セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―

清弥

変化と別れ

 ウィリアムとアニータが禍族を倒しその後に現れた魔族も何とか撃退した後、街は復興作業に勤しんでいた。
 魔族は流石に珍しいが、禍族に街を破壊されると言うのはあまり珍しくない事態なので、人々は対して嫌がることなく率先して復興を手伝っている。
 もちろん『騎士』であるアニータも復興作業を手伝っていたのだが……。


「ウィリアム、貴方は休んでなさいって言ったでしょう?」
「やるに決まってるだろ。皆が頑張ってるんだ、俺が手伝わない訳ないだろう」


 『藍の騎士』である彼女は、ウィリアムの強情さにため息をつく。
 あの魔族との戦いにてウィリアムは右手首を切断し、あろうことか止血するために右腕を焼いたのだ。
 炭化してしまった右腕を流石のアニータでさえ治すことは出来ない。


 だからこそ擬似的にでも腕を甦らせる為に『黄の騎士』が住まう村へ向かおうと話をしていたのだが、それまで絶対安静の彼が今外に出ている。
 未だに“呪病”も治り切っていないし、右腕もかなり傷むはずだというに。


「あのね、そんな痛々しい恰好をした人が手伝いに来ても誰も喜ばないわよ。逆に貴方に負担をかけないようにって、雰囲気を悪くするだけよ。大人しく帰って寝てなさい」
「……ちぇっ」


 面白くなさそうに唇を尖らせながらもウィリアムは彼女が言ってることが正しいのだとわかっているようで、渋々ながら帰っていく。
 一安心と溜め息をつくアニータの肩を、誰かが叩いた。
 振り返れば、虫を噛み潰したような苦い笑みを浮かべるエレベンテの姿が映る。


「ようアニータ、その……悪かった」
「?どうかしたのかしら?」


 何故謝るのか全く理解できないアニータは首を傾げて理由を問う。
 エレベンテは言いにくそうに毛が生えていない頭を摩ると、視線を右往左往させながらも口を開いた。


「禍族や魔族が街を襲ってるとき、助けにいけなかったことだ。結果的に助かったがウィリアムの右腕が無くなってしまった」


 確かにあの場面でエレベンテが助力に入れれば、もう少し状況も良くなったかもしれない。
 単独で禍族を十分は余裕で稼げるほどの強さを誇るのだから、きっと戦力としても申し分なかっただろう。
 けれど、エレベンテの謝罪はあまりに見当外れだった。


「エレベンテ、貴方は私たちが戦ってる間何をしてたのかしら?」
「そりゃ住民の避難誘導に決まってる。それが禍族が現れたとき、衛兵が出来る唯一のことだからな」


 極々当然のようにそう答えるエレベンテ。
 アニータは困ったように笑って「それでいいじゃない」と結論を出す。


「貴方はやるべきことを成し遂げた。私たちはやるべきことを成し遂げた……それでこの話は終わりよ。結果に文句は言わないこと、私たちが今できるのは――」


 何よりアニータ自身が嘆いていたのだ。
 自分の能力は人を治すこと、癒すことなのにウィリアムの右腕はもう二度と元には戻らない。
 だが嘆き続ける訳には、悔い続ける訳にはいかないのである。


「――後悔して、反省して、見直して……次につなげる事」
「――――」


 そも何故ウィリアムの右腕が完全修復不可となったのか。
 理由は当然自分にあるとアニータは思っている。
 あの時とっくに打ち破っていたら、吹っ切れていたら火で止血する必要も無かっただろう。


 だから、もう二度とそうならないようアニータは自分を見つめ直して努力する。
 体型維持程度にしかしなかった運動も、衛兵が行うような鍛錬に変えいつどのような状態でも治癒できるよう訓練し始めたのだ。
 “全てを癒し救う”為に、彼女は一歩前に進むと誓う。


「私たちは人間だもの、失敗もするし後悔もする。だからこそ私たちは先に進める、そうじゃないかしら?」
「……変わったな、アニータ」


 魔族との戦いを経てアニータは大きく変わった。
 それは誰もが知っている事実であり、何より彼女自身が気付いていることでもある。
 罪の意識から人と接することを止めて“人嫌い”だと断言していた彼女は、今や普通に接するようになったのだから。


 常に人より先を進み、けれど一人で歩もうとはせず後ろに手を差し伸べてくれる彼女を見て、エレベンテを心から思う。
 これこそ『本当の騎士』なのだろうと。
 禍族に対抗できる力を持つだけではなく、常に人の前に立ち常に人を支える柱としての『騎士』を彼女に見た。


 エレベンテは大きく息を吐くと、吹っ切れたように笑みを見せる。


「そうだな、あぁ俺も次に生かしていくとする。だから、しばらくの間この街は任せとけ。禍族が来ても数日は耐えて見せる」


 不敵な笑みを見せるエレベンテにアニータは呆気にとられたような表情を見せ、すぐさま間抜けな顔を笑みに変えた。
 数日は絶対に無理だろうと思うが、それでも何となく出来てしまいそうな気がする。


