異世界転移者はお尋ね者

ひとつめ帽子

月夜の林道

 目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
あれ、ここは何処だ?
ムクリっと起き上がる。

 ここは…見覚えがある。
このモダンなテーブルとイスは見覚えがある。
装飾のついた衣装箪笥もだ。
ここは、カーソン村の宿屋か?
部屋には誰もいない。
すでに日は沈み、外は暗いが、満月の明かりが暗闇を照らしている。
部屋を出るが、誰もおらず、一階に降りると受付の村娘が俺を見る。

「あ、起きたんですねっ!
随分とお疲れのようでしたが、大丈夫ですか?
それにしても、お姫様抱っこされてるのが男の方ってのはどうなんでしょうねぇ」

 とニヤニヤして言ってくる。
なぬ、俺はお姫様抱っこされてたの!?
誰だ…って、たぶんアーシェだな。
シェリーの可能性もあるが、あの細腕で俺を抱き上げるのは想像したくない。
いや、アーシェも十分細いのだが…。
騎士だからね、力あるし。

「アーシェは…どこに?」

 村娘に問いかける。

「聖騎士様ですか?先ほどメイドさんと共に外に出掛けられましたよ。
少し顔を洗ってくるそうです」

 そうか。二人とも無事だったんだな。
って事は無事にあの炎龍を倒したのか、俺達は。
なんか最後の方の意識は朧だから、よく覚えていないな。
その辺の話も聞きたいし、後を追うか。

 俺はランプを借りると、外に出る。
気温も下がり、少し肌寒い。
林道を抜け、あの泉までやってくる。
そこに二人は何やら話しながら笑っていた。
いつの間にこの二人仲良くなったんだ?
俺の接近に先に気付いたのはシェリー。
俺を見ると顔を輝かせて近付いてくる。

「目を覚ましたのですねっ。
一時はどうなる事かと思いました」

 そう言って本当に良かった。と胸を撫で下ろす。

「ホントにね。
アキトはいつも無茶ばっかりするんだから。
今回なんて死にかけたんじゃなくて、一度死んじゃってるんだよ?
私がいなかったらそのまま天国行っちゃってたんだから!」

「え、俺死んだの!?」

 アーシェがプリプリ怒りながら言ってくる内容に驚く。
てか、アーシャは蘇りまで出来るようになったのか。
やばいな。

「それはそれは、お世話になりました」

 俺はお辞儀する。
若干ぎこちない。

「まったく、本当にそう思ってるのかしら!」

 アーシェは腕を組んで俺に言う。
でも、そんなに本気で怒ってるわけでもなさそうだ。
俺は顔を上げる。
すると、アーシェは目を潤ませる。

「本当に…もう無茶ばっかりして…。
もう、そんな事しないでね…」

 そう言って俺に抱き着いてくる。
いきなりの出来事に俺は顔を赤くする。

「あ、いや…その…必死だったから、俺も最後はよく覚えてないんだけどさ。
今度からは無茶し過ぎないようにするよ」

 めちゃくちゃ動揺してどもりながら俺は言う。
その言葉にアーシェは上目遣いで俺を見て「約束だよ?」と言う。

「アリシエ様。抜け駆けですか」

 シェリーがジト目でアーシェを見る。

「え?そ、そんな事ないわ。
別にこれくらい、ね?それに、私達はシェリーより長く一緒にいるんだからこれくらい普通よっ」

 と言って「そうでしょ?」と俺を見てくるアーシェ。
そ、そうなのか?わ、わからん。
てか、長くって程長い付き合いでもないのだが。

「とにかく、アキト。
話しがあります」

 そう言ってアーシェは俺から一歩離れ、真っ直ぐ見つめる。

「アリシエ様、抜け駆けですか?」

 再度シェリーがジト目で見てくる。

「違うってばっ。
前にこの場所で伝えたかった事、聞きたかった事の続きっ。
だから抜け駆けじゃありません」

 シェリーは溜息をつき、「わかりました。ここは譲りましょう。仕方ありません」と言って目を閉じてから、もう一度俺を見つめる。

「アキト様。
私はどのような事があっても、あなたの傍にいても構いませんか?
それだけ聞かせて下さい」

 ど、どういう質問なんだ?

