セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―

清弥

目指すは『大森林』

「これはここに……っと」


 復興作業も終わりが見え始めたころ、ウィリアムは今日も今日とて元に戻った両手を十二分に使い復興の手伝いをしていた。
 重たげな瓦礫を廃棄所に投げ捨て、ようやく一段落だと額に伝う汗を拭う。


「おう、お疲れさん」
「あ、ワイアットさん」


 と、背中からワイアットの独特な渋い声が聞こえ、すぐさまウィリアムは振り返る。
 全身に泥や埃をかぶっている緑の少年の姿を見たワイアットは、「あのなぁ」と呆れがちに眉を潜ませた。


「おめぇ、働き過ぎだ。ちったぁ休めよ」
「え?働き過ぎ……ですかね?」


 いかにも心外そうな表情を浮かべるウィリアム。
 ズキズキと痛まないはずの頭に頭痛を覚えながら、ワイアットは途方に暮れる。


「この村を護った『騎士』が一番働いてちゃ周りが心配するってんだ、周りの為を思うなら休憩してこい」
「……わかりました」


 何より他人を優先するウィリアムにとって、その言葉はかなり効く。
 故にすこぶる残念そうに、不服そうに暗い顔へと変化したウィリアムは、けれどもワイアットの言葉に頷いた。
 ワイアットは逆にこうでも言わないと止まらないのかと、更なる頭痛を覚えたが。


 渋々と休憩するための仮設所へと向かうウィリアムの背中を見て、ワイアットは声を張り上げる。


「ついでだ、アニータにも挨拶してこいっ!」
「え?あ、はい」


 その言葉の意味が分からず曖昧に返事したウィリアムは、一体何のことだろうと頭上にクエッションマークを浮かべながら歩きを再開したのだった。








 ウィリアムが向かったのは、身を粉にして働き続けている『騎士』たち用に造った個室休憩所だ。
 当然の如く最初はウィリアムも断ったのだが、アニータから断るのは逆に失礼だと言われ使わせてもらっている。
 そうした事情もあり、ウィリアムとアニータはそれぞれ個室で休憩や宿泊していた。


「……まぁ、ワイアットさんからも言われたしな」


 自分に言い聞かせるように一人言を喋るウィリアム。
 目の前の扉には、アニータという板が張り付けられていた。


 普通ならば得に対して気負う必要も無くノックをすればいいだけなのだが、今回ばかりはそうはいかない。
 何せウィリアムたちが村の再興に努め始めてから、まともに顔を合わせてすらないのだ。
 嫌われてはいないと思ってはいるが、ここまで会わないと避けられているのではないかと邪推してしまう。


 変なところで年相応の考えに至ってしまうウィリアムだが、それでも勇気を奮い立たせドアを三回ノックする。


「どなたかしら?」
「――――ッ!」


 中から聞き慣れた女性の声が響く。
 それに何故か異様に緊張しながらも、ウィリアムは口を開いた。


「俺……ウィリアムだけど」
「ッ!そ、そう。なんの用?」


 明らかな動揺。
 ドア越しに感じたのは、一瞬だが大きく息を呑んだアニータの声だった。


「ワイアットさんから、挨拶でもしてこいって言われてさ。結局何のことかよくわかんなかったけど」
「……そう。確かに、もう時間稼ぎは出来ないわね」


 どこか納得したような声をにじませて、アニータはドアを開ける。
 その姿を見て、ウィリアムは瞳を大きく広げた。


「その恰好、は」
「えぇ、ウィリアムの思った通り」


 再興するための土木作業をしやすい服ではなく、完全に『騎士』としての正装……藍を基調とした礼服を着ているアニータ。
 この泥臭い場所には似合わぬその服装に、ウィリアムは全てを悟る。


「……そっか、俺の右腕は治ったんだもんな。これでおわかれ・・・・か」


 ウィリアムの答えに答えることなく、アニータは机の上に置いていた紙を取ると手渡した。


「これ、は?」
「私が街に戻った後、あなたがすべきことが書いてあるわ」


 手渡された紙に目を通すと、そこに書かれていたのは大きく分けて二つ。
 一つ、今まで経験したこと全て報告するために自ら王都へ行くこと。
 一つ、直接南で行くには山脈が邪魔なので『橙の騎士』が担当している、ここから南東にある『大森林』を抜けること。


「もうとっくに王都へ情報が流れているけど、あなた自身も報告するよう伝達があったわ」
「俺がワイアットさんの力を受け継いだから、か」


 左手で右腕の“印”があるであろう場所を抑えるウィリアムに、アニータは真剣な表情で頷く。


 ウィリアムの右手の甲と右腕に刻まれた二種類の“印”。
 それぞれが今現在、彼が『緑の騎士』と『黄の騎士』であることを示す、何よりの証拠であった。
 前代未聞の異常事態だ、これに関しては流石に直接報告するほかないだろう。


