セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―

清弥

『藍の騎士』との出会い

「はい、確かに身分証明完了致しました。……ようこそ、クェンテへ」
「『赤の騎士』様、『緑の騎士』様、ご到着いたしました」


 ウィリアムとエンテが主に先日の戦闘について語らう中、どうやら馬車は目的地であるクェンテに到着したようだった。
 従者の声を聞いて、やっと到着かとウィリアムは大きく伸びをする。


「ようやく着いたぁ」


 体が鈍って仕方がないと言わんばかりに肩を回すエンテに、ウィリアムは苦笑しながらも一足先に馬車から降りた。
 なんだかんだ言って自身の体も鈍っているのを感じたウィリアムは、他人の事は言えないなと両肩や腰を回して少しでもほぐそうと努力を行う。


「お疲れ様です、『騎士』様方」


 恭しく礼をする従者にウィリアムは優しく微笑み、「こちらこそご苦労様です」と軽く頭を下げる。
 そして、しばらく待った後に一向に出てこないエンテにウィリアムは頭に青筋を立てて馬車の中へと侵入。


「お前いつまでやってんだっ」
「いやぁすまん、体が解れなくていてててて!」


 すぐさまウィリアムはエンテの耳を掴んで馬車から引っ張り出すと、放り投げるような形で街に強制突入させた。
 青筋を立てていた表情は従者に振り返ると同時ににこやかな笑顔となり、彼はそのまま軽く頭を下げ「馬車をよろしくお願いします」と立ち去っていく。


(あの少年、こええぇ……)


 あまりの公私の使い分け様に、従者はしばらく固まっていたのは別の話。


「――それで?『藍の騎士』が居るのはどこか知ってるのか?」
「っててて……。あぁ、当然知ってるだろっ」


 未だヒリヒリと赤くなっている耳を手で撫でながら、エンテは若干涙目でウィリアムの問いにそう答える。
 多少、語感が強くなっているのもご愛嬌だろう。


「この街の奥にある治療院。そこで生計を立てながら生活してるらしい」
「まぁ、珍しい治癒の能力を持ってたら当然だよな」


 歴代『騎士』の中でも治癒の能力を持っている者は少なかった。
 まず、殆どの『騎士』は禍族や魔族に対する殺意や勇気によって成った者たちが殆どなのである。
 故に望む力は大抵“禍族や魔族を倒す能力”を生み出す。


 ウィリアムが納得したように首を何度か頷いている姿に、エンテは流石に苦笑をせざるを得ない。


「それを言うならウィリアムの能力だって、大分珍しいんじゃないか?」
「……そうかな」


 首を傾げるウィリアムだが流石親友と言うべきだろう、彼の言葉は真にその通りだった。


 “全てを護る能力”。
 それが、ウィリアムが望む力を叶える為に生まれた能力。
 大楯と言う得物や持つ能力は、歴代『騎士』の中でもかなり珍しいだろう。


 他人より自身を大切にする。
 常に自身という媒体を通して生きている限り、痛みや恐怖から逃れるため殆どの人間はそう無意識にでも思っているはずだ。
 けれど、彼は違う。


 自身より他人が大切なのだと想っている。
 『騎士の力』が反映するのは常に“宿り主の心の奥底”。
 ウィリアムが大楯を持っているということは、つまり心の奥底からそう想っているということなのだ。


 故にウィリアムは自身が“ずれている”とは欠片も思わない。


「っと、着いたぜ。ここだ」


 話しながら歩いていれば、気が付くと目の前に古い屋敷が目に入る。
 玄関へと続くまでの庭園や、目の前の玄関などはある程度綺麗にされているが、屋敷の隅っこの壁などは草や根っこが生えまくっていた。


「なんか、ボロッちいな」
「悪かったわね、ボロッちくて」


 隅々に映る手入れのされていない部分を、苦い表情をしながらも眺めるウィリアムとエンテに掛かる声。
 酷く耳に残る、鈴の音のような声のように感じた。
 この響く美しい声は誰が放っているのかと、二人はその声の聞こえた方へ顔を動かす。


「お初にお目にかかります……『藍の騎士』、アニータ・ミエルンですわ」
「――――」


 言葉を失う。
 それほど、それほどにこの目の前の女性は美しかった。
 長い絹のような金のロングヘアを揺らして、藍色の瞳を細めて見せる。


 エンテは現実を忘れ去ったかのように固まり――


「敬語、似合ってませんよアニータさん?」


 ――ウィリアムは何事も無く、ただ笑顔でそう言葉を返した。


 ピシリ。
 周りの空気が割れた氷のように固まったような、そんな恐怖にウィリアムは駆られる。
 内心、やっちまったと目尻を痙攣させながら。








「――で、貴方たちが『赤の騎士』エンテ君に『緑の騎士』ウィリアム君ね」
「う、うっす」
「ハイ……」


 エンテは美人を前にし固まりながら、ウィリアムは死んだ魚の目で無感情に返事する。
 屋敷に入るまでの数分の間にどうやら上下関係が確立したようで、アニータはため息をついて目の前の少年たちを眺めた。


