セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―
一方的な防戦
駆ける。
速く、もっと速く、風さえその場に置いてさらに速く。
「Gh――――ッ!」
高速移動する物体を食い散らかさんと跳びかかる狼をサラリと避け、すれ違いざまに銃を構え無防備な頭を穿つ。
軽い破裂音が響き、狼の“余物”は血を飛ばしながら地に伏せた。
死んだかどうかの確認すらせず、ただアニータは駆ける。
暗く、狭く、湿度が高いため暑い洞窟の中だが、道順は全て把握していたので問題はない。
迷う暇すら勿体ないのだ。
(ウィリアム、待ってて……!)
百を救う為に一を切り捨てるという判断はどこにいったのか。
そう思う自分もいるにはいる。
けれど、決してそれは百を選ぶか一を選ぶかの話ではなかった。
一を切り捨てることで完璧に百を救うよりも、多少のリスクを背負ってでも百一を救いたいのである。
アニータはそこまで無慈悲にはなれない。
(それに、私じゃあ足手まといになる)
貫通力に極振りした銃では、液体とも個体とも判別し難いボディにダメージを与えることは出来ないだろう。
後は治癒することしか出来ないアニータの『騎士の力』では、あの敵に対抗できない。
だから、逃げる。
逃げて逃げて、ただ逃げて。
あの形状の禍族に倒せる人に助けを求めに行くのだ。
結果的にそれが最も最善であり、今もなお戦い続けているウィリアムを助けることになる。
「――見えたッ!」
外の光が見え、アニータは流れる汗をそのままに『呪窟』からの脱出をする。
流石に一度も息を整えずに走り続けたので心臓がうるさい。
それでも止まることは許されないのだ。
行こう。
一瞬だけ息を整えて、再び走り出そうとしたアニータは目の前の光景に言葉を失う。
「おう、見つけたかアニータ。……ウィリアムはどうした?」
「ワイアット、さん」
屈強な肉体、小さな体にモジャモジャな髭をその身に宿した老人であり『黄の騎士』。
ウィリアムやアニータより何倍も多く生きた男性が、鋭い視線をアニータへと向け真剣な声色で問う。
「ウィリアムは禍族の足止めをしています」
「お前はどうしてここに来た?」
逃げたのか、と言外に聞くワイアットにアニータは拳を握りしめながら頭を下げた。
「私の得物では到底勝ち目はなく、逆に足手まといになる始末です。ですからお願いします、ウィリアムを助けてください」
「…………」
アニータの後頭部を見ながら、ワイアットは一つため息をつく。
(ワシは……“オレ”は『騎士』だ)
何度も助けを求められては何度もその危機を救い、あらゆる人々から賞賛を受けた。
だがその幸福な光景の裏にはいつも不幸が存在していたことをワイアットは知っている。
助けられず、犠牲になった人々が残していった遺族の方々の涙を忘れた事なぞ一度もない。
「あぁ、良いぜ――」
今、助けを求めているのが『騎士』だとしてもワイアットの意志は変わることないだろう。
「――助けに行こうじゃねぇか、あの小僧を」
あの少年に見せつけてやるのだ。
“守る”ことだけが人々を“護る”ことに繋がらないという事実を。
もっともっと、『騎士』として大切なことを。
「~~~~!」
ぐにゃりと決まった形を為さない正体不明の禍族が、自身の一部を伸ばしまるで鞭のように薙ぎ払う。
ぶれて見えるほどの速度で振るわれるソレに当たったとしたら、骨が砕けるとか肉が裂けるなんてそういうレベルでは収まらない。
文字通り、“割ける”。
(重ッ……!)
遠心力さえ味方へとつけた攻撃は、ただ振るわれる剣よりも全体重を乗せて振るわれた大剣よりも重い。
『緑の騎士』でありウィリアムでさえ、普通に受けただけで左腕が軋むのだ。
相手はアニータの攻撃を避けるどころか直撃して無傷であり、自身は一度攻撃を受けただけでダメージを受けてしまう。
天地の差がある相手に、ウィリアムが勝つ術はない。
「それ、でも……!」
ただ耐える。
耐えれば耐えた分だけ、アニータ達が生き残る確率は上がるのだから。
アニータ達が生き残ればそれでウィリアムの勝利と成るのだ。
“耐える”という行為自体はウィリアムの得物が大楯である以上、最も得意とする芸当だ。
言葉通り、ウィリアムの体力が続く限り永遠に時間を稼ぐことは用意だろう。
「ぐッ……!」
「~~~~!」
――だがその事実に対して、大楯から伝わる違和感をウィリアムは感じていた。
(おかしい)
例え今まで感じたどの攻撃よりも重く辛い攻撃を何度も受けている状態だったとしても、『騎士の力』によって生み出された大楯は壊れることはない。
しかし今ウィリアムの鼓膜に届いているのは、ギシギシと悲鳴を上げる音。
(どうして、こんなに!)
