セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―

清弥

担う力は護る為

「――現れろ、ウィリクス!」


 紋章が光る左手をウィリアムは天高く伸ばし、叫ぶ。
 風が吹き荒れながら紋章の持ち主を囲み、それはやがて1つの形へ成ろうと変化し始めた。


 天に伸ばした左手が宿したのは大楯。
 ウィリアムの髪や瞳と同じ、緑色を主軸で彩られた風の守護を象徴する盾である。


「これが、『騎士』の力……!」


 禍族や魔族と真正面から戦える力を持ち、今までの人間の歴史を支え続けた『騎士』の力にウィリアムは驚きを隠せない。
 それほどまでに濃密な力だった。


(さぁ、我が宿り主よ。汝の力を持ってこの窮地、人々から護って見せろ)


 脳に直接伝わる低く渋い言葉にウィリアムは見惚れていた意識を取り戻すと、すぐさま周りを確認する。
 目の前にはエンテが居るが、今はその近くに居る『緑の騎士』であるウィリアムに禍族の注意は向いていた。


 全てが漆黒に染まる身体を宿しながらも、真逆の色を瞳に移す化け物はウィリアムへと視線を向ける。
 あまりに生命として在りえてはならない形状をした化け物の視線に穿たれ、恐怖に呑まれるのも仕方がない。


「……借りるぞ、エンテ」


 だが、ウィリアムは逃げることをしなかった。
 当然の如くウィリアムの中には恐怖が存在したが、最早それは彼の勇気を踏み潰す重りには成り得ないだろう。
 彼の勇気の出所は正に“恐怖”から湧き出ているのだから。


「護って見せる!」


 勇気を奮い立たせる為、弱気な心を吹き飛ばす為、心の底から自身が何よりしたかったことを叫ぶウィリアム。
 その言葉に反応したか否か、最もウィリアムに近かった禍族が目も追いつけぬ速度で不意に近づき、異様に長い手を『騎士』に振るう。
 普通ならばその速度に反応さえ出来ず、憐れ首を飛ばされていることだろう。


「……ッ!」


 それが“普通”ならば。
 世界に7人しかいない『騎士』に選ばれた青年が、普通であるはずがない。


 禍族が振るった漆黒の腕は、構えられた大楯に受け止められた。


(予想以上に重い!)


 踏み込みが甘かったせいかウィリアムは自身の体が浮き上がるのを感じ、慌てて地面を踏みしめ直す。
 ただ一度振るわれた腕を盾で防いだだけ。
 なのに、補強されているはずの床は簡単にはじけ飛び荒れた土を露わにした。


 人間では到底再現することが出来ない所業。
 それをいとも簡単にこなしてしまうのが、『禍族』と『騎士』だった。


「――――――ッ!!」
「おっも……!!」


 自身の攻撃を防がれたことに腹を立てたのだろう、禍族の攻撃が一気に激化する。
 何度も何度も先ほどよりも重い攻撃が行われ、その度に大楯は壊れてしまいそうな低い悲鳴を上げた。


 どれほど質の良い盾でも、これほどの攻撃を受ければ一瞬で破壊されるだろう。
 一重に『騎士』の力を具現化した盾だからこそ、耐える事が出来るのだ。
 というより、まず本来ならばマトモに訓練すらしていないウィリアムが盾で攻撃を受ける事すら無謀である。


「このままじゃッ!」
(安心せよ、我が盾は宿り主であるお主の心情によって創られたモノ。故にお前が挫けることが無ければこの盾は砕けることはない)


 確かにこのまま耐え続ければきっと町の被害を抑えることが出来るだろう。
 確かにこのまま耐え続ければきっと町の人たちを護ることは出来るだろう。
 ――けれど、このままならば町の人たちは救われない。


 ウィリアムが望んだのは人を護る力だ。
 同じ位に彼が選んだのは人を救う力だ。
 ――けれど、このままならば町の人たちは救われない。


「倒さ、ないと……」
(――――――)


 呟く言葉に、『緑の騎士』の力である彼は驚いたように押し黙る。
 意外だったのだろうかと、ウィリアムは振るわれる暴力に耐えながらも笑った。


(俺はアイツを倒したい。どうすれば良い?)
(……もし、挑んでお前が死ねば周りの人々は“護れなくなる”、良いのか?)


 それはつまり、挑んで負けて死ぬ可能性があるということ。
 当然だ、ウィリアムが持つ最強の護りを捨てるのと同じ意味なのだから。
 だから問われた問いに、『騎士』は微笑んで答える。


(死ぬのは怖いよ。でも――)


 人々の顔に笑顔が戻らないのなら、それは“護る”とは違う。
 人々を救ってこそ、初めて町の人たちを“護れた”となるのだ。


(――町の人を救えないのは、もっと怖い)


 ウィリアムの決心の言葉に、声はしばらく黙ると……大きくため息をつく。
 ため息が示すのは落胆なのか、憂鬱なのか、絶望なのか、期待外れなのか……はたまた“希望”なのか。


 けれどそれはウィリアムにとって重要ではない。
 分かったのだ、声が発したため息は“手伝う”という意志表示なのは確かなのだから。


(……禍族は幾つかの周期で強烈な攻撃を放っている。我がタイミングを知らせる、それに“完璧に”合わせて盾を全力で左上に振るえ)
「――了解!」


 勝ち筋が見えた。
 その事実はただ耐え続けるウィリアムの心に炎を灯す。
 護るのだと、救うのだと叫ぶ力が体の奥から湧き上がるのを声は感じた。


 どうしてだろうか、と声は思う。


 何故ここまでこの宿り主は希望を見い出し、瞳に光を宿すことが出来るのだろうか。
 『緑の騎士』を宿す彼の力はあくまで“護りの盾”であり、敵を倒すことを前提としていない。
 きっと誰もが耐えることを選ぶはずだ。


