元勇者の吸血鬼、教師となる

妄想少年

007

 「お疲れさん、生徒達に関してご感想は?」


 生徒達が家へ帰り、藤堂が尋ねてきたのはそんなことだった。ケラケラと笑っており、僕からの感想が楽しみなのが見て取れる。
 どうせならしっかり答えてやろうと思い思考を深める。見た通り彼らの姿は、高校生のそれとほとんど同じだったのだが、やはり何かが違う。……表すとするならそれは輝き。無論、僕には訪れない若々しさというものもあるが、輝きの根幹となっているのは単純なことだ。


 「なにあれ、才能の塊としか言いようが無いよ。魔力制御とかは教えてないけど、明らかに僕の初期値の数倍はあったよ?」


 才能が無いといっても、魔を操ることに長けた種族の吸血鬼を軽々と超える魔力の初期値。ゲームのような表し方だが、それ以外の言葉が見つからない。
 それほどまでに溢れる才気、素質の塊、あれほどの者達がこの地球にいるとは思えなかった。もしかすると、この学園に入るには相当な才能が必要なのかもしれない。


 「僕の感想としちゃあ、此処は世界中から才能ある人材を集めたんじゃないかなって場所だね。それぐらいのポテンシャルをみな持っている」
 「すげぇな。生徒を見ただけでそこまで分かるのかよ。お前ぐらいの化け物になったら人な才能ぐらい分かるのか?」
 「残念なことに、ディランパーティーは僕以外に相手を観察する人がいなかったものでね。藤堂も分かるでしょ? あいつらの警戒の低さ」


 ディラン、それは僕の親友がパラレルワールドで名乗っていた名前だ。一度目の時にはパーティーがゲーム繋がりだったため、全員ゲーム名を名乗っていた。まぁ、二度目の時には和名が当たり前にいたし、藤堂も一緒だったから本名を名乗るしか無かったが……。ちなみに、僕のあっちでの名前はゼクス、ドイツ語で六という意味だ。
 で、僕の親友は優しいというか甘いというか、所々抜けていた。他の仲間は建築馬鹿だったりただの馬鹿だったり、農業馬鹿だったり、情報なんざ知るかとでも言うように殺し回る暗殺者だったり……控えめにいって、まともに敵を調べようとするものがいなかった。
 だからこそ僕の観察眼は人より高い自信はあるし、子供を鍛える際にも藤堂を鍛える際にも敵を知ることは重要なことだと口をすっぱくして言っていた。敵のことを知らずに無闇に突っ込んで、未知の力にやられましたじゃ笑えない。


 「……あぁ、あのバカ共は抜けてるもんなぁ。」
 「分かってくれて何よりだよ。……で、生徒達がどういう基準で集められているのか。ちゃんと話してくれるんだよね?」
 「おう、喋ったらまずいとか言うことでもないからな。」


 それから、更に詳しいこの学園の説明を聞いて時間は過ぎていった。帰るまでに必要な初日のレポートも提出し、家にさっさと帰ることにした。


 「ただいま~。」


 家に帰っても訪れるのは静寂。それもその筈、この家に住んでいる人間は他の人間と比べて帰りが遅いのだ。エレボスは趣味のラノベを買うためにふらついてる。シャルとエマは強くなるためにやはりふらついてる。ルディも同様に、農業があるためふらついている。
 とは言っても、皆七時半までには帰ってくる。我が家の夕食は八時であり、遅れると何も食べさせてもらえないからだ。僕には割とどうでもいいことだが、あっちでこちらより少し劣る食事ばかり食べていた彼らは食には貪欲である。ルディが万能なのも、貪欲になる一つの理由と言えよう。
 まぁ、代わりにあちらは武力の発達が著しいのだけどね。どちらの文明が優れているのかと言われても答えることは出来ないよ。


