最強家族のまったりライフ

もちろう

46話 アマリエのこと

キイッ

アマリエに手を引かれ、何事もなかったかのように冒険者ギルドの外へ出た。周りの冒険者達は今さっき起きた出来事に気がついていないのか、相も変わらず酒場で騒いでいた。
 
「では坊っちゃま、本日の宿を探しに行きましょうか。何かご希望はありますか?」

「い、いや、特にはないよ」

「では私の方で良さそうな宿を探しておきますね」

アマリエは先ほどの視線だけで人を殺せるような鋭い目つきは何処へやら、朗らかな笑みで問いかけてきた。先ほどの衝撃が抜けきっていなかった俺は引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。
…アマリエは一体何をしたの?

『ほんの一瞬だけ凄まじい魔力の奔流を感じただけで私にもさっぱり分からなかったぞ……』

よく分かったね。俺には全然分からなかったよ。

『あれには高度な隠蔽がされていたようだったからな。私でも魔力を感じるだけで精一杯だった』

カリスが分からないんじゃ俺なんかが分かるわけないか。

『よろしければ説明いたしましょうか?』

うん、お願いティオ。

『かしこまりました。簡単に説明しますと、あの時アマリエは時空魔法を使用して冒険者達を他の場所へと転移させたのです。今頃は街の外で右往左往していることでしょう』

転移って他の人を無理やり転移させることもできるんだ……。

『一応できることにはできますが、発動には膨大な魔力と高度な技術が必要です。どのくらい高度かというと、その技術を取得するためだけに50年以上の研鑽と類い稀なる才能が必要になる程です』

《そんな魔法をアマリエさんは無詠唱で唱えたんですか~…》

『聞いてるだけで背筋が震えてくるのだが…』

俺も同じ気持ちだよ…。
アマリエに対して戦慄を覚えながらしばらく歩いていると、人の行き交いが比較的少ない通りへと出た。この通りには屋台などの市場がないようでかなり静かだ。

「あ、坊っちゃま。あの宿などいかがでしょう?」

アマリエの指し示す方向を見てみると、『森の宿』と書かれた看板がぶら下がった二階建ての建物があった。俺には宿の良し悪しなんて分からないが、アマリエがおすすめするのだからきっといいところなんだろう。

「うん、いいんじゃない?」

「それは良かったです。では参りましょうか」

森の宿のドアを開けると中から清涼感のある香りが漂ってきた。中にはカウンターがあり、そこには中年の男性が座っていた。おそらく宿の主人だろう。

「いらっしゃい。泊まりかい?」

「ええ。一泊お願いしたいのですが」

「部屋は一つでいいよな。なら銀貨5枚だ」

宿屋の主人がそう言うと、アマリエは腰の袋から銀貨を5枚取り出してカウンターへと置いた。

「はい、確かに。部屋は二階だよ。これは部屋の鍵だね。うちは食事はないから自分たちで買いに行ってくれよ」

主人は代金を確かめるとカウンターの下から鍵を出しアマリエに渡した。

「ありがとうございます。それでは私たちはこれで」

「ああ、ごゆっくり」

アマリエが主人に一礼したのを見て慌てて俺もペコリと一礼してから二階へと向かった。
そういえばこの世界の貨幣の価値ってどのくらいなんだろう?

『そうですね。日本円に換算しますと、銅貨が100円、銀貨が1000円、金貨が一万円、大金貨が10万円、白金貨が100万円程でしょうか。ただ、この世界は地球よりも物価が安いのでマスターからすると安く感じることがあるかもしれません』

そうするとこの宿は一泊一部屋5000円か。食事がないとはいっても高級そうな感じがするし、日本のホテルと比べるとかなり安く感じるね。

カチャッ

「ここが本日泊まるお部屋ですね。どうぞ坊っちゃま、お入りください」

ティオに貨幣の価値を聞いている間に部屋の前まで来ていたようだ。アマリエに促されるままに俺は部屋の中に入った。中は質素だがきちんと掃除されているようで不快な印象を抱くことはなかった。ベッドは2つで、部屋の広さはそこそこあるようだった。

「そろそろ夕食のお時間ですね。坊っちゃま、夕食のご希望はありますか?」

俺たちが宿に入ったときにはもう日は落ちて薄暗くなっていたのでちょうどいい頃合いだろう。
希望か…アマリエたちが作る料理は何でも美味しいから特にはないなあ。ノイント達は何か希望はある?

《ボクもご主人様と一緒で特にはないですね~》

カリスは?

『私は肉だな』

お肉ね。ティオは…ってティオは食べないか。

『私自身は食べませんがマスターと味覚を同調することで味わうことはできますよ。というかマスターが食事をするときはいつもそうしていましたし』

え!そうだったの!?じゃあ何か希望はある?

