異世界転移者はお尋ね者

ひとつめ帽子

始まりの転移者

「それで、今後なんだけど、どうするか」

 俺はアーシェに尋ねる。

「もう行先も何も無くなっちまったし。
そもそも、俺達は大きな街に入ると結界石が反応して街全体が大騒ぎになるんだろう?
だから街には入れない」

「そうね。
だからと言って、クリステリアの目と鼻の先にあるこのカーソン村に居続けるのも難しいわ。
聖騎士達もこの場所は利用する。
炎龍討伐には彼等も協力してくれたけれど、次も見逃してくれるとは思えない。
申し訳ないけれど、私も元同僚の皆と戦いたくはないの」

 俺は腕を組んで悩む。
どうする…?
とは言え、まず生活できる場所を探さなければ。

「どこか、人里離れたところで暮らす…?
うーん、都会っ子の俺には難易度高いわ…」

「…一つ、考えがあるの」

 うん?考え?

「なんだ?何か良い場所があるのか?」

 アーシェは少し悩んで、頷く。

「良い場所、と言えるかはわからない。
けれど、今の私達はこの周辺の人達からは脅威とみなされていてもおかしくない。
だからまずここから遠く離れる事。
そして、出来るだけ聖騎士達とは関わりがない場所。
それに思い当たる場所が一つあるの。
‟迷いの森”のどこかにある、エルフの里。
そこは聖騎士はおろか、誰も見つけ出す事の出来ない場所。
でもそこに、転移者がいる、という噂を耳にした事があるの」

 エルフときたぞ。やっぱりいるのな。
やはり、エールダイトの街中を爆走していた時に見かけた長耳のお姉さんとかはエルフだったのか。

「でも、誰も見つけ出す事が出来ないのなら、辿り着けないんじゃ?」

 俺がそういうと、アーシェが俺を指差す。


「アキトには生体感知があるでしょう。しかもとびっきりの高性能の。
それがあれば、探し出す事もできるかもしれない」

「なるほど、その手があったか。
でも、俺達を受け容れてくれるかね?」

「エルフは基本的に気性の荒い者達ではないわ。
温厚で、思慮深い。
けれど、その美貌から人攫いの被害によくあっているの。
だから人里から離れ、迷いの森に隠れた、と言われているわ。
そう考えると、人間を嫌悪している可能性は否定しきれない」

 雲行き怪しくね?大丈夫かなぁ。
俺が不安そうな顔をするが、アーシェは続ける。

「話しを全く聞かない訳でもないはず。
それに、行くだけの価値はあるかもしれない。
そこには転移者がいる、というのはただの噂だけではなさそうなの。
エルフの里出身のエルフもまた同じ証言をしてたわ。
その転移者がエルフの里を守り続ける限り、あの里には誰も近づけないだろう、って」

「え?転移者の情報を漏らしてたの?そのエルフ」

 俺は驚くが、アーシェが口に片手を当てて少し悩む。
そして口を開く。

「私も半信半疑なのだけれど、そこにいる転移者は伝説の英雄の一人らしいの。
400年前、‟始まりの転移者の一人”にして、勇者が連れていた英雄の一人。
‟賢者ルシア”。
昔話にも出てくるその人が、エルフの里を守ってる、と言われているの」




 俺達は宿屋に戻ってくる。
シェリーは既に戻り、夕食の準備を手伝っていた。
流石メイド、こういうの様になっている。

 村娘は「助かりますぅ」と言ってシェリーに微笑む。
シェリーも「私達をタダで泊めてもらったので、これくらいは…」と言う。

「え、タダで泊めてもらえたの?」

 村娘は「もちろんです」と胸を張る。

「炎龍がクリステリアに向かったのは目撃しました。
それを討伐した、と聞きましたよ。
そんな英雄の皆様を無下になんて扱えません!
それに、聖騎士様のお連れ様は随分ボロボロで眠りこけていましたし。
今晩だけは、タダです」

 おぉ、意外に気前が良いじゃないか。
「ありがとな」と俺は礼を言う。

「いえいえ、ではではお食事の用意も出来ましたので、ごゆっくり!」

 村娘はそう言って食堂を後にする。
そこにはパンとコーンスープ、サラダ、魚の蒸し焼きが並んでいた。
そういえば一昨日の朝からまともなもの食べてなかった。
一気にお腹が鳴りだす。
…いや、どうやらそれは俺のではなく、隣のアーシェだった。
お前…とりあえずその涎を拭け。
俺はアーシェを見て、「口から垂れてんぞ」と指でジェスチャーする。
それを見たアーシェは顔を真っ赤にして口元を拭いて席に着く。
シェリーも席に着き、俺も座る。
隣にアーシェ。
正面にシェリー。
俺とアーシェは手を合わせる。
シェリーはそんな俺達を不思議そうにみる?

