セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―
少年にある”狂い”
「貴方はいつ、“壊れたの?”」
「――――」
その問いにウィリアムはしばらくの間答えることが出来ない。
まず意味が良く言葉を耳に入れるのに時間がかかり、次に理解するのに時間がかかってようやく考え出す。
何度も迷い、何度も言葉を探して……ウィリアムは口を開いた。
「俺、は……俺は“壊れて”いないさ」
ウィリアムは確かに正しい。
彼は常に人を護り、常に人に優しく、常に人を救う。
人間の鏡とも言える程に素晴らしい人格を持ち、英雄と謳われる程に素晴らしい行動力を持っている。
「あぁ、でも俺は“狂ってる”んだろうな」
ウィリアムは確かに狂っていた。
彼は常に人を護り過ぎ、常に人に優し過ぎ、常に人を救い過ぎる。
度が過ぎたほどに素晴らしい人格を持ち、気持ち悪いほどに素晴らしい行動力を持つ。
「……ウィリアム、貴方は異常よ」
「……解ってる」
苦しげな表情をしてそう断言するアニータに、ウィリアムは頷く。
多くの人が居る。
中には自己犠牲を尊ぶ人だって多くいるだろうが、それは唯の“思想”だ。
九割九分の人が自己犠牲の精神を尊びはしても行動には移せない。
結局人間とは、何よりも自分の身が大切な人種である。
だからこそウィリアムは誰よりも狂っていた。
「私はどうして貴女がそうなったのか、それを知りたいの」
「俺の、過去」
アニータが何よりも知りたかったのはウィリアムの過去。
生まれた直後から出来上がった思想など一つも無く、狂った原因があるとすれば彼が歩んできた人生の中にある。
ここまで狂ってしまったのだから、なおさらだ。
「俺は……“僕”はただ、僕を助けてくれた家族の為にも人を助けなきゃいけないんだって、そう思っただけだよ」
「――――」
意味が分からなかった。
彼が家族に助けられて生き残ったとして、なぜ彼は人を助けることに繋がるのか。
「ウィリアム、貴方のご家族は……その――」
「――死んでるよ」
意味が理解できなかった。
他人に助けられて、その意思を継ぎ他人を助けようと思うのは良い。
だが家族に助けられて、結果として自己犠牲で他人を助けようとするのはおかしいはずだ。
「普通は亡くなられたご家族の分まで生きようとか、そう思わないの?」
震える声でアニータはウィリアムに問う。
それが普通のはずだ、それが正常のはずだ、それが最高のはずだ。
ウィリアムはそれに首を横に振る。
「僕に“そう思う”資格なんてないよ。本当は人間として僕は“生きてちゃダメな存在”なんだから」
「ッ……!」
言葉が出なかった。
どういうことなのか、彼は何を言っているのか。
心の底からアニータは理解できなかったのだ。
動揺して思考が停止した彼女を再起動させたのは、ウィリアムの大きな欠伸。
「もう寝よう、“俺”はもう眠い」
「あ、え……えぇ」
間の抜けた息を漏らしながら、ウィリアムは馬車の中に入り込んでいく。
その余りに小さく見える背中を見続けるアニータは、知らず知らずのうちに思ったことが口からは溢れた。
「貴方は、一体どんな過去を……」
彼女の内に、小さくとも確かに存在するシコリを残しながら夜は続いてゆく。
ただただ彼女は彼の将来が不安で押しつぶされそうだった。
数日経過し、夜を越えた後は多少ギクシャクしながらも普通に旅を続けてゆく二人。
それでもあの夜の話をウィリアムは一切しようとはせず、アニータも問う勇気を持てないままだった。
だが、それでも時は過ぎるもの。
「あれが『黄の騎士』が居る村、ベヒュンドよ」
何度か村や町を経由し、ようやく辿り着いた目的地は小さな村だった。
少し小太りした男性が畑を耕しており、またある女性は流れる川で洗濯をしているのが目に入る。
