セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―

清弥

その手に持つは破壊の剣

 狂鬼の笑みを浮かべたブランドンを見て、ウィリアムは驚きつつも慌てて飛び出した『赤の騎士』の背中を追う。


(ブランドンさんの目、あれは……)


 おっさん臭くも優しく在った人が、禍族を見た瞬間に目の色を変える。
 文字通り、狂うのだ。
 そこまでの変わり様に、ウィリアムはブランドンの奥に潜む“闇”を悟らずにはいられない。


(恐怖している、ブランドンさんが禍族に対して)


 異様なほどの狂いは恐怖が反転した結果。
 つまりはそれほどの“恐怖”をブランドンさんは禍族に対して、与えられたのだとすぐに分かる。
 だからこそウィリアムは焦った。


(早くブランドンさんに追いつかないと、何をやらかすのか……!)


 狂気に染まった人ほど何をするのか分からない。
 変なことを行う前に、ブランドンを落ち着かせるのは急務である。


「ブランドンさん――」
「――燃えろ、“ファルガ”ッ!」


 追いつかない背中に手を伸ばし叫ぶウィリアム。
 けれど、それに気が付かぬままブランドンは右手の甲にある“印”を掲げ高らかに唱える。
 瞬間、ウィリアムは体中に熱が這いよるのを感じた。


(熱っ!これが……!?)


 熱に思わず目を閉じて、それではいけないとすぐさま目を開けたウィリアムは見る。


 “炎”。
 それは赤で覆い尽くされた炎だ。
 全てを破壊せんと、全てを殺さんと、ブランドンの周りには炎が群がっている。


「剣……」
「化け物を“壊す”に行くぞ――」


 ブランドンの周りに群がっていた炎が、天高く掲げる右手に集まり一つの形を成す。
 形成されるは“大剣”。
 刀身を炎で覆いながら、周りに恐怖と破壊をもたらす『赤の剣』だ。


「――『火之殺戮ファルガ』」


 その両手に大剣を構えると、ブランドンは真っ向から禍族に挑みにかかる。
 町を襲った禍族とは違い“獣のような形”をした禍族は、大振りで振るわれた大剣を余裕で躱して見せた。


(……とりあえず、ブランドンさんを助けないと)
(あぁ、忘れるなよ我が宿り主。汝が望んだのは“護る力”だ)


 “声”から発せられる忠告にウィリアムは頷くと、左手の甲に在る“印”を掲げて目を閉じる。
 意識を深層へと落とせば、すぐに『騎士の力』の源が発見できた。
 深層に在る力に向けて左腕を突っ込むようなイメージを持って、ウィリアムは目を大きく見開き叫ぶ。


「現れろ、『風之守護ウィリクス』!」


 普通では在り得ない緑の風がウィリアムを纏い、左腕に大楯を形成。
 巧みな彫刻をされた緑色をした大楯を構えて、ウィリアムは今もなお戦うブランドンの元へ走り出した。


「ブランドンさんッ!」
「死ねェ!」


 駆けつけるウィリアムを無視し、狂気に堕ちた『赤の騎士』は罵声を叫びながら炎の大剣を振るう。
 しかし、闇雲に振るわれる大剣は獣の形をした禍族には当たることはない。
 強化されているはずの『騎士』よりも、獣の形をした禍族の方が身軽で早いのだ。


(圧倒的に相性がブランドンさんに合ってない!)


 ブランドンが振るうのは大剣であり、強化されている身体能力と言えども片手で安易に振るえる物ではない。
 もちろんその分威力は高いだろうがそれも“当たれば”の話だ。
 何より正気をほぼ失っていると言っても良いブランドンは、大剣の刃を当てるようにフェイントをかける事すら考えられないだろう。


「当たれやァ!」
「――――ッ!!」


 頭に血が上ったのか、完全にやってはいけない大振りで大剣を振るうブランドン。
 それを軽くいなした禍族は、隙ありありのブランドンの体へその漆黒の爪を突き――


「目を覚ましてください、ブランドンさんッ!」


 ――すんでのところでウィリアムの大楯が防ぐ。


 ようやくウィリアムを視界に入れたブランドンは、少し頭が冷えたのか攻撃を防ぐ緑の青年をただ見つめる。
 ブランドンが無事な事を、視線を向け確認したウィリアムは攻撃に合わせ大楯を振るって禍族を吹き飛ばした。
 そのまま隙を見せたまま停止しているブランドンに目を向けることなく、禍族の対処へと自ら向かっていく。


(俺……は?)