「分かった、そうする」


 了承したウィリアムは、「それじゃあ」と言葉を続けようとする。
 別れの挨拶もすませたしこれからの予定も決まった、もう用はないだろうと思って出た言葉。
 しかし、その声をかき消すようにアニータは声を出した。


「待ってウィリアム、その……」


 思わずと言った表情でアニータは伸びかけた右手を、左手で抑える。
 数瞬、彼女にとってはもっと長い時間が過ぎた後にアニータは頭を下げた。


「ごめんなさい。私は臆病で、馬鹿で、恥知らずだったわ。だから、あなたの右腕を完全に治せなかった」
「…………」


 それは罪の確認。


 決して赦されることではないだろう。
 否、赦されてはいけない。
 他人を傷つけ、他人から大切なものや人を奪う罪は一生赦されてはいけない代物だ。


 だからその罪の万倍、人を癒し人を救え。
 あの時のウィリアムの言葉は今もアニータの中で熱を持って生き続けている。


「だから、私は“全てを救う”わ――」


 ここまではとっくに終わったことだ。
 すでにアニータにとって、より多くの人を救い癒すことがもっとも重要としている事柄。


 故に、これは彼女の答えだ。
 罪の万倍、人を助けろと言われた彼女の答え。


「――“あなたの心”も含めて、全て」
「――――」


 彼は狂っている。
 彼は非常識だ。
 彼の背負う人生は、あまりに重くあまりに“不完全”。


 だから、彼女は緑の少年が持つ“人としてあまりに傲慢な罪”から救う。
 自らの“傲慢な願い”によって。


「その時まで首を洗って待ってなさい。何年、何十年かかろうが絶対に救ってやるわ」
「……あぁ、待ってる」


 故に彼自身は笑って答えた。
 彼女の願いが叶うのなら、自身の願いが――


 ――“全てを護る”という願いが消えても構わない。








 アニータとの別れを済ませ早二日。
 汗水垂らし、せっせと再興に励んでいたお蔭か随分と前の姿に見えるようになっている。
 そんな中でウィリアムは一人、部屋で荷造りをしていた。


 とはいってもそこまで私物は多いわけでは無く、すぐにそんな作業も終わってしまう。
 後やるべきことはないかと思案する中でふと背中の扉がノックされる。


「入るぜ」
「ワイアットさん?えぇ、どうぞ」


 どこか軋む音を立てて扉は開かれ、筋骨隆々の身体を持つワイアットが入ってきた。


「……そうか、お前も“旅立つ”か」


 隅から隅まで整頓され、埃一つない部屋を見てワイアットはすぐさま勘付く。
 次に黄の老人が表情に出したのは、しかし呆れだった。


「人の事は言えねぇが、どうしてこう『騎士』ってのは挨拶も無く出てこうとするかね」
「言わなくても、ワイアットさんなら分かってるでしょう?」
「……まぁ、な」


 『騎士』は英雄であり勇者である。
 勇猛果敢に禍族に立ち向かい、魔族と戦う。
 圧倒的な強さと志に少年ならば誰もが一度は憧れる存在と言って良い。


 しかし、その強さは“非日常”では必要とされ羨望の目を向けられるが、人々が営む“日常”では糞の役にも立たない。
 当然だろう、人々が日常に望むのは争いではなく平穏であり暖かな暮らしのみ。
 そして平穏や暖かな暮らしにとって、『騎士』という存在はあまりに邪魔だ。


 故に、ウィリアムやアニータは誰と別れを済ませることなく、影のように去ってしまう。
 彼らにとって、平穏な日常を見れることこそ本懐なのだから。


「だが、皆しっかりと感謝はしてくれてるぜ?俺も含め、な」
「――――」
「ありがとう、俺の村に来てくれて。お前のお蔭で大切な奴らの命を護れた」


 ウィリアムにとって……いやアニータでさえ見たことのないだろう、その真剣な表情で頭を下げるワイアット。
 感謝された緑の少年はこう思わずにはいられなかった。


 ――あぁ、この人はなんと『騎士』なのだろう。


 愚直なまでにまっすぐな瞳に宛がわれ、ウィリアムは彼の心を見る。
 ゆるぎない信念が、頑なな意志が、曲げることのなかった精神が……彼が経験した全てを通して完成された一つの心。
 到底まだ齢十代のウィリアムには達しえない、その領域を。


「こちらこそ、ありがとうございました。貴方のお蔭で俺は、俺のやるべきことがはっきりした気がします」


 特に今までと変わらない。
 “全てを護る”という信念を、意志をただ愚直に突き進むのみ。
 今、その果ての姿を垣間見ることが出来たのだから、迷いはなかった。


「……達者でな、ウィリアム」
「はいっ」


 さぁ、次に目指すは『大森林』。
 この国のありとあらゆる木材を賄う、大陸全土の十分の一をも占める超巨大森林である。
 そこに待つのは『橙の騎士』であり……彼と出会うことで一体何が起こるのか、それは誰にもわからない。


「俺は、最強になる」


 ――強い使命感を瞳に宿す、森の青年以外は。

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