《完結》虐待されてる奴隷少女を救った、異世界最強の龍騎士
第101話「ファチ酒」
案の定だった。
「り、りりり、リュウイチロウさまッ!」
と、エムールが血相を変えて、龍一郎のもとに駆けつけてきた。
龍一郎はセセラギ亭という酒場にいた。民衆からの歓待を受けて、お酒をふるまってもらっていたのだ。雰囲気を出すためなのか、貧民街のような木造の建物になっていた。テーブルやイスもすべて樹から切り出して作られたもののようだ。
「やあ、エムール」
「やあ――ではありません! なに勝手に城を抜け出しておられるのですか。しかもお酒まで飲んでッ!」
お酒を飲んでいないエムールのほうが、怒気で顔を赤くしていた。
「まあまあ。リュウイチロウさまのおかげで、騒動がおさまったんだから、カンベンしてやってください」
と、酒場のマスターが仲裁に入ってくれた。白銀の髪をオールバックになでつけた老紳士だ。このマスターの気品が、酒場にもそれ相応の気品を付与しているように感ぜられた。
冷静になったエムールに、事のあらましを説明した。
「ガルス男爵がまた問題を起こしているのですか、あの男爵にも困ったものですね」
と、エムールは頭を抱えていた。
「城下町での武器の所持は禁止にするべきだろうか? あやうく人が死にかけたんだ」
「しかし、それもまた貴族の反対を受けるでしょう。騎士以上の位を持つ者は基本的に、武器を所持しております。それに、《血影銃》などの携帯必須の武器もありますし」
「難しいか……」
「政策のほうは、私たちで何とかいたします。とにかくリュウイチロウさまは、勝手に出歩かないでください」
お酒まで飲んで――とエムールがまたしても睨んでくる。
ゼルン王国ではどこも酒は15歳から飲んで良いことになっている。それに乗っ取り、セリヌイアでもそう決めている。龍一郎もエムールも許される範囲だ。が、エムールはお酒が苦手らしく一滴も飲めない。
「いや、これは別に遊びで飲んでいるわけじゃないんだ」
「じゃあ、どうして飲んでおられるのですか?」
「味を見ていた」
「味?」
「ああ。セリヌイアは湖の上にあるだろう。だから、非常に新鮮でキレイな水をくみ上げることができる。水が美味いから、お酒も美味くできる――んだそうだ」
マスターの受け売りだ。
「味が美味いからどうしたというのです」
と、エムールはふくれっ面で尋ねてくる。
エムールは頭も良いし、剣術も得意としている。だが、マジメ一徹といったところがあり、融通がきかない。
「名産品になるんじゃないか?」
「名産品?」
とエムールは眉をしかめた。
「ほら、シュバルツ村のことをおぼえてるだろう?」
「もちろん覚えております。私とリュウイチロウさまの2人で、クロエイの巨大種を撃退したのですから」
なつかしむようにエムールは遠い目をして言った。
「あの村にはシュバルツ茶っていう、名産品があった。そのシュバルツ茶を作っていたのは、シュバルツの村の者たちだった」
龍一郎は酒を舌の上で転がした。
正直、龍一郎にはお酒の味がよくわからない。だが、子供の舌でも「美味しい」と感じる甘味があった。
ウィスキーやワインとは違う。
「ファチ酒」と言われるものらしい。
味そのものはビールに近いと思われる。ただ、使われているのが麦ではなくて、「ファチ」という穀物なのだそうだ。
おそらく地球にはないものだ。
酒の色は血のように赤い。
「このお酒を、セリヌイアの名産品にしようというわけですか?」
「そうだ。お酒は貴族たちも飲む。品質の良い血で買い取ってくれるだろう。酒の評判を獲得することができれば、セリヌイアを嫌う貴族たちの考えもすこしは変えることができるんじゃないか?」
奴隷や庶民は嫌いだが、美味い酒をつくるとなれば、黙認してくれるのではないか――と思ったのだ。
「それはリュウイチロウさまの、お考えですか?」
「え? ああ。すこしでも貴族と庶民の軋轢をなくす方法はないものか――と思ってね」
「フィルリア姫の入れ知恵なのかと思いましたよ」
エムールは安堵するように胸をナでおろしていた。
「どうしてフィルリア姫が出てくるんだ?」
「あの人は尋常でないほど飲みますから、それはもう怖ろしいぐらいに。何か言われたのかと思いましたよ」
龍一郎が飲んでいたグラスにエムールは指をつけた。毒味でもするかのようにペロリとナめている。よほどお酒がダメなのか、渋面をつくった。
「フィルリア姫は、お酒が好きなのか。初耳だな」
セリヌイアの酒を送ってあげるとよろこぶかもしれない。
「名産品として売り出そうとする試みは、スバラシイことだと思います。やってみる価値はあるでしょう」
しかし、とエムールは続けた。
「だからといって、勝手に城を出られては困ります。万が一、リュウイチロウさまの身に何かあれば、私が困るのですから」
龍一郎は苦笑した。