 呆然と禍族と相対する『緑の騎士』を見続けるブランドンの頬に、誰かが唐突に思いっきり殴りかかった。


「いい加減にしろよ、ブランドンさ……いや、ブランドンッ!」
「エン、テか?」


 その瞳に濃い“怒り”を込め睨み付けるエンテ。
 怒りを灯した瞳のまま右手に拳を作り、エンテは自分の胸を叩きつけた。


「アンタが言ったんだろうが。“『騎士』に必要なのは意志なんだ”って」
「――――」


 幾年も若い青年に言われ、ようやくブランドンは気付く。
 先ほどまでの自分は『騎士』の姿ではなかったのだと。


「……あの姿で戦うのならその『騎士』、俺に寄越せよ」


 お前よりも高い志で、お前よりも高い“意志”で戦えるのだと。
 『騎士』にではないエンテは、『騎士』であるブランドンにそう告げる。


(あぁ、そうだ。俺は『騎士』失格だ)


 高い志を持ち、強き“意志”で立ち向かう。
 それが『騎士』だというのに、先ほどまでの自分はまるで『騎士』足り得なかった。
 だが――


「すまない、お前さんに『騎士』を贈るのは今じゃないよ」
「知ってるっすよ、ブランドンさん」


 ――だが、それでもやり直そう。


 恥ずかしいところを見せてしまったウィリアムに、同じ位カッコいい所を見せなければならないのだから。
 歯を見せて朗らかに笑うブランドンに、エンテは肩を竦めて苦笑する。


「エンテ、お前さんに感謝を」
「礼ならウィリアムにしてやってください。俺は誉れ高き『騎士』を殴った身っすから」


 冗談を言い合ったブランドンとエンテは互いに拳をぶつけ合う。
 認め合う仲間であるかのように、強く、強く。


 そして次の瞬間、エンテの目の前からブランドンは姿を消していた。








「ぐっ……!」


 振るわれる巨大な爪を何とか大楯で防ぐが、無理したせいかウィリアムは体制を大きく崩してしまう。
 出来た隙を逃すはずも無く、振るわれた爪を前にウィリアムは目を閉じ――


「その手を退けろォ!」


 ――炎を感じた。


 刀身に濃密な赤の炎を宿した大剣で、迫る爪を剛力によって弾き飛ばしたのはブランドン。
 口を開け真っ白な歯を見せて笑う彼の姿に、ウィリアムは心からの安堵を覚えた。


「いよっし、大丈夫か緑の坊主」
「はい、大丈夫です」


 ブランドンは伸ばした大きな手で腕をつかみ、尻もちをついていたウィリアムを強制的に立たせる。
 服が引火する様子も無く肩に炎を纏う剣を担ぐブランドンは、もう片方の手で無精髭を弄り「どうしたものか」と頭を悩ます。
 悩んだ末、こちらを警戒して近づかない禍族を睨み続けているウィリアムの肩を叩いた。


「緑の坊主。もう一度でいい、俺を助けた時にした“パリィ”……攻撃を弾くヤツをしてほしいんだが、出来るか?」


 一度でいい。
 それが意味するのは、“一度で倒す”ということだ。
 本当の『赤の騎士』の本領を見られるのだと、ウィリアムは口角を釣り上げながら右手で大楯を触る。


(タイミング調整、任せたぞ)
(うむ。もうこれで三度目だ、タイミングを計るのは任されよ宿り主)


 頼もしい“声”を聴き、安心して大楯を構えるウィリアム。
 大楯を構えることが了承の合図なのだとブランドンは気付き、一言「頼んだぜ」とだけ口にする。


「――さぁ、反撃開始だ」

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