『私もカリスと同じで肉が食べたいです』

わかった。

「お肉がいいな」

「かしこまりました。では今からお作りしますね」

「でも料理なんてどこで作るの?てっきり外で買ってくるのかと思ってたけど」

「坊っちゃまにあのような料理を食べさせるわけにはいきません!もしそれで坊っちゃまの身に何かあったら私は…!」

アマリエが作ると言ったことを疑問に思ってそう聞くとものすごい剣幕で否定されてしまった。だが、その目には涙が浮かんでいるのできっと俺のことを慮ってのことなのだろう。

「…はっ!申し訳ございません。つい気持ちが高ぶってしまって…」

アマリエはいきなり大声を出して怖がらせてしまったと思ったのか、慌てて頭を下げてきた。

「ううん、ありがとう。そうだよね。アマリエは護衛って立場だから気を張ってないといけないもんね。俺のことを思ってのことなんだからむしろ嬉しいよ」

「あ、ありがとうございます」

だが、俺が正直な気持ちを伝えると少々面食らったような顔になってしまった。

「それで、さっきの質問なんだけど料理なんてどこで作るつもりなの?」

「ご安心ください。私の時空魔法で料理ができる空間を作りますので」

おお、時空魔法ってやっぱり便利だね。どんな空間なのかな?前に見せてもらった蛇の魔物たちが住んでいる空間みたいに森が広がっているのかな?

「ねえねえ、その空間に俺も行っていい?」

「え?もちろん構いませんが、何も面白いものはありませんよ」

どんな空間か気になってアマリエにお願いすると怪訝そうな顔をしながらも了承してくれた。

「うん、いいのいいの」

「そうですか…。では参りましょうか」

アマリエが徐に前へ手を翳すと、ぼんやりとオレンジ色に発光した空間のコアが召喚され、すぐに人一人が入れそうな空間の歪みへと変化した。その歪みにアマリエが入っていったので俺も続いて入ってみると、料理屋の厨房のような景色に切り替わった。
蛇がいたところと全然違う!かなり実用的だ!

『厨房をまるごと空間内に入れているのでしょう。こんなこと普通はできませんからね』

俺がはしゃいでいるとティオが釘を刺すようにアマリエの化け物っぷりについて説明してきた。

「私はこれから調理に移りますが、油が跳ねたり刃物があったりと危険ですので、私の周りには近づかないようにしてくださいね」

「うん、わかった」

アマリエはそう言って奥の調理場へと向かい料理を始めた。アマリエは時空魔法の"ボックス"を発動すると、中から野菜と包丁を取り出し空中に放り投げ、包丁で一閃した。すると野菜は真っ二つではなく、細かくみじん切りになり下へ落ちていった。それをアマリエはいつの間にか手にした鍋で受け止め、魔道コンロの方へと持って行った。
今の一瞬でみじん切りにしたの…?一回しか切ってないように見えたんだけど…。
俺の戦慄などつゆ知らず、アマリエが魔道コンロの取っ手を捻ると前世のガスコンロの火よりも真っ青な火がついた。

『む?なんだあれは?』

カリスは魔道コンロを知らないのか、興味深そうにアマリエが調理する姿を見つめている。

『あれは魔道具ですね。動力源として魔石を入れて魔力を流すと、その魔石の属性と同じ魔法が発動する仕組みになっているのです。あ、魔石というのは魔物が持っている心臓とは別の核のようなもので、魔物はそこに魔力をため込みます。ようは魔力の心臓ですね。この魔石を食べるほど魔物は力をつけ、新たな魔法やスキルを獲得していくのです』

魔物にはそんなものがあるんだ。じゃあカリスもその魔石を食べて強くなったの?

『ああ、魔物同士で争うのは、食事のためとは別により強くなるためという理由もあるのだ』

へえ、知らなかった。

『話は逸れましたが、あれは魔道コンロといって魔力を流して火をつける魔道具です』

『便利なものがあるのだな』

それからも厨房にある色々なものを見回していると、ふとお菓子作りに使う粉ふるいが目に入った。
そうだ。ノイント、せっかく厨房に入ったんだからお菓子を作ってみたら?

