの頭の後ろを軽く小突く。
「痛って……最近のコハルは、アタリが強いなぁ……」
ヒロキはぼやきながら地面に突き刺した刀を再び手に取り、渋々目の前の『牛鬼』に向き直る。
「どぉれ……晴明さんからは沢山の報酬を約束してもらったし、サクッと終わらせるかぁ」
不敵な笑顔で『牛鬼』を睨みつけたまま、ヒロキは背後に位置するコハルに指示を出す。
「んじゃコハル、足止めヨロシク」
「もっと緊張感出して下さいよ……もぅ……」
コハルは文句を言いながら、矢じりが二股に分かれた特殊な形状をした矢を矢筒から取り出す。
そして左手で持つ半弓に、頭上高く矢をつがえた後、両手を開きながら真っ直ぐ降ろすと、月明かりの空へと狙いを定める。
「コハル……? そちらに敵は居ないぞ……」
あさっての方角に狙いを定めるコハルを不審に思い、イザヨイは慌てた様に声をかける。コハルはイザヨイに向けて安心させる様にニコリと微笑む。
「大丈夫です。見てて下さい」
コハルは、大きな胸を守る様に身に付けた胸当てに、軽く食い込む程弓の弦を引きしぼると、何も無い空へと矢を放つ。
ーーピィィィィッ
まるで空気を切り裂く様な甲高い音を出しながら、コハルの放った矢は闇の中へと消えて行く。
すると『牛鬼』は、その音のする方へと向きを変え始める。
「……鏑矢か……都に被害が及ばぬ様、引き離すつもりか……」
イザヨイは感心した様に一人ごちる。
『牛鬼』が向きを変えるとほぼ同時に、狐のトウキチと共に走り出すヒロキ。
「戦闘中くらいは俺の言うこと聞いてくれよ、トウキチ」
並走するトウキチに向かって苦言を呈するヒロキだったが、トウキチは「フンっ」と鼻を鳴らすとスピードを上げ、『牛鬼』の頭へと向かって行く。
「あっ……待てコラッ……」
トウキチは凄まじい速度で『牛鬼』の蜘蛛の様な脚を駆け登り、あっという間に頭頂部へと辿り着く。
「グアァァァッ」
トウキチの存在に気付いた『牛鬼』は、頭を振ったり前脚を使って振り落とそうと試みる。
「やらせるかっ……」
ようやく『牛鬼』の脚元に辿り着いたヒロキは、勢いに任せて横薙ぎに太刀を振るい、樹木の幹程もある脚の一つを切断する。
「ギャオォォッ」
一瞬、バランスを崩しかけた『牛鬼』であったが、残りの七本の脚ですぐさま体勢を立て直すと、憎らしげにヒロキを睨みつけ前脚を振りかざす。
「やらせませんっ……」
鏑矢を放った後、続けざまに矢をつがえていたコハルは、『牛鬼』の攻撃を妨害する様に第二射を放つ。
紫色の矢じりを付けた矢は、妖しい輝きを放ちながら一直線に『牛鬼』の胴体に突き刺さる。
「……おおっと」
コハルの攻撃によって、単調に振り降ろされた前脚の着地点をヒロキは見切り、太刀を腰に構えたまま地面を擦る様に一歩踏み出す。直後、全てを押しつぶす様な膨大な質量がヒロキの背後、元いた空間に突き刺さる。
「……せいやっっ」
更に一歩踏み出した右足を軸に左足を引き付けつつ、背後にある『牛鬼』の前脚を振り向きざま、袈裟懸けに斬りつける。太刀は紫色の輝きを増しながら空を奔り、大木の様なそれを一太刀の元に寸断する。
「グアァァァァァッ」
切り離された前脚は、黒い煙の様なモノを吹き上げながら霧散する。ヒロキがその場を飛び退いた直後、支えを失った『牛鬼』の巨体は、前のめりに地面に崩れる。
「どうだっ……」
『牛鬼』の首の根元に位置取っていたトウキチは、振り落とされぬ様その場に爪を立て、低い姿勢で力を込め続けていた。
ーーボボボッ
すると、トウキチの周りに青白い火の玉が複数個現れると拡散し、『牛鬼』の首を中心に背中の広い範囲を焼き尽くす。
「ギャオォォォォォッ」
辺り一面に肉の焼ける様な臭いが立ち込める。
苦悶の表情を見せる『牛鬼』は、再び立ち上がろうともがくもその脚に力は無く、地面に伏したままとなっている。
「トドメだっ」
ヒロキはくずおれた『牛鬼』の身体を足掛かりに駆け登り、焼けただれた首めがけて太刀を深々と突き刺す。
同時に傷口からは、紫色の湯気の様なものが立ち昇る。
「グゥ……ウゥゥ……」
湯気の量が多くなるに連れ、『牛鬼』の眼から光が失われていく。
活動が完全に終わると同時に巨体の輪郭がぼやけ始め、霧散すると後には首の無い牛の死体のみが残されていた。
「これが物の怪の正体か……牛、だよな……まだ喰えるかな? 」
「獣肉は禁忌とされている所もありますから、持っていくならコッソリと、ですね。でも、食あたりしそう……」
「クゥン……」
ヒロキとコハルとトウキチは牛の死体の周りを取り囲み、食糧として持っていくかどうか相談している。
そんな彼らの背中を眺めていたイザヨイは、ホッとした様に大きなため息をつく。
「なんとまぁ……頼もしい奴らよ……」
イザヨイは顔を覆う布の奥で、愉快そうに口元をほころばせていた。
戦場と化した平安京北東部から、北にある森に向けて歩く一人の男性の姿がある。
「ヒロキとやらの力量、あまり期待してはいなかったが……存外、楽しめそうだな……」
長尺刀を携えたヒロキそっくりの人物ーークサナギは、そう一人ごちると暗い森の闇の中へと消えていった。
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