セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―

清弥

大きすぎた代償

 振るわれる片手四本を挟み込んだナイフを、ウィリアムはギリギリのところで躱す。
 何分か戦い続けているからか、振るう速度にも目が慣れたようで先ほど以上にウィリアムは余裕を持っていた。
 けれど、その余裕を全て崩すほどの痛みが右腕に伝い続ける。


「らぁッ!」


 痛みに苛まれながらも避け続けるウィリアムと同じく、ヘンリーも余裕を失くしていた。
 目の前にいる人間をまるで化け物を見るかのような視線で見つめ、言葉さえ発せず殺すことに注力している。


 だが軍配が上がるとすればヘンリーの方だろう。
 常に異常な痛みに耐え続けるウィリアムにとって長期戦というのは必然的に、その集中力を虚しく下げる。


 故に、ちょっとした凹凸に足を取られて体のバランスを崩すのだ。


「これで、終わりだッ!」
「ぐ――」


 ようやく化け物との戦いが終わると笑みを浮かべるヘンリー。
 邪魔が入らなければ憐れウィリアムの人生は終了していただろう。


 邪魔が入らなければ、だが。


「――あら、まだ終わってないわよ?」


 小さな爆裂音が響くと同時に、ヘンリーは第六感の叫びを信じて大きく後ろに下がる。
 視線を向ければ、先ほど顔を真っ青にしていたアニータの姿があった。


(あぁ、乗り越えたんだな。亡霊を……自分自身で作り上げた免罪符を)


 彼女を纏うのは“藍色の純水”。
 前に一度見たことがあるウィリアムには分かった。
 あれは自身の心を乗り越えた結果、『本当の騎士』と成ったのである。


 ――“赤色の火炎”を宿した、エンテと同じように。


「待たせたわね、ウィリアム」
「……あぁ、待たされた」


 体制を崩し倒れ込んでいたウィリアムに、アニータは手を差し伸ばす。
 彼女の手を取ると驚くほどの力に引っ張られて、気付けば立ち上がっていた。
 そういえば、アニータも『騎士の力』の恩恵で身体能力が強化されているのだと思い出す。


 自分自身を打ち破った、または吹っ切れた彼女の両手に持つのは変わらず“銃”だ。
 だが細部は変わっており無骨な銃ではなくなって、どこか美しい造形の丸っこいデザインになっている。


「あは、キミも参戦するのかい?流石にちょっと厳しいかなぁ?」
「ほざいてなさい」


 破裂音が再び鳴り響き銃口から物体が飛び出す。
 ギリギリ目で捉えられる速度で放たれた鉄の塊は、真っ直ぐヘンリーを貫こうと突き進んだ。
 だがそれを大きく跳躍することでヘンリーは回避すると、アニータへ向けて火球を放つ。


(……?)
(どうしたのだ、ウィリアムよ)


 放たれた火の玉を少し移動するだけで回避して見せる彼女の姿を尻目に、ウィリアムはヘンリーの回避方法に違和感を覚える。
 アニータが持つ銃から飛び出す鉄の塊の大きさは非常に小さい。
 故に凄まじい速度で鉄の塊を放つことが出来る銃の弱点とは、最小限に身体を傾ければ簡単に避けてしまうこと。


(なら、どうしてそうしない?)


 そこまで考えたウィリアムは思い至った。
 何故、身体を最低限動かすことで避けようとしないのかを。
 避けようとしないのではなく、“避けれない”のだ。


「ヘンリーッ!」
「くっ……!」


 右手は失っている為使えないので、代わりに左腕を突きだし殴りかかるウィリアム。
 火の玉を何度も打ち放ちアニータを倒そうと努めていたヘンリーにとって、今の介入ほどウザいものはないだろう。
 事実ヘンリーは苦い表情を浮かべて突き出された左腕を何とか避けた。


 常に使っている右腕ではない為、力が入らないのが仇となり簡単に避けられてしまって完全に体制を崩すまでにはいかない。
 しかし多少なりともアニータから注意を逸らすことが出来たことに、ウィリアムはニヤリと嗤った。