 「さて、何をしよう?」


 こんな風に、家に一人の空間というのは久しぶりだ。常に誰かがいたし、そもそも僕がこの家に寛いでいることも珍しい。これからは土日が定休日だからまったりする時間が増えるかもしれないが、そのためにはやることを見つけないと駄目だろう。
 彼女と一緒にいたときは何をしてたっけ? 
 確か……一緒に料理をしたり、膝枕をしながら耳掃除をしたり、幼い子供をあやしたり……年月が過ぎれば散歩もしたり、大工のモノマネをして家具も作ったりした。
 ……駄目だ。思い浮かぶことなんてあいつと一緒に笑ったり泣いたりしたことぐらいだ。幸せな記憶しか蘇ってこない。寧ろ、一人でしていたことなんて鍛冶ぐらいのものだし、それをこの家でするのはちと難しい。時間が掛かりすぎる


 「……そうだ、進級祝いにケーキでも作ろう」


 エレボスもシャルも、ちゃんと進級することが出来たのだ。余裕の進級だからといって、それを祝わないというのは保護者としてどうだろう? 
 今は六時だ。こだわったものを作ることは出来ないが、簡易的なケーキぐらいなら作れるだろう。二時間もあれば十分である。


 「よし、やると決めたらさっそくっ」


 依頼やなんだで働いている時は動きたくないと常々思っているのだが……残念なことに、僕は誰かの為に動くことが向いているらしい。睡眠が必要だったころの僕ならば、きっと爆睡していたというのに。……まったく、残念だ。
 そう思う僕の脳内とは裏腹に、口角が上がっているのは……騙さなければいけない相手もいないことだし構わないだろう。


 「ただいまー、今日は大量だったよー」
 「おかえりエレボス、良かったね」


 まず最初に、本屋に行って十冊ほど本の入った袋を嬉しそうに抱えてエレボスが制服姿で帰ってきた。ルディがどれほどお小遣いを与えているのか謎だが、これではかなり多いのではないだろうか。


 「ただいまー、どう? 強くなったように見える?」
 「おかえりエマ、外見がか弱そうだからあんまりかな?」
 「そんなー」
 「ただいま兄さん、何やらいい匂いがしますね?」
 「おかえりシャル。ふふん、夕食後のお楽しみさ」


 次に帰ってきたのはシャルとエマ。かなりの戦闘をしてきたのか返り血が付いている。僕の洗浄魔法で落とせるか心配だ。それで駄目ならルディ開発の洗剤で落とすしかなくなる。洗剤の開発もするのはなんでもありすぎる。


 「ただいま主人、今日はお疲れ様。今日のご飯は何時もより力を入れて作るから楽しみにしておいてね。」
 「おかえりルディ。うん、楽しみにしておくよ」


 最後に帰ってきたのはこれまた色々と抱えてきたルディ。四人の中で唯一労ってくれるほど心配性だ。尚、シャルの心配は感情に関してのことが多く、ルディのはあらゆることに対して心配性だ。完全にオカンである


 「それじゃあ頂きます。」
 「頂きます」


 三十分というごく短い時間でルディが作り上げたローストビーフ丼を食べる。お手製の山葵も一緒に食べると少々辛くて肉の味が引き立つ。美味い。吸血鬼なだけあって血肉が大好きな僕にこれは嬉しい。
 個人的にはパフェとかケーキとか甘いものを食べるほうが好きなのだが、それは昼食だけに留めている。せっかく作ってくれたものを頂かないのは非礼だから。……そのため、あいつが作ってくれた個性的な料理も頑張って食べていた。
 個性的すぎて舌が溶けかけたのもしばしば。


 「皆、進級したわけだけど新しいクラスはどう? 面白い人見つけた?」
 「兄さん、高校はクラス変わりませんよ?」
 「中学は変わるけどね。あぁ、僕のクラスは残念だったよ。同志が一人もいなかったんだ。直感的にガッカリしたね。」
 「そりゃそうだよ。ルディの同志なんて世界中探しても十人満たすかどうかってレベルなんだからさ。そんなに現実は甘くないよ?」
 「悪意しかないコメントありがとう。でも、さ。僕と同レベルの馬鹿はいると思うんだ。具体的には35億ぐらい」
 「全人類の半分それだったら世界滅んで……いや、余裕で半分突破してるよねそれ。六割ぐらい占めてるよ?」


