セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―

清弥

真章 ―力求める破壊の赤―

 ウィリアムが敗北濃厚の戦いに挑む中、エンテは気絶するブランドンに駆け寄っていた。
 彼の妻に頼まれた、ただ一つの願いを叶える為に。


「おい、おっさんっ!」


 見たところ大した重症は負っていないようだとエンテは安堵する。
 体を触って確認したところ、どうやら腹部の内臓が傷を負って内出血しているらしい。


(だけどこんなんじゃもう戦えないな)


 幾ら『騎士』と言えど傷を負えば痛いし、内臓が傷を負えば立ち上がることすら困難になる。
 結局は身体能力やらが常人離れしただけの人間なのだから、当然と言ったら当然だが。
 だが本来は絶対安静レベルなのだが、エンテはどうしてもブランドンに目覚めてほしかったのだ。


「おい、おいッ!」
「ぐ……ここ、は……?」
「おっさん、目覚めたか!」


 軽く呼びかけただけで目覚めたブランドン。
 すでに目覚めかけていたらしく、周りを確認してすぐに今の状況を確認する。


「すまん、ウィリアムを助けに――」
「ブランドンのおっさん、時間無いから率直に言うぞ」


 すぐさま立ち上がりウィリアムの助力に向かおうとしたブランドンに、エンテは制止をかけ真面目な瞳で言葉を発した。
 今から何を言うのか、その一直線な眼差しに本気と捉えたブランドンは起き上がろうとしたままエンテの瞳を見返す。


「――アンタは、『騎士』になるべきじゃなかった」
「……あ?」


 一体何を言うのかと、一瞬ブランドンはエンテを疑う。
 けれどその瞳に嘘はないのだと気付かされ、改めてエンテを睨み付けた。
 当然だ、彼からすれば“大切な人を守る術”を否定されてるに等しいのだから。


「お前、本気で言ってるのか?」
「あぁ。何度でもいう、アンタに『騎士』は似合わない」


 気付けばエンテは地面に叩きつけられていた。
 怒りで顔を赤く染めたブランドンが、エンテの首を掴み倒したのである。


 凄まじい握力と腕力にエンテは呼吸が出来なくなるのを感じながら、それでも真っ直ぐブランドンを見つめた。


「アンタは、『騎士』に成るべきじゃなかったし……!『騎士』が似合う人でもなかったッ……!」
「てめぇッ!」


 自身の今までが否定されたように思えたのだろう。
 自身の今までが無かったことにされたように思えたのだろう。


 だが違う。
 ブランドンの今までの行いは決して間違っていなかったし、決して否定するべきものではない。
 それでも、それでもエンテはネリアから過去を聞かされ思ったのである。


「苦しいなら、やめて良いんだぜ……おっさん」
「――――」


 禍族と戦うブランドンは、常に“恐怖の狂い”に呑まれていた。
 負けたらどうなるのか……きっとそればっかり頭によぎっていたからだろう。
 だから『騎士』に成るべきではなかったし、『騎士』が似合うはずもない。


 ――恐怖と戦う戦士を、人は皆“ただの人”と呼ぶのだ。


 ウィリアムはそうじゃない。
 彼は常に“自身が負ける事は考えても居ない”のだ。
 ただ護れる人が……助けられる人がいるから戦う。


 戦うウィリアムの中に一片たりとも恐怖は無く、一片たりとも狂いは無い。
 故に彼は『騎士』と成るべき人材だった。


「俺が、アンタの想いを背負ってやる」
「は……?」


 エンテにとって禍族とは人類の悪。
 倒すべき敵であり、絶滅すべき敵なのである。
 その中に恐怖も無いし、狂いも無い。


 ウィリアムが人々を護る為に盾を持つというのなら、エンテは人々を護る為に矛を持つ。
 自身が負けたらなんて、そんなことを考える暇なんてどこにもないのだから。


 首を絞める力が緩んだことにエンテは内心安堵しながら、呆けた顔で自身を見るブランドンに向けて口を開く。


「『騎士』を送るのは今だ、おっさん」


 やり直す、やり直さないの話じゃなかった。
 ただ、ブランドンにとって『騎士』という存在はあまりに合わなかった……それだけの話である。
 逆に良くここまで『騎士』として在り続けれたな、と感心してしまう。


「俺は最強になる。だから強くて憧れの『騎士』になるんだ。じゃあアンタの望みは何だ?」
「……お、れは、ただ大切な人を守りたい。それだけだ」


 震える唇でブランドンは自らの望みを口にする。
 その瞳は恐怖に塗りつぶされているのを、エンテは確認してため息をつく。


「違う、それはアンタの“表面の”望みだ」
「――――」


 確かにその望みはブランドンの中で生きているはずだ。
 けれど、それは“本当の望み”ではない。
 大切な人を守る、なんていう望みは“大切な人がいる”という前提で生まれる望みなのだから。