「なんですか、それは?」

「食事の前の挨拶だ。
いただきます、って言って食事できる事、そして食事を用意してくれた人達に感謝するんだよ。
シェリーも一緒にやるか?

 俺はそう聞くと、シェリーは頷いて手を合わせる。
そして同時に「いただきます」と言って食事を始めた。



「それにしても、シェリーっていくつなんだ?
まだ中学生…いや、13歳とかそんくらいじゃないか?」

 俺はずっと疑問だった事を口にする。
シェリーはそんな俺に答える。

「肉体年齢的には14歳…なのでしょう。
そこで私の成長は止まっています。
実年齢は24。今年で25です」

 俺は思わず含んだ水を噴き出しそうになった。

「25!?俺よりずっと上じゃねぇか!」

 まさかのお姉さんである。
しかし、この見た目で25歳とはどういう事だ?

「アキト様。レディーに年齢を尋ねるのは少々マナーを疑いますが、けれど、その疑問があるのも理解できます。アキト様はこの世界に来てからそれほど経っていないのでしょう?」

 シェリーは一言俺に釘を刺して続ける。

「私達転移者は、この世界を訪れた年齢で身体はそれ以上歳をとりません。
不老、という事です」

「え、マジで言ってるの?」

「真面目に、言っています」

 シェリーは真顔で答える。
俺はアーシェを見ると、アーシェも頷く。

「その通りよ。
何百年も生きている転移者がいるのはそういう事。
あの炎龍を呼び出したリドラもそうよ。
彼女も400年前の‟始まりの転移者の一人”だから、400年もの間、ずっと生き続けている」

 400年…そういえば、エルフの里にいる賢者ルシアってのも400年生きてるんだっけか?

「その‟始まりの転移者”ってのは何なんだ?
言葉からして、どうやら初めてこの世界に転移した存在っぽいけど」

 その疑問にはシェリーが答える。

「‟始まりの転移者”はこの世界に初めて転移した存在、という事ではありません。
この世界に名を残すほどの偉業。
即ち初めて魔王を討ち倒した者を‟始まりの転移者”と呼ばれています」

「偉業…あれ、リドラって奴は悪い転移者じゃないのか?」

 その疑問にアーシェとシェリーは顔を見合わせる。
そして困ったような顔をして、アーシェが答える。

「確かに、彼女は今でこそ世界の脅威としてみなされているし、彼女が従えている龍達は世界中で災厄をまき散らしている。
けれど、彼女もかつて魔王を討ち倒す英雄の一人だったの。
それから時が経ち、いつしか人間に仇名す存在となってしまった。
アキトの事を考えると、もしかしたら何か人間が彼女に対して悪意をぶつけた可能性もあるかもしれないわ」

 詳しくはわからないけれどね、とアーシェは言う。
ふむ…そういえば炎龍倒しちゃったけど、そのリドラって怒ってやってくる、とかあるのかな?
まぁ心配しても仕方ないか。

「そもそもその魔王ってのは何なんだ?
俺の世界にもゲームでよく登場するし、俺…魔王の卵持ってるから他人事じゃないんだけど」

 その言葉を聞くとシェリーとアーシェの手が止まる。
そして目を見開いて二人して俺を見る。

「今…何の卵を持っているって言ったの?アキト…」

「え…?魔王の卵、俺持ってるけど」

 アーシェが俺の肩をガシッと掴んでものすごい形相で俺を見る。

「良い…?アキト。
その事は絶対に口にしないで。
シェリーも、この事だけは他言しないように。
私も…これはここだけの秘密にする。
でも、アキト。その卵だけは孵化させてはダメ。
絶対に…」

 そう言って懇願するような目をするアーシェ。

「わ、わかったよ。
でも、その…それがあるとそんなにヤバいのか?」

「魔王とは…」

 シェリーが静かに口を開く。

「この世界を滅ぼせるほどの力を持つ者であり、その意志を持つ者の存在。
世界に恐怖を撒き散らし、死を振り撒き、その地を地獄に変える存在。
悪を統べる王であり、この地に魔界を作りだす王でもあります。
その力を持つ者だけが、その可能性を持つ者だけが、魔王の卵を持つのです。
その卵を有する者は幾人かは確認されていますが、いずれも孵化する前にこの世を去っています。
けれど、その卵を孵化させる事が出来た者が二人…。
400年前に討ち倒された魔王ジン。
そして、今も尚魔界領に君臨する現魔王…ゼノヴァ。
人類の敵であり、勇者の天敵です」

 アーシェはシェリーの話しが終わると、俺を真剣な目で見て続ける。

「私は勇者の卵を孵化させたわ。アキト。
だから、あなたがもしもそれを孵化させれば…」

 俺はゴクリッと生唾を飲み込む。
つまり…それは…。



「勇者と魔王は戦う事になる。
運命は、絶対にそれを捻じ曲げたりはしない」

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