決して栄えてはいないけれど、それでも寂れてはいない……それがベヒュンドという村なのだ。
歩くより少し早い速度でウィリアムたちが乗っている馬車はベヒュンドに近づいていく。
人一人の顔がくっきり把握できるような近さまで近づくと、村の入り口を警護する衛兵は誰が馬車の従者席に乗り込んでいるのか把握したのか慌てて一礼する。
「よ、ようこそいらっしゃいました、『藍の騎士』様!」
「警護ご苦労様、今日は『黄の騎士』……ワイアットさんに用があってきたんだけれど」
「え、えぇ承知しております。『騎士』様がこんな寂れた村に用があるとすれば、ワイアット様宛てしかありませんから」
警護をしていた衛兵は、「規則ですので」と前置きし馬車の中身を点検しようと扉を開ける。
反対側の窓で景色を見る少年を見て、ようやく馬車に居たのは『藍の騎士』だけではないのだと気付く衛兵。
緑の髪と瞳を宿した少年……ウィリアムは扉が開く音に振り返り、衛兵が点検の為に扉を開けたのだとすぐさま理解した。
「お勤めお疲れ様です」
「え、あ、はい。長い旅、そちらの方もお疲れ様でッ……!」
衛兵に頭を下げる少年に衛兵は曖昧ながらも返事を返して頭を下げようとした瞬間、気付く。
少年の右ひじから先が無いことに。
「ひっ!」
「……?あ、すみません!驚きましたよね」
あまりに唐突に映るグロデスクなものに驚き、思わず衛兵は悲鳴を上げてしまう。
少年も少年で、悲鳴をあげられて初めて自らの体の気持ち悪さに気が付いたのか慌てて就寝用の掛布団で右腕を隠す。
「悲鳴なんか上げて何しているの?って、あー……」
悲鳴を聞きつけて従者席から馬車の中を見れる窓を開け、中を確認したアニータはすぐさま現状を理解した。
何だかんだ言って、右ひじから先が無いことに慣れてしまっていたのだと彼女は頭を押さえため息をつく。
「彼のことは言わなくてごめんなさい、けれど早く通してくれるかしら?」
「は、はい!大丈夫です、お疲れ様でしたッ!」
どうして村に入るだけでこんなに疲れるのだろうと、元凶であるウィリアムに対しアニータは複雑な表情をするしか出来なかった。
単純に怒れないのは、当然彼のおかげで自身の命があるのだと承知しているからだが。
そうしてようやく村に入ることができた二人は、そのまま真っ直ぐ馬車で『黄の騎士』が住む家へと直行する。
「ワイアット?ていう人の住む家、知っているのか?」
「えぇ、『騎士』を一番長くやっている人だから何度かお会いしたことがあるわ」
馬車と従者席を繋ぐ窓を通して、アニータはとある場所を指差す。
指した場所には木ばかりで出来た家群の中で一際目立つ、石レンガで作られた小さな屋敷が鎮座していた。
周りとの凄まじい浮きっぷりにウィリアムは思わず絶句してしまう。
「凄いでしょう?ワイアットさんは鍛冶もしている……というより鍛冶が主ね。かなり腕が良いらしくて、何人か弟子を雇っているそうよ。それであそこは鍛冶場兼自分の家兼弟子の寮らしいわ」
「だからあんなに大きいのか」
一つの建物でそれだけの事を詰め込むのなら、なるほど小さな屋敷ほどの大きさにもなるはずだ。
とウィリアムが納得して石レンガの建物を眺めていると、不意に轟音が響き渡る。
「なにやっとんじゃあぁああああああッ!」
「うひゃあっ!」
あまりの音のデカさにウィリアムは身体を硬直させ、アニータは可愛らしい叫び声をあげてしまう。
どうやら轟音と思われたのは誰かの叫び声らしい。
一般男性よりも少し高めな、よくある老人の声はどうやら目的地である屋敷から放たれたもののようである。
「び、びっくりしたぁ……」
「アニータ、急ごう」
もしかしたら何かあったのかもしれないと、アニータはウィリアムの言葉に頷き馬車の歩みを速めたのだった。
