セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―
老いた『騎士』
「な、何だか騒がしいな」
「えぇ、さっきの怒号と言い何かあったみたいね」
ある程度距離が離れた所からでさえ聞こえた巨大な怒号を発した場所、すなわち『黄の騎士』が住まう屋敷に訪れた二人は周りの騒がしさに呆気にとられる。
少年や青年たちが顔を青くしてバタバタと走り回っているのだ。
「あ、そこの青髪の人!ちょっと話を聞きたいのだけれど」
「え、あ、申し訳ありませんが少々待っていただいてもよろしいですか?何分、今ちょっとトラブルが発生しておりまして……」
「トラブル?」
アニータに引き留められた青い髪の青年は、ウィリアムの言葉に頭をポリポリと掻いて苦笑して相槌をつく。
どうにも煮え切らない対応に二人は顔を見合わせて首を傾げた。
と、何故か焦っている青年の後ろで怒号は響き渡る。
「おいディー、おめぇ何やってんだッ!」
「ひぃ!す、すみません、今お客人の対応をしていて、その」
「客だぁ?一体誰がこんなくそ忙しいときに――」
そう言って現れたのは、髭を大量に生やした老年の男性。
茶色のモジャモジャパーマの髪と髭を生やしており、その中で黄色の瞳が爛々と輝いているのが見える。
20代や30代の男性でも中々お目にかかれない程の筋肉をその身に宿しており、その分身長が子供に見えるほど小さかった。
分かる人ならば『ドワーフ』という単語だけで理解できるはずだろう。
縦に小さく横に大きく、だというのに凄まじい威圧感を持つ老人は鋭い眼光で“客”を睨み付ける。
どうでも良い客ならすぐに追い返してやる気満々だった彼は、けれど“客”の姿を見て一気に威圧を治めた。
「――って、なんだアニータじゃねぇか」
「ご無沙汰しております、ワイアットさん」
そう、目の前に鎮座する彼こそが『黄の騎士』。
アニータがウィリアムの方を見て、ワイアットと呼ばれた老人を手で指す。
「こちらが現『黄の騎士』、ワイアット・クリュセさんよ、ウィリアム」
「ん?何だおめぇ一人じゃねぇのか。ま、アニータが連れてきた奴だから変な奴じゃないだろう。ワシがワイアットだ、よろしくな緑の坊主」
強気な笑みを浮かべ、ワイアットはゴツゴツとした力強い手をウィリアムに差し出した。
どれほど考えても年寄りではないその威圧感に、ウィリアムはかなり驚きながらも差し出された手に自身の手を置く。
「初めまして、ウィリアムと言います」
「ワイアットさん、彼が最近『緑の騎士』になった少年よ」
「……ほぉ?」
ワイアットが息を漏らし目を細めた瞬間、体中が警官音を鳴らすのを感じるウィリアム。
とっさに手を離そうともがいても、握手した右手が離れようとしない。
人外レベルの握力で拘束されているのだ。
「ぐッ……!」
「ふむ、まだペペーのペーだな、こりゃ」
小さな存在が放つ大きな威圧感に完全に呑まれていたウィリアムは、ワイアットが右手を離した瞬間地面に大きく尻もちをつく。
脚が震えあがるのを感じながら、それでもワイアットの真意を確かめる為に彼を睨み付ける。
「お?なんだヒヨっ子……“俺”に向けて殺気を放つのか」
「――――!」
勝てない。
幾度かの戦闘を潜り抜け、ある程度だが経験を積んだウィリアムの脳内がそう判定していた。
だが、それでも。
「……舞え、“風之守護”」
「…………」
だが、それでも逃げる事だけはしたくなかった。
左手に存在する紋章が輝き、ウィリアムの周りに緑の風が巻き起こる。
風が掻き集められ創り出すのは緑の大楯。
(確かに『騎士』だな、コイツは)
一般人では到底創り出すことのできない、神が作ったのではとさえ思えるほど美しい装飾が施された大楯を見つめワイアットは笑う。
まさか、“盾”とは。
「だが、言ってやるよ――」
「……?」
長年生きてきた。
最近、六十を過ぎたというのだからかなり生きた方だろう。
