元勇者の吸血鬼、教師となる

妄想少年

001

 トゥルルルルルル……トゥルルルルルル……カチッ


 「……朝、か。」


 枕の横に置いておいたスマートフォンの大音量で目を覚ます。
 僕は種族的に睡眠や食事の類は必要無いのだが、これまでの生活から一応取ってある。
 勇者としてあの次元……地球のパラレルワールドに二度も呼び出された僕は、神などに与えられた使命を仲間とともにこなし、祖国である日本へと帰ってきた。今の日本はかつてのものとは比較にならない程変化しているが、それでも祖国は祖国、大切な居場所である。


 「……よし、降りるとしますか。」


 ちょっと昔に作ってもらった灰色のジャージと、あいつがプレゼントとして贈ってくれてた黒縁の眼鏡を着用し、階段を降りていく。眼鏡は今の時代、珍しいもので、ファッションぐらいでしかつける人を見ない。
 神々から魔物に対抗するために魔力が与えられ、身体能力の基準がある程度上がった地球において、視力が悪い者などそうそういない。盲目ならばそもそも眼鏡は着けないが、それは治るので得に問題ない。変人として扱われるぐらいだ。


 「おはようございます。……またリリスさんの夢でも見ましたか? 目が真っ赤ですよ。」
 「おはよう。ちょっと眠ってる間に泣いただけ、気にしなくていいよ。」


 普段ならほとんど泣かない僕でも、あの時の記憶を夢で見ているときだけは確実に泣いてしまう。彼女の死は受け入れているが、それとこれとは別である。泣かなくなったら彼女が帰ってくるわけでもない、そう考えて改善するつもりは無い。
 正直に言えば、僕は自分の能力を使うことにより、彼女を生き返らせることや、彼女を不老不死にすることは出来た。それも間違いなく。
 だが、あくまでも生物を器とした彼女の精神が、魂が、不老不死に耐えられるわけがない。蘇生をするにしても、寿命で死んだ彼女は蘇生した瞬間に死ぬだけだ。
 そこまでして彼女を縛り付けたいとは思わなかった。無理矢理にでもしようと思えば恐らく、彼女の魂が耐えられなくなり廃人化、体も腐り落ちながら消滅するだろう。輪廻転生の輪から外れ、新たな生も授かれない。それはあまりにも酷い。
 さて、僕に目が赤くなっていることを挨拶がてらに伝えてくれたのは妹であるシャルロット、同じ腹から生まれたわけではないが、れっきとした妹であることに違いない。
 僕があの夢を見た後の朝だと、シャルは僕のことを心配そうに見てくる。もう何年も経っているというのに気にする心配性な少女だ。
 まぁ、年齢は既に少女と言えるものではないが……


 「兄さん、その嘲笑うような目はなんですか?」
 「うん? なんでもないよ。ちょっと面白い事が思いついただけだからさ。」
 「……ハァ、心配するのが阿保らしくなってきましたよ」
 「アハハ、何時も言ってるけど心配されるほどのことでも無いよ。そんな柔な精神はしていないからね。あいつの事だって乗り越えてるよ。」


 悲しみは残るものの、それで気が病むほどではない。そんな時期はとうの昔に卒業しているのだ。あの頃の意気消沈していた僕はもういない。
 一度は精神科に連れていかされたが、もう大丈夫なのだ。
 今は生きていこうと思えている。


 「夢に出ただけで泣いてしまう人が克服していると?」
 「さあぁ? それは人によるんじゃないかな。」


 既に気持ちの整理は済ませてある。というか、寝ている間のことをどうこう出来るというのがおかしいのである。誰だって寝ている間の涎やいびきはどうにもならないものだ。
 ちなみに、気持ちの整理がついているのは僕が吸血鬼というか……永遠の命と若い体を持つ永命種だからというのが大きい。負の感情に弱いままでは永い時を生きていくことが出来ないのだ。だから、精神面では非常に成長しやすいという特徴がある。


