セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―

清弥

始まり

 走る、走る、走る。
 走り続けている少年は、たった一つの場所を目指していた。


 地面を揺らすような轟音が奥から響く。
 その音の発生源こそ、ひたむきに走る少年の目的地なのである。


「助け、なきゃ」


 まるで物語で語られるような言葉を、走り続けたことによる息切れとともに吐き出した少年。
 体中からもう無理だと拒否反応が発生しているが、この周りの状況は少年に休むことを与えようとしない。


 再び、轟音。
 この音が鳴るたび、誰かが死んでいるのかもしれないのだと思うと少年にはどうしようもなかった。


(護らなきゃ)


 歯を噛み締めて顔を上げれば、そこには巨大な影が一つ存在している。
 実体があるのかどうか定かではない曖昧な構造体の塊によって、超巨大な人型が形成されていた。
 信じられないほどに現実味のない生物のようなナニカを、それでも少年は恐れず逃げずに睨みつけて走り出す。


 急がなければならない。


「がぁっ……!」
「ッ!」


 急がなければ、大切な友人を、その親を、無垢な街の人々を守れなくなる!


 ようやく現場に躍り出た少年が最初に目にしたのは、彼の友人が巨大な影の手に吹き飛ばされ家屋に突っ込んだところだった。
 頭が真っ白になる、こんなことが合ってはならないのだと本能が叫ぶ。
 気付けば少年は怒り心頭で安直に影へと真っ直ぐに突っ込んでいってしまった。


 傷ついた友人を助けるために怒りで敵へと突っ込んでいくその姿は、まるで物語の英雄そのもの。


「あぁああああああ!」
「――――――ッ!!」


 ――しかし、あまりに無力だった少年にとって英雄というのは荷が重すぎた。


 一薙ぎ。
 たったそれだけで少年は吹き飛ばされ、体のいたる所が切り裂かれて潰れてへし折られる。


 これが無力で無謀な少年の結末だ。
 勇気というには勝算のない戦いに挑み、いとも容易く負けてしまうという結末。


 当事者ならば、誰もが思うだろう。
 仕方がない。
 諦めた方が良い。
 無理だったのだと。


 あぁ、それでもこの少年は諦観に身を溺れさせることはしなかった。
 ただひたすらに抗い続けている。


 ――どうしてこうなるのか。
 ――どうしてここまで残酷なのか。
 ――どうしてこんなに弱いのか。


 何故、何故……と。
 崩れる家々とどこかで引火したのか燃える町を見て、朦朧とした意識の中で少年は自嘲した。
 「どうして」などという言葉は所詮逃げているだけなのだ、と。


 ――判っているし、分かっているし、解っている。
 ――何故こうなるのか、何故残酷なのか、何故……俺が弱いのか。


 結局的に言えばすべて自分が悪いのだと少年は思う。
 自分が弱くなければこんな被害を出さずに済んだのに、自分が弱くなければ友人を傷つけずに済んだのに、自分が弱くなければ彼の父親だって死なせなかったはずなのに。


 自分が強かったら、”彼女”も無駄死にせずに済んだはずだったのだ。


 故に少年は願う。


 ――何より強い力が欲しい。
 ――あらゆる人を救いたい。
 ――良い世の中を創りたい。
 ――大切な友人を助けたい。
 ――すべて自由を与えたい。
 ――誇れる人物になりたい。
 ――なにより、すべての人を護りたい。


 あまりに強欲でアホらしくなるような数多くの願い。
 多くを望む者に与えられるのは破滅のみであり、悲しきかな、巨大な影の腕が少年の上に降りかかり少年の命は消え失せる――


「すべてを護りたいか」


 ――はずだった。


 無力で、無謀で、ただの一般庶民だったはずの少年の願いに答える”声”がある。
 男性っぽく、しかして無機質なその声に少年は考える暇なく全力で肯定した。


 俺は力欲しい。


「力を持って何を為す」


 目の前の友人を、すべての人を、護る。


「なにゆえ力を望む」


 俺に力がないから、力が欲しい。


「どのような力を欲する」


 すべてを護れる、力が欲しい。


「良いだろう。汝の願い、汝の叫び……受け取った」


 その声は無機質ながらも少し感情が込められているように思えた。
 どんな感情なのだろう、と少年は無意識のうちに模索し……すぐに察する。


 これは祝福だ。
 これは喜びだ。
 これは慈愛だ。


 ――これは希望だ。


「我が力は風。汝求むるは守護。故に汝に与えよう」


 少年が無意識に伸ばした左手の甲に、何かの紋章が突如として眩い光を放って現れる。
 それは盾を中心として風が巻き起こる、風の盾の紋章だった。


「『緑の騎士』の証を。汝の力と成る『風之守護ウィリクス』を」


 風が吹く。
 穏やかなようで、何もを拒む絶対の風が。


「――――――ッ!」


 圧倒的な力に気がついたのだろう、巨大なる影は少年へとすべての注意を向けて近寄ってくる。
 この少年を前に今すぐ殺さなければならないのだと察したのだ。
 何故ならば――


「さぁ叫べ。汝の力、守護によって存分に”護る”が良い!」
「舞え、”風之守護ウィリクス”ッ!」


 ――すべてを護らんとする、英雄がそこに現れたのだから。








 セブンスナイツ。
 この世にはそう呼ばれる、それぞれ虹の七色を宿した七人の騎士たちがいた。
 彼らは人知を超えた力を持ち、普通の人間ならばマトモに歯向かえないような敵……禍族マガゾク魔族マゾクと対抗し続けている。


 そして今、長い間埋まることのなかった風を司る『緑の騎士』の席が埋まる。
 彼は一般庶民が故に無力で、無謀で、無茶苦茶。
 けれどその想いは、願いは誰よりも純粋で真っ直ぐで……何より正しかったのだ。


 彼の名はウィリアム。
 齢16歳にて『緑の騎士』となった、思想高き庶民である。


「護ってみせる!」


 紋章輝く左手に大楯を持った『騎士』の少年の戦いは、ここから始まる。


 これは一人の英雄に憧れた少年が本当の英雄となるまでの物語だ。

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