「ど、どのようなって…別に、傍にいるのは構わないが…」

「そうですか、約束ですよ」

 そう言ってシェリーは微笑み、俺達に背を向けた。

「私は先に戻っています。
ごゆっくり」

 そう告げるとシェリーは歩き出す。
な、なんだったんだ?
質問の意図も何もわからんっ。

「アキト」

 混乱している俺をアーシェが呼び、俺はアーシェを見る。
上目遣いで俺を見つめてくる。

「あの…ね。
私、前にここで聞こうとした言葉があったでしょう?覚えてる?」

 前に…えっと…あっ、あの凄く重要な事を言いそうな雰囲気だったのに止めた時の事か!

「お、覚えてる」

「あの時のことを、もう一度しっかり聞きたいの」

 アーシェは目を閉じて両手を合わせて握りしめる。

「私は、アキトがクリステリアで捕まって、離れ離れになってとっても寂しかった。
あなたが傍にいない事が、本当に心細かった。
ほんの数日しかアキトと過ごしてないけれど、その数日で私はあなたに随分支えられた。
あなたと出会ったあの日、全てを失ってしまった私を、あなたが支えてくれた」

「そ、そんな大した事してないだろ?
大袈裟だって」

 俺はそう言ったが、アーシェは首を振る。

「大袈裟じゃないわ。
それくらい、アキトには感謝してもしきれない。
そんなあたなをクリステリアに連れていって、酷い目に合わせてしまった。
まずその事を謝らせて。
本当に、ごめんなさい…。
許してくれないかもしれないけれど…本当に、ごめんなさい…」

 そう言ってアーシェは深く頭を下げた。

「アーシェが悪い訳じゃないだろう。
それに、あそこに行く事を最後に決めたのは俺自身だ。
アーシェが自分を責めるのは筋違いだよ」

「それでも、謝りたいの。
でも、あなたがこうして今、目の前にいてくれる事は本当に感謝してる。
もう二度と会えないとも思ったし、あなたを失ってしまうかもしれないとも思った」

 だからね、とアーシェは続ける。

「あなたに…アキトに、聞きたい事があるの…。
聞かずに、あなたを失う事が、もう怖くて仕方ないから。
聞かして欲しい」

 俺はゴクリッと生唾を飲む。
こ、これは…もしや…。

「アキト…私は、あなたの事を…」

「ちょっとたんまっ!!」

 俺は両手を突き出して、ストップをかける。
その行動にアーシェは「え?」と驚いて目を見開く。

「えっと…その前に、だ。
俺、アーシェに言いたい事がある。
それを聞いてほしい」

 俺は自分の心臓がバクバクと早まるのを感じながらそう言う。
人生でここまで緊張した事はない。
目の前には目を潤ませながら俺を見つめる美少女。
でも、俺はこれを伝えると決めていた。
先に言われてしまうのは、良くない。
俺の中の勝手なルールだし、ひょっとしたら検討違いの先走りかもしれないが、まずは俺が言いたい。
 アーシェは俺の言葉に黙って頷く。

「アーシェ…俺と、付き合って下さいっ!!」

 俺は片手を突き出して、頭を思いっきり下げる。
しばしの沈黙。
まだ答えは無い…。
そーっと俺は顔を上げるとポカンッと口を開けているアーシェ。

「え…っと…それは、アキトの世界での告白の儀式かなにか…?」

 え?儀式?どういう事だ。
これは誰もが通る道じゃないのかっ!
みんなこういう事してるんじゃないの!?
俺はうろたえて下げた頭を上げる。

「え、えっと…なんというか、儀式かは知らないけど、一応愛の告白なんですが…真面目に…」

 俺はしどろもどろに言う。
そんな俺の姿を見てアーシェは噴き出す。
クスクスと笑って、俺をもう一度見つめて言う。

「あのね、アキト。
女の子はもっと、ストレートな言い方の方が嬉しいと思うんだけど?」

 ス、ストレート?
それってどういう…。

「アキトは、私の事をどう思ってるの?」

 アーシェはとても優しく微笑んで、俺にそう言った。
ああ、なるほど。
そういう事か。

「アーシェ。
俺は、お前の事が好きだ。
心の底から、君が好きだ」

「うん。私もアキトの事が好き。
きっとこれからも、あなた以上に好きになる人はいない。
世界中の誰よりも、あなたが好き」

 そうアーシェは答えてくてくれた。
満月の明かりに照らされた俺達は、その日、この瞬間に恋人となった。
俺達二人は、この日の事を、この夜の事を、ずっと忘れる事はない。
ずっと、ずっと…。









 ここまで読んでくれた皆様に本当に深い感謝を。

 これにて『第二章 聖都の闇』は終わりです。
第二章は結構暗い話になっちゃいましたね。
こういうのが嫌いな人には申し訳ないです。
では、次は『第三章 迷宮を超えて』でお会いしましょう。



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