だから分かることがある。
「――おめぇはやっぱ、ヒヨっ子だ」
少年を包み込む緑の風は確かに優しく、温かい。
だがそれとは対義的にこの風は厳しく、冷たい。
護る優しさと砕く厳しさがその風にはあった。
「ま、これでレクリエーションは終了だ。今は流石にこれ以上構ってる暇はねぇからな」
「え?」
不意にワイアットから放たれる威圧感は急激に鳴りを潜め、完全に戦う姿勢となっていたウィリアムは呆気にとられる。
目をぱちくりとさせながら戦闘姿勢で硬直するウィリアムに、アニータは軽く肩を叩いた。
「あの人はいつもそうなのよ、私も同じことさせられたわ」
「え……?」
どうやらあれは彼なりのおもてなしらしい。
周りに大声を上げて色々と指示を出しているワイアットを見て、ウィリアムは心の底からなんじゃそりゃと肩を崩した。
「わりぃな、後回しにしちまって」
「いえ、大丈夫です。いきなり押しかけたこちらが悪いのですし」
「そう言ってくれるたぁ、ありがたい限りだ」
しばらく経ったあと、ウィリアムとアニータはワイアットから来賓室に呼び出されていた。
弟子であろう青年が用意したエールを飲み干すし、二人に対して頭を下げる。
「でだ。アニータがワシの所、しかも連れも同伴で来るたぁ珍しいな。しかも『緑の騎士』、だ。……一体何が在った?」
「ウィリアム、右腕を出して」
「分かった」
アニータの指示に頷き、ウィリアムは見えないように羽織ったマントで隠していた右腕をワイアットに見せる。
ついでに言えばマントを羽織ったのはアニータの指示であり、この村の衛兵がかなり驚いたので急遽用意したものだ。
その右腕を見てワイアットは無言でウィリアムを睨み付ける。
「おい、おめぇこれはどうした」
「魔族が現れたんです、私が住んでいた街に」
「それで、なんで“大楯”なんて得物を作りだした張本人がこんな大怪我してるってんだ?」
確かに大楯を持つのならば、大抵のことからは攻撃を防ぐことは可能だろう。
だがワイアットの言い方からしてそういう意味ではないのは明白だ。
“何故、大楯を持ちながら大怪我をしたのか”ではなく、“何故、大楯を作りだした癖に大怪我をしたのか”と。
故に二人はワイアットが何を言いたいのか理解できず、眉を潜める。
「良いか、『騎士の力』によって具現化されるのは“自身の現身”だ。まぁつまり、『騎士』と成った者自身の精神が反映されるってこった」
愛する者を守る為に更なる殺戮を望んだからブランドンの得物は“大剣”。
立ち塞がる壁を破壊することを望んだからエンテの得物は“直刀”。
全てを癒し、自身を殺すことを望んだからアニータの得物は“両銃”。
「ウィリアム。お前の“大楯”は自身の命を守りたいから創り出されたものじゃあねぇのか?」
「違う」
「――――」
あまりに早く、喰い気味に放たれた即答にワイアットは言葉を失う。
いや、それだけじゃない。
「ワイアットさん。年長者である貴方でも、決して――」
少年の身も竦むような怒りに、言葉を失っていたのだ。
「――決して俺の“想い”を侮辱することは許されないはずだ」
少年の全身に感じる威圧感に、言葉を失っていたのだ。
「俺は全てを護る。その為なら自分の命だって厭わない、俺の命で他人を救えるならそうする“べき”なんだ」
「おま、えは……」
「それが、俺の“想い”です」
何故今まで感じなかったのだろうか。
気付こうと思えば気付けた、彼の異常性に。
驚くほどに純粋で真っ直ぐで……気持ち悪いほどに理解できない“想い”。
「ワイアットさん、私は彼に命を護られました」
「……まさか」
静かに怒る少年の横で、悔しげにアニータは独白する。
「彼は、ウィリアムは会ってまだ一ヶ月も経っていない私を庇って……右腕を喪失したんです」
「――――」
家族でも、親友でも、愛すべき恋人でもない他人を文字通り捨て身で護った。
信じられない事実にワイアットは目を見開き、ただ黙り込むほかない。
