異世界転移者はお尋ね者
アリシエ・オルレアン ④
アーシェは虚ろな目をして道を一人で歩く。
キリエスには「一人になりたいの」と言って別れた。
考えるのはアキトのこと。
短いが、確かに過ごしたその日々の思い出。
私にとっては何もかもが掛け替えのない思い出だった。
それが今は色褪せ始めている。
アキトは私を魅了していたのか?
わからない。
操られていた感覚はない。
けれど、アキトといると冷静でない自分は確かにいた。
そこは間違いない。
それは、魅了による力のせいなのだろうか。
それとも…。
「アーシェ?アーシェじゃない!」
急に名を呼ばれ、こちらに駆け寄ってくる少女がいた。
そして私に抱き付いてくる。
「良かった…。
エールダイトが壊滅したって聞いて、アーシェもダメなのかとばかり…無事だったのね」
「エミリー…久しぶりね」
彼女の名はエミリー・クラウン。
聖魔導師のローブを纏い、茶色の髪をストレートに伸ばしてメガネをかけた可愛らしい女の子。
こんな可愛らしい容姿ではあるが、魔導師としての実力は本物だ。
魔力という点だけなら私よりも上である。
「アーシェ…元気が無いのも無理はないわ。
あんな事があったんですもの。
心からお悔やみを…」
エミリーは目を潤ませながらそう言う。
「いいえ、いつまでも落ち込んでいられないわ。
それに、今は…」
そう、今は、それよりも…。
私はハッとする。
そしてエミリーの肩を掴んで言う。
「…エミリー、あなた、確か解呪の魔法が使えたわよね?」
急に血相を変えるアーシェに驚くエミリーだが、「う、うん、使えるよ?」と答える。
そうだ、解呪。
その身にかけられた呪いや魔法を取り除く力。
その魔法ならば、もし魅了がかかっていたら取り除かれる。
そして私の心情に変化があれば…私が魅了されていた事が確定する。
「エミリー、私に解呪をかけてもらえる?」
そう言うとエミリーは目を丸くする。
「え?アーシェどうしたの!?
何か呪いでもかけられたの!?」
エミリーは驚いてそう言うが、私は首を振る。
「呪い…ではないけれど、何かの術を受けてる可能性があるの。
だから、お願い」
そう言うと、エミリーは短く「わかった」、と答えてローブから短い杖を取り出す。
「“この者が受けた魔の力を取り除きたまえ。ディス・カーティオ”ッ」
私は目を閉じる。
何も変化はないようだが、魔法は発動したのだろうか?
ゆっくり目を開くと、エミリーが不思議そうな顔をする。
「あ、あの、アーシェ?
失敗しちゃったんだけど…」
「え、失敗?」
私は聞き返す。
するとエミリーは首をひねりながら答える。
「失敗、というか、魔法が発動しなかったわ。
つまり、アーシェの身には何もかかってなかったって事。
もぅ、ビックリさせないでよー」
そう言ってエミリーはホッとした顔をする。
しかし、私の顔色は優れない。
その顔を見てエミリーが心配そうに「アーシェ?大丈夫?」と聞いてくる。
どういう事だ。
私の身には何も魔の力は働いていなかった。
つまり、魅了はされていない。
では、なぜキリエスは私に魅了を受けている、などと言ったのだ?
なぜだ。
それはアキトをあそこから出す事を諦めさせる為では?
つまり、アキトに近づかせないための尤もらしい理由をでっち上げたのだ。
アキトに魅了の力があるかはわからない。
しかし、スキルの効果を利用して、私に嘘をついた。
そして嘘をつくのには何か、理由がある。
何かを隠している。
私はそこまで考えると、エミリーに「ありがとう、エミリー」と礼を言ってその場を離れる。
「ア、アーシェ?
何処にいくの?なんだか様子が変だし、私も行こうか?」
「いいえ、私一人で大丈夫。
世話になったわね。
また今度、お茶でもしましょう?」
私は振り返り微笑んでそう言った。
そして、再び前を向く。
きっと、私の顔は随分冷たい顔をしているだろう。
そして歩き出す。
その拳に力を込めて。
噴水の前に来たが、キリエスの姿はもう無かった。
いや、もはやキリエスはこの際どうでもいい。
探す時間も問い詰める時間も惜しい。
今は一刻の猶予もない。
アキトの身が、命が危険に晒されている。
私は地面を蹴り、駆け出した。
疾風の如く広場を走り抜け、大きく跳躍する。
宮殿を囲う柵を飛び越え、中庭に着地した。
それを見た衛兵達がギョッとしてすぐに近付いてくる。
「せ、聖騎士様っ!