 「……もういいです。ですが、今日から兄さんも働くのですから、生徒に腫れたり充血したりしている目を見させないように洗ってきてください」
 「おい、それじゃあ僕がニートみたいじゃないか。」
 「誰かから知られない仕事をしていてもニートみたいなものですよ。履歴書にすら書かれることが無いのですから。」


 今日から、僕は両親が創立した学園で、養護教諭兼副担任兼魔法講師として働くことになっている。主な仕事は生徒の治療だが、他にも仕事はあるとのことだ。
 尚、僕は大学に通ってすらいないし、当然教員免許も持っていない。それでも就職出来るということは、僕の勤める学園がおかしいという意味だ。
 実際は親のコネなのだが、別に仕事があった僕は感謝なんて欠片もしていない。寧ろ、酷使されることは分かっているので親父のほうは憎んでいると言ってもいい。母親はまともな人だから別にいい。人員不足なら少しぐらいは手伝う意思がある。
 僕が現在も引き続き続ける予定の仕事は、主に裏関係のものだ。知り合いから受ける依頼を達成する代わりに、それに見合った金を頂いている。
 何が言いたいのかというと、僕は表面上はニートでも、ニートではないということだ。ちゃんと税金も払っているのだから、何かと言われる筋合いもない。
 よって、忙しい僕に仕事をやらせようとするあれは糞親父である。
 ついでに言えば、今は引きこもる人の数が凄まじい。僕が高校三年生であった頃よりも凄まじい。政府の奴らも日本破滅を危惧しているのか働くように呼びかけている。その中に僕も入っていたのだから、本当に面倒くさい。
 でも、最近は僕のこと……僕らの家族のことを避けているよな印象がある。別に暗殺者の家系とかではないが、やってきたことがやってきたことなので家族単位で恐れられているのだろうか。仮にそうだとしてもなんら不思議ではない。


 「悲しい……なんて世の中は世知辛いんだ」
 「いいじゃないですか。これからは履歴書に書かれることになるのですから。というか、今更ニートと言われようが何も感じないでしょう?」
 「どうだろう。言われたこと無いから分からないや」
 「そうですか……では、朝食にしましょう。もう皆待っていますよ」
 「さも自分が作ったとでもいいたげな態度に驚きだよ」


 我が家の朝昼晩の飯は現在中学生として生きているスライムが作っている。僕は作れないことは無いのだが--むしろ彼女との生活では僕と娘が作っていたが--我が家のキッチンはそのスライムが占拠してしまっている。
 他にも、洗濯や家計簿、月々のお小遣などは全てそのスライムが握っている。
 有り体に言えば、我が家のオカンである。
 そんなスライム以外にも、我が家にはもう二人の同居人がいる。
 一人は高校生として暮らしている青年、もう一人はオカンスライムと同じ中学に通っている少女だ。ちなみに、シャルは高校生で、年齢は少女以外さばを読んでいる。
 尚、この家に暮らすヒトは少女だけで、他の者はみな人外だ。


 「おはよう。ちょっと待たせたかな?」
 「おはよう先生、特に待ってないから気にしなくていいよ」
 「おはよう主人、今日から教師だけど体調はどうかな? 大丈夫?」
 「おはようお父さん! 早く座って!」


 僕を先生とふざけて呼んでくるのはエレボス。こいつはパラレルワールドで出会った奴で、二回目の勇者召喚の帰りの時にいつの間にかまじっていたやつだ。普段は名前で呼んでくるくせに、今日は先生と呼んできそうである。
 体調を心配してくるのは我が家のオカンスライム、キッチンの支配者ことキャルディア。僕の従魔の中で唯一僕に着いてきた従魔である。他の従魔が薄情とかそういうのではなく、ただ単にルディが心配性だから着いてきたのだ。
 早く食べたいとばかりに僕に座れと促してくるのはまだまだ成長の余地を残している少女エマ。エマは僕の精神が復活した頃に捨てられていた子供で、なんとなく養子にした二人目の子供だ。今では大事な愛娘である。お父さんと呼んでくるのは僕の知り合いの誰かが吹き込み続けたからだ。
 犯人の目星は付いている。後は証拠を見つけるのみ。
 ……あ、実はパパと呼んでもらいたいだけです。