(15……いや16歳ね。こんな子供が『騎士』、か)


 未だ21であるアニータでさえも若いと感じる少年たちが、禍族や魔族に対抗しうる切り札として在る。
 その事実に確かな歪さを感じながら、彼女は目線を二人からウィリアム個人へと移す。


(特に彼は全くダメね。……見た目筋肉も少々のみ、雰囲気も完全にインドア)


 数歩譲ってエンテは良いと思うのは、一目でわかるほどの“技術”が彼にはあるからである。
 鍛え上げられた肉体に、それを効率的に機動させる体の動かし方。
 完全にエンテは戦いに人生を預ける人種であり、何度か死線も潜り抜けてきたのは明らかだろう。


 だからこそ隣のウィリアムに酷く違和感を覚えてしまう。
 細い肉体に力配分が雑な身のこなしには、流石のアニータも溜め息しか出ない。
 マトモな鍛錬一つせず、報告で聞いた“禍族を単騎で討伐”が出来たものだと思わずにはいられないのだ。


「それで、『藍の騎士』である私を訪ねたのは何故かしら?」


 アニータの問いに無表情で固まっていたウィリアムが再起動し、一歩前に進み出る。
 彼の瞳が灯す“もの”を見てアニータは一瞬だけ目を細めた。


「実は――」


 『緑の騎士』であるウィリアムの口から語られるのは今までの事実。
 元『赤の騎士』のブランドンが住まう街でお世話になっていると、突如として禍族が二体出現したこと。
 近くに家族がいることで狂ってしまったブランドンに代わり、ウィリアム一人で禍族二体相手に時間を稼いだこと。
 その結果、“呪病”にかかり『騎士の力』が使えなくなったことまで。


 正直に言えば、アニータは目の前に居る緑の少年を見くびっていた。
 体が貧弱とはいえ『騎士』と成っただけあり、その功績も判断力も勇気も一般人とはかけ離れていたことを知ったから。


「話は了解。……いいわ、ウィリアム君の“呪病”を治癒しましょう」
「あ、ありがとうございます」


 椅子に座っていたアニータは立ち上がり、自身の豊満な胸の中心に両手を当て呟く。


「穿て、“水之治癒ウィルン”」


 胸の中心に刻まれた“印”が藍色に光出し、彼女の周囲に水が出現する。
 両手をそのまま広げると、周りを囲う水が両手に集い一つの……否、二つの形を為した。


「なんだ、あれ」
「…………」


 驚いて思わず口を開けるエンテと、絶句したまま目を見開き固まるウィリアム。
 それも無理はないだろう。
 今までの人生の中で、そのような形をしたものは初めて見たのだから。


 “く”の字に曲がった藍色の物体。
 一方の先端には穴が開いており、そこから90°まがった部分が手に持つ部分らしい。
 つまりは……“拳銃”だ。


 固まる二人の少年を見て、アニータは困った表情をして「当然の反応ね」と言う。


「私だって最初は驚いたもの、まぁすぐに使い方は理解したけれど」


 アニータはそのまま右手に持つ拳銃の先端を、ウィリアムの胸板に当てる。
 ゆっくりと瞳を閉じた彼女は、しばらくした後に大きくため息をついて面倒くさそうに眉を潜めた。


「一ヶ月」
「え?」
「ウィリアム君が回復するまで、約一ヶ月は掛かるわ」


 あまりの長さにウィリアムとエンテは驚く。
 “呪病”とは基本そこまで長く続かないのが普通で、一週間か二週間で完治する。
 だが一ヶ月と言うのは中々聞いたことが無い。


「当然よ、ダメージの食らいすぎね。そこらの治療院じゃ外部の傷も治し切れてないくらい、ウィリアム君は傷を負っているもの」


 無数、というにはあまりにウィリアムの身体には傷が多かった。
 これでは“呪病”が完治したところで体が重たいという感覚は、中々治らないだろう。


「まずは身体にある外傷を治すのに一週間。そこから吸い込み過ぎた“力”を取り除くのに三週間と言ったところかしらね」
「……わかりました」


 一ヶ月。
 それはウィリアムにとって非常に苦しい時間だ。
 治療に専念する為に身体を動かせない、なんていうことも増えるだろう。


(俺はその間、何もできないのか)


 “人々を護りたい”なんていう望みを叶える努力も出来ないであろう事実に、ウィリアムはため息しか出すことが出来ない。
 残念がるウィリアムを見ながらアニータは「それと」と言葉を続ける。


「その一ヶ月の間にウィリアム君……貴方には最低限の戦い方を知ってもらうわ。このままじゃあ同じことの二の舞よ」
「……ぇ?」


 何もできないのだと失意に堕ちていたウィリアムは、すぐさまその瞳に光を灯らせ「良いんですか!?」と叫ぶ。
 あまりの緑の少年の変わり様にアニータは驚きながらも頷いた。


 子供のようにはしゃぐウィリアムに、エンテは頭を掻きながら見つめる。
 その瞳には、確かな“憂い”が存在していた。

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