元勇者の吸血鬼、教師となる

妄想少年

036

 どうしましょう。あの男が来たみたいです。実際に見てはいませんが、藤原さんがそういうのならそうなのでしょう。私の不安心を煽っても意味は無い筈です。
 正直、魔法だからなんとか使えている状況ですが、物凄く怖いです。あの男の姿は思い出すだけでも泣きそうになります。あの笑い方なんて聞いた暁には失禁してもおかしくないです。心が少しずつ落ち着いてきたからその反動は想像したくありません。
 ですが、ルディ君が背中をさすってくれているので大丈夫です。依存していることは否定出来ませんが、ルディ君がいたら落ち着いてくるので仕方ありません。
 
 「まー、仮に全部ぶち壊すのなら君ら全員が大暴れしなきゃならないよ? 僕が動くことは面倒だからね。」
 「流石にしようと思わないよ……」
 「ということで、柏木貞夫をぶち殺すという方向は無しです。……まぁ、これは僕らが行動する場合だけどね。他の人が動くのは知らないよ。柏木貞夫殺しに加勢はしない。」
 
 藤原さんたちの会話が物騒です。あの男を殺すことはしないようですが、するのならば組織全体にまで被害が及びそうです。
 どうしようかと考えていますが、そこまでしてもらうつもりはありません。既に様々なものをいただいていますし、これ以上恩を重ねられては返せません。一生懸かっても無理だと思います。いえ、絶対無理です。
 
 「お父さん、学校に通わせるってのはどうかな? お金はあるんでしょ? お義祖父ちゃんに頼んだらどうにかなるんじゃない?」
 「学校……ねぇ。まぁ、高校だったら僕がどうにか出来るよ。中学ならルディとエマ……ルディは大丈夫だけどエマが心配だね。何歳かによる。そういうことだから美雨ちゃんや、君って今おいくつ?」
 
 年齢……たぶん、十四か十五だったと思います。
 誕生日なんてものはとっくの昔に忘れました。兄は覚えているでしょうが、私はもう覚えていません。そんな情報抱え込む余裕はありませんでしたから。
 でも、どちらかによっては中学か、それとも高校にねじ込めるか変わるわけですから大事ですよね。知っておく必要があります。
 
 「分からないのならステータスで確認すればいいよ。」
 『なんですかそれ?』
 「……ん~と、簡単に言えば全知的生命体に埋め込まれた特殊能力だね。自分の情報が知りたいと思えば頭の中に浮かんでくるよ。やってみ?」
 『はい、やってみます。』
 
 なんでしょう。えらく危険なもののように聞こえてきます。
 全知的生命体に埋め込まれた特殊能力、ですか。確かに、異能があるかどうか調べるには大事ですよね。……あれ、もしかしたら私、異能使えるのではないでしょうか。
 無能力と言われ続けてきたからそう信じ込んでいただけであって、本当は異能があるのでは? 凄く楽しみになってきました。
 ……では、こほん。情報開示情報開示情報開示情報開示--
 
 《名前》柏木美雨
 《年齢》15
 《異能》無能
 《筋力》C《魔力》S《俊敏》C《持久》C《技巧》B《才能》S+
 
 ……並んでいるアルファベットが何を表しているのか分かりません。
 いえ、それはどうでもいいです。よくわからないものはスルーするに限ります。
 残念ですが、異能はやはり無かったみたいですね。こうも無能だと突きつけられると、なんとなく悲しくなります。
 ま、年齢が分かったのでよしとしましょう。
 
 『15才でした。』
 「……なるほど。じゃあ、少し待っててくれる? ちょっと知り合いに聞いてくることがあるんだ。適当に話し合っててね」
 『何かあったんですか?』
 「まぁね。別に気にすることじゃあないよ。」
 
 そう言うと、藤原さんは席を外して廊下へと行ってしまいました。
 なんとも言えないような、そんな感じで不安です。私の年齢が15才だったことがまずかったのでしょうか。
 ……考えても仕方ありませんね。
 
 「兄さん……自分から集めておいてそれは無いでしょう。」
 「手続きをするにしても、後からでいいのにね。」
 『どういうことですか?』
 「兄さんは偶に変な行動に走ります。まぁ、控えめに言っても頭がおかしい人ですね。」
 「酷い言い様だなぁ。……フォローしておくけど、ああやって動き出すと結構いい結果になりやすいよ。大体80パーセントぐらいで。」
 
 80パーセント……凄いのか凄くないのか微妙な気がします。
 というか、藤原さんが動いたらいい結果になりやすいという意味のような……どうなのでしょう。期待してもいいのでしょうか。
 よくない方向には転びにくいんですよね……?
 