自身の持つ得物を信頼できないのか。
この世のあらゆる匠、鍛冶屋が一生かけても創ることは叶わないであろう最優の武具。
決して折れることは無く、決して曲がることは無く、決して毀れることは無い。
ならば何故、自身の左手に感じる不安感は何なのだろうか。
「やばッ!」
迷い、戸惑い、不安という負の感情は人から信頼を失わせ……結果的に言えば悪い結果しか残らない。
今、スライムの幾度も受けた何でもない攻撃でさえ態勢を大きく崩してしまうほどに。
相手が体制を崩したと知り、すぐさま禍族は自身の肉体をグニャリと変化させ勢いをつけようと鞭のように大きく振りかぶった。
無感情で、無意識なはずのその空虚な瞳に“殺意”を滲み出しながら……殺す――
「ざまぁねえな」
――ことは出来ず、身を疑うほどの強烈な衝撃によって禍族は吹き飛ばされる。
「え……?」
ウィリアムは目の前に現れた人物を見て、信じられないと大きく目を見開いて間抜けな声を漏らす。
現れた人物にではなく、その姿と起こした現象の差に。
「得物を、『騎士の力』を使わずに禍族を吹き飛ばした……?」
小さいけれど、この世に何人いるか分からない程の筋肉を持つ体に鋭い眼光。
ウィリアムの前に壁のように不動の姿で立つ、『黄の騎士』であるワイアットは『騎士の力』を使わずして禍族を吹き飛ばした。
理解不能な事実にウィリアムは驚く他ない。
「よう。ボロボロじゃねぇか、おめぇ」
人の気も知らず、老年の男は凶暴な笑みを浮かべて見せたのだった。
速く、もっと速く、風さえその場に置いてさらに速く。
「Gh――――ッ!」
高速移動する物体を食い散らかさんと跳びかかる狼をサラリと避け、すれ違いざまに銃を構え無防備な頭を穿つ。
軽い破裂音が響き、狼の“余物”は血を飛ばしながら地に伏せた。
死んだかどうかの確認すらせず、ただアニータは駆ける。
暗く、狭く、湿度が高いため暑い洞窟の中だが、道順は全て把握していたので問題はない。
迷う暇すら勿体ないのだ。
(ウィリアム、待ってて……!)
百を救う為に一を切り捨てるという判断はどこにいったのか。
そう思う自分もいるにはいる。
けれど、決してそれは百を選ぶか一を選ぶかの話ではなかった。
一を切り捨てることで完璧に百を救うよりも、多少のリスクを背負ってでも百一を救いたいのである。
アニータはそこまで無慈悲にはなれない。
(それに、私じゃあ足手まといになる)
貫通力に極振りした銃では、液体とも個体とも判別し難いボディにダメージを与えることは出来ないだろう。
後は治癒することしか出来ないアニータの『騎士の力』では、あの敵に対抗できない。
だから、逃げる。
逃げて逃げて、ただ逃げて。
あの形状の禍族に倒せる人に助けを求めに行くのだ。
結果的にそれが最も最善であり、今もなお戦い続けているウィリアムを助けることになる。
「――見えたッ!」
外の光が見え、アニータは流れる汗をそのままに『呪窟』からの脱出をする。
流石に一度も息を整えずに走り続けたので心臓がうるさい。
それでも止まることは許されないのだ。
行こう。
一瞬だけ息を整えて、再び走り出そうとしたアニータは目の前の光景に言葉を失う。
「おう、見つけたかアニータ。……ウィリアムはどうした?」
「ワイアット、さん」
屈強な肉体、小さな体にモジャモジャな髭をその身に宿した老人であり『黄の騎士』。
ウィリアムやアニータより何倍も多く生きた男性が、鋭い視線をアニータへと向け真剣な声色で問う。
「ウィリアムは禍族の足止めをしています」
「お前はどうしてここに来た?」
逃げたのか、と言外に聞くワイアットにアニータは拳を握りしめながら頭を下げた。
「私の得物では到底勝ち目はなく、逆に足手まといになる始末です。ですからお願いします、ウィリアムを助けてください」
「…………」
アニータの後頭部を見ながら、ワイアットは一つため息をつく。
