どやすべ

奥嶋光

⑧犯罪初夜

日が暮れた信濃川のほとりで僕は1人後悔していた、自暴自棄になっていたとはいえ何故あんな事を…。
不満だらけの日常を壊すつもりが、大それた事をできず怖くなって逃げただけ。逃げる事しかできず余計に追い詰められている。
誰にも正面から向かって行けず、自分より弱そうな女性を狙い、それすらも怖くなって未遂に終わる。
普通に考えて卑怯で最低な行為だ、全てが半端者の自分が情けない。僕は悪党にもなれず真面目に生きてく事もできないのか?
完全に見失い人生の迷子になっていた、やった事は後悔してるけどあの町には怖くて帰る気がしない。
決まった、今日はここに泊まって行こう。
僕は段々と日が暮れて行く小千谷を歩いた、そういえばさっき錦鯉の里の近くにビジネスホテルがあったな。
少し前の記憶を辿ると橋の袂にあるビジネスホテルに着いた、一人で旅行や宿泊予約などもした事ない僕はスマフォで料金などを調べてから入った。
フロントに聞いてみると空きがあるのでそのまま宿泊する事に、初めての体験してだったがフロントの人は慣れた様子で手続きをして鍵を渡してくれた。
エレベーターを上がり部屋に入る、狭い部屋だけど効率良い配置の部屋にだった。窓からはそばを流れる小さな川が見える、タバコの臭いが気になったので小さな窓を開けた。
んっ?全部開かない、くそっ ちょっとしか開かないようになっているのか。
僕はベットに腰を下ろすと今日は随分汗をかいたなと思い出した、部屋にある狭いシャワーを浴びる事にした。
心身共にカチコチになっていた気がするのでシャワーの温度は熱めにする。ああ気持ち良い、汗と共に邪念が流れていく気がした。
熱いシャワーをしばらく浴びるとだいぶほぐれて体が楽になってきた。体を拭きながら部屋に出ると涼しげな風が入り込んできた気持ちよかったけど、まだタバコの臭いが残っている。
部屋の時計を見ると7時半を回っていた、ちょうど飯時だ。僕は少し悩んだコンビニやスーパーで買ってきてこの部屋で食べるか、周辺のお店に食べに行くか。
純粋に旅行で来てる訳じゃないので外食するのを躊躇ったが、もうコンビニやスーパーのお弁当には飽き飽きしていた。
今に至るまで全てが中途半端だったからご飯位は冒険してみよう、外に出る事にした。
小千谷の街を歩くと風が涼しかった、ホテルの部屋はタバコ臭かったので尚更爽やかな風で空気が美味く感じた。
ビジネスホテルを出て10分程歩くと赤色の幌から黄色い灯りが漏れている、何処にでもありそうな町の中華屋だ。
昼間錦鯉を見たから赤に敏感に反応したのかもしれない。店の前には配達用のバイクがラフに置かれている、ここにしてみようかな。
どこか懐かしさを感じながら暖簾をくぐり扉を開けると人の良さそうな中年の夫婦でお店を切り盛りしていた。
15席位のお店には僕の他に作業着姿の男達3人と子供連れがいた。
「いらっしゃーい、何名様?」中華屋のお母さんに聞かれたので僕は「一人です。」と答える、「カウンターにどうぞー。」とカウンターに案内された。
僕は出された水を飲みながらメニューを見ると男達が食べていた酢豚が美味そうだったのでそれにする事にした。
中華屋のお母さんと目が合ったので「すみません、酢豚定食と餃子を下さい」と注文した。「あいよー 酢豚定食と餃子ね。」伝票に書きながら厨房に入ろうとする中華屋のお母さんを僕は呼び止めるように後ろから「ビールも下さい!」と言った、人生で初めてお酒の注文をした。
中華屋のお母さんは「はーい ビールね。生と瓶があるけどどっちにする?」と言う、僕は生の意味が分からなかったので瓶と答えた、実家でお父さんが瓶ビールを飲んでるのを思い出したのだ。
すぐに瓶ビールとコップを持ってきてくれるとなんと中華屋のお母さんはビールを注いでくれた。「はーい お疲れ様です、ゆっくりしてってね。」
人の優しさに触れて僕は嬉しかった、「ありがとうございます!」飲み慣れないビールを口に含むと苦くて口の中がピリピリした、普段僕は酒も煙草もやらない。
大人の階段を一歩登った気分に浸りながら注文したのを待つ。先に餃子が来た、程なくして酢豚定食もきた。
酢豚は黒酢のやつでパイナップルが入っていた。美味しくて箸が進んだ、僕はご飯をかきこんだ。
餃子、酢豚、ビールのトライアングルをしながら作業着姿の男達の会話に聞き耳を立てると仕事の話とか客の話とかで盛り上がっているようだった、時折大笑いをしながら。
僕にもあんな風に言い合える同僚がいたら良かったのに、こんな風にはならなかったのに、くそっ 何で僕だけ。
そう思い詰めると気分が落ち込んだけど、中華の美味さがそれをなだめてくれた。久しぶりに真心が入ったあったかいご飯を食べて満足だった。
完食して会計すると帰り際に中華屋のお母さんが「ありがとうございました、また来て下さいね。」と声をかけてくれた。
僕は嬉しい余韻にひたりながら外に出た、店を出るとあたりはすっかり暗くなっていて少し歩くと急に寂しくなった。
さっきの中華屋あったかい雰囲気の良いお店だったな、名残惜しさをかんじた。
今日の事もあり寂しい僕はこのままでは夜に勝てないと思い、コンビニに寄りお酒を買って部屋に戻る事にした。
缶酎ハイ2本とウィスキーの小瓶を買った、部屋に戻るとさっきよりはタバコの臭いがましになっていたが虫が入り込んでいた。
ベッドに大の字で寝転ぶと今日1日の事を振り返る、冷静に考えると怖い。僕はどうなるんだろう、警察に捕まるのかな?そうなら仕事もクビだな。
寮だって追い出される、けど一方では捕まらないのでは?と期待してしまう自分もいる。
自分が分からなくなる、だって証拠だって隠滅したし目撃者だっていないのだ。
耐えきれず僕は缶酎ハイを開けると飲み干した、喉が渇いていた。甘くて飲みやすい、ウィスキーはワイルドにラッパ飲みなんて怖いので部屋のコップに入れて舐めるように飲んだ。
かぁっと口の中、喉が熱くなった。僕には強すぎたようだ、自分が未成年だと再認識した。
おじいちゃん元気かな?しばらく会ってないけど錦鯉を見たので気になっていた。
スマフォを取り出して発信した、8回目のコールでおじいちゃんが出た。

