セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―

清弥

王都到着

 ガタガタと揺れる馬車。
 これでもかなり揺れが少ない方ではあるが、それでも乗り慣れていないウィリアムとエンテはしきりに尻を擦っていた。
 そろそろ尻も限界だなぁとウィリアムたちが思う中、外……従者席から『赤の騎士』であるブランドンから声が聞こえる。


「そろそろ着くぞっ!」


 放たれた言葉をしばらく中に居るウィリアムたちは咀嚼して、すぐに王都の事だと悟った。
 慌てて眩しい日差しを防ぐために敷かれたカーテンを開け、風よけの窓も全開にして体を乗り出すと、目の前の光景に瞳を輝かせる。


「……これが、王都!」


 ある程度の町でさえもこれほどまでに高いものはないだろうと確信できる、巨大な壁。
 軽く30mはあるだろう壁を前に、ウィリアムたちは興奮を隠しきれなかった。


「でっけー、あれが王都を囲む壁かぁ。親父から聞かされてたけど、目の前にすると流石に驚くな、こりゃ」
「あぁ、本当にデカい……!」


 ウィリアムとは真逆の窓から王都を見つめるエンテ。
 驚きようからして、この壁を前に誰もが驚くことは決定していたようである。
 二人の驚きの声を聞いてブランドンは大きく笑う。


「王都に来た者は初めにこの壁に驚くのが鉄則だからな。入る前に新参者がやらなきゃならない儀式みたいなもんだ」


 かく言う俺も初めは驚いたがな、と言葉を続けながら笑い続けるブランドンに、ウィリアムとエンテは顔を合わせ苦笑する。


 村に禍族が現れて2日後、ようやくウィリアムたちは旅を終え王都に到着したのだった。








「なんだよ、観光さえできねぇのかよ」
「黙って歩いてくれよ、エンテ」


 王都に対し興味と期待で胸を膨らませていたウィリアムとエンテは、入った直後衛兵に囲まれ強制連行されていた。
 衛兵が使う、先ほどまで乗っていたものとは全く違ってかなり揺れる馬車に乗せられ、今は王城の通路を歩いているところである。


 何とも非常識な連れ込み方ではあるが、正直言ってウィリアムの存在自体が非常識なのであまり文句は言えない。
 ブランドンが付いてきてくれたのが不幸中の幸いであるといえよう。


 ぶつくさ文句を言っているエンテに注意すること何度目か、流石のウィリアムはため息をつきたくなった頃、衛兵が一つの扉で止まる。
 謁見の間への扉だろうかとウィリアムは思うが、どうにもそれにしては小さく古臭い扉だ。


「諸君らにはここで正装に着替えてもらう。服は用意してあるし、勝手が分からなくとも女中が手伝う手筈だ」


 つまりはその姿じゃ汚いから、せめて服を着替えろということなのだろう。
 確かに今までの旅の弊害で着ている服は汚れており、この国を治める者たちに見せられるものではない。
 ウィリアムたちはブランドンがこちらに頷くのを見て、嫌々ながらもその部屋に入る。


 中に入るとエプロン姿をした女性たちが複数人待っており、こちらを見るや否や深々とお辞儀をした。
 上流階級がされるような接待は全く受けたことのないウィリアムたち二人は、オロオロしながら小さくお辞儀を返す。


(うっわ、高そうな服装ばっかり)


 気が引けるのを感じながらウィリアムとエンテは周りにかけられている服を見ると、金などの刺繍が入っており明らかに高そうだ。
 庶民と貴族たちとの間の圧倒的な壁を感じ、眉を痙攣させる二人にブランドンが釘をさす。


「かけてある服、お前らの数年の賃金より高いからな」
「――――ッ!?」


 もはや高そうを飛び越えて畏怖してしまう二人に、ブランドンは笑いをこらえきれない。
 歯を必死に閉じながら途切れ途切れに笑うブランドンに、被害者二人は青筋が立ったのを感じた。
 冗談が過ぎたと思ったのか、未だ笑いながらも「すまんすまん」と目尻の涙を拭きながらブランドンは謝罪する。