「アンタの本当の望み、言ってみなよ」
「お、俺は――」


 幼い頃に両親を失って、若い頃に恋人を失った。
 失ってばかりの彼が望むものは、たった一つに決まっている。


「――ただ、ネリアとラネと共に……一緒に生きたい」
「言えたじゃないっすか、ブランドンさん」


 完全に力を失った首に置かれた手をほどき、エンテは立ち上がると今もなお床に座り込むブランドンに右拳を伸ばす。
 その時、初めてエンテは心からブランドンに尊敬の念を持って敬語を使う。
 家族として最も正しい在り方に、本当に心の底から尊敬したのだ。


「皆を守る役目、俺に任せてくださいっす。ブランドンさんはただ、今まで感じることのなかった幸せを噛みしめて……生きてください」
「……良いのか、お前はそれで?」


 『騎士』になるということは、それはつまり一生戦い続けるということ。
 人生の幸せを感じる暇も無く……ただ死に絶えるだけの人生をこんな少年に合わせて良いのかとブランドンは悩む。


「良いんすよ、それで」
「何故……?お前はまだ――」
「――俺が、俺“たち”が終わらせますから」


 宣言した。
 この数百、数千年にも及ぶ戦いに終止符を打つと。
 禍族と魔族……その戦いを終わらせるのだと。


(負けたな、こりゃ)


 本来なら笑われて当然の宣言。
 けれど青臭いそんな言葉でさえ、ブランドンは信じたくなった。
 きっと出来てしまうのではないか……そんな気分になったのである。


「あぁ、なら託そう。俺の想い、俺の願い、俺の望み……全て受け取ってくれ」
「任せといてください」


 伸ばされたエンテの右拳に、ブランドンは思いっきり右拳をぶつける。
 骨同士がぶつかり合う、軽く小さな音が鳴り響き――


「ブランドンさんの想い、願い、望み、全てを叶えて余りある結果を叩きだしてやりますから!」


 ――“火炎”がエンテの周りから噴き出した。








「ぐッ……!」
「Ga――――ッ!」


 獣型の禍族から振るわれた爪を何とか避けるウィリアム。
 だがそれに安堵する時間すらなく、慌てて後ろ側から圧力を感じ咄嗟に盾を構える。


「Ah――――ッ!」


 人型の禍族から振るわれた腕を体制が整っていない状態で受けたウィリアムは、そのまま堪えきれず吹き飛ばされた。


(まずいッ!)


 このまま地面に直撃して地面に伏せてしまえば、きっと立てなくなる……そんな予感がウィリアムに走る。
 立てなくなり、結果死んでしまうのは良い。


(けど、それでこの街の人々が死んでしまったらッ!)


 何とか受け身を取ろうと、痛む体を無理矢理動かそうとするウィリアムを誰かが支えた。


「ぇ……?」
「よう、待たせた。相棒」


 一体誰が。
 そんなの考えるまでも無かった。


「エンテッ!」
「おう、悪かったな遅くなって」


 右手に“印”を宿したエンテ……『赤の騎士』は笑ってウィリアムを降ろす。


「始めようぜ、相棒。俺たち二人の、初のコンビマッチを!」
「……あぁ、任せとけっ!」


 エンテは右手を高々と上げると、天高く届くほどの声量で叫んだ。


「薙げ、“火炎之破壊ファマト”ッ!」


 周囲に火炎が出現し、エンテの右手に集っていく。
 火よりも遥かに純度が高く、驚くほどに巨大な火炎は一つの形を成す。


 それは、直刀だった。
 まっすぐに伸びる刀身を火炎が纏うその直刀を、エンテは何度か素振りすることで具合を確かめる。


「準備はいいぜ相棒」
「おう、俺が作戦は分かるよな?」


 ニヤリと笑うウィリアムを見て、一瞬呆けた表情を浮かべたエンテはすぐにニヤリと笑った。


「俺が護って――」
「――俺が壊すッ!」








 その数分後、それから傷一つ負うことなくウィリアムとエンテは禍族二体に勝利して見せたのだった。
 だが――


「ぐふッ……!」
「ウィリアムッ!?」


 ――禍族を二体同時に相手にし続けた代償として、ウィリアムは凄まじい痛みに襲われ倒れ込んでしまう。
 エンテが自身を必死に呼ぶ声を聞きながら、ウィリアムは意識を闇に落とした。


(またこのパターン……か)

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