おじいちゃん「もしもし?」
僕「おじいちゃん僕だよ、タカだよ。久しぶり。」
おじいちゃん「ああ、タカか。久しぶりだな元気か?」
僕「うん、元気だよ。」
おじいちゃん「そういや東京行ったって聞いたけど。」
僕「そうだよ。」
おじいちゃん「凄いな!偉いぞ、花の都大東京で働くなんて。」
僕はチクンと胸に刺さるものを感じながらも「まあね」と答えた。
僕「おじいちゃん、それよりね、今日錦鯉見てきたんだよ。錦鯉好きだったでしょ?」
おじいちゃん「ああ、好きだ。錦鯉は良いぞ。どこで見てきたんだ?」
僕「新潟県小千谷市にある、錦鯉の里って施設だよ。本当に凄かったんだ。」
おじいちゃん「休みだったのか?良かったな、今度帰ってきたら写真見せてくれな。」
僕「うん、動画沢山撮ったから今度遊びに行った時見せてあげるね。いつ行けるかは分からないけど。」
おじいちゃん「ああ、東京で忙しいだろうから、すぐじゃなくていいよ。落ち着いてからでな。あっ タカ、もう時期夏になるな。東京の夏は暑いって毎年ニュースでやってるからおまえも体に気をつけろよ。熱中症で倒れたりするなよ。」
僕「……………」優しい言葉をかけられて熱いものが込み上げてきて言葉が詰まった。
おじいちゃん「んっ?タカどうした?」
僕「何でもないよ、ありがとう。おじいちゃんも元気でいてね。また電話するから、じゃーね。」
そう言って通話を切った。目から涙が溢れた、僕の事を心配してくれる人がいるのに僕は何て事を…。今日1日の出来事を激しく後悔しながら嗚咽した。
実家の両親にも電話しようとしたけど、申し訳ない気持ちで出来なかった。親の声を聞いたら泣いて言葉にならないと思ったから。
涙を拭くとまた缶酎ハイを開けた、泣くと喉が乾く。
明かりを消してベッドに横たわると記憶が途切れた。


んーっ。寝てしまったのか、部屋の時計を見ると真夜中の3時だった。まだ窓の外は暗かった。寝不足が続いたのと女性に対する犯罪行為、お酒を飲んだ事で疲れ切っていたようだ。
中途半端な時間に起きたけど、よく寝れたようで頭はすっきりしていた。その頭で結論を出した、今日あの町に戻って出頭しよう。
あの女性に対して、自分の家族に対して僕は最低な行為で裏切ってしまった。自分の弱い部分に対しても逃げたくなかった。
そう決心すると僕はシャワーを浴びて身を清めた、薄いけど髭も剃った。
まだ朝方だ、アウトまで部屋にいよう。外に出る事で自分の決心を変えたくなかった。
しかしいざ出頭するとなると怖くてガタガタと震えがきた。両親、おじいちゃん含めた家族には怒られるだろうし苦しい思いをさせてしまうだろう。
逮捕されたらどうなるんだろう、厳しく取り調べとかされるのかな?僕はまだ19歳だから少年院に入るのか、そこから出れたとしてもこの先どう生きて行けば良いのか?僕なんかに務まる仕事はあるのか?
今までの人生の挫折から、思い詰めると寝れなくなった、窓の外は明るくなってきている。
色々考えていても今日という1日が押し寄せて来る。怖い、逃げない、怖い、逃げない。まだ自問自答を繰り返してしまう。
世の中が動き出す時間になると、僕は朝食を食べようと下に降りた、ビジネスホテルの小さなレストランでは500円で(地元食材をふんだんに使った栄養満点の朝食バイキング)をやっていた。
僕は今日これからの事を考えると栄養をつけておこうと思い食べる事にした。自由に食事できるのはしばらくないと思うし、ブタ箱の飯はクサイ飯っていうしな。
お腹いっぱい食べて部屋で休んだ後、僕はチェックアウトし小千谷の町を後にした。

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