セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―

清弥

狩人

 暗みがかった森の中、二つの物体が空を舞う。
 一つは自信ありげに羽ばたく翼を使い、もう一つは器用に木々の枝を伝って飛び続けていた。


「キーッ!」
「……」


 彼らは獲物と狩人。
 美しく舞い上空こそが我が領土であると嘶く物体が獲物であり、本来地を這い歩くことしか出来ない物体が狩人であった。


 橙色の瞳を鋭く細め、頭に深くかぶったフードを揺らしながらその狩人は着実に獲物を追い詰める。
 フードの中で微かに見えるその顔はまるで鉄のように一切として動いておらず、ただただ爛々と輝く橙色の瞳だけが特徴的な狩人。
 その視線の先にあるのは一点の場所のみ。


 獲物が通るであろうあらゆる逃げ道を先につぶして、一つの場所へと誘導しているのである。
 それに気付かぬ獲物に生き残るという選択肢はない。
 音も無く忍び寄る死神の鎌に気付くことなく――


「キッ――!」


 ――瞬間、足元に感じる違和感に驚きの鳴き声を上げた獲物は命を溢したことすら判断できず、その命を落とした。
 片身のナイフを握りしめ、狩人はすでに亡き獲物から罠を取り外す。


「やっぱり……これは、良い」


 獲物であった鳥の足元には草で紡がれた輪っかがついており、狩人が誘導した場所にこれを発動する罠が仕掛けてあったことを示していた。
 足元を掬い上げ、一瞬だけでも集中を乱してしまえばどのような戦いにも勝てる。
 故に狩人は弓も槍も使うことなく、ただのナイフで空の支配者を落としてみせたのだ。


 手慣れた様子で鳥の首を捌いた狩人は、輪と同じく草で紡いだ網に鳥を吊るす作業を始める。
 いわゆる血抜きと呼ばれる一連の行動に熱中する狩人の背中に、這い寄る気配が現れた。


「上手く獲物を捕らえたようですわね、グイド」
「……あぁ」


 狩人は不意に聞こえる背中からの声に一切の警戒も無く頷く。
しばらくした後、血抜き作業を終えたのか顔についた血を拭いながら後ろに振り返った。


「今回、は、上手く作れた」
「えぇ。随分と上達しましたわ」


 グイドと呼ばれる狩人の背中に佇んでいたのは、人間の大きさほどもある巨大な橙色の狼。
 流暢に人が喋る言語を話しながら、けれどもその口は一切として動いてはいなかった。


「これなら、もうツィラペも必要、ない」
「あら、それは心外ですわ」


 どこか勝ち誇ったような、それでも浅い笑みを浮かべるグイドにツィラペと呼ばれた橙色の狼は肩を竦めて見せる。
 妙に人間らしい狼は思い出したかのように「そうでしたわ」と呟くと、グイドに面白げな笑みを向けた。


「例の『緑の騎士』がこちらへ来るようですわよ」
「……!」


 ツィラペがそう告げたと同時に驚きで硬直するグイド。
 しかし、次の瞬間には鉄のように一切の表情を見せなかった狩人が、残忍な笑みを浮かべる。


「そう、か……。あの新米の『騎士』、が」
「街に出現した禍族を倒し、王都へ向かう途中に出現した禍族を同じく打倒。『藍の騎士』が住む街で現れた禍族を倒した後、魔族も撃退。最近だとまた魔族を退け、何より――」


 次々と『緑の騎士』が成し遂げた偉業の数々をツィラペは口にする。
 そして最後の言葉に続くように、グイドが口を開けた。


「――『七色の騎士セブンスナイト』」
「誰よりも強く、誰よりも救い、誰よりも創り、誰よりも護り、誰よりも誇り、誰よりも自由で……誰よりも孤独」


 禍族と魔族、そして人間の長い戦いを終わらせる『騎士』。
 それ故に最も強く、最も孤独な存在。
 誰もが羨みながらも、誰もが敬いながらも、誰もが成ることを恐れる高み。