ただ、怒る少年の瞳だけが細められていた。
「えぇ、さっきの怒号と言い何かあったみたいね」
ある程度距離が離れた所からでさえ聞こえた巨大な怒号を発した場所、すなわち『黄の騎士』が住まう屋敷に訪れた二人は周りの騒がしさに呆気にとられる。
少年や青年たちが顔を青くしてバタバタと走り回っているのだ。
「あ、そこの青髪の人!ちょっと話を聞きたいのだけれど」
「え、あ、申し訳ありませんが少々待っていただいてもよろしいですか?何分、今ちょっとトラブルが発生しておりまして……」
「トラブル?」
アニータに引き留められた青い髪の青年は、ウィリアムの言葉に頭をポリポリと掻いて苦笑して相槌をつく。
どうにも煮え切らない対応に二人は顔を見合わせて首を傾げた。
と、何故か焦っている青年の後ろで怒号は響き渡る。
「おいディー、おめぇ何やってんだッ!」
「ひぃ!す、すみません、今お客人の対応をしていて、その」
「客だぁ?一体誰がこんなくそ忙しいときに――」
そう言って現れたのは、髭を大量に生やした老年の男性。
茶色のモジャモジャパーマの髪と髭を生やしており、その中で黄色の瞳が爛々と輝いているのが見える。
20代や30代の男性でも中々お目にかかれない程の筋肉をその身に宿しており、その分身長が子供に見えるほど小さかった。
分かる人ならば『ドワーフ』という単語だけで理解できるはずだろう。
縦に小さく横に大きく、だというのに凄まじい威圧感を持つ老人は鋭い眼光で“客”を睨み付ける。
どうでも良い客ならすぐに追い返してやる気満々だった彼は、けれど“客”の姿を見て一気に威圧を治めた。
「――って、なんだアニータじゃねぇか」
「ご無沙汰しております、ワイアットさん」
そう、目の前に鎮座する彼こそが『黄の騎士』。
アニータがウィリアムの方を見て、ワイアットと呼ばれた老人を手で指す。
「こちらが現『黄の騎士』、ワイアット・クリュセさんよ、ウィリアム」
「ん?何だおめぇ一人じゃねぇのか。ま、アニータが連れてきた奴だから変な奴じゃないだろう。ワシがワイアットだ、よろしくな緑の坊主」
強気な笑みを浮かべ、ワイアットはゴツゴツとした力強い手をウィリアムに差し出した。
どれほど考えても年寄りではないその威圧感に、ウィリアムはかなり驚きながらも差し出された手に自身の手を置く。
「初めまして、ウィリアムと言います」
「ワイアットさん、彼が最近『緑の騎士』になった少年よ」
「……ほぉ?」
ワイアットが息を漏らし目を細めた瞬間、体中が警官音を鳴らすのを感じるウィリアム。
とっさに手を離そうともがいても、握手した右手が離れようとしない。
人外レベルの握力で拘束されているのだ。
「ぐッ……!」
「ふむ、まだペペーのペーだな、こりゃ」
小さな存在が放つ大きな威圧感に完全に呑まれていたウィリアムは、ワイアットが右手を離した瞬間地面に大きく尻もちをつく。
脚が震えあがるのを感じながら、それでもワイアットの真意を確かめる為に彼を睨み付ける。
「お?なんだヒヨっ子……“俺”に向けて殺気を放つのか」
「――――!」
勝てない。
幾度かの戦闘を潜り抜け、ある程度だが経験を積んだウィリアムの脳内がそう判定していた。
だが、それでも。
「……舞え、“風之守護”」
「…………」
だが、それでも逃げる事だけはしたくなかった。
左手に存在する紋章が輝き、ウィリアムの周りに緑の風が巻き起こる。
風が掻き集められ創り出すのは緑の大楯。
(確かに『騎士』だな、コイツは)
一般人では到底創り出すことのできない、神が作ったのではとさえ思えるほど美しい装飾が施された大楯を見つめワイアットは笑う。
まさか、“盾”とは。
「だが、言ってやるよ――」
「……?」
長年生きてきた。
最近、六十を過ぎたというのだからかなり生きた方だろう。
だから分かることがある。
「――おめぇはやっぱ、ヒヨっ子だ」
少年を包み込む緑の風は確かに優しく、温かい。
