セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―

清弥

真章 ―強き者は親愛の橙―

「ぶッ!」


 意識を含めて、あらゆるものが吹っ飛ぶような感覚がした。
 まともに受け身も取れずに、グイドは地面に倒れこむ。


 何故殴られたのか、何故ウィリアムが怒っているのか、何故こんなにも哀しそうな眼をしているのか。
 今の状態の全てがグイドの持つキャパシティを超えて、ただただ殴られた事実に驚く他ない。


「な、にを……」
「謝れ」
「は?」


 淡々と、それでもひと目でわかるほどの怒りをその声を聞いて、グイドは心の底から動揺する。
 何も間違ったことを言っていないはずなのに、何もおかしなことをしていないはずなのに……どうしてここまで罪悪感が胸を占めているのか。


「お前は生き物だ。食べ物を食べなきゃ生きられないし、飲み物を飲まなきゃ生きられない」
「そんなの、当たり前、だろ」
「答えろ。お前は、どうやって生きてきた」


 特に考える必要もない。
 ただ今までしてきたことを答えれば良いだけだ。


「決まってる。俺、が、採って、俺、が、食った」
「じゃあその服は」


 ただ、それだけ、なのに。


「商人、から、俺、が、集めた、もの、と、交換、した」
「火はどうやって起こしてるんだ?言葉は誰から教わったんだ?」


 孤独ヒトリで生きてきたはずなのに。


「な、にを……」
「なぁ――」


 孤独ツヨキで生きてきた、はず……なのに。


「――お前は、誰から産まれたんだ?」


 どうしてこんなに心が痛い?


 そう、ウィリアムが先程から問うているのは当たり前のこと。
 誰でも答えられるような”簡単”で”至極当然”な問いなのだ。


 だからこそ、孤独で生きていると思い込んでいるグイドにはその問いに対して答えられない。
 答えは持っている、しかし答えを言うことは出来ないのである。
 答えてしまえば、言ってしまえば、わかってしまうのだ。


「お前は、孤独なんかじゃねぇよ」
「――――」


 自分が”孤独ではない”という事実から目を背けていることに。


「お前が採ってきた植物や、お前が狩った動物たちは懸命に生きていたんだ。お前は生きていたモノを食らった、他の生命を食らったんだよ」
「そ、れは」


 本当に孤独で生きたいと願うのならば、他の生命を無理やり奪い糧とするのはおかしいだろう。
 イチから自分で植え、育て、成熟させたのならまだわかるが、グイドが行っていたのはただの生命の略奪であり、言葉を変えれば”他の生命を頂いている”ことになる。
 だからグイドは孤独ではなかった。


「お前が着ている服だって、他の誰かが懸命に作り上げた一作だ。それにお前は服を手に入れるのに他の生命を利用した」
「俺……は」


 他人が作り上げた服を着ることが本当に孤独なのだろうか、いや違うはずだ。
 例え見知らぬ人だとしても、その人の誠意や努力が滲み込んだその服を着ている事自体がすでに他人と触れ合っている。
 果てに物々交換で森の生命を使っているのだ。
 だからグイドは孤独ではなかった。


「火を起こすのだって誰かに教えてもらったんじゃないのか?言葉だって誰かから教わらないと知らないだろう?」
「…………」


 何かを誰かから教えてもらう。
 それ自体がすでに孤独ではない証拠であり、本当に孤独ならばあらゆる物事を全て自分だけで知り考え蓄えなければならないはずだ。
 だからグイドは孤独ではなかった。


「……お前は、母親が痛めたお腹から産まれ出たんじゃないのか」
「ッ……!」


 本当に孤独ならばお腹を痛めてまで産んでくれた両親が、別れ際にサヨナラと言ってくれた両親がいたこと自体おかしい。
 孤独とは、誰からも愛されず誰も愛さない人のことを言うはずだ。


 だから、彼は真に孤独にはなれなかった。


「そんなこと、を、言ったら、誰も……!」
「そうだよ」


 そんなの当たり前だ。


「人から産まれて、人に育てられ、人に教わって、人と関わる。……もともと、俺達が”孤独”であることなんて無理な相談なんだよ」


 孤独とは誰とも触れず誰とも話さず誰とも顔を合わせず、誰とも関わらない。
 けれどこの世界では”他と関わらない”という条件がまずクリアできない、つまるところ本当の意味で”孤独”にはこの世の命はなれない運命なのだ。


「でも、それでも、俺、はっ!」


 諦められない、諦められる訳がない。
 もしここで真の”孤独”へ至ることを諦めてしまったら、今までの自身が辿ってきた人生は一体何だったのか。


「このままじゃ、母さんと父さんに顔向け出来ない……」
「なぁ、グイド」


 涙を浮かべ失意に表情を暗くするグイドへ、ウィリアムは彼の肩に手をおいて優しく問う。


「俺が誰よりも孤独に見えるか?」
「――――」


 その言葉が全てだった。
 『七色の騎士セブンスナイト』であるウィリアムは、七色全ての騎士の想いを誰よりも強く持つことが条件にある。
 ならばウィリアムがこの場の誰よりも『橙の騎士』の想いを持っていると言っても過言ではないだろう。