 「……んじゃ、いただきます」
 「いただきます」


 このように食前の祈りをするのは僕とルディだけである。パラレルワールドでは日本でいなかっため、その国の挨拶をしていた。そのため、国によって変えるのが面倒な三人は特に何もない。日本古来のはするように言っておくべきだっただろうか。
 まぁ、別にいただきますやごちそうさまを強制するつもりはないのだ。郷に入っては郷に従えとの言葉があるが、自分なりのものを変えてまでする必要は無いだろう。
 ただ、異文化を否定してはいけないということは厳命してある。それがモラルに反しない限りは異文化の流儀として認める義務があるし、異文化の人間がけなしてはならないのだ。
 最近はそんなことも理解出来ないものがいるから困る。


 「おっ、今日はパンか。相変わらずこだわっているねぇ。」


 本日の朝ごはんはパン屋に売ってあるような様々なパンである。
 普通、こんなものを自宅で作ることは無いのだが、究極のオカンスライムであるルディはパンすらも自分で作るのだ。そのための初期費用が僕の報酬から出ていることは……まぁ、飯がおいしいので気にしないことにしよう。
 きっと、それが一番の打開策だ。何を打開するのだろう。


 「本当は機材から自分の腕で作りたいのだけどね。いや、学校で大量に時間を奪われる中学生は厄介だよ。一日中研究することも出来やしない」
 「将来ルディが何になるのか不安だよ」


 既に家庭菜園とかいうレベルを超えているルディのことだ。恐らく、いや間違いなく、機材から作りたいというのは本心なのだろう。
 スライムであるルディのことだから、いつか分裂とかしそうだ。一人一職のルディが世界各地で見られる。世にも恐ろしい。


 「僕の夢は世界の農業を支配することだからね。……あぁ、そんな顔しないでよ。冗談に決まっているじゃないか。僕なんかに出来ると思わないでしょ?」
 「いや、ねぇ……うん、いいんじゃないかな?」
 「私も応援しますよ? だって……」
 「いい夢だと思うよルディ! ほら、最近の子供は夢が無いっていうでしょ? それぐらいの大きな夢は素晴らしいと思うよ! 少なくとも私は応援する!」
 「嘘だぁ! その目は可哀相な子供への憐れみの目だぁ!」


 違う。今のはルディの夢のスケールに対する憐憫ではない。命を懸けて生活する為に農業をしている農業従事者さんたちへの憐れみだ。
 ルディが本気で経済的な支配を行おうとすれば、一部のブランド農家や田舎で交換している農家さんを除き、あらゆる農家さんの土地が、資金が、食いつぶされてしまう。
 だってこいつ、あっちの次元で同じことしていたし。


 「ま、やるのはいいけどなるべく失業者を出さないようにお願いね。農家さんたちだって頑張って生きているんだからさ。やり過ぎはよくないよ」
 「……分かっているよ。同じようなことはしない。」
 「うん、ほどほどにね。」


 とは言っても、ルディの経済的支援に助けられたことは何度もある。彼女を狙うやつらを金で黙らせてくれたり、色んな国を回って恩を売り付け、勇者を動きやすくしたり。
 武力と戦略、あと子供の世話ぐらいしか取り柄の無い僕とは全然違う。
 だから強くは言えないのだが、節度は守って掻き乱してもらいたい。


 「はいはい。でも、主人も気をつけてね? 少なくとも、生徒にキレて学園を破壊するなんてことは絶対に避けるんだよ?」
 「……まったく、僕をなんだと思っているんだ?」


 いくらなんでも子供のざれ言程度でキレたりはしない。彼女に関することさえ言わなければ、僕というのは非常に穏やかな、性格の悪い人間なのだ。
 ルディの言ったことを鼻で笑ってやると、ここにいる全員に目を逸らされた。
 ……おい、僕だって破壊しないように暴れるぐらい出来るんだぞ?


 「何考えてんのか分かりませんが、多分違いますよ」
 「……マジですか。」
 

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