そのように入られては困ります。
今は中に入れる事は…」
私はその言葉に耳を貸さず、衛兵の間をすり抜けて駆け抜ける。
宮殿の扉を勢いよく開き、中へと入る。
慌てて後ろから衛兵達が喚きながら追ってくるが、構っている場合ではない。
確か、地下牢はあっちだったはず。
私は記憶を頼りに中を走る。
途中で私を止めようとしてきた衛兵には手刀を首に当てて意識を飛ばしていった。
そして地下牢へと辿り着く。
中からは何やら複数の声がする。
アキトはここにいるのだろうか?
扉を開く。
そして、その光景に思わず口に手を当てる。
椅子に座って力無く項垂れているアキトは血塗れになり、それを囲む複数の人々。
その手には今まさにアキトから引き抜いた刃物をそれぞれに持っている。
そして、私の姿を冷たく見つめるメイド服の少女。
アキトを囲む人々は私を見て動揺している。
一体、ここで何が…。
この人達は何をしていたんだ?
あ、アキトは…生きているのか?
微かだが、アキトの身体が動くのを見た。
生きている。
生きたまま、切り刻まれていたのだ。
想像を絶する光景に言葉が出ない。
思わず後ろに一歩下がってしまう。
すると、メイド服の少女がゆっくりとこちらに身体を向ける。
「…アリシエ様、ですね。
この場所に招かれてはいないはず。
どうしてここに?」
どうして?
どうしてだと?
「あ、あなちちこそ、一体…ここで何を…」
喉が急激に乾いていく。
言葉を出すのがやっとだ。
「なにを、ですか。
尋問、というより、教育でしょうか。
あなたには関係ありません」
関係がない?何を言っているのだ。
「あ、あなた達…自分が何をしていたのかわかっているの?」
私は震える声でメイド服の少女からアキトを取り囲む人々に目を向ける。
人々は私を見て、口々に言う。
「こいつは悪魔です、聖騎士様。
殺す事は禁じられましたが、せめて私達の痛みを!」
「怒りを、悲しみを、この悪魔にっ!」
「私達の気持ちはそれでも晴れないのですっ!
それでも、この悪魔達を許すわけには!」
…何を…言って…。
「もういいでしょう。
サエキ・アキトを迎えにきたんでしょう?違うのですか?」
メイド服の少女は私の前に立つ。
「…そうだとしたら、あなたは私を止めるの?」
メイド服の少女は私をジッと見つめる。
何かを探るように、ジッと。
そして口を開く。
「…いいえ、止めません」
そう言って目を閉じた。
私は身構えていたが、拍子抜けする。
止めない…の?
私は少女の脇をすり抜け、アキトに駆け寄る。
「アキト…大丈夫?アキト…っ」
その顔を覗き込めば、目を開いているが遠くを見ている。
その目には何も映っていないように見える。
一体、どれほど酷い事をアキトに…。
周りの人々をギロリッと睨む。
人間じゃない。
この人達こそ悪魔ではないかっ。
私はアキトを背負い、扉へと向かう。
メイド少女はそれを黙って見ていた。
そして、小さく呟く。
「…羨ましい…私の時は、誰も来てはくれなかった…」
確かに、そう聞こえた。
私は振り返る。
目の光を失ったメイド服の少女は、その瞳の奥に悲しみの色を宿していた。
「…あなた…アキトと同じ、転移者なの…?」
「………」
メイド服の少女は答えない。
そしてまた目を瞑り、口を開いた。
「早く行って。
次に会えば、きっと私は容赦なくあなた達を捕まえる事になる」
そう言って、ここから立ち去るのを促す。
「あ、あなたも一緒にっ」
私はそう言ったが、メイド服の少女は首を振る。
そして、襟のボタンを外して、首筋を見せる。
そこには…血のような色の宝石が付いた紫の色をした首輪が見えた。
「そ…れは…‟服従の首輪”…」
「私はここを離れられない。
だから行って。
少しでも、遠くに…」
メイド服の少女は力なくそう言う。
なんと酷い…。
この少女の身に何があったのか、想像も出来ない。
この娘の意思はすでに剥ぎ取られ、誰かの操り人形にされているのだ。
それでも、どうしてか私達を見逃してくれている。
「…ごめんなさい…。
いつか、あなたも…助けに来るから」
私はそう言って来た道を引き返す。
後ろから、メイド服の少女の声が小さく聞こえた。
「…期待はしておりません」
キリエスには「一人になりたいの」と言って別れた。
考えるのはアキトのこと。
短いが、確かに過ごしたその日々の思い出。
私にとっては何もかもが掛け替えのない思い出だった。
それが今は色褪せ始めている。
アキトは私を魅了していたのか?