(ワシは……“オレ”は『騎士』だ)
何度も助けを求められては何度もその危機を救い、あらゆる人々から賞賛を受けた。
だがその幸福な光景の裏にはいつも不幸が存在していたことをワイアットは知っている。
助けられず、犠牲になった人々が残していった遺族の方々の涙を忘れた事なぞ一度もない。
「あぁ、良いぜ――」
今、助けを求めているのが『騎士』だとしてもワイアットの意志は変わることないだろう。
「――助けに行こうじゃねぇか、あの小僧を」
あの少年に見せつけてやるのだ。
“守る”ことだけが人々を“護る”ことに繋がらないという事実を。
もっともっと、『騎士』として大切なことを。
「~~~~!」
ぐにゃりと決まった形を為さない正体不明の禍族が、自身の一部を伸ばしまるで鞭のように薙ぎ払う。
ぶれて見えるほどの速度で振るわれるソレに当たったとしたら、骨が砕けるとか肉が裂けるなんてそういうレベルでは収まらない。
文字通り、“割ける”。
(重ッ……!)
遠心力さえ味方へとつけた攻撃は、ただ振るわれる剣よりも全体重を乗せて振るわれた大剣よりも重い。
『緑の騎士』でありウィリアムでさえ、普通に受けただけで左腕が軋むのだ。
相手はアニータの攻撃を避けるどころか直撃して無傷であり、自身は一度攻撃を受けただけでダメージを受けてしまう。
天地の差がある相手に、ウィリアムが勝つ術はない。
「それ、でも……!」
ただ耐える。
耐えれば耐えた分だけ、アニータ達が生き残る確率は上がるのだから。
アニータ達が生き残ればそれでウィリアムの勝利と成るのだ。
“耐える”という行為自体はウィリアムの得物が大楯である以上、最も得意とする芸当だ。
言葉通り、ウィリアムの体力が続く限り永遠に時間を稼ぐことは用意だろう。
「ぐッ……!」
「~~~~!」
――だがその事実に対して、大楯から伝わる違和感をウィリアムは感じていた。
(おかしい)
例え今まで感じたどの攻撃よりも重く辛い攻撃を何度も受けている状態だったとしても、『騎士の力』によって生み出された大楯は壊れることはない。
しかし今ウィリアムの鼓膜に届いているのは、ギシギシと悲鳴を上げる音。
(どうして、こんなに!)
自身の持つ得物を信頼できないのか。
この世のあらゆる匠、鍛冶屋が一生かけても創ることは叶わないであろう最優の武具。
決して折れることは無く、決して曲がることは無く、決して毀れることは無い。
ならば何故、自身の左手に感じる不安感は何なのだろうか。
「やばッ!」
迷い、戸惑い、不安という負の感情は人から信頼を失わせ……結果的に言えば悪い結果しか残らない。
今、スライムの幾度も受けた何でもない攻撃でさえ態勢を大きく崩してしまうほどに。
相手が体制を崩したと知り、すぐさま禍族は自身の肉体をグニャリと変化させ勢いをつけようと鞭のように大きく振りかぶった。
無感情で、無意識なはずのその空虚な瞳に“殺意”を滲み出しながら……殺す――
「ざまぁねえな」
――ことは出来ず、身を疑うほどの強烈な衝撃によって禍族は吹き飛ばされる。
「え……?」
ウィリアムは目の前に現れた人物を見て、信じられないと大きく目を見開いて間抜けな声を漏らす。
現れた人物にではなく、その姿と起こした現象の差に。
「得物を、『騎士の力』を使わずに禍族を吹き飛ばした……?」
小さいけれど、この世に何人いるか分からない程の筋肉を持つ体に鋭い眼光。
ウィリアムの前に壁のように不動の姿で立つ、『黄の騎士』であるワイアットは『騎士の力』を使わずして禍族を吹き飛ばした。
理解不能な事実にウィリアムは驚く他ない。
「よう。ボロボロじゃねぇか、おめぇ」
人の気も知らず、老年の男は凶暴な笑みを浮かべて見せたのだった。
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