だがそれとは対義的にこの風は厳しく、冷たい。
護る優しさと砕く厳しさがその風にはあった。
「ま、これでレクリエーションは終了だ。今は流石にこれ以上構ってる暇はねぇからな」
「え?」
不意にワイアットから放たれる威圧感は急激に鳴りを潜め、完全に戦う姿勢となっていたウィリアムは呆気にとられる。
目をぱちくりとさせながら戦闘姿勢で硬直するウィリアムに、アニータは軽く肩を叩いた。
「あの人はいつもそうなのよ、私も同じことさせられたわ」
「え……?」
どうやらあれは彼なりのおもてなしらしい。
周りに大声を上げて色々と指示を出しているワイアットを見て、ウィリアムは心の底からなんじゃそりゃと肩を崩した。
「わりぃな、後回しにしちまって」
「いえ、大丈夫です。いきなり押しかけたこちらが悪いのですし」
「そう言ってくれるたぁ、ありがたい限りだ」
しばらく経ったあと、ウィリアムとアニータはワイアットから来賓室に呼び出されていた。
弟子であろう青年が用意したエールを飲み干すし、二人に対して頭を下げる。
「でだ。アニータがワシの所、しかも連れも同伴で来るたぁ珍しいな。しかも『緑の騎士』、だ。……一体何が在った?」
「ウィリアム、右腕を出して」
「分かった」
アニータの指示に頷き、ウィリアムは見えないように羽織ったマントで隠していた右腕をワイアットに見せる。
ついでに言えばマントを羽織ったのはアニータの指示であり、この村の衛兵がかなり驚いたので急遽用意したものだ。
その右腕を見てワイアットは無言でウィリアムを睨み付ける。
「おい、おめぇこれはどうした」
「魔族が現れたんです、私が住んでいた街に」
「それで、なんで“大楯”なんて得物を作りだした張本人がこんな大怪我してるってんだ?」
確かに大楯を持つのならば、大抵のことからは攻撃を防ぐことは可能だろう。
だがワイアットの言い方からしてそういう意味ではないのは明白だ。
“何故、大楯を持ちながら大怪我をしたのか”ではなく、“何故、大楯を作りだした癖に大怪我をしたのか”と。
故に二人はワイアットが何を言いたいのか理解できず、眉を潜める。
「良いか、『騎士の力』によって具現化されるのは“自身の現身”だ。まぁつまり、『騎士』と成った者自身の精神が反映されるってこった」
愛する者を守る為に更なる殺戮を望んだからブランドンの得物は“大剣”。
立ち塞がる壁を破壊することを望んだからエンテの得物は“直刀”。
全てを癒し、自身を殺すことを望んだからアニータの得物は“両銃”。
「ウィリアム。お前の“大楯”は自身の命を守りたいから創り出されたものじゃあねぇのか?」
「違う」
「――――」
あまりに早く、喰い気味に放たれた即答にワイアットは言葉を失う。
いや、それだけじゃない。
「ワイアットさん。年長者である貴方でも、決して――」
少年の身も竦むような怒りに、言葉を失っていたのだ。
「――決して俺の“想い”を侮辱することは許されないはずだ」
少年の全身に感じる威圧感に、言葉を失っていたのだ。
「俺は全てを護る。その為なら自分の命だって厭わない、俺の命で他人を救えるならそうする“べき”なんだ」
「おま、えは……」
「それが、俺の“想い”です」
何故今まで感じなかったのだろうか。
気付こうと思えば気付けた、彼の異常性に。
驚くほどに純粋で真っ直ぐで……気持ち悪いほどに理解できない“想い”。
「ワイアットさん、私は彼に命を護られました」
「……まさか」
静かに怒る少年の横で、悔しげにアニータは独白する。
「彼は、ウィリアムは会ってまだ一ヶ月も経っていない私を庇って……右腕を喪失したんです」
「――――」
家族でも、親友でも、愛すべき恋人でもない他人を文字通り捨て身で護った。
信じられない事実にワイアットは目を見開き、ただ黙り込むほかない。
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