セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―

清弥

そして始まりへ

「――いててて」
「本当に大丈夫か、ウィリアム?」


 あの後、誰も助けに入らなかった所を誰よりも先に入り込んだウィリアムと、男を撃退したエンタは女性に感謝され果物を幾つか貰った。
そして怪我を負ったウィリアムの治療の為、街に唯一存在する治療院へ向かって治療したのがここまでの流れである。


 氷で包んだ布を鳩尾にあてながら、ウィリアムは痛みと気持ち悪さに顔をしかめた。
 蹴られた場所が最悪にも鳩尾だったので、内臓が損傷している可能性があったため冷やす為に氷で包んだ布を貰ったのである。


「ったく。今度合ったら、アイツの口に手を突っ込んで歯をガタガタ言わせやる」
「止めろよ、俺もあの女性も結局軽傷で済んだんだし」


 傭兵というのは元々信用が命である為か性格が人情に深い傾向が強い。
 とはいってもその分一度印象が最悪になったのなら、また印象を良くするのにはかなりの努力が必要なのだが。


 エンタの中々怖い一言に驚き、ウィリアムは収めようとするが男への傭兵の息子の印象はかなり酷いものらしい。
 普段はウィリアムが制止したら止まるエンタなのだが、今回ばかりはウィリアムに反対した。


「逆だぞウィリアム。軽傷で済んだのは不幸中の幸いってだけだ。特にお前はもうちょっと当たり所が悪かったら内臓が破裂してたらしいじゃないか」
「うっ……」


 痛いところを突かれ、言葉に詰まるウィリアム。
 苦虫を噛み潰したような顔をする友人を見て、エンタは「お前さ」と溜め息をつく。


「なんでそんなにアイツを庇うんだよ」
「――――」


 本来ならばウィリアムは被害者の側だ。
 暴行を受けていた女性を助けようとしたのは、褒められはするものの批難はされないだろう。


 どの視点で考えても悪いのはあの男でしかないのに、何故ウィリアムがあの男を庇うのか。
 それがエンタには分からなかった。


「……だってさ」
「だって?」


 暗い顔に声を震わせ、ウィリアムはその理由を告げようと言葉を続け――


「俺が」


 ――直後、巨大な爆発が起きた。


「ッ!?」
「何が起きたッ!」


 言いかけた言葉を飲み込んで、ウィリアムはエンタと共に爆発音がした方へ顔を向ける。
 向けて、見たことを後悔した。


 それは悪だ。
 それは闇だ。
 それは死だ。


 全ての悪、全ての闇、全ての死を体現したような“黒”で曖昧に姿を為した怪物。


「……禍族マガゾク!!」


 人の形をしているようで、していない。
 人の形に似ているようで、似ていない。
 あれは最早、生物ですらないだろう。


 二足歩行で歩きながら、曖昧な境界線で輪郭を現す化け物。
 異様なほど手足が長く唯一、瞳と口だけが“白”で塗りつぶされていた。
 まるで怖い童話を聞かされた子供が、想像力を掻きたてて書き上げたような“ナニカ”。


 ――それが、禍族という存在だった。


「ウィリアム!」
「……!?」


 肩をエンタに揺さぶられウィリアムは意識を取り戻す。
 いつの間にかあの歪な造形を見て、考えることを止めてしまっていたようだった。


「俺は父さんの元へ戻って、禍族と戦う準備をしてくる。お前は周りの人を非難させろ、良いな!!」
「ちょ、まッ……!」


 手を伸ばすが遅い。
 ウィリアムには到底追いつけない速度で、エンタは走り出してしまった。
 空を掴む手をウィリアムは握りしめて大きく深呼吸をする。


(慌てるな、まだ禍族はこの周囲に居ない。とりあえず被害が拡大する前に避難させないと!)


 そう考えるウィリアムだが、その手は強く握りしめられすぎて血を流していた。


 判っている。
 分かっている。
 解かっている。
 自分がやるべきことを、自分が為すべきことを。


(それでも!)