《確かにいい機会ですね~。でも、アマリエさんが許してくれますかね~》

どうだろう?ちょっと聞いてみるよ。

「ねえアマリエ」

「はい、何でしょう?」

俺が呼びかけると、アマリエは料理をする手を止めないで俺の方へ振り向いた。

「あ、料理に集中してて大丈夫だよ」

「いえ、このくらいはどうということはないのでお構いなく」

「そう?ええと、ノイントがお菓子を作りたいようだから夕食の後にここを使わせてほしいんだ」

「ええ?ノイントがですか?危ないですよ」

アマリエは俺の要望を聞くと、一気に怪訝そうな顔になった。

「大丈夫。俺のスキルにお菓子作りもできるようなスキルがあるから」

「スキル…ですか」

アマリエは俺の説明に半信半疑のようだ。これはもう実際にティオと話してもらった方が早いだろう。

「ティオ、お願い」

『了解しました』

「わっ!な、何ですか!?」

ティオがアマリエにも聞こえるように喋ったのだろう。アマリエはこの前の姉さん達のように辺りを見回して驚いている。ちなみにその間にも料理をする手は動いていた。

『驚かせてしまい申し訳ありません。マスターのスキル"神の導き手ガイドマスター"のティオと申します』

「ス、スキルが喋るのですか…。というより自我を持っているように思えますが……」

アマリエは今までの常識を覆すティオの存在に頭が追い付いていないようだ。

『私は少し特殊なのです。私にはこの世界の様々な知識が備わっています。お菓子作りなども指導することができますのでご安心ください』

ティオも分かっているのか、前世の知識も備わっていることは言わないでいてくれた。

「そ、そうですか。分かりました。ノイントがお菓子作りをすることは一応了承します。ですがノイントと坊っちゃまだけでは危険ですので、私も手伝わせていただきます」

アマリエとしての最大限の譲歩なのだろう。俺としては料理初心者のノイントだけでは少し心配だったのでむしろ好都合だった。

「うん、いいよ。一緒に作ろう」

「では、お菓子作りは夕食後にしましょう。もうすぐ出来上がりますので、そちらのドアの先の部屋でお待ちください」

アマリエは俺が頷くとホッとした顔になり、俺を右側にあるドアの先で待つように促した。
空間ってここだけじゃなかったんだ…。
ドアを開けると、そこには四人かけの椅子とテーブルが真ん中に置かれた、こぢんまりとした部屋が広がっていた。他にも暖炉やソファなどがあり、寛ぎやすい空間となっている。俺は大人しく席に座り、料理が完成するのを待つことにした。ノイントも実体化し俺の横の席に座り、カリスも肩から俺の膝の上に移った。
今日はたくさん歩いたからお腹すいたなあ。どんな料理何だろう?

「そういえばメイドさん達って皆料理ができるんですかね~?」

隣に座るノイントがふと思い出したようにそんな疑問を口にした。

「確かに…。家でいつも料理を作ってくれるメイドは変わらないけど、シェーラも同じくらい美味しい料理を作ってたよね」

「それにメイドさんの個室にはキッチンもついているようでしたし~」

「家事も完璧にできて、戦闘も恐ろしく強いと…。なんでメイドなんかやっているんだろうね?」

「ボクに聞かれましても~」

本当になんでメイドなんかやっているんだろう?

カチャッ

「お待たせしました」

浮かんできた疑問について考えているとドアが開き、アマリエが料理を運んできた。ちゃんとノイントの分もあるようだ。俺の分はアマリエが気を利かせてくれたのかいつもの料理の量よりも少なかった。

「本日は霧鳥ミストバードの蒸し焼き、クラウンポテトと皇后人参のポタージュスープ、バターロールです。どうぞお召し上がりください」

「アマリエも一緒に食べよ」

「あ、ありがとうございます。ご相伴しょうばんに預からせていただきます」

固いなあ。

「そんな畏まらないで。これから一緒に旅するんだから、距離があるとやりにくいよ」

「うう、すみません…」

ううん…まだ完全には打ち解けられてないなあ。

「そんなに俺と仲良くなりたくないの…?」

アマリエに嫌われているのかと心配になり、ついそんなことを聞いてしまった。

「いえ!決してそんなことはないですよっ!ぼ、坊っちゃまとは好きなものが合いますし、もっと仲良くなりたいとは思っています。けど、私、人見知りなので…全く知らない人なら問題ないんですけど、身近な人だとあまり喋れなくなっちゃうんです……」

アマリエは慌てたように否定し、自分が人見知りであると俺に打ち明けた。
そういえば初めて会ったときも、蛇のことを語るとき以外はあまり喋ろうとしなかったっけ。それに反して冒険者ギルドじゃ全く物怖じしてなかった。本当に人見知りだったんだ。俺は逆に全く知らない人だと人見知りになっちゃうんだよなあ。人のこと言えないや。

「そうだったんだ。ごめんね、知らないで強要するようなことして」

「い、いえ!坊っちゃまが私なんかと仲良くなろうとしてくれて、すごくう、嬉しかったですよ。ですがもう少しだけ、時間をいただけませんか?」

アマリエはそう言って不安そうな表情で俺を見てきた。アマリエも精一杯俺と仲良くなろうと思ってくれているのだろう。

「うん、わかった。少しずつ仲良くなっていこうね」

「は、はいっ!」

笑顔を浮かべて頷くとアマリエは花が咲いたように笑顔になった。

「話しすぎちゃったね。早く食べようか」






2021/7/27
少しわかりにくい部分があったため修正しました。


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