「――――」
その問いにウィリアムはしばらくの間答えることが出来ない。
まず意味が良く言葉を耳に入れるのに時間がかかり、次に理解するのに時間がかかってようやく考え出す。
何度も迷い、何度も言葉を探して……ウィリアムは口を開いた。
「俺、は……俺は“壊れて”いないさ」
ウィリアムは確かに正しい。
彼は常に人を護り、常に人に優しく、常に人を救う。
人間の鏡とも言える程に素晴らしい人格を持ち、英雄と謳われる程に素晴らしい行動力を持っている。
「あぁ、でも俺は“狂ってる”んだろうな」
ウィリアムは確かに狂っていた。
彼は常に人を護り過ぎ、常に人に優し過ぎ、常に人を救い過ぎる。
度が過ぎたほどに素晴らしい人格を持ち、気持ち悪いほどに素晴らしい行動力を持つ。
「……ウィリアム、貴方は異常よ」
「……解ってる」
苦しげな表情をしてそう断言するアニータに、ウィリアムは頷く。
多くの人が居る。
中には自己犠牲を尊ぶ人だって多くいるだろうが、それは唯の“思想”だ。
九割九分の人が自己犠牲の精神を尊びはしても行動には移せない。
結局人間とは、何よりも自分の身が大切な人種である。
だからこそウィリアムは誰よりも狂っていた。
「私はどうして貴女がそうなったのか、それを知りたいの」
「俺の、過去」
アニータが何よりも知りたかったのはウィリアムの過去。
生まれた直後から出来上がった思想など一つも無く、狂った原因があるとすれば彼が歩んできた人生の中にある。
ここまで狂ってしまったのだから、なおさらだ。
「俺は……“僕”はただ、僕を助けてくれた家族の為にも人を助けなきゃいけないんだって、そう思っただけだよ」
「――――」
意味が分からなかった。
彼が家族に助けられて生き残ったとして、なぜ彼は人を助けることに繋がるのか。
「ウィリアム、貴方のご家族は……その――」
「――死んでるよ」
意味が理解できなかった。
他人に助けられて、その意思を継ぎ他人を助けようと思うのは良い。
だが家族に助けられて、結果として自己犠牲で他人を助けようとするのはおかしいはずだ。
「普通は亡くなられたご家族の分まで生きようとか、そう思わないの?」
震える声でアニータはウィリアムに問う。
それが普通のはずだ、それが正常のはずだ、それが最高のはずだ。
ウィリアムはそれに首を横に振る。
「僕に“そう思う”資格なんてないよ。本当は人間として僕は“生きてちゃダメな存在”なんだから」
「ッ……!」
言葉が出なかった。
どういうことなのか、彼は何を言っているのか。
心の底からアニータは理解できなかったのだ。
動揺して思考が停止した彼女を再起動させたのは、ウィリアムの大きな欠伸。
「もう寝よう、“俺”はもう眠い」
「あ、え……えぇ」
間の抜けた息を漏らしながら、ウィリアムは馬車の中に入り込んでいく。
その余りに小さく見える背中を見続けるアニータは、知らず知らずのうちに思ったことが口からは溢れた。
「貴方は、一体どんな過去を……」
彼女の内に、小さくとも確かに存在するシコリを残しながら夜は続いてゆく。
ただただ彼女は彼の将来が不安で押しつぶされそうだった。
数日経過し、夜を越えた後は多少ギクシャクしながらも普通に旅を続けてゆく二人。
それでもあの夜の話をウィリアムは一切しようとはせず、アニータも問う勇気を持てないままだった。
だが、それでも時は過ぎるもの。
「あれが『黄の騎士』が居る村、ベヒュンドよ」
何度か村や町を経由し、ようやく辿り着いた目的地は小さな村だった。
少し小太りした男性が畑を耕しており、またある女性は流れる川で洗濯をしているのが目に入る。
決して栄えてはいないけれど、それでも寂れてはいない……それがベヒュンドという村なのだ。