「アニータ!」
「……えぇ!」


 今撃ち放ったとして、運が悪ければウィリアムに当たってしまう。
 ヘンリーと距離を必然的にギリギリまで狭めてしまった故の迷いだ。


 だが、その迷いは一瞬で消え去る。
 自分を見るウィリアムの瞳が真っ直ぐ迷いなく、こう告げていたから。


 ――信じてる。


 乾いた火薬の音が鳴ると同時に軽い反動がアニータを襲う。
 勿論アニータが銃の反動に耐えられるのは『騎士の力』があってこそであり、逆に『騎士の力』があって尚ここまでの反動が来ることに驚くべきだ。
 しかしその反動の分だけ銃の軌道は真っ直ぐ飛ぶ。


 近くに居るウィリアムの目の前を通過し、憐れヘンリーはその速度を捉えられず――


「おっと、危ない危ない」
「ッ!」


 ――瞬きする暇さえ与えず、気付けば遠く離れた場所に鎮座していた。
 勝ったと確信していたアニータとウィリアムは、今の状況を理解できず言葉を失う。
 あまりにその光景が滑稽なのか、「あは」とヘンリーは気味悪く笑みを浮かべた。


「おやおやおやおや?いつからボクの魔法が“一つ”だと言いましたか?」
「二つ目の、魔法!」
「隠してたのね……!」


 軟体生物のような動きで立ち上がったヘンリーは目を細めると、正解だと言って拍手を送る。
 そのたった一つの行動でさえ、今の二人にはイラつく要因でしかなかった。
 表面は冷静を保っているが二人……特にアニータの内は怒りで満たされ切っていることだろう。


「まぁ、流石にこれ以上はボクもやられかねないので退散しますね?ボクと遊んで頂きありがとうございました、また……必ず」


 自分だけ言いたいことを言い残し、最後ヘンリーは姿を掻き消す。
 いきなりの展開に二人は理解するのに多少の時間を強いられ、それでもようやくこの戦いに終止符が打たれたのだと気付いた。


「ッつ!」
「あ、ウィリアム!」


 緊張の糸が切れたのか、ウィリアムは苦痛に顔を歪めると身体を支える力さえ失くし身体が地面に倒れる。
 倒れた音でアニータは現実に戻ると、ウィリアムの怪我の事を思い出し慌てて近寄り胸元を引き裂いて素肌を顕わにした。
 すぐさま銃口を開けた胸元に当て少年の身体の現状を把握。


「……!そ、んな……」
「ぐ、どう……した?」


 絶望に顔を真っ青にするアニータを見て、ウィリアムは激痛で身体を震わせながらも途切れ途切れに問う。
 唇を噛みしめて目を伏せたアニータは小さな声で呟いた。


「――貴方の右腕は、もう戻らないわ」
「…………」


 ウィリアムは戦闘時に右手首を切断されたことによる大量出血を止めるため、自ら火球へと飛び込み右腕を焼いた。
 まともにアニータが動けなかった現状、確かにあれが最も正しいだろう。


 だが、その代償はあまりに大きい。


「右手首の切断跡から肘までが炭化してるのよ、流石に細胞レベルで死なれちゃ治癒なんて出来ないわ……」
「そう、か」


 彼女が持つ得物の能力である治癒は、どんな怪我でも治せるわけでは無い。
 ただ、細胞の分裂と再生を活性化させて急速的に傷を癒しているだけなのだ。
 故にアニータの治癒の力では、炭化しているウィリアムの右肘から先を癒すことは出来ないのである。


 暗い表情でそう告げるアニータだが、ウィリアムはそんな彼女に優しげに微笑む。


「でも後悔はしてない。“全てを護りたい”……その望みを、違えなかったから」
「――――」


 それでも自分を許せなかったアニータ。
 癒すことは叶わないが、それに代わる“何か”をしたくて堪らなかった。
 罪を償おうとしているのではなく、ただ彼の右腕を擬似的にも救いたかったから。


 考えて、考えて、絞り尽くした結果思い出したあること。


「ウィリアム、もしかしたら貴方の右腕……偽物だけど甦るかもしれないわ」
「?」


 頭の上に疑問符を浮かべるウィリアムの、炭化した右腕をそっとアニータは包み込む。
 未だ熱を持っているその失くした欠片をもう一度再生させようと、心から深く決意した。


「――大陸北部を担当している『黄の騎士』の元へ向かいましょう。彼ならきっと、貴方の腕を甦らせれるわ」


 目指すは『黄の騎士』が住まう村、ベヒュンド。

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