 だからこそ――


「――『緑の騎士』。……お前にそれは、相応しくない」


 グイドの発した言葉が、森の中を反響して消えて行った。








 自らを魔族側の『七色の騎士』と称した魔族、カスティから何とか生き延びて早一週間。
 ワイアットにその弟子たちが慌ただしく破壊された屋敷の復旧作業に追われている姿が目に入る。


「ワイアットさん、瓦礫はどこに置きますか?かなり大きいですけど」
「ん?あぁ、それは裏手に置いといてくれ」


 擬似的にとはいえ右腕が復元したウィリアムも、復旧作業に助力していた。
 鋼鉄で出来た右腕により、以前よりも遥かに硬く強い腕を手に入れたことで今まででは持てもしなかった物も持てるようになっているウィリアム。
 この偽腕に関しては良いと思って良いのか悪いのか、判断しかねる問題だろう。


 少なくともウィリアム自身が全く気にしていないようなので、こちらがいつまでも気にし続けるのは精神的にも悪い。


「とは言ってもねぇ……」


 心の中で幾度となく心を落ち着かせようとしていたアニータは、憂鬱に息を吐く。
 ここまでの経緯を考えると、やはり一概に良いとは思えない。


 結局、いくら心が迷いを振り切って純粋に“全てを救済する”という願いをもてるようになったとしても、それが現実と直結は決してしないのだ。
 誰より強く願い、願いを叶える為の力を手にしても伸ばせる範囲が小さすぎる。


(……それでも)


 それでも、諦められないのはやはり『騎士』を名乗る者だからか。
 今は無理だとしても、いつか必ずウィリアムの右腕を治して見せると誓うアニータ。


「おぅ、アニータ。こんなところに居やがったのか」
「ワイアットさん……!」


 一人決意する中で、不意に背中から聞こえる声にアニータは振り返る。
 振り返った先に立っていたのは、後ろ首に手を当てながら近づいてくるワイアットの姿だった。


「良いのか?そんな離れた所で突っ立ったままで」
「……えぇ」


 ワイアットがそう言ったのは「復興の手伝いをしないのか」という意味ではないのを、アニータは理解しながらも言葉少なげに頷く。
 視線の先に映るのは、汗を流しながら瓦礫を撤去していくウィリアムの姿。


「私は、私がすべき出来る限りを尽くしました。それに――」


 少しの間、アニータは口を閉ざす。
 揺らぐ瞳に明らかな迷いがあるのをワイアットは見逃さない。


「――それに、私は少し長く彼と居すぎました」
「そう、か」


 アニータは『騎士』だ。
 『騎士』であるが故に多くの人々の為に想い、願い、命をも削る。
 だからこそ、『騎士』と呼ばれる者たちは特定の人とは一定以上に親しくはなれない。


 不特定多数の人々よりも、愛する人の為に動くことは“人間”としては素晴らしく誇れるだろう。
 しかしそれは、あくまで“人間”であり『騎士』の在り方ではないのだ。


「『騎士』を止めて改めて思うが、ほんっと面倒な生き物だな、『騎士』ってぇ奴は」
「後悔はしていません。未練も」


 同情などしなくても良いし、してほしくない。
 そんな後悔や未練をしてしまうのなら、まず『騎士』として選ばれてすらないだろう。


「わりぃな、変な事を言った」
「いえ、お気遣いありがとうございます。ワイアットさんも、もうお歳ですしそろそろ隠居も考えてくださいね」
「余計なお世話だ、小娘が」


 アニータの小言に言い返したワイアットは、手をひらひらと左右に揺らしてその場を去っていく。
 どうやら現場に戻り、指示を出しに行くらしい。
 小さくなっていく老いた元『騎士』の姿を見送ったアニータは、最後に緑の少年を視界に捉え唇を緩ませた。


「さぁ、私も準備しないとね」


 自分に言い聞かせるようにそう呟くと、彼女は一人作業をしている人々と真逆の方へ向かって歩き始める。


 ――街へと戻る、その為に。



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