セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―

清弥

真章 ―救済探す治癒の藍―

「――え?」


 アニータは目の前の現実が受け止められなかった。


 重たい音を出して地面に堕ちる物体。
 舗装された地面に海を作る赤い液体。
 苦痛に顔を青色に歪める仲間の存在。


 目の前の、ウィリアムの右手首が切断される現実を信じられなかったのだ。


「ウィ、ウィリアム!」
「心配す……るな」


 慌てて治そうと近寄るアニータをウィリアムは止める。
 信じられないほどの痛みが襲っているはずなのに、血があんなに出ているのに、右手が無くなっているのに。
 目の前の少年は、苦痛の声を漏らさずただヘンリーを睨み付けつづけた。


「でもそれじゃあ貴方が死……ぬ」


 手を伸ばしながら叫んだアニータは気付く。
 また、自分のせいで他人を殺してしまうのだと。


「ぁ」


 無力な自分のせいで次は仲間を殺してしまう。
 ならば、私は何のために『騎士』となったのか――。


「今のアニータは『騎士』じゃないし治療する者としての、資格さえない」


 あの時のウィリアムの声が響く。
 何も分かっていなかった私は男性を殺し、次に単純なミスで人を殺し、そして今は無力な私が仲間を殺すのだ。


 なら、私が生きている意味は何?


「死ね」
「償え」
「「償って死ね」」


 彼らの声が脳を支配する。
 もうすぐこの声にもう一人ウィリアムが参戦することだろう。
 だから、アニータは耐え切れない。


(私は……生きてちゃ、いけないのよね)


 何人も殺した。
 何人も助けられなかった。
 この罪は重く、受ける罰も同様に重く在るべきなのである。


(私、は……私は――)
「――目を開けろよ、アニータ」


 罪の重さに潰れかけていたアニータの鼓膜を、優しく揺らす声があった。
 意識が急速に明るくなり、朦朧としていた頭が覚めていくのが分かる。
 頭を上げれば無くなった右手から大量に血を流しているウィリアムの姿が映った。


「死んだ亡霊なんかに耳を貸すんじゃない、重ねた罪に溺れるんじゃない」
「え……?」


 ウィリアムが言った意味が理解できず、アニータは声を漏らす。


「おいヘンリー、右手痛いからさ。治してもらって良いか?」
「あは、変なことを言うねキミは……駄目に決まってるだろう?“フィルド”」


 すぐさま解き放たれる魔法。
 真っ直ぐウィリアムに向かって突き進む火の玉を見て、ウィリアムは“嗤った”。


「あぁ、そうしてくれると思ってた」
「――――は?」


 嗤いながら、失くした右手首を火の玉に“突っ込ませる”。
 爆発と同時に巻き起こる熱と痛み。
 確かに痛いし確かに熱い。


 だが、関係ない。


「おし、止血完了」
「……君、一体何者だい?化け物か何か?」


 火に直接焼かれることで裂かれた出血部分を強引に止血したウィリアムは、汗を垂らしながらも余裕っぽく笑う。
 当然誰も彼が余裕なんて欠片も思っていなかった。


 痛いに決まってるし、苦しいに決まってる。
 だからこそ、嗤っているウィリアムにヘンリーは恐怖しか覚えない。


「化け物な訳ないだろう。俺は『緑の騎士』、ウィリアムだ。良く覚えとけ」


 ウィリアムはそう言うだけ言うと、アニータに少しだけ視線を向けた。
 顔を驚愕で歪めているアニータの表情を見て、大丈夫だと笑うと再びヘンリーに視線を戻す。


「ほら、アニータ。お前は俺を殺してない。まずお前は罰を受ける義務はないしな」
「ッ!そ、そんな訳ないでしょう!?聞いたでしょ、私のせいで何人も死んだのよ……!」


 自分のせいで人が死んだのなら、人が死んだ分は罰を受けなければならない。
 そう顔を伏せるアニータにウィリアムはため息をついた。


「じゃあお前は罰を受けることで、罪が消えると思ってる最低女だな」
「誰もそんなこと――」
「――違うのか?」


 言い争うウィリアムとアニータの姿が面白いのか、気味悪く笑いながら二人を見つめるヘンリー。
 気色悪い魔族を睨み付けて、ウィリアムは逆に問う。
 お前は“罪が消えてほしい”と望んでいるだけなのではないかと。