 魔物が闊歩するこの世界の人口は減少の一手を辿っている。失礼な言い方になるが、亡くなったのがお年寄りが多かっただけマシだろう。これで幼児や青年がたくさん殺されていたなら人類は衰退していたことは間違いない。


 「……エマはどう? 格好いい人でも見つかった?」
 「んー、自分の強さに酔いしれてる馬鹿が多いかな~? 少なくとも、異能も使ったこと無いガキが喚くなっ! って思うね」
 「辛辣ですね……激しく同意ですが。」
 「あれ、闘技大会があるんだったら自分の弱さぐらい分かってるんじゃ……」
 「そんなことありませんよ。龍種とも戦ってないのに自慢げにして……自惚れも過ぎると情けないとしか思えませんね」


 僕の家の女性陣は辛辣だった。……いや、女性というのはこれぐらいなのかもしれない。だとしたら怖い、内心ぶっちゃけた女の子って怖い。僕以外の男性陣も同じ事を思っているようで、苦笑い気味だ。


 「才能はあると思うけどなぁ。」
 「戦闘における才能はあるでしょうね。ですが、他者を嘲るような言動には腹の立つものがあります。闘技大会では誰かにシメて欲しいものです。」
 「だってさエレボス、ぶっちぎりの優勝頑張ってね。」


 女の子の過激な要望は誰かに押し付けるに限る。それに仕方ないのだ。文化祭というからには教師は闘技大会には出場出来ないのである。
 あー仕方ないなー。上級生になって天狗になっている奴らをシメられなくて残念だなー。エレボス君には頑張ってもらおう。


 「残念、闘技大会には教師も参加可能だよ?」
 「はっはっは、強制でないのなら出るつもりはないよ。自分の手札をわざわざ開示するようなお人好しじゃあないからね。」


 ステータスなどというものがあるが、あんなものは所詮単位でしかない。僕には異能が無いから特殊な異能で奪おうなんて考えるものもいない。
 そして、僕の強さはその情報には一切載っておらず、開示するつもりはない。だから戦うというのは、惜しげもなく技術を見せるのと同義なのだ。
 手札を惜しみなく開示するなんて馬鹿のすることだ。弱点を教えて『さぁ殺してください』と言っているのと変わらない。


 「へー? まぁ、なんでもいいけどさ。先生はどうなの? 一年生との顔合わせは済んだたろうけどそのご感想は?」
 「同じようなことを藤堂にも聞かれたよ……。人目みたら感じたのは才能だけど、今の増長の話を聞いたら少し不安かな。」
 「藤堂さんが武術、お父さんが魔法の講師だっけ?」
 「体育と武術とイコールで結ぶのは止めようか。一応、ふつうの学校がやることもするみたいだよ。魔法の授業はオール魔法だけど。」


 魔法講師をするが、僕は異能を教えるわけではない。教えようにも僕は無能だし、他と違い過ぎるのだ。異能の講師も別にいる。


 「高校ってどこから教えるの?」
 「さぁ……? 魔法の行使は認められてないけど魔力を動かすことに問題はないからねぇ。まず、魔力操作からになるのかな?」
 「初歩の初歩ですね。私はほとんど自習でした。」
 「その間に提出物ってのがいつもの光景だよね。教師も教えること無いから何も言えないしさ、楽な時間だよ。」


 増長しているのはこいつらではないのだろうか。と、思うが実力においてはリベリオンの最上位ほどに位置するのでなんとも言えない。少なくとも、この二人を担当する教師には尊敬と憐憫の気持ちを贈ろう。
 僕だったら軽く鬱になる自信があるね。


 「……ふ~ん。あ、そうだ。お父さん、今週の土曜空いてる?」
 「あ、うん。別にいいけど……」


 --もう少し、2人の担任について何かない?

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