わからない。
操られていた感覚はない。
けれど、アキトといると冷静でない自分は確かにいた。
そこは間違いない。
それは、魅了による力のせいなのだろうか。
それとも…。
「アーシェ?アーシェじゃない!」
急に名を呼ばれ、こちらに駆け寄ってくる少女がいた。
そして私に抱き付いてくる。
「良かった…。
エールダイトが壊滅したって聞いて、アーシェもダメなのかとばかり…無事だったのね」
「エミリー…久しぶりね」
彼女の名はエミリー・クラウン。
聖魔導師のローブを纏い、茶色の髪をストレートに伸ばしてメガネをかけた可愛らしい女の子。
こんな可愛らしい容姿ではあるが、魔導師としての実力は本物だ。
魔力という点だけなら私よりも上である。
「アーシェ…元気が無いのも無理はないわ。
あんな事があったんですもの。
心からお悔やみを…」
エミリーは目を潤ませながらそう言う。
「いいえ、いつまでも落ち込んでいられないわ。
それに、今は…」
そう、今は、それよりも…。
私はハッとする。
そしてエミリーの肩を掴んで言う。
「…エミリー、あなた、確か解呪の魔法が使えたわよね?」
急に血相を変えるアーシェに驚くエミリーだが、「う、うん、使えるよ?」と答える。
そうだ、解呪。
その身にかけられた呪いや魔法を取り除く力。
その魔法ならば、もし魅了がかかっていたら取り除かれる。
そして私の心情に変化があれば…私が魅了されていた事が確定する。
「エミリー、私に解呪をかけてもらえる?」
そう言うとエミリーは目を丸くする。
「え?アーシェどうしたの!?
何か呪いでもかけられたの!?」
エミリーは驚いてそう言うが、私は首を振る。
「呪い…ではないけれど、何かの術を受けてる可能性があるの。
だから、お願い」
そう言うと、エミリーは短く「わかった」、と答えてローブから短い杖を取り出す。
「“この者が受けた魔の力を取り除きたまえ。ディス・カーティオ”ッ」
私は目を閉じる。
何も変化はないようだが、魔法は発動したのだろうか?
ゆっくり目を開くと、エミリーが不思議そうな顔をする。
「あ、あの、アーシェ?
失敗しちゃったんだけど…」
「え、失敗?」
私は聞き返す。
するとエミリーは首をひねりながら答える。
「失敗、というか、魔法が発動しなかったわ。
つまり、アーシェの身には何もかかってなかったって事。
もぅ、ビックリさせないでよー」
そう言ってエミリーはホッとした顔をする。
しかし、私の顔色は優れない。
その顔を見てエミリーが心配そうに「アーシェ?大丈夫?」と聞いてくる。
どういう事だ。
私の身には何も魔の力は働いていなかった。
つまり、魅了はされていない。
では、なぜキリエスは私に魅了を受けている、などと言ったのだ?
なぜだ。
それはアキトをあそこから出す事を諦めさせる為では?
つまり、アキトに近づかせないための尤もらしい理由をでっち上げたのだ。
アキトに魅了の力があるかはわからない。
しかし、スキルの効果を利用して、私に嘘をついた。
そして嘘をつくのには何か、理由がある。
何かを隠している。
私はそこまで考えると、エミリーに「ありがとう、エミリー」と礼を言ってその場を離れる。
「ア、アーシェ?
何処にいくの?なんだか様子が変だし、私も行こうか?」
「いいえ、私一人で大丈夫。
世話になったわね。
また今度、お茶でもしましょう?」
私は振り返り微笑んでそう言った。
そして、再び前を向く。
きっと、私の顔は随分冷たい顔をしているだろう。
そして歩き出す。
その拳に力を込めて。
噴水の前に来たが、キリエスの姿はもう無かった。
いや、もはやキリエスはこの際どうでもいい。
探す時間も問い詰める時間も惜しい。
今は一刻の猶予もない。
アキトの身が、命が危険に晒されている。
私は地面を蹴り、駆け出した。
疾風の如く広場を走り抜け、大きく跳躍する。
宮殿を囲う柵を飛び越え、中庭に着地した。
それを見た衛兵達がギョッとしてすぐに近付いてくる。
「せ、聖騎士様っ!
