元勇者の吸血鬼、教師となる

妄想少年

033

 「ん、詩季との訓練はどうだった?」
 「……体は大丈夫ですが頭のほうがヤバかったです。正直、あんな訓練続けていたら色々壊れそうです。というか、人間辞めることになりそうです。」
 「そうか。で、続けられるのか?」
 「あれぐらいでへばっているようじゃあ兄貴として駄目なんでやりますよ。辛いからしないのはニートの思考ですからね。」
 「……シスコンだなお前」
 「お褒めいただき恐悦至極であります。お師匠さま」
 「お、おう。……まぁいい、あいつの訓練で大事なことを言うからよく覚えとけ。『意識があるなら頑張れる』……これだ。マジで気を失うまでは訓練させられるからな。ちなみに、あいつ自体が鬼畜なんじゃなくてあいつの家系全員が鬼畜なだけだ。」
 
 詩季との訓練を終え、少しずつ授業に出るようになった柏木時雨は師匠となった山崎龍牙の自宅にて会話をしていた。会話内容はただの風評被害であったが、すでにある程度の信用はあった。少なくとも、発言の全てを疑うわけではないから良好といえるだろう。
 尚、藤原の家系に伝わる訓練理論は以下の通りである。
 病気や動かない部位が無いことを前提として、意識があるのならば喋られる。喋られるのならば体は動く。体が動くのならば訓練出来る。訓練が出来るのなら強くなれる。
 つまり、意識があるのなら強くなるための訓練が出来るという超理論である。これにて藤原家は三名の訓練変態と、一名の訓練変態候補により構成されることとなった。
 
 「なるほど、藤原先生とはあまり関わらないほうがいい、と。」
 「そうでもないぞ。あいつ子供好きだから成人してない子供は助けようとする。まぁ、悪印象が無かったらの話だからな」
 「悪印象が無いだけとかチョロそうですね。」
 「お前なかなかズバッと言うなぁ。あぁうん、確かにそうだ。女だけじゃなくて男も助けようとするあたり同性としてはポイント高いよな。ホモはお断りだが。」
 「え、あの人ホモなんですか……?」
 「世の中には、知らないほうがいいこともあるんだぜ?」
 
 一人の男の悪ふざけにより、詩季の株は暴落を始めた。
 これより、腐女子や貴腐人によるカップリング伝説の始まりである。人間とは娯楽があれば頑張れるものて、詩季は良い題材となるだろう。
 だが青年は気付いていない。……自分の容姿が優れていることと、自分も被害に遭うという可能性に……尚、これらは時雨の妄想である。
 実際には、時雨は詩季がホモとは思っていない。
 ……しかし、ちょこちょこ紅茶を薦めてくるあたり、もしや何かを仕込んでいるのではないかという可能性が彼の脳裏によぎった。
 
 「まさか……彼の有名な昏睡レ--」
 「やめろ時雨、間違いなく何かにヤられるぞ」
 
 時雨が彼の汚い御仁を知ることとなったのは、魔法をとある動画サイトで調べている時だった。……そしてその時、あるリンクをダブルクリックしたのが悲劇の始まりであった。
 時雨は、数少ない娯楽を受け入れてしまった。
 何故なら彼も、特別な存在だからである。
 
 「ま、あいつ結婚してるからホモではないな。」
 「へぇ。随分若い結婚なんですね。」
 「そうだな。……さて、そろそろ訓練を始めよう。まずは魔法と魔術の違いから入るぞ。時雨、魔法と魔術の大きな違いとはなんだ?」
 「んー、向いてることですかね? 魔法は攻撃的なものが強く、魔術は精神的なものが強い……そんな感じですか?」
 「それは結果だな。もっと分かりやすい違いは?」
 「発動方法ですかね。魔法は三種類ありますが魔術は一つだけです。」
 「そう、それだ。魔法は主に『言霊魔法』、『心魔法』、『陣魔法』と三種類あるが、魔術は『魔術』として完成されてしまっている。だが、これらにも共通点はある。そして、やろうと思えばこれ混ぜることが出来る。軽く実践するから考えて見ろ」
 「了解です」
 「まずは『言霊魔法』--《エクスプロージョン》」
 
 龍牙がそう唱えると上空が爆発を起こした。ちなみに、場所は宿屋の外であり、魔物がウヨウヨしている場所だ。訓練には最適だろう。
 爆発の規模はそこまで大きくはない。が、生物が当たれば死ぬぐらいには威力が高い。魔法の威力は低くとも、殺傷力が無いかと問われれば否である。
 だからこそ義務教育が終わるまでは使うことを許されていないし、異能も同様の理由で禁止されているのだ。ただ、それを律儀に守る人が何人いるかは分からない。
 
 「これは習っただろう?」
 「はい。言葉に魔力を乗せてから使う魔法と。」
 「……イメージとしては合っているからいいか。じゃあ次は『心魔法』だ。これは思考のみで発動させる魔法だ。魔術と一番近いな」
 「魔術はイメージすることが多いですからね」
 「せやな。」
 
 次はなんの前触れもなく爆発が起こった。これが『心魔法』、思考と魔力のみで発動させる魔法であり、その長所は発動がバレにくいこと。短所は集中が必要なのことだ。無意識下で発動するのが望ましいが、無意識に魔法を行使するのは地雷にも程があるのでそこまでいく魔法使いは少数だ。
 また、無意識すらもコントロールする魔法使いもいる。それらの人物が天才を越えた逸材と呼ばれる人物だ。この次元の地球で至っているのは龍牙を含む四名ほどだ。その中に詩季は含まれていない。
 