 「そういや、美雨ちゃんはどうしたいの?」
 
 ……私ですか。そういえば、私がどうしたいかは言っていませんでした。
 恥を承知で言うとしたら、このまま匿っていただきたいです。私では何も出来ませんし、外に出ても直ぐに捕まります。
 頼りすぎるというのもよくないでしょうが、ここは正直に言うしかありません。
 
 『出来ることならばここにいたいです。』
 「だろうねぇ。僕自身美雨ちゃんの立場ならそうなるよ。うん。」
 「可能かどうかなら可能なんですよね。それを兄さんが認めればいいのですが……あの人、頑固だから多分許可しませんね。」
 「仮にだけどさ、美雨ちゃん一人で外にでたらどうなる?」
 『無理です。即捕まります。どうにかする力がありません。』
 「あ、やっぱり? その……誰だっけ? なんとかって強いの?」
 「柏木貞夫ですよ。目で観れば分かりますが、なんとも言えませんね。エレボスはどうですか? こう、パワーでどうにか分かりません?」
 「そんな都合のいい能力持ってないよ……そういうのは僕じゃなくてシャルちゃんの仕事だろうに。距離が離れてるのに調べられる筈ないじゃないか。」
 「使えませんね」
 
 相変わらずシャルさんは口が悪いです。
 それはそうとして、実際のところあの男の強さはどれぐらいなのでしょうか。私は人の強さなんて読み取れませんから分かりませんが、兄よりは強かった筈です。
 それだけでは何も分かりませんね。兄の強さもどれほどだったのか覚えていませんし、そもそもそんなに人と関わっていませんでしたから。
 
 「--柏木貞夫ならそこそこ強いよ。間違いなくエマよりかは強いね。」
 「誰と話していたの?」
 「藤堂と龍牙。で、なんだけど……一週間までは匿うのは決定ね。その後どうするかはまぁ、話し合っておいて。」
 「は? どういうことです?」
 「用事が出来ちゃった。簡単なことだけ話しておくよ。柏木貞夫はエマ以上シャル以下。美雨ちゃんのために消そうと思えば組織全体の破壊が必要。出て行くのならお金はルディが好きなだけ渡してもいい。学校で寮生活するのならこれまたルディがお金を使えばいい。どこかに預けるのならお好きにね。--んじゃ、ちょっと行って来ます」
 
 喋るだけ喋ると藤原さんの姿が消えてなくなりました。
 これには全員が唖然です。シャルさんに至っては眉をピクピク動かしています。どうみても怒っていますね。圧があって息苦しいです。
 魔力が溢れ出している時と同じです。可視化するほど膨大な量ではありませんが、相当な量であることは間違いありません。
 
 「シャルちゃん。抑えて抑えて……!」
 「……ぁぁ、すみません。ちょっと苛ついてしまいました。帰ってきたら一時間ほど的になってもらいましょう。」
 「うん、それでいいから魔力抑えよう。……にしても、どうしたんだろうね。頭がおかしい人だとは思ってたけどここまで唐突だったっけ?」
 「昔から何も言わずにやるんですからあの人は……! はぁ、なんで相談すらしないのですかねぇ。別にいいですけど。」
 
 なるほど、そういう怒りですか。なんとなく察しました。
 勝手な行動をすることじゃなくて、相談もせずにしようとするから怒っているのですね。心配性だと以前に聞きましたが、その通りのようです。
 ぶーたれるのも微笑ましいですね。
 
 「悪い方向にはいかないよきっと」
 「そうだといいんですが……はぁ。」
 「大丈夫だよきっと。……んで、主人は無いも同然の選択肢を出してきたけどどうする? 金ならあるから出せるけど。それで世界中を逃げ回るってのも一つの手だね。」
 『相当な金額になりそうですね。』
 「千万ぐらいならなんとか……。」
 
 あ、察しました。ルディ君はとても過保護です。ただの他人に金を渡すこと自体おかしいのに、千万とか。その資金があることにも驚きですが、それを出そうとすることがびっくりです。その十分の一でも有り得ないです。
 逃げ回るのなら必要なのでしょうか。
 
 『そんなには貰えません。罪悪感で死にます』
 「だよねぇ。ん…どうしよーかなぁ?」
 
 その日は、私がどうするのか決まりませんでした。
 いくつか案はあったのですが、どれも問題ばかりです。その原因は全て私なのであまり言えないのですが、ちょっと焦ります。
 ということで、一週間を無駄にしないために鍛えてもらうことにしました。最悪、逃げ回っても大丈夫な実力をとのことです。
 ……地獄のような六日間でした。あの男にやられるのは精神的に辛いものがありましたが、別ベクトルで精神的にきつかったです。手を抜けば、そのために休んでくれたルディ君とシャルさんに悪いのでとても頑張りました。人生で一番頑張ったと思います。
 おかげさまで、矢はほぼ当たるようになり、短剣が自由に動かせるようになりました。炊事洗濯も仕込まれまくり、なんとか基礎を覚えました。魔法を常に発動させることで意識を二分する訓練が一番辛かったです。
 ですが、そのすべてをやりきることが出来ました。
 ……今は六日目の夜です。結論は出ていませんが、なんとかなると信じてやっていこうと思います。
 
 --藤原さんは、最後まで帰ってきませんでした。ちょっとの用事とは思えないのですが、何があっても受け入れる心は出来ています。
 

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