セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―

清弥

やるべきことは

 “巫女様”と出会って衝撃の事実を告げられてから数日後、ウィリアムとエンテは再び馬車に揺らされていた。
 フカフカのソファに全体重を乗せて寛ぐエンテは、何を思ったのか急にため息をつく。


「はぁ……」
「どうかしたか?」


 ウィリアムは、王都で数冊頂いた本から視線を外し気力の薄い彼へと向けた。


「いや、まだ信じられなくってさ。お前の事」
「……『七色の騎士セブンスナイト』、か」


 『七色の騎士』、セブンスナイト。
 その単語を聞いて思い出すのは、数日前の衝撃の事実を告げられた後のことである。


(“全てを終わらせる騎士”。それを為すのが『セブンスナイト』)
(ふむ、ウィリアムがそのような存在と成り得る者とは、我も思わんかった)


 内心で“巫女様”に告げられた言葉を復唱するウィリアムに、二日ほど前に目覚めたバラムはそう感嘆を漏らした。
 一般の庶民が“全てを終わらせる”……つまり禍族や魔族との戦いの終止符を打てる存在になれる可能性があると言われれば、誰でも驚くだろう。


(『セブンスナイト』について、お前は本当に何も知らないのか?バラム)
(記憶を辿ってみたがそんな単語は見知らぬよ)


『騎士の力』として存在するバラムならば、恐らく知っているのだろうとウィリアムは何度目かの問いをするが、反応は拒否。
 声色や雰囲気から、それが本当なのだとウィリアムは悟る。


「あの“巫女様”、『セブンスナイト』について時が来たら教えるなんて言ってたけど、本当に教えてくれるのかね」


 どうやらエンテはウィリアムの脳にいきなり激痛を負わせた“巫女様”を、多少なりとも敵対視しているようだった。
 正直、ウィリアム自身もその疑問には賛成気味である。
 何ともあの“巫女様”からは、非常に深い隠し事の気配がチラホラしており、心から信頼することは到底無理だろう。


「けど、“巫女様”がしたことは間違っては無いだろう?信頼する必要はないけど、敵対視までしなくていいんじゃないか?」


 脳に激痛を負わせる形となってしまったが、“巫女様”は結果的にかなり有能なことをしたのである。
 それは禍族が短い周期で出現したことや、禍族の目標がすぐさまウィリアムに固定されたことにも大きな関わることだ。


「確かに、“巫女様”はお前の“力の漏れ”って奴を沈めてくれたけどよ」


 ウィリアムの近くにすぐ禍族が現れ、禍族がすぐウィリアムを狙っていた原因は、“力の漏れ”だったらしい。
 『セブンスナイト』としての“素質”を持つ力が抑えきれず、体の至るところから漏れ出していた結果として禍族を招いていたのだ。
 “巫女様”が行ったのは根本的原因である“力の漏れ”の鎮めであり、それにより禍族が異常に出現することもなくなる。


「おーい、お前らの町に戻ってきたぞ。明日には出発するからな」
「わかりました……!」
「うっす!」


 従者席にて馬を操っていたブランドンの声に、ウィリアムとエンテは窓を開けて町を見渡す。
 視界には自分が生きてきた町が映った。


「護りたいのなら、強くおなりなさい」


 そう呟いた“巫女様”の言葉を思い出して、ウィリアムは無意識に拳を握りしめる。
 目の前に広がる第二の故郷、そこを……そして全ての人々を護る為に、ウィリアムは強く在らねばならないのだ。
 だからこそ、ウィリアムとエンテはブランドンに着いていくことにしたのである。


(『赤の騎士』……ブランドンさんが担当する区画にて、彼から直接指導を受ける事)
(合理的な判断だな)


 『騎士』として強く在りたいのなら、『騎士』に教わるのが一番。
 どうしても、今のウィリアムの力では禍族を倒すことは確実性に欠けてしまうのだ。
 身体能力が高く特殊な武具を身に着けているとはいえ、技術や経験は素人そのものであり、他の『騎士』との圧倒的な差である。


「たまたまと言え、ここにこんなに早く戻ってこられるとは思わなかったぜ」
「ブランドンさんが住む町はここを通り過ぎたしばらく先だし。……嫌か?」
「全然、逆にうれしいくらいだ」


 エンテもすぐにまた故郷を見れるのは嬉しいのか、強気な顔に付いている頬を緩ませた。
 特にエンテはこの町出身なので、余計に感慨深いことだろう。
 そう――


「……あぁ。親父の墓、掃除していかないとな」
「――――」


 ――“肉親の居場所さえ知らぬ”ウィリアムよりも、ずっと……ずっと。


 故郷に帰る二人の表情は、どちらも暗めの表情を浮かべていた。
 ただ、その宿す意味は全くの別物だったけれど。








 気が付けば一日が過ぎていたようにウィリアムは思う。
 自身を良くしてくれたバロンさんを筆頭に多くの方たちに再会し、『騎士』として役目を担うのだと決意した、それだけは明確に覚えている。
 けれどそれからは何を思って、何をしていたのだろうか。


 “懐かしい”感覚にウィリアムは儚く微笑むと、第二の故郷である町が遠ざかっていく様を見つめた。


(やっぱり、何も感じないよな)
(……?どうしたというのだウィリアムよ)


 心配でもしてくれたのか、バラムがウィリアムに問うが静かに彼は首を横に振る。
 何でもないのだと、そう告げるように。


「なぁ、ウィリアム」
「え、あ……うん。どした?」


 浅い海に溺れていたかのように、意識が朦朧としていたウィリアムを引き戻したのはエンテ。
 彼の明るい茶色の瞳は、静かに行く先の遥か先を見つめていた。


「この先に、魔族がいるんだよな」
「あぁ。俺たち人間の第二の敵……魔族がこの遥か彼方にいるはず」


 禍族とはまた別勢力の敵、それが魔族。
 人間と同じように意志を持ち、人間と同じように生きる人種だ。
 けれど、唯一違う点を挙げるとすれば――


「ただの戦士が『騎士』に対抗できる、恐ろしい存在だ」


 ――戦士一人一人が常人を遥かに凌駕する力を持っていることだろう。
 その分繁殖力が低いようで戦力が少ないのがせめてもの救いであり、今現在『紫の騎士』一人の力で押さえつけている状態だ。


「『セブンスナイト』なら魔族も全部倒すなんて……そんな儚い妄想、描いても良いのか」
「分からない」


 エンテの言葉に、ウィリアムは首を小さく横に振る。
 “全てを終わらせる”ということは、つまり禍族と魔族の問題を解決できるということだ。
 けど、その“問題の解決”が“全て倒す”とは到底ウィリアムには思えない。


 何もわからないウィリアムは、けれど一つだけわかることがあった。


「今は唯、強くなろう。きっと努力を続けた先に、答えは待っているはずだから」
「……あぁ、そうだな」


 今あれやこれやと考えても何も始まらない。
 ただ強く在ろうとガムシャラに、一直線に進むことがなにより大事なのだとウィリアムは思う。
 全てを護り切れば、全てを解決できる糸口は掴めるはずだ。


(皆を護る為にも、俺は強くなりたい)
(何をするにも力をつけてから、だなウィリアムよ)


 何もわからない現状。
 誰もわからない未来。
 いや、もし誰かが未来をわかっていたとしても構わない。


 ウィリアムに出来るのは、ただ人々を護ることだけなのだから。
 それが彼のやるべきこと。


 未だ願う未来は遠い。

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