「まぁ大丈夫だ、この服全部使い捨てだからな」
「使い……捨て……?」


 視界を見渡せばまだまだ使えそうな服ばかり。
 けれど、これらは全てもう使った後の服なのだという。
 改めて庶民と貴族との差を痛感したウィリアムたちは、最終的に驚くだけ無駄だと理解したのか大きくため息をついた。


「じゃあお前さんたちは初めてだろうし、女中さんたちに選んで着せてもらえ。俺も最初はそうだったぞ」
「了解~」


 諦めがついたのか、妙に間延びした生返事で返す二人にブランドンは苦笑しながら部屋を出ていく。
 何故か部屋を出ていく後ろ姿を眺めた後、ウィリアムたちは待機する女中たちに「よろしくお願いします」と深々と頭を下げたのだった。


 十数分後、そこには見違えるように姿を変えたウィリアムたち三人が居た。
 と言ってもそのうち二人は顔を赤くしていたので、決まってはいなかったが。
 顔が赤くなっていたのは当然――


「あぁぁああぁ……全部見られた」
「もう俺、お婿にいけないっすよ……」


 ――脱がされる過程で、女中たちに汚いと下着も脱がされた結果である。


「ははは、昔の俺を見ているみたいだな」


 そう言って戻ってきたのはブランドン。
 白を基調としたジレ(ベスト)に、赤が特徴的なジュストコール(コート)とキュレットの装いをしていた。


 そんな姿のブランドンは、全く昔の自分と同じ反応をしている二人に面白み七割と懐かしみ三割で顔をニヤつかせる。
 どうやら姿は変わっても中身は変わらないようだ。


 ウィリアムやエンテは良く在りそうな白のジレに、茶色のジェストコールとキュレットを着ているのだが、どうやらブランドンは特製らしい。
 左胸に剣と纏う炎……つまりは『赤の騎士』たる印が刺繍されていることから、ブランドン専用の正装なのだとウィリアムとエンテは気付いた。


(あぁ、だから部屋から出て行ったのか)


 ようは古着しかないこの部屋には、専用の正装が置いてあるはずないので着に別の場所へ行ったのだろう。


「んじゃあ衛兵たちを待たせてることだし、さっさと向かうぞ」
「はい」
「おう」


 ブランドンの声に三者三様ならぬ、二者二様の返事を返すウィリアムたちだった。








 外で大人しく待っていた衛兵の案内によって、ウィリアムたちが連れてこられたのは巨大な扉。
 軽くビビるほど細かな装飾によって創られたその扉は、少し強く触れるだけでも儚く壊れてしまいそうだ。
 小声でブランドンはウィリアムたちに、「あの扉、お前らの一生より高いからな」と脅す。


(この建物、高い物が多すぎるっ……!)


 もうこの建物だけで世界を救えやしないだろうかと畏怖恐々としてしまうウィリアム。
 エンテはもうその点については諦めたのか、曖昧な返事で流していた。


「では、ブランドンさん。これより先は――」
「――おう、了解。お疲れさん」


 『赤の騎士』として周知されているブランドンに対して、衛兵は頭を下げるとこの場を去っていく。
 どうやら衛兵の仕事はここまでのようだ。


 衛兵が去った後、大きく深呼吸をして両頬を叩いて気合いを入れるブランドン。
 その目は酷く緊張しているようにも、恐れているようにも見えた。


「お前ら、気を引き締めろよ。この扉の先には、文字通り禍族よりも怖い奴らが待っている」
「禍族よりもっすか……?」


 疑うようにブランドンを見るエンテに、ウィリアムも内心同意する。
 どれだけ怖かったとしても、何だかんだ言って禍族と相対するより強い恐怖なぞそうそうあるのだろうか。