 この惨劇を目の前にして自分に出来ることは、避難誘導だけなのか。
 結局、ウィリアムは現状を良くすることは出来ない。


「俺が……弱いから」


 弱いから現状を改善出来ない。
 弱いから人々を護れやしない。
 弱いから人々を救えやしない。


(まだ、禍族はこの周辺まで来ていない)


 禍族が突如現れたのは、爆発音的に街の端の方だ。
 中心部近くであるここに禍族が到着するには、まだ猶予は残されているだろう。


(……そこで、食い止められれば)


 そう。
 その為にエンタは戦場に行った。
 一対一でも戦うことが困難な禍族を相手に。


(助けなきゃ)


 気付けば、ウィリアムは避難誘導しろという言葉を置き去りにして走り出していた。








 その結果がこれだ。
 エンタの父親は無残にも殺され、エンタ自身も気を失い今にも殺されそうになっている。
 助けに走ったウィリアム自身も、まるで虫を払うかのように吹き飛ばされた。


 あの時、エンタの言う通りに避難誘導しておけばこんなことにはならなかったのに。


 ――どうして、こうなるのだろうか。


 心の底から青年は思っていた。
 目の前の現実を見て、それを受け入れられずただ思うことしかできない。


 ――どうして、ここまで残酷なのか。


 心の底から青年は泣いていた。
 覆しようのないその光景を、酷いと、あってはならないと泣くのである。


 ――どうして、これほどに弱いのか。


 心の底から青年は悔しがった。
 きっと強ければ、弱くなければより良い事実へと変えることが出来るというのに。


 青年は“どうして”と叫び続ける。
 だが、彼は…いやこの世界の住民全てはその答えを知っていた。


 ――判っている、何故こうなるのか。


 青年はゆっくり顔を上げる。
 まだ、受け入れられないからこそ行動するのだ。


 ――分かっている、何故残酷なのか。


 青年は右手で体を起こした。
 その非情な光景を覆したいのだと、叫ぶからもがくのである。


 ――解っている、何故俺が弱いのか。


 青年は空いた左腕を伸ばす。
 強くあろうとせず、ただ遠い理想を追い求めていた自分が悪かったのだと知ったから。


 だから、青年は心から願った。


 ――力が欲しい。
 ――全てを護れる力が。
 ――全てを救える力が。
 ――あの、“英雄のように”!!


 青年が手を伸ばす先に見えるのは、燃える街の中で化け物に殺されそうになっている友人。
 気絶しているのがせめてもの救いだろう、何故なら恐怖の中で死なずに済むのだから。


 けれど、それを青年は許したくなかった。
 助けたいと、救いたいと、護りたいと願ったのである。


 それはただの願いであり、“想い”ではない。
 故に青年にそれを叶えることは敵わず、憐れ目の前の化け物に青年の友人は殺される――


「力が欲しいか」


 ――“はず”だった。


 無力で、無知で、ただの一般庶民だった青年の叫びに、願いに答える“声”がある。
 無機質なその問いに、青年は全力で肯定した。


俺は、力が欲しい。


「何の為に」


目の前の友達を助けるため。


「どうして」


全ての人々を救いたいから。


「どんな、力が欲しい」


 全てを護れる、力が欲しい。


「良いだろう、存分に使え我が力」


 その声は無機質ながらも、少し感情が込められているように青年は思った。
 どんな感情なのだろう、と青年は無意識のうちに模索し…すぐに察する。


 これは祝福だ。
 これは喜びだ。
 これは慈愛だ。


 ――これは希望だ。


「我が力は風。汝が求むるは守護。故に汝に与えよう――」


 伸ばした左手の甲に、何かの紋章が輝いた後に突如として現れる。
 それは吹く風をイメージとした、盾の紋章だった。


「――『緑の騎士』の証を。汝の力である『風之守護ウィリクス』を」


 風が吹く。
 目も開けられないほどの強風。
 不意に現れた強者の気配に、目の前で友人を殺そうとした化け物がこちらに注意を向ける。


 その行動は無意識なものだろう。
 だが、それは生物の本能として何よりも“正しい”。


 何故なら――


「さぁ、叫べ。汝の力だ、存分に“護る”が良い」
「――現れろ、ウィリクス!」


――圧倒的強者だった化け物を、覆す存在が現れようとしているのだから。

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