 「演出が無さ過ぎて怖いですねこれ。」
 「ほら、俺って映画あんま好きじゃないし?」
 「まったく理由になってないと思います」
 「敢えてに決まってんだろ言わせんな恥ずかしい。」
 「照れないでください気持ち悪い」
 「あれ、こいつってこんなに辛辣だったの……? ……最後に見せるのが『陣魔法』、見せびらかしたいバカ共か、天才的な速度で超小型の魔法陣を作る変態のどちらかが使う魔法だな。魔法を使いすぎて逆に悟ったやつらとかが使う」
 「賢者ですね分かります」
 「決して三十歳にある特殊な条件下で至ったものではないぞ。」
 
 そして、空中に生み出されたのは半径一メートルほどの魔法陣。
 魔法陣が生み出されてから魔法が発動し、同じような爆発を起こす。ただ、先程よりも爆発の規模が大きく、強力に見える。
 これが陣魔法、ほんの少しの時間を代償にすることで威力を上げる方法だ。また、魔法陣を構成した刹那に発動されるため魔法陣から知られることは無い。
 短所としては、魔法陣を消されたり一部を破壊されたりしたら発動不能になることだ。遠距離からのチキン火力戦法として用いられることが多い。
 
 「発動方法は簡単だ。魔力で文字を生成し、それをある特定の順番に並べる。最後に丸暗記していつでも使えるようにする。な、簡単だろ?」
 「最後が難しすぎるかと思います。まぁ、多分いけます。無理だとしても妹のことを想えば簡単に出来ます。いえ、やります」
 「かっこいいのかカッコ悪いのか分かんないなこれは」
 「妹さえ無事であれば俺の見聞は気にしません」
 「断言するあたり重度のシスコンだわお前。さて、そんじゃあ魔術だ。俺も使えるには使えるが先に見せてもらおうか。今の爆発ぐらいは使えるだろ?」
 「出来ますが……え、師匠使えるんですか?」
 「アホ抜かせ。魔力を使うことに関しては熟知しているぞ。どこぞの物理で殴るマンとは違うんだ……逆に言えば、あいつの物理攻撃は気持ち悪いな」
 「あれ……? 親友って言ってませんでしたっけ?」
 「親友だからこそ罵倒しようが許されるんだよ。なんなら、あいつの恥ずかしい秘密を知ってるだけ教えてやろうか」
 「結構です。そんなことすれば藤原先生にも聞きますよ。」
 「ふ、俺に恥ずかしい秘密なんて--」
 「無い、と言い切れますか?」
 
 龍牙の一生が、その言葉と同時に走馬燈のように蘇る。
 --狼に乗って走られると、怖くて泣き出した幼稚園
 --自分の巨体を操れなくて、鱗が自分に刺さった小学校
 --生徒会の出し物で、何故か女装させられた中学校
 --いつの間にか女に囲まれ、色々された高等学校
 思えば、龍牙の恥ずかしい記憶は詩季の仕組んだものがほとんどであった。つまり、詩季が知らない筈がない。なにしろ首謀者なのだから。
 
 「……寧ろほとんどがあいつのせいだ。」
 「お疲れ様です。……あ、魔術するので杖借りてもいいですか? 魔力のある物体だったならなんでもいいですけど。」
 「あ、うん。はいこれ、破邪の聖剣、魔力ならたっぷりだ」
 「明らかに強すぎます。では、使いますね」
 「この流れでそれを使うのか……」
 「藤原先生から『あいつは魔法とかまったく効かないからぶっ殺すつもりでやっていいよ。』と聞いています。大丈夫なんですよね?」
 「余計なこと吹き込みやがったなあの吸血鬼」
 「ん? 今なんて?」
 「いや、なんでもない。それより見せてくれ。お前のパゥワァーを」
 「無駄にネットリした発音がウザいです。」
 
 龍牙が時雨に渡したのは白銀に輝く刀身を持ったロングソード。
 名は『破邪の聖剣』、なんの変哲も無い強力な剣であり、含まれている魔力と切れ味、硬度以外は特に効果は無い。人の悪しき心を斬る……そんなファンタジー能力は無いのだ。
 なにしろ、正義と悪など人によって違うのだから。
 時雨はその剣に魔力を流し込むことで爆発を発生させた。その爆発は魔法よりも低いが時雨の消費した魔力量な大したことが無いのでエコである。
 これが魔術、魔法的な言い方をすれば、『触媒魔法』であろう。
 
 「まぁまぁだな。魔術師の資料を参考にすればかなり上位の力だ。流石にさばを読みまくっているジジババには劣るがな。」
 「……いえ、この剣がよい触媒になったからです。」
 「それを除いての話だよ。魔力を流し込むスムーズさ、発動までの時間。様々なことを考えても上出来だ。……が、魔術の利点を生かし切れていないところがある。そこが減点だな。」
 「魔術の利点、ですか?」
 「あぁ、魔法には無い強力な利点だな。それは……」
 「それは?」
 「--憎しみや怒りなどの負の感情、それを生かすことが魔術の強みだよ」
 
 ニヤリ、と猟奇的な笑みを浮かべた龍牙の瞳は、かすかな狂気を帯びていた。
 ……彼もまた不老不死、心にはある程度の闇を抱えている。
 またその狂気が、龍牙の魔術を扱えるという理由でもあった。

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