 けれど、どう見てもブランドンの口調は真面目そのものだった。


「少なくとも、最低限礼儀正しくあるように。勝手に口を開くな、聞かれたらその事についてのみ答えろ……良いな?」
「は、はい」
「う、うっす」


 あまりに真剣な表情に気圧され、何度も頷く二人。
 それを見て安心したのかブランドンは「頼むぞ」と、再度注意して扉の前に立つ。


(……これ、本当に禍族よりも怖いんじゃあ)


 段々ブランドンの言葉が真実味を帯びてきたその時、ブランドンはドアをゆっくりと開けた。


「ただ今、『赤の騎士』ブランドン・ドルート任務を終了致しました!『緑の騎士』ウィリアムとその友、エンテを同行し帰還した所存でございますッ!」
「――――」


 そこにあったのは、謁見の間などではなかった。
 “会議の間”だ。


 楕円形に伸びる机を中心として、並べられた椅子に座るのは男性たち。
 思わず平伏してしまいたくなるほどの威圧感、そして背中に冷や汗が出来るほどの眼差しに、ウィリアムとエンテは戦慄する。


(これが、『連盟国家・エンデレナード』を纏め上げる人たち……!)


 国を動かす人々と一度もあったことがないウィリアムでも分かった。
 この威圧感、この冷静な眼差し全てがこの人たちの“カリスマ”によるものだと。
 今座る人々の一人一人が、かつて国を纏めた“王”の子孫。


 ――その全てが“王”なのだと、気付かされる。


「ほう、若いな。そこの二人、軽い自己紹介をしてくれるな?出来ればどちらが『緑の騎士』かも、だ」


 一番奥に居る、椅子に座る人の中で最も若い男性がウィリアムとエンテを見てそう告げた。
 とりあえず『緑の騎士』ではないエンテが、先に体を一歩進め姿勢を正す。


「俺……私の名はエンテ、です。ウィリアムの友として、そしてウィリアムが『騎士』となった瞬間を見た者として、ここにきた……来ました」
「ふむ、おぬしがエンテか。良くぞ禍族相手に生き延びた、褒めて遣わそう」
「あ、ありがとうございますッ!」


 一歩前に出ていたエンテは、深く頭を下げると一歩下がって全身の緊張を解く。
 流石に国を纏める人々を前にして緊張しきっていたのだろう。
 所々素が出ていたが、ただの庶民の対応としては殆ど完璧と言える。


「さて、ということは」


 ゾクリ。
 全身に視線が集まるのをウィリアムは感じた。
 エンテよりも深く、見定めるように全ての人々がウィリアムを見ている。


(これは……ヤバい)


 この視線を浴びてようやく、ウィリアムはブランドンの言っていたことを完全に理解した。
 浴びるような見定める視線を向けられるくらいなら、まだ確かに禍族と戦った方がマシに思える。
 それほどの恐怖がウィリアムの身体を支配した。


 だが、それでもウィリアムは一歩前に体を進め姿勢を正す。


「はっ。私が『緑の騎士』に幸運にも選ばれたウィリアムです。家名はありません」


 スラスラと敬語を話して見せるウィリアムに、一気に周りの視線の重みが強くなる。
 当然だ、庶民がどもらず敬語を話すなんて殆ど聞いたことがないからだ。
 だがそれでも口を開いたのは、議長席に座る若い男性。


「随分礼儀がなっているな……まるで貴族や商人に育てられたかのように」
「ありがとうございます。ですが私には生まれてこの方両親の記憶はございません。その点についてはご容赦を願います」


 ウィリアムの言葉を聞き、議長席に座る男性は目を細めた。
 言った言葉が嘘か真実か見極めようとしているのだろう、とウィリアムはその視線を真っ向から受ける。
 目を背けることも無く、微かにも怪しい部分が見られないと判断した男性は「信じよう」と小さく頷く。


「では当事者であるウィリアムよ、ここまでの経緯を話してもらえるか。何故、おぬしが『緑の騎士』に選ばれたのか……それも含めてな」
「はっ」


 話が上手く先に進んだことに、内心安堵したウィリアムだった。

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