異世界転移者はお尋ね者

ひとつめ帽子

天神と邪神

 そして俺達は部屋に戻る。
ベッドは一つ。
人数は三人。
ダブルベッドとは言え、三人が寝るには結構狭い。
これは…。

 俺は二人を見る。
 アーシェは顔を少し赤らめている。
シェリーは澄ました顔をしているので、正直何を考えているか読み辛い…。

「ベッドが一つのようですが…」

 俺はそう一言いうと、アーシェが口を開く。

「仕方ないでしょう。
部屋は相変わらずここしか空いていないっていう話しなんだから」

「せ、狭くありません?俺、床で寝ようか?」

「ダメ。アキトはさっきまでボロボロの状態だったんだから、しっかり休息もとらないと」

 そう言ってアーシェはベッドをポンポンと手で叩く。

「今日はもう寝ておいた方が良いわ。
あれだけの戦いをしたのだから、身体も休ませないと」

 その言葉にシェリーは頷き、ベッドへと向かう。

「アキト様。
お先にどうぞ。私は隣に」

 俺の心臓はまた高速で動き出す。
なんでこの二人は平気そうなんだっ!?

 そして左はアーシェ。右はシェリー。真ん中に俺という状態でベッドに入る。
俺は真ん中でガチゴチになり、天井を穴が開くのではないかという程ジッと見る。
そんな俺の左腕にアーシェはくっつき、俺の右腕にシェリーがくっつく。

「あの…アーシェさん?
俺、一応アーシェの恋人なので、こういう状態はまずいのでは?」

「ベッドが一つなのだから仕方ないわ。
それに、変な気を起こすのは私だけにしてね。アキト」

 そう言って俺をジッとみるアーシェ。
冷や汗がタラリと流れる。

「別に私は構いませんよ。それにしても綺麗な手をしているのですね、アキト様」

 そう言って俺の手をニギニギするシェリー。
まて…これはやばい…。

「シェリー。誘惑はしちゃだめだからね。
あくまでも今日は特別。
とにかく、今日は眠りましょう」

 そう言って俺の肩に顔をうずめるアーシェ。

「わかりました。今日のところは、これで満足しておきます」

 そう言ってギュっと俺の右腕を抱き寄せるシェリー。
しばらくしすると二人の寝息が聞こえる。

 寝れるか!
てか俺は抱き枕かっ!

 左腕にはアーシェのふくよかな双丘が押し付けられている。
右腕には細いシェリーの腕が絡まり、頬を摺り寄せている。
状況だけはかなり美味しい展開のはずなのに、個人的にはアーシェだけを見ておきたいところ。
しかしシェリーにも確かに反応している自分に恥じる。
だって、オトコノコだもの…。
とは言え、ぐっすり眠っている二人を見ると安心する俺もいた。
炎龍との戦いでは、二人とも大きな怪我もしていたはずだろう。
回復魔法か、自然治癒かはわからないが、今はどちらも綺麗な肌をしている。
凄いもんだな、と改めて思う。

 とりあえず、この状況に飲まれると息子が暴走しそうなので、別の事を考える事にする。

 メーティス、いるか?

『はい。両手に花、というやつですね、マスター』

 冷静にこの状況を表すメーティス。
そういうのいいから。

 聞きたい。
まず、お前は自分を神って言ったな?
なんで神様が俺達に力を貸す?

『…ここで答えを出すのは少し早すぎる気もしますが…。
ただ、私が力を貸したのではなく、マスターが私を呼んだのです』

 俺が呼んだ?メーティスを読んだ覚えはないんだが。

『私、というよりも、力を呼び込んだのです。
力を欲した、望んだ、と言っても構いません。
そして、マスターには適正があった。
だから私がマスターに仕える事になったのです』

 うーん、とりあえず俺が呼んだとして、メーティスは同じような神が他にも存在している事を知っていたんだよな?

『そうですね。天眼とは神…天神の力をもたらすモノです。
私以外の天神の事も多少は知っています。
いわば同僚のようなものですから』

 そして、その力は転移者だけじゃなく、この世界にずっと暮らしてる人にも宿る事があるんだよな?
アーシェは転移者じゃないが、勇者に目覚めたんだろう?

『そのようですね。
転移者が特別にその力を持つ、という事ではないようです。
卵を持っているかどうか、というのが関係しているのでしょう』

 まだ孵化するまではどんな力が目覚めるのかは、メーティスにもわからなかったのか?

『その通りです。開眼した後の天眼であれば、どの天神かを特定できますが』

 魔将が開眼する魔眼については知らない、って事だな?

『はい。魔眼は神は神でも、邪神の力です。邪神については私も存じ上げませんので、解析が必要になります』

 天神と邪神…。
その違いは何だ?

『大きく違うのは天界にいるか、魔界にいるか、という存在する場所の違いでしょうか。
もう一つは思想の違いもあるかと。
邪神の方が天神に比べより破壊的で無慈悲ですから』

 …なぁ、天神にとって、邪神は何だ?敵か?

『敵、という見方はしませんが、相反する存在である事は事実です。
理解し合えるとは思えません』

 少しづつ…わかってきた気がする。
一応確認だが、お前等神様は、俺達の身体を器として戦争してる訳じゃあないよな?

『むしろそれは…………いえ、言葉が過ぎました。
その質問の答えは、いずれマスターがその目で確かめるモノかと』

 今の反応で少し掴めたぞ。
だが、わかった。
この世界の歴史ってのに興味が湧いた。
きっとそこに転移者の秘密も隠されているんだろ?