「り、りりり、リュウイチロウさまッ!」
と、エムールが血相を変えて、龍一郎のもとに駆けつけてきた。
龍一郎はセセラギ亭という酒場にいた。民衆からの歓待を受けて、お酒をふるまってもらっていたのだ。雰囲気を出すためなのか、貧民街のような木造の建物になっていた。テーブルやイスもすべて樹から切り出して作られたもののようだ。
「やあ、エムール」
「やあ――ではありません! なに勝手に城を抜け出しておられるのですか。しかもお酒まで飲んでッ!」
お酒を飲んでいないエムールのほうが、怒気で顔を赤くしていた。
「まあまあ。リュウイチロウさまのおかげで、騒動がおさまったんだから、カンベンしてやってください」
と、酒場のマスターが仲裁に入ってくれた。白銀の髪をオールバックになでつけた老紳士だ。このマスターの気品が、酒場にもそれ相応の気品を付与しているように感ぜられた。
冷静になったエムールに、事のあらましを説明した。
「ガルス男爵がまた問題を起こしているのですか、あの男爵にも困ったものですね」
と、エムールは頭を抱えていた。
「城下町での武器の所持は禁止にするべきだろうか? あやうく人が死にかけたんだ」
「しかし、それもまた貴族の反対を受けるでしょう。騎士以上の位を持つ者は基本的に、武器を所持しております。それに、《血影銃》などの携帯必須の武器もありますし」
「難しいか……」
「政策のほうは、私たちで何とかいたします。とにかくリュウイチロウさまは、勝手に出歩かないでください」
お酒まで飲んで――とエムールがまたしても睨んでくる。
ゼルン王国ではどこも酒は15歳から飲んで良いことになっている。それに乗っ取り、セリヌイアでもそう決めている。龍一郎もエムールも許される範囲だ。が、エムールはお酒が苦手らしく一滴も飲めない。
「いや、これは別に遊びで飲んでいるわけじゃないんだ」
「じゃあ、どうして飲んでおられるのですか?」
「味を見ていた」
「味?」
「ああ。セリヌイアは湖の上にあるだろう。だから、非常に新鮮でキレイな水をくみ上げることができる。水が美味いから、お酒も美味くできる――んだそうだ」
マスターの受け売りだ。
「味が美味いからどうしたというのです」
と、エムールはふくれっ面で尋ねてくる。
エムールは頭も良いし、剣術も得意としている。だが、マジメ一徹といったところがあり、融通がきかない。
「名産品になるんじゃないか?」
「名産品?」
とエムールは眉をしかめた。
「ほら、シュバルツ村のことをおぼえてるだろう?」
「もちろん覚えております。私とリュウイチロウさまの2人で、クロエイの巨大種を撃退したのですから」
なつかしむようにエムールは遠い目をして言った。
「あの村にはシュバルツ茶っていう、名産品があった。そのシュバルツ茶を作っていたのは、シュバルツの村の者たちだった」
龍一郎は酒を舌の上で転がした。
正直、龍一郎にはお酒の味がよくわからない。だが、子供の舌でも「美味しい」と感じる甘味があった。
ウィスキーやワインとは違う。
「ファチ酒」と言われるものらしい。
味そのものはビールに近いと思われる。ただ、使われているのが麦ではなくて、「ファチ」という穀物なのだそうだ。
おそらく地球にはないものだ。
酒の色は血のように赤い。
「このお酒を、セリヌイアの名産品にしようというわけですか?」
「そうだ。お酒は貴族たちも飲む。品質の良い血で買い取ってくれるだろう。酒の評判を獲得することができれば、セリヌイアを嫌う貴族たちの考えもすこしは変えることができるんじゃないか?」
奴隷や庶民は嫌いだが、美味い酒をつくるとなれば、黙認してくれるのではないか――と思ったのだ。
「それはリュウイチロウさまの、お考えですか?」
「え? ああ。すこしでも貴族と庶民の軋轢をなくす方法はないものか――と思ってね」
「フィルリア姫の入れ知恵なのかと思いましたよ」
エムールは安堵するように胸をナでおろしていた。
「どうしてフィルリア姫が出てくるんだ?」
「あの人は尋常でないほど飲みますから、それはもう怖ろしいぐらいに。何か言われたのかと思いましたよ」
龍一郎が飲んでいたグラスにエムールは指をつけた。毒味でもするかのようにペロリとナめている。よほどお酒がダメなのか、渋面をつくった。
「フィルリア姫は、お酒が好きなのか。初耳だな」
セリヌイアの酒を送ってあげるとよろこぶかもしれない。
「名産品として売り出そうとする試みは、スバラシイことだと思います。やってみる価値はあるでしょう」
しかし、とエムールは続けた。
「だからといって、勝手に城を出られては困ります。万が一、リュウイチロウさまの身に何かあれば、私が困るのですから」
龍一郎は苦笑した。
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