歩くより少し早い速度でウィリアムたちが乗っている馬車はベヒュンドに近づいていく。
人一人の顔がくっきり把握できるような近さまで近づくと、村の入り口を警護する衛兵は誰が馬車の従者席に乗り込んでいるのか把握したのか慌てて一礼する。
「よ、ようこそいらっしゃいました、『藍の騎士』様!」
「警護ご苦労様、今日は『黄の騎士』……ワイアットさんに用があってきたんだけれど」
「え、えぇ承知しております。『騎士』様がこんな寂れた村に用があるとすれば、ワイアット様宛てしかありませんから」
警護をしていた衛兵は、「規則ですので」と前置きし馬車の中身を点検しようと扉を開ける。
反対側の窓で景色を見る少年を見て、ようやく馬車に居たのは『藍の騎士』だけではないのだと気付く衛兵。
緑の髪と瞳を宿した少年……ウィリアムは扉が開く音に振り返り、衛兵が点検の為に扉を開けたのだとすぐさま理解した。
「お勤めお疲れ様です」
「え、あ、はい。長い旅、そちらの方もお疲れ様でッ……!」
衛兵に頭を下げる少年に衛兵は曖昧ながらも返事を返して頭を下げようとした瞬間、気付く。
少年の右ひじから先が無いことに。
「ひっ!」
「……?あ、すみません!驚きましたよね」
あまりに唐突に映るグロデスクなものに驚き、思わず衛兵は悲鳴を上げてしまう。
少年も少年で、悲鳴をあげられて初めて自らの体の気持ち悪さに気が付いたのか慌てて就寝用の掛布団で右腕を隠す。
「悲鳴なんか上げて何しているの?って、あー……」
悲鳴を聞きつけて従者席から馬車の中を見れる窓を開け、中を確認したアニータはすぐさま現状を理解した。
何だかんだ言って、右ひじから先が無いことに慣れてしまっていたのだと彼女は頭を押さえため息をつく。
「彼のことは言わなくてごめんなさい、けれど早く通してくれるかしら?」
「は、はい!大丈夫です、お疲れ様でしたッ!」
どうして村に入るだけでこんなに疲れるのだろうと、元凶であるウィリアムに対しアニータは複雑な表情をするしか出来なかった。
単純に怒れないのは、当然彼のおかげで自身の命があるのだと承知しているからだが。
そうしてようやく村に入ることができた二人は、そのまま真っ直ぐ馬車で『黄の騎士』が住む家へと直行する。
「ワイアット?ていう人の住む家、知っているのか?」
「えぇ、『騎士』を一番長くやっている人だから何度かお会いしたことがあるわ」
馬車と従者席を繋ぐ窓を通して、アニータはとある場所を指差す。
指した場所には木ばかりで出来た家群の中で一際目立つ、石レンガで作られた小さな屋敷が鎮座していた。
周りとの凄まじい浮きっぷりにウィリアムは思わず絶句してしまう。
「凄いでしょう?ワイアットさんは鍛冶もしている……というより鍛冶が主ね。かなり腕が良いらしくて、何人か弟子を雇っているそうよ。それであそこは鍛冶場兼自分の家兼弟子の寮らしいわ」
「だからあんなに大きいのか」
一つの建物でそれだけの事を詰め込むのなら、なるほど小さな屋敷ほどの大きさにもなるはずだ。
とウィリアムが納得して石レンガの建物を眺めていると、不意に轟音が響き渡る。
「なにやっとんじゃあぁああああああッ!」
「うひゃあっ!」
あまりの音のデカさにウィリアムは身体を硬直させ、アニータは可愛らしい叫び声をあげてしまう。
どうやら轟音と思われたのは誰かの叫び声らしい。
一般男性よりも少し高めな、よくある老人の声はどうやら目的地である屋敷から放たれたもののようである。
「び、びっくりしたぁ……」
「アニータ、急ごう」
もしかしたら何かあったのかもしれないと、アニータはウィリアムの言葉に頷き馬車の歩みを速めたのだった。
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