 しかし、誰よりも『橙の騎士』であるはずのウィリアムは誰よりも孤独なのか?
 否。


「お前、は、孤独、じゃ、ない」
「そうだ。俺は誰よりも孤独じゃない、むしろその”逆”だよ」


 逆。
 孤独の逆とはなんなのだろう、とグイドは考える。


 独りではなく、関わり合う人々がいて、守るべき者がいて、愛する者がいることだろうか。
 寂しく、ないことだろうか。


「俺は誰かと一緒じゃきゃ何かを成せない。悔しい話だけど、”全てを護る”ことは出来てもそれ以外が出来ないんだよ」
「だから、他、を、頼る?」


 コクリと頷いたウィリアムは、グイドと瞳をあわせる。


「俺はお前の過去を知らない。少なくとも、お前が話したいと思えるまでは知りたいとも思わない。知らないから、俺はお前にとやかく言う資格はないのかもしれない」


 ウィリアムはグイドへ語りかけるように、そして同時に自分自身にも伝え聞かせるように、つぶやいた。


「だけど、俺からお前に言えることはある」
「言える、こと」


 過去を知らない、知りたいとも思わない緑の少年が言えること。
 それが何なのか皆目見当がつかないグイドは、ただウィリアムの言葉を復唱するしか出来ない。
 短く息を吸い、誰よりも”孤独から遠い”少年は口を開いた。


「お前の両親は”一緒に生きてあげられないこと”に後悔していただけだ。決してお前がたった独りで生き続けろだなんて思っている訳がない。変な勘違いをして独りよがりな孤独ごっこをしているお前は、本当に両親に誇れるのか?」


 俺は大丈夫だよ、ちゃんと一人で生きられるよって。


「っ!」
「言えないだろ?逆に両親は絶対に悲しむね。何年もひとりぼっちで誰とも触れ合えず成長してしまったお前を見て、なんてことをしてしまったんだと両親は心の底から後悔するに決まってる」


 ただ説教されるよりも、ただ納得させられるよりも……その言葉はグイドに効いた。
 わかっていたのだ、この生き方は歪だと。
 知っていたのだ、この想いは間違っていると。


 けれど、止めることはできなかった。


「――でも、今からでも遅くない」
「え……?」


 根底を破壊してくれるようなそんな人物が現れる、その瞬間まで。


「望めよ、グイド……お前の本当の願いを!」
「俺、の、本当、の、願い」
「そうだ!脅迫概念みたいにこびり付いた執着オモイを願うんじゃなく、お前の心の底にある理想オモイを願え!それがお前の答えのはずだ!」


 『橙の騎士』として、ではなくただ一人の人間としてのグイドの想いをウィリアムはただただ聞きたかった。
 ”ならなきゃ”という願いではなく”したい”という願いを。


「俺……は」
「目を閉じて、落ち着いて、よく考えるんだ。お前が今一番何を欲しているのかを、本当に叶えたい理想の果てを」


 震える体を両手で押さえつけて、グイドは必死に頭を巡らせる。
 だからウィリアムは最後にこういうだけでいい。


「孤独じゃない、何かを求めるんだ」
「俺は――!」


 グイドの周りに”樹木”が張り巡らされた。








 あぁ、ようやくわかった。
 こうして本当の自分の理想オモイを願って、初めて気がついたんだ。


 孤独はとても脆くて、とても弱いものなんだと。


 何かあったとき誰かに頼ることが出来ず、他を求める心を押さえつけて独りであることを気取る。
 そこのどこが強いと言えるのか、それのどこが”本当の騎士”足り得るのか。
 緑の彼が言ったとおりだったのだ、”本当の騎士”は孤独ではない。


(そうなら、きっとアイツもそれを知っていたのだろうか)


 自身の敵として現れた、ヘンリーと呼ばれる魔族……そして俺と同じ『橙』の色を持つ者。
 アイツは自らの『騎士の力』として木々の意思と会話を行い、友として力を借りていた。
 もし同じ『橙の騎士』同士、”本当の騎士”としての想いが同じだとしたらアイツは俺に答えを見せてくれていたのかもしれない。


(認めるよ、俺は弱い)


 戦うことさえ木々の力を”無理矢理”使い、生きていくことも他の力を借りていたのに、俺は孤独でいるつもりでいた。
 この世に孤独なんて言葉は存在しないのに、この世にあるのは孤独に酔った痛々しい人間だけなのに。
 単純な答えだ、俺が今まで強かったのは他の力を借りていたから。


 つまり自分で孤独とか言いながら、実際のところ他の力を借りまくっていたダッサイ奴なのだ。
 うん、どうせ力を借りるならちゃんとお願いして、お礼をして、仲良くなって……そして互いの了承があってから使いたい。
 それが筋ってもんだろう。


「ごめんなさい、グイド。わたくしは貴方は騙し続けてしまいましたわ」
「……うん、誤ってくれてありがとう、ツィラペ」


 でももう大丈夫。
 完全に、とは行かないけど自分としては納得したから。


「俺は弱い」


 だけどそれだけで終わるつもりはそうそうない。
 だって――


「――俺は、孤独じゃないから」


 俺はひとりじゃない。
 孤独の”逆”ってなんだろう、ようやく自分なりの答えが出せたよ。


「友よ、”樹木之親愛ツァルタンデ”」


 さぁ、幼い頃からずっと愛してくれていた木々たちに今こそ親愛を返そう。

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