 何故ここまでこの宿り主の声に、行動に惹きつけられるのだろうか。
 彼が言うのは、彼が叫ぶのは“妄言”であり、普通では可能性が低く叶うはずもない祈り。
 きっと誰もが救うことを諦めるはずだ。


 なのに――


――どうして彼の瞳の輝きを見て、護れると思えるのだろうか。
 ――どうして彼の声と行動を感じ、救えると思えるのだろうか。


(今だッ!!)
「ッらぁ……!!」


 禍族の全力の一撃が来ると悟った声がそう叫んだ瞬間、ウィリアムは“全く同時に”両手で大楯を左上に振るう。
 今日初めて出逢い、今日初めて連携したのにその息は異常なほどピッタリだった。


 『騎士』の力で超強化された腕力によって振るわれた大楯は、振るわれた禍族の一撃でさえ利用して“禍族の体制を大きく崩す”。
 誰もが分かるほどに大きな隙。
 それを見逃さず、ウィリアムは振り上げた盾をそのままにジャンプし禍族の胸元まで迫ると、全力で大楯を振り下ろした。


「あああああぁッ!」
「Gar――――ッ!」


 大楯の先端部分が見事に禍族に命中し、深々と突き刺さる。
 凄まじい生命とは思えない程の絶叫を上げ、体を滅茶苦茶に振り回すが禍族は痛みから逃れる術を知らない。


 けれど巨大な身体を振り回すことは、それだけで脅威と成り得るものだ。
 実際、胸元までジャンプしたウィリアムは吹き飛ばされまいと必死に盾にしがみ付いている。


「ぐ、うぅ!」
(宿り主よ、思い浮かべろ!!)


 振り回され慣性に苦しむウィリアムに、声が響く。
 その声には明らかに焦りが在り、同時に“希望”が在った。


(我を、“風”を使えッ!我が力を宿すお主には、それが出来る!!)
「か、ぜ……」


 ウィリアムは声の言葉に頷くと、目を閉じる。
 体のあらゆる器官をシャットダウンし……とある場所に行き着いた。


 『騎士』が『騎士』たる力の根源。
 身体能力の超強化や、『騎士』が持つ武具の具現化を行う根本部分である。


(あぁ、見つけた)


 その中に、一際大きな“力”を感じた。
 いや、違う。
 力の根源を表す『緑の風』という名の“力”を感じたのだ。


 鮮やかな緑色で巻き起こる風を、ウィリアムはそっと包み込む。
 時に穏やかで生命を癒し、時に荒々しく生命を侵す。


 ならば、今ウィリアムが望むのは“荒々しい風”。
 人を救い、人を護る為に敵を打ち砕く“風”を望んだ。


 優しく包み込んだ風が、不意に荒々しく巻き起こりウィリアムの左腕を……否、ウィリアムが持つ大楯を包み込む。


 はっとウィリアムは意識を引き戻すと、必死にしがみ付く大楯を荒々しい風が巻き付いていた。


(そうだ。まだ扱いきれていないが初めてにしては完璧だ、我が宿り主よ。それを突き刺さっている大楯の先端部分に集中させ――)
「う、ぉおおおおッ!」


 大楯全てに巻き付く荒々しい風を、ウィリアムは操作し先端部分に掻き集める。
 両脚を禍族の胸元に着け体を出来る限り固定すると、両腕で大楯を必死に押し込み始めた。


「Gaaa――――!」


 痛みがいきなり増え、更に暴れ出す禍族に必死に抵抗しウィリアムは持ちうる限りの絶叫で言葉を放つ。


「――解き放てぇッ!!!!」


 まるで風船が割れるような音がして、一瞬にして禍族の体は木端微塵に砕け散る。
 真っ黒な肉片だけを当たり一面に咲かせて、呆気なく町を脅かした張本人は息を絶った。


「はぁっ、はぁっ……」


 弾け飛んだ風を制御できず、吹き飛ばされたウィリアムは尻を地面に落とし息を荒げる。
 初めての実戦で初めての禍族相手なのだ、そこまで動いていなくても息を荒げて当然だろう。
 しばらくして、ようやく息が整い始めたウィリアムは状況を理解し始めた。


「勝った、のか?」
(……あぁ、そうらしい。初陣にしてはあまりに博打が過ぎたが、まぁ良くやった、我が宿主よ)


 声の賞賛を聞き、ようやく禍族を倒したのだという実感が湧く。
 いつも力が足りず何もできず何も救えなかった自分が、町を救い護ったのだとウィリアムはようやく思い至った。


「は、はは……ははははははッ!」


 地面に背を預け燻る感情を吐きだすかのように、唐突に笑いだすウィリアム。
 恐怖、勇気、焦燥、義務感、責任感、緊迫感……その全てから今、ようやく解き放たれたのである。
 だからこそ――


「ははははははっ…………」
(宿主!?大丈夫かっ!)


 ――眠るように気を失っても、誰も責めることはないだろう。


 急に眠気が襲い掛かり意識を闇へ落とすその瞬間まで、頭には声がずっと響いていたのを、ウィリアムは覚えている。

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