そのように入られては困ります。
今は中に入れる事は…」
私はその言葉に耳を貸さず、衛兵の間をすり抜けて駆け抜ける。
宮殿の扉を勢いよく開き、中へと入る。
慌てて後ろから衛兵達が喚きながら追ってくるが、構っている場合ではない。
確か、地下牢はあっちだったはず。
私は記憶を頼りに中を走る。
途中で私を止めようとしてきた衛兵には手刀を首に当てて意識を飛ばしていった。
そして地下牢へと辿り着く。
中からは何やら複数の声がする。
アキトはここにいるのだろうか?
扉を開く。
そして、その光景に思わず口に手を当てる。
椅子に座って力無く項垂れているアキトは血塗れになり、それを囲む複数の人々。
その手には今まさにアキトから引き抜いた刃物をそれぞれに持っている。
そして、私の姿を冷たく見つめるメイド服の少女。
アキトを囲む人々は私を見て動揺している。
一体、ここで何が…。
この人達は何をしていたんだ?
あ、アキトは…生きているのか?
微かだが、アキトの身体が動くのを見た。
生きている。
生きたまま、切り刻まれていたのだ。
想像を絶する光景に言葉が出ない。
思わず後ろに一歩下がってしまう。
すると、メイド服の少女がゆっくりとこちらに身体を向ける。
「…アリシエ様、ですね。
この場所に招かれてはいないはず。
どうしてここに?」
どうして?
どうしてだと?
「あ、あなちちこそ、一体…ここで何を…」
喉が急激に乾いていく。
言葉を出すのがやっとだ。
「なにを、ですか。
尋問、というより、教育でしょうか。
あなたには関係ありません」
関係がない?何を言っているのだ。
「あ、あなた達…自分が何をしていたのかわかっているの?」
私は震える声でメイド服の少女からアキトを取り囲む人々に目を向ける。
人々は私を見て、口々に言う。
「こいつは悪魔です、聖騎士様。
殺す事は禁じられましたが、せめて私達の痛みを!」
「怒りを、悲しみを、この悪魔にっ!」
「私達の気持ちはそれでも晴れないのですっ!
それでも、この悪魔達を許すわけには!」
…何を…言って…。
「もういいでしょう。
サエキ・アキトを迎えにきたんでしょう?違うのですか?」
メイド服の少女は私の前に立つ。
「…そうだとしたら、あなたは私を止めるの?」
メイド服の少女は私をジッと見つめる。
何かを探るように、ジッと。
そして口を開く。
「…いいえ、止めません」
そう言って目を閉じた。
私は身構えていたが、拍子抜けする。
止めない…の?
私は少女の脇をすり抜け、アキトに駆け寄る。
「アキト…大丈夫?アキト…っ」
その顔を覗き込めば、目を開いているが遠くを見ている。
その目には何も映っていないように見える。
一体、どれほど酷い事をアキトに…。
周りの人々をギロリッと睨む。
人間じゃない。
この人達こそ悪魔ではないかっ。
私はアキトを背負い、扉へと向かう。
メイド少女はそれを黙って見ていた。
そして、小さく呟く。
「…羨ましい…私の時は、誰も来てはくれなかった…」
確かに、そう聞こえた。
私は振り返る。
目の光を失ったメイド服の少女は、その瞳の奥に悲しみの色を宿していた。
「…あなた…アキトと同じ、転移者なの…?」
「………」
メイド服の少女は答えない。
そしてまた目を瞑り、口を開いた。
「早く行って。
次に会えば、きっと私は容赦なくあなた達を捕まえる事になる」
そう言って、ここから立ち去るのを促す。
「あ、あなたも一緒にっ」
私はそう言ったが、メイド服の少女は首を振る。
そして、襟のボタンを外して、首筋を見せる。
そこには…血のような色の宝石が付いた紫の色をした首輪が見えた。
「そ…れは…‟服従の首輪”…」
「私はここを離れられない。
だから行って。
少しでも、遠くに…」
メイド服の少女は力なくそう言う。
なんと酷い…。
この少女の身に何があったのか、想像も出来ない。
この娘の意思はすでに剥ぎ取られ、誰かの操り人形にされているのだ。
それでも、どうしてか私達を見逃してくれている。
「…ごめんなさい…。
いつか、あなたも…助けに来るから」
私はそう言って来た道を引き返す。
後ろから、メイド服の少女の声が小さく聞こえた。
「…期待はしておりません」
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