「お前の望みはたった一つだ、“罪から赦されたい”。赦される方法が自分で死ぬことだと結論付けてるだけ」
「ッ……!」


 返す言葉が無かった。
 無意識的にも、アニータは赦されたいと願い続けていたのである。
 この苦しみから逃れたいと、悪夢として出てくるあの声から逃げたいのだと。


 彼女は自身の弱さを知り本当に自分がクズなのだと理解し――


「だけど、俺はアニータに感謝してる」
「ぇ?」


 ――それでも、感謝してくれる人が居るのだとウィリアムは微笑んだ。


「お前の治癒のお蔭で“呪病”も治りかけてるし、結果的に魔族とある程度戦えてる。ありがとな」


 何故、今感謝するのだろうか。
 先ほど最低女だと結論付けられたのではないのか。
 罰を受けることで罪が消えるなんて思っていたクズではなかったのか。


 何故そんな自分に、優しげな笑みを浮かべてくれるのか。


「皆感謝してる。アニータ、お前はたくさんの人を救ってきた。治してきた。癒してきた。それは変えようのない事実だ」


 だから、とウィリアムは構える。
 目を細めヘンリーを睨み付けて自ら突貫していく。


「死んだ人の万倍、人を助けろよ」
「――――」


 気味の悪い笑顔でウィリアムを受け入れたヘンリーは、ナイフや火球で応戦し始めた。
 右手首を失ってなお果敢に戦うウィリアムの背中を見つめながら、アニータは大きく深呼吸をする。


(そう、よね。きっとそうだ)


 “死んだ人の万倍、人を助けろよ”。
 その言葉を聞いてアニータは、一番大切なことに今更気付く。


 一番、自分の根底にあった“望み”を思い出す。


「ありがとうございますっ!」
「いえ、皆さんを治すことが私の役目ですから」


 “あんな人父さん”のようになりたくて。
 全ての人を癒し、治し、助けることのできる人になりたくて。
 だから父の背中に憧れた。


 いつから、忘れてしまったのだろう。


「死ね」
「償え」
「「償って死ね」」


 亡霊が今も脳を支配しようと叫んでいる。
 だけどそれで良い、彼らの言葉は何一つとして間違っていないのだから。
 それでも、今すぐ彼らの声に耳を傾ける気にはならなかった。


 私にはまだやれることがあって、それを成し遂げるまでは死ねない。


「罪は償うわ、でも死ねない。償うのと死ぬのでは意味が違うもの」
「「――――」」


 言い放ってやった。
 彼らの言う通りにはなってやらないのだと。
 まだ私は生きているのだから、役目を果たし終えるまでは絶対に死なないのだと。


 あぁ、私は何を望もうか。
 そんなの決まってる。
 望むのならば、大きくでっかく……スケールはウィリアムと同じくらいの方がやりがいがあるだろう。


 ――力が欲しい。
 ――全てを癒せる力が。
 ――全て救済する力が。
 ――二度と、誰も死なないように!


 胸の中心にある“印”が光り輝く。
 自分の中に存在している『騎士の力』が大きく変わっていくのが分かった。


「俺の分まで、他人を救ってやってくれ……嬢ちゃん」
「同じミスを二度と繰り返さず、前に進んでください……聖女様」
「ぁ……」


 最期、聞き取れなかった彼らの言葉を今思い出す。


 悩む必要なんてなかった。
 罪の重さに溺れる必要なんてなかった。
 罰を受けようとして自殺しようなんて考え要らなかった。


 ただ、亡くなってゆく人たちの声をしっかり聞いていればよかったのだ。


「えぇ、私は二度と違えない。全てを癒して救うわ――」


 とりあえず第一歩。
 踏み出そう。


「――だから、目の前の敵をやっつけないと」


 自分を殺す為じゃない、全てを救う為に私は“銃”を持つのだから。


 “純水”が、アニータの周りを包み込んだ。

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