「貴方の家族を悲しませない程度にお願いするわ。私はちょっくら癒し切れなかった彼を救いに行くから」
「おう、任しといてくれ」


 二人は少しだけ笑い合うと、互いに復興作業に戻っていった。








「……暇だ」


 “呪病”と右腕の炭化のせいで復興作業の手伝いが出来ないウィリアムは、部屋で寝転びながらそう呟く。
 虚しくウィリアム一人だけの部屋で、その呟きは儚くも消えた。


(あぁ、何かしたい。絶対安静なんて言ったって“たかが”右腕だろう?別に鍛錬くらいなら……)
(止めんか、ウィリアムよ)


 バラムにも止められるレベルの大重体なのだが、本人は全く気にしていない様子である。
 これには流石のバラムも溜め息をつく他ない。


(たかがと言うが、一生右腕が失われた状態で生きていく可能性もあるのだぞ?)
(『黄の騎士』の所へ行けば何とかなるってアニータが言ってたじゃないか)


 だから鍛錬しても復興の手伝いしても大丈夫だと言う神経が意味不明だ。
 一体自身の宿り主の精神はどうなっているのだろうと、バラムはある意味関心してしまう。
 立ち上がろうとしているウィリアムを見て、慌ててバラムは意識を元に戻すと制止するよう呼びかける。


(その前に鍛錬や訓練をして身体を余計悪くしたらどうするつもりだ?それこそ禍族や魔族が現れた時に対処できなくなるぞ)
「うっ」


 痛いところを突かれたと顔をしかめるウィリアムに、どうやら立ち止まってくれたかと安堵するバラム。
 ウィリアムは身体を半ば引きづりながらベッドに戻り腰掛けると、不意にドアをノックする音が響く。


「ちわ~っす、お見舞いに来たっすよ」
「あぁ、ウェイじゃないか。復興作業の手伝いは良いのか?」


 視界に入るのは茶色。
 どうやらウィリアムの部屋を訪ねてきたのはウェイのようだった。
 苦笑いをしながら「きゅ、休憩っすよ」と分かりやすい誤魔化しをすると、嘘をついたため視界を泳がせて……ある物に目が行く。


「ウィリアム。その右腕は、その、治りそうっすか?」
「治らないよ」


 下手くそな心配をするウェイに、ウィリアムは少しだけ笑いながら変えようのない事実を口にする。
 きっぱりと治らないと告げられたウェイは明らかに動揺したようで目を見開く。
 怪我をしている本人以上に痛ましい表情を浮かべるウェイを見て、ウィリアムは少しだけ救われたような気がした。


「『黄の騎士』が住んでる村に行くって話は聞いてるだろ?そこで俺の右手を擬似的に甦らせるらしい」
「そうっす、か。……よ、よかったっすね!右手が元に戻ってッ!」


 精いっぱいの笑みを見せるウェイ。
 ウィリアムの右腕は包帯で全て隠れており、炭化の炭が染み出しており見るのも憚れるだろう。
 だが目の前の青年は直視してなおウィリアムに笑顔を向けて見せた。


 下手くそでも、精いっぱいでも、笑えていなくても。
 励ます為に笑ってくれる人がいるというのは、非常にありがたく感じれる。


「そうだな。元通りとはならないだろうけど、また“戦える”」
「――――」


 こんな自分に笑いかけてくれる人を、人たちを護りたい。
 自らの望みをもう一度決心したウィリアムだが、ウェイはまるで在り得ないと言いたげに言葉を失っていた。
 どうしたのかと首を傾げるウィリアムに恐れを抱いた瞳で見つめているのである。


「ウィリアムは、恐くないんすか」
「何が?」
「その、戦いが」
「怖いよ」


 当然だ。
 ウィリアムだって化け物ではないのだから、死は怖いし当然死への近道である戦いも怖い。
 それでも戦いへの恐怖よりも強い恐怖があった。


「戦いは怖い。でもそれ以上に死んでいく人を黙って見てるのが怖いんだ。たった一握りの願いでさえ汲み取ってあげたい」


 手を伸ばし叫んだとしても届かなかった現実をウィリアムは知っている。
 大切な親友を目の前で奪われようとした現実をウィリアムは知っている。
 だから人を失ってしまうのは怖い。


 だから、“全てを護りたい”と望んだのだ。


「……俺には、ウィリアムの気持ちが良く理解できないっす」
「うん、知ってるさ」


 あくまでこれはウィリアムの恐怖なのだから、ウェイが理解できなくて当然だろう。
 唯一ウェイに理解できるのは――


「――ただ、その望みは間違っていないっていうのだけは解るっす」
「ッ!」


 鋭く息を呑む。
 自身の望みや考えを吐露したのは殆どしたことがなかったので、まさか肯定されるとはウィリアムは思わなかったのである。
 間違っていないと、そう言われただけでどれほど支えられるのだろうか。


 ウィリアムはウェイに左手を差し伸べ、顔を綻ばせた。


「ありがとう、俺の望みを肯定してくれて。……頑張るから、お前も頑張れ」


 コクリと頷き左手を出して強く握るウェイ。
 その瞳には確かな信頼が、そして確かな尊敬の眼差しが映る。


「もちろん。全てとはいかないけど、せめてこの街の人くらいは……護るっすよ」


 この日、知り合いだったウィリアムとウェイは友人となったのだった。








 一週間後、ウィリアムはアニータと共にクェンテの街を出る。
 失われた右腕と右手首を甦らせるために。

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