『…そうかもしれません、ね』

 お前、本当はもっと色々知ってるのに、あえて話さない所があるんじゃないか?

『私の言葉でマスターの生き方を誘導してしまうような事は避けたいのです。
マスターの行く道は、マスター自身が決めるべきです。
ご自身の目で、耳で、この世界と向き合う事を推奨します』

 …了解したよ。
色々話してくれてありがとな。

『いえ…。ちなみに、一つ聞いてもよろしいですか?』

 なんだ?

『据え膳食わぬは男の恥、という言葉がマスターの知識から見つかりました。
この状況は違うのですか?』

 違ぇよ、人の頭の中を勝手に漁るな。ちょっと黙ってろ。

 強制的に叡眼を閉じる。
まったく、メーティスがだんだん調子に乗ってきてるぞ、アイツ。

 ふと、横を見ると、目の前にアーシェの顔がある。
間近にいるせいか、アーシェの優しい香りが鼻をくすぐる。
視線はついつい唇へと向いてしまう。
小さく寝息をたてるその唇は小さく、ピンク色をしている。
その唇に目が釘付けになる。

 ダっ…ダメだダメだっ、寝てる所をとか、そういうのは良くない…。
俺は慌てて天井を見る。
俺にとってはファーストキスだ。
アーシェにとってはどうかは知らないが…いや、そうであると嬉しいが、寝ている時に奪うものではないはずだ。
そんな事を考えていると少しだけ右腕を抱きしめる力が少し強くなった気がした。
俺はゆっくりとシェリーを見るが…寝ているようだ。

 俺は目を閉じて深呼吸する。
はたして、この状況で何もしないのは、メーティスの言うように据え膳食わねば男の恥、って奴なのか?
つってもな…俺はそんなに女慣れしていないのだ…。
この状況そのものが、童貞の俺には刺激が強すぎるというモノ。
大人の階段はゆっくり上がらせてもらいたいものである。
こっちにいる女性は随分積極的で、童貞をこじらせてる俺にはついていけません…。
 困ったような顔をして、俺は無心になるように目を閉じ続けていると、いつの間にか眠ってしまった。



 チュ…っ。
ん…今…頬に何か…?
俺が目を開いて、頬に手を当てようとすると、誰かの顔に触れる。
それはシェリーの顔。

「おはようございます。アキト様…」

 そう言って挨拶をするシェリー。
い…今…お、俺のほっぺたに…ほっぺに…。

「今…俺の頬に…?」

 俺は目をパチクリしながらシェリーにしどろもどろになって尋ねる。
シェリーは「ふふっ」と笑って人差し指を唇の前にもっていき、そっと離れる。
一気に目が覚めたわっ!

「本当は唇を奪いたかったのですが、流石にそれは止めておきます。
今は…これで我慢しておきます」

 俺は顔を赤くしながら、シェリーに伝える。

「あのさ、俺はアーシェと付き合って…」

「ええ、知っていますよ」

 シェリーは俺の言葉を遮り、そう言って背を向ける。

「わかっています。
けれど、私を傍において頂けるんでしょう?
お慕いする殿方が目の前にいるのに、何もさせない、なんて意地悪をアキト様はお望みですか?」

 えっと…その…。
俺が返事に困っていると、シェリーは俺に振り向き、優しく微笑む。

「心配なさらずとも、アリシエ様は私の気持ちも知っておりますよ。
そして、私は私で好意を示すという事も明言しております。
あとはアキト様次第ですね」

 そう言って部屋から出ていく。
見た目は14歳の幼い女の子だが、その振る舞いは妖艶な女性であった。
そして後ろからムクリっと起き上がるアーシェ。

「お、おはよう…アーシェ」

 俺は少しどもりながら挨拶をする。
アーシェはあくびをして目を擦りながら「おはよぅ、アキト」と返事をする。

「ん…なんだか顔が赤いわ。アキト。
…むっ!さてはシェリーに何かされたわねっ!」

 そう言って俺を押し倒すアーシェ。

「ま、待てっ!そ、そんな、何があったとかじゃ…」

「まったく、油断も隙もないんだからっ!」

 そう言って俺をジッと見つめるアーシェ。

「…もしかして…キスとかしてないよね…?」

 ギクリッと俺は反応する。
潤んだ瞳で俺を見つめるアーシェ。

「く…唇は…無事です…頬に…被弾しました…」

 俺は震えながら口にする。
むーっ、と唸るアーシェ。
そしてソッとアーシェの顔が近付く。
俺の顔にアーシェの柔らかく艶やかな髪が触れて、俺の唇が奪われる。
俺は目を見開く。

 ッチュ…と唇が離れる。

「ここは私だけのモノ…。
わかった…?」

 そう言って潤んだ瞳で俺を見てくる。
俺は真っ赤な顔をして頷く。

「それならよし」

 そう言ってアーシェは離れ、何事もなかったように立ち上がる。
俺も身体をゆっくり起こし、自分の唇に触れる。

 口づけを…してしまった…っ!
初めて…女の人と…。
正直頭が混乱して良く思い出せない。
くそ、緊張し過ぎだぞ、俺…今の感動をよく思い出すんだっ!
一人で悶々している俺の手をアーシェが引く。

「さぁ、ご飯に行きましょ、アキトっ!」

 その顔は眩しいくらいに良い笑顔だった。
